序文

 本書を手に取ってくれたあなたにとって、ティセ・リールというアイドルは、どのような存在でしたか? あるいは、今この手記で初めて知るという方も、いらっしゃるのでしょう。
 私リカーナ・ウィシュは、表向きは教育番組担当のラジオパーソナリティとして知られていますが、裏ではティセをラジオ塔に導き、その活動を最初期から補助していました。活動を共にした立場から、初めてティセを知る方にもその歩みを辿れるよう、手記へ寄せる序文とさせていただきます。

 活動初期から知っていただけている方にとっては、恐らく最初に印象に残ったのは声でしょう。少し掠れた吐息感が甘く可愛らしい、独特の響きでした。
 まずはラジオドラマ声優として活動を開始し、後に歌での活動を始めてからは、アイドル歌手としての活動が中心となりました。その魅力は声だけに留まらず、同業者やスタッフの間では穏やかな人柄も評価されていました。

 当初は目元を覆う衣装を採用していたため、その紅い瞳が初めて晒されたときには、大きな反響がありました。赤が忌まれるトルネリアで、色より声で評価してほしいと訴えながら、同じ色を持つ人たちも受け入れられるようにと願っていました。
 その願いはやがて多くの人の心を動かし、それまで極端に赤を排斥していた宗教観にすら影響を与えました。容姿の可愛らしさもあってか、3年足らずの活動期間で急速に注目を集め、国中にその名が広まるほどでした。

 その後の活躍も期待されていた中での、突然の引退宣言。信じられなかった方も多いでしょう。しかし、その数か月後には余命僅かと明かされたことで、活動可能な時間が本当に残されていないのだと、受け入れざるを得なかった──その哀惜は、ファンの皆さんだけではなく、私たち関係者をも包み込んでいました。
 入院しても延命の見込みは無く、ティセは病院を離れ、最後まで舞台に立つことを選びました。隠しきれない苦痛が滲む演技と、それでも笑顔を見せる姿に、舞台裏で控えていた私も自然と涙が溢れました。
 最後にして最大規模の作品となったこともあり、反響も大きく、公演は大喝采の中で幕を下ろしました。会場となったラスフォミアの大劇場では常設展示スペースが設けられ、当時の貴重な写真や記録が大切に保管されています。

 結果としては、体調不良が直接的な引退理由となりました。しかし時期については、実は活動当初から想定されていました。
 そのため、ティセが体調を崩す前から、引退の準備と手記の執筆は着々と進められていました。とはいえ、病に倒れたことは想定外で、以降の活動の継続は危ぶまれていました。
 残された活動は、引退公演の舞台のみでした。すでに稽古が始まっている中、ティセ本人も最後までやり切りたいと強く希望していました。公演中止も検討されましたが、何度も話し合い、可能な範囲で日程や公演内容を調整しました。
 当日の体調を見ての急な変更もあり、ファンの皆さんに多くのご心配とご不便をおかけしたことを、改めて深くお詫びいたします。また、それ以上に大きなご声援とご協力をいただいたことに、感謝の言葉も尽きません。本当に、ありがとうございました。 

 前後編に分けての発行となったこの手記は、当初予定していた引退理由を明かさずに隠し通した、ティセと私たちからの最後の告白です。
 ティセの抱えていた秘密に、驚き戸惑う方もいらっしゃるでしょう。それでも、引退から約二年、デビュー五周年という節目を迎え、公開してもいい時期だと判断しました。生涯抱え続けることになる重荷から関係者一同を解放するために、文中でその秘密に触れ、謝罪を記すことが、ティセの遺志でもありました。

 この先は、ティセ自身の手で綴られた手記です。前編となる本書では、ティセがラジオ塔で仕事を始めるまでの背景や過程が描かれています。活動記録を中心に知りたい方は、後編だけを読んでくださっても問題ありません。
 それでも個人的には、ぜひこちらから読んでいただきたいとも思っています。ティセがアイドルを志した理由、そのために抱えていた課題、それらを少しずつ解決していく努力の過程も、解消しきれていなかった不安も、こちらの前編では詳細に知ることができます。
 ラジオ塔に足を踏み入れる前のティセに、何があったのか……何に悩み、何を想い、何のために歌おうとしたのか。
 全てではなくても、ティセの心が伝わることを祈っています。 

 
関係者代表
リカーナ・ウィシュ


──本書では、関係者の個人情報保護のため、一部の人物名を仮名に置き換えて記載しています──


 

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