三章 親友との出会い

 気を失うように眠り込んでから、どれくらい経った頃だろうか。肩を叩かれて起こされた。寝ている間に食べ尽くされたらしいマカロンの香りは消え、すっかり暗くなっていた。
「……すみません、こんな時間まで……」
「え? 全然大丈夫だけど、それより、ユウが迎えに来てるみたいなの。起きられそう?」
 恐らく、なかなか戻らない私を心配して来てくれたのだろう。お暇(いとま)しようと思ったけれど、正直、まだ眠くてたまらない。
 私は寝起きが悪いようで、一度寝てしまうと、しっかり覚醒できるまで時間がかかる。不調を解消するにも時間が足りなかったようで、まだ頭が重く、目眩も少し残っていた。

 起き上がれずにいると、リカーナさんが立ち上がってくれた。
「部屋の前までなら、呼んできても大丈夫?」
 ミィさんには嫌な相手ではないだろうか。遠慮したかったけれど、体がついていかなかった。
 ミィさんが私のために覚悟を決めてくれたことを確認してから、リカーナさんは部屋の外から私を呼んだ。
「シェリル、部屋の入口までは来れる? 乙女の部屋の中にまで男子入れるのはね……」
 ああごめんなさい、私も男子です……とは、言えるはずがなかった。

 リカーナさんがユウ兄さんを呼びに行き、ミィさんが部屋の入口まで私を支えてくれた。
 廊下に出てすぐ床に座り込み、壁にもたれて微睡(まどろ)みながら、私はミィさんに話してみた。
 何度も咳き込んだ喉の痛みは残り、かすかな声しか出なかった。それでも、彼女は耳をそばだてて聴いてくれた。
「ユウ兄さんは……あなたにひどいことをしたって、本当に……反省していました。
 ……話してみて……くれませんか?」
「……シェリル……」
 ミィさんはまだ戸惑っていたようだけれど、部屋の中には戻らなかった。

 ユウ兄さんは、すぐに階段を上がってきた。
「シェリル、大丈夫か?
 ……あー、今日はもう駄目か……」
 眠すぎて、ほとんど目を開けていられずに船を漕(こ)いでいた私を、彼は手早く背負った。
「ミィ、シェリルが世話になった」
「えっ? ええ……大丈夫よ」
 まさかそれだけではないですよね、兄さん。
 もしそのまま去ろうものなら、爪でも立ててやろうと思ったけれど、彼は言葉を続けた。
 背負われている傾きが変わり、ユウ兄さんが頭を下げているのがわかった。
「それと……悪かった、今まで。もう皆反省してるから、会っても……何もないと思うけど……何かあったら、俺も止めるし怒るから。
 ……家にいたいならそれでもいいけど、出てきたいと思ったら、いつでも出てきてくれ」
「……ユウ……」

 他の男子と一緒になって、自分を助けてくれなかったと思っていた相手が、真剣に謝っている。
 ミィさんは、今まで避けてきた痛みと、向き合わされていた。
 以前はひどいことを言われたら、ただ泣きながら逃げ帰っていたというミィさん。 
 この時の彼女は、それよりもずっと強かった。外に出られなかった三年という時間は、決して無駄ではなかった。
 ミィさんは、泣きながらでも毅然と叫ぶように訴えた。
「……最初から……っ! 最初から、それくらい真剣に……他の皆のことも、止めてくれていたら……! 私だって、こんなに……っ!」
「……ごめん……」
 傾きを変えずに、兄さんは頭を下げ続けている。突然の邂逅(かいこう)に、言葉にならない想いはたくさんあるのだろう。
 少しの間、二人とも何も言えずにいた。

 やがて、先に口を開いたのは、ミィさんだった。
「……今更だって、正直思ったわ……。けど、あなたは今までも謝ってくれてたって、何度も聞いてた。私がそれを、今まで疑ってただけだった……。私こそ、ごめんなさい……」
「お前が謝ることなんて、何も──」
「もちろん、傷ついたのは私のほうよ。……でも、あなたが一番、私を忘れずに──無かったことにしないで、見てくれてた。……時間はかかったけど、直接謝ってくれた。
 ……あなたのことだけなら、信じてもいいわ……」
 数年外に出られなかった原因のうちの一人が、目の前にいる。まだ怖いはずで、完全に許したわけでもないだろう。
 それでも、彼の真剣さを実際に目の当たりにして、疑う気持ちは晴れてきたようだった。涙に震えていた声が、少しずつ落ち着いていた。

 これからは、仲直りしていけるだろう。よかった。安心して、もう起きていられそうになかった。
「お兄さん、シェリル大丈夫そう?」
 完全に目を閉じて沈黙してしまっていた私を、リカーナさんが心配した。慣れているユウ兄さんは、何ともないように答える。
「あー……こいつ疲れたら爆睡するだけだから。もともと長く具合悪くしてたから、体力無くて疲れやすいみたいでな。赤ちゃんみたいにすぐ寝て、全然起きなくなるんだ」
「赤ちゃんって……」
「言い方……」
 二人から、堪(こら)えきれない笑いが漏れてくるのが聞こえた。恥ずかしくて今度こそ爪を立ててしまおうかと思ったのに、もう指先すら動かせないほど眠りかけていた。
「眠いだけか……! 具合悪いのかと思ってめっちゃ心配したわ! 」
「ホントよ!」
 笑いながら安堵する二人。本当に心配をかけてしまった。申し訳ない。もう少し言葉を選んでほしかったけれど、二人に気にさせない言い方をしてくれた兄さんに感謝した。
 起きたらまた、笑顔で会って安心させたい。
 慣れた背中に揺られて、宿屋に着く前に私の意識は途切れていた。
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