三章 親友との出会い

 数日後に、転機は訪れた。もうすっかり慣れてきた、パン屋へのお使い。
 その日は店内に、行商人の女の子もいた。今冬から行商を始めたばかりという、まだ初心者の行商人。他所で売れているかは知らないけれど、私も手芸品を何度か買い取ってもらった。私の家でもある宿屋が村内唯一の宿泊施設ということもあり、もうすっかり顔なじみだった。
 歳の離れた兄と姉が護衛兼保護者として付き添っているとはいえ、同い年という若さで故郷を離れ、村から村へ転々と行商の旅をしているという彼女の行動力に、私は憧れていた。彼女こそ、後にラジオ塔で仕事を共にする、リカーナさんだった。

 彼女は、何度もこの店に足を運んでいる私でも初めて見る、ソチニキのようなお菓子を、美味しそうに頬張っていた。店に入った私に気付くと、挨拶の後、自分で買ったであろう分を一つ差し出してくれた。
「食べる? 美味しいよ? わざわざこんな辺鄙へんぴな村に何度も行商に来てる、大きな理由の一つよ?」
「こら、当の住人の目の前で『辺鄙』はないだろ、失礼な」
「すみません、うちの愚妹が」
 店の入口で待機していたリカーナさんの兄姉けいしが、すかさず割って入った。小さな店なので、こちらのやり取りは聞こえてしまう。
「本人の目の前で『愚妹』もやってること一緒でしょうが、姉さん。──でも確かに失言でした、すみません」
 とはいえ不便な僻地なのは事実なので、店主のおじさんは全然気にせずに笑って許していた。
「で、どうする? 美味しい上に希少だよ?」
 軽い詫びを済ませたリカーナさんが、再びこちらに向き直って、私の目の前にお菓子をチラつかせる。
 そこまで勧められてしまっては、気にならないわけがない。念のため料金を尋ねると、今回は友だちとしての奢りと笑ってくれた。滞在のたびに顔を合わせる私を、友だちだと思ってくれていたことが嬉しかった。ありがたく受け取って、一緒にその場でいただくことにした。

 ──瞬間、衝撃的な高揚感に、思わずとろけるような声が漏れた。その声音を恥ずかしいとも考えられないまま、ただ口内に広がる美味に夢中になった。
 卵黄を塗って焼かれた表面をパリっと噛むと、生地は思ったよりモチモチとしていて、特に印象的だった。中身はカスタードクリームとチーズクリームのブレンドのようで、一般的なソチニキより甘味に寄っているものの、コクがありつつ重すぎない。まるで別物だった。
 美味しい。これは、確かに美味しい……!

 その感動は、きっと顔にも出ていたのだろう。彼女はしてやったりというようにニヤニヤとこちらを見つめ、笑い声がこぼれていた。
「わざわざこの村に来ちゃう理由、わかったでしょ?
 これ予約しないと滅多に出ないらしいから、来る度に予約してる私と鉢合わせてよかったわね」
「確かに、見たことないです。……すみません、買い取りますのでもう一ついいですか?」
 我慢できなかった。彼女は、本当に食べ切れるのかというほど、たくさん持っていた。それがずっと、目の前にあった。はしたなく食いつきすぎてしまったようで大笑いされてしまい、ここでやっと少し恥ずかしくなった。

 店主のおじさんも笑いながら、そんなに気に入ったならと、予約方法を教えてくれた。
「これは娘のミィが作ってるものでね。シェリルも固定客になってくれたら、ミィも喜ぶな。
 ……そうだ、今度会ってみてくれないか?」
「えっ会えんの?」
 私より先にリカーナさんが反応した。すでにすっかりこのお菓子のとりこになっていた彼女も、パン屋の娘さんへの興味が強いようだった。
 店の奥まで目配せして、本人がいないことを軽く確認してから、おじさんに小声で耳打ちした。
「アイドルごっこがガチすぎて引かれたりからかわれたりして部屋から出てこなくなったって子でしょ? 本当に会ってくれるの?」
「何だ、もうそこまで知ってるのか。話が早いな」
 ……この人はまだ数回しか訪れていないはずなのに、もう何ヶ月も村にいる私より一歩先の情報を、どうして握っているのだろうか。いや、兄姉はもっと前から村に出入りしていたそうで、宿の常連として私の家族ともすっかり打ち解けていた。ここ最近で得た情報ではないかもしれない。
 それでも、ただの旅人がここまで把握しているのは、少し恐ろしいとすら思った。

 前半の下りは初めて聞いたけれど、それなら確かに、容姿をからかわれたのは余計につらかったに違いない。
「待って、相手がシェリルってことは……あー、そういうこと?」
 リカーナさんは私の顔をまじまじと見つめてきた。まだ店主のおじさんは何も言っていない。察しがいいにもほどがある。何が彼女の中で繋がったのか、私にはわからなかった。
「……あの、どういうことでしょう?」
「実は、すごく可愛い子が村の一員になったって教えたら、ソワソワ気にし始めてな」
 元々アイドルに憧れていた娘さんは、可愛いと噂されるらしい私に好奇心が芽生え、窓の外を探してみたり、私がお使いで来たときに店舗内の物陰からこっそり見ていたらしい。そして「本当にアイドルみたいに可愛い子が、こんな近所に住んでいるなんて……」と少しずつ私への興味を深め、直接会ってみたい気持ちを募らせていたそうだ。

 ……そうか、私は可愛かったのか。
 ユウ兄さんやマリ姉さんにも散々言われていたけれど、可愛がられているのはただの家族愛と思い、流していた。もしかしたら、普通に容姿を褒めてくれていたのかもしれないと、このとき初めて気がついた。
 むしろ外に出ると、痩せすぎた体や全身の傷痕を心配されることが多く、なるべく見られないよう、露出を控えてさえいた。
 それでも、会える機会を貰えるなら、村の男子たちの反省も、改めて伝えられるかもしれない。外に出られるように促すことも、できるかもしれない。リカーナさんほどの話術には及ばないだろうけれど、兄さんのためにもやってみようと思った。
「それって私も同席しちゃダメかしら? いつもの美味しいお菓子のお礼とか感想とかも、直接伝えたいんだけどなー」
 リカーナさんの提案は渡りに船だった。正直、私一人では初対面の相手と間が持つかわからない。集会所でも、挨拶や用事があるとき以外に自分から話すことはなく、我ながら社交的とは言いがたい。
 店主のおじさんは「リカーナちゃんもお得意様だから会ってくれるかもしれない。結果はわからないが、交渉しておく」と約束してくれた。
 約束の日取りを決めて、店を後に──
「あっ……」
 お使いがまだ済んでいなかったことを思い出し、即座に振り向き再入店した。
 ……また笑われた。
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