沈むような恋を
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「波羅夷って幽霊が見えたりするの?」
穏やかな声が己に問いかけた。夕暮れに燃える旧校舎、不良の溜まり場と化している二階の旧理科準備室にて、空却を呼び止めたのは、空厳寺の檀家の息子だった。病気がちだという彼はいつだって生っちょろい顔をしていた。ひょろひょろと背ばかりが高い彼はふふ、と微笑むと、空却を手招きして窓の下を見つめた。空却は歩み寄ることはしなかった。教室一つ分の距離を挟んでも、彼が何をみているかよくわかっていたからだ。まだ着られている感の否めない制服姿で、藤花が友人たちと笑っている。破顔して友達の肩を叩き、はしゃぐ彼女に、少年は声をかける。旧校舎を見上げ、はた、と表情を固まらせた藤花はぽぽぽ、と頬を赤らめると口元を片手で隠しながら、こちらに向かって手を振ってくる。ひらひら手を振り返し、にこにこと笑う彼の瞳はこちらに向くことはない。
「俺さ、藤花のことが好きなんだよね」
知っている、とは言わなかった。そして、藤花が彼と同じ気持ちを彼に向けていないことも。少年は苦笑して、ちょっとくらいびっくりしてよ、と呟く。
「分かりやすいんだよ、てめぇ」
「そんなに顔に出てた?」
「おーおー、ダダ漏れよ」
「それが微塵にでも、あの子に伝わったら苦労しないんだけどなぁ」
少年はそっと手を口元に添えてこふ、と咳をした。生まれついた時より難しい病気を抱えているという彼はひどく体が弱い。些細なことで風邪を引いては学校を休んでいた。義務教育は卒業させてくれるけど、高校以降はストレートに卒業は難しいだろうな、なんて言っているときもあった。
彼が休むたび、幼馴染である藤花はプリントを届けに彼の家に遊びにいっていた。付き合ってるの?なんて笑われているのに、藤花は苦笑を返すばかりで明確な言葉は言わなかった。きっと、彼を傷つける答えを持っているからだ。
「好きな人に幸せになってほしいはずなのに、どうしてこちらをみてもらえないだけで、こんなにつらくなっちゃうんだろう」
微笑む彼は随分と寂しげだった。
「好きな人の「好き」よりも、自分の「好き」を優先したくなっちゃうんだ。君のその恋を諦めて、こっちをみて笑ってって言いたくなる。俺は彼よりずっと、君のことを愛しているのにって。好きだとか愛だとか、比べるものでもないのにね」
波羅夷、と、名を呼ばれる。こふ、こふと咳を繰り返す彼は掠れた声で、潤んだ瞳で空却を見た。その瞳には、恐れが浮かんでいる。自分が彼女の隣にいられなくなること、自分が長く生きられないこと、自分の恋がかなわないこと。そんな恐怖が一緒くたになって、彼の体を震わせている。それでも、こんな埃っぽい場所に来てまで空却に会ったのは、他ならぬ藤花のためだ。
「もし波羅夷に幽霊が見えるなら。藤花に、ひとりぼっちじゃないよって教えてあげて。俺も、おじいちゃんも、おばあちゃんも、藤花を見守ってるよって。何より、教えてくれる波羅夷が、そばにいるよって。教えてあげて」
「……なんでそんなことを、頼まれなきゃならねぇんだよ」
「好きな子の好きな人くらい知ってるし、好きな子を好きな奴くらい、見てたらわかるよ。似た者同士なんだから」
ふふ、と男は笑った。それが、空却が最後に学校で見た、彼の姿だった。
穏やかな声が己に問いかけた。夕暮れに燃える旧校舎、不良の溜まり場と化している二階の旧理科準備室にて、空却を呼び止めたのは、空厳寺の檀家の息子だった。病気がちだという彼はいつだって生っちょろい顔をしていた。ひょろひょろと背ばかりが高い彼はふふ、と微笑むと、空却を手招きして窓の下を見つめた。空却は歩み寄ることはしなかった。教室一つ分の距離を挟んでも、彼が何をみているかよくわかっていたからだ。まだ着られている感の否めない制服姿で、藤花が友人たちと笑っている。破顔して友達の肩を叩き、はしゃぐ彼女に、少年は声をかける。旧校舎を見上げ、はた、と表情を固まらせた藤花はぽぽぽ、と頬を赤らめると口元を片手で隠しながら、こちらに向かって手を振ってくる。ひらひら手を振り返し、にこにこと笑う彼の瞳はこちらに向くことはない。
「俺さ、藤花のことが好きなんだよね」
知っている、とは言わなかった。そして、藤花が彼と同じ気持ちを彼に向けていないことも。少年は苦笑して、ちょっとくらいびっくりしてよ、と呟く。
「分かりやすいんだよ、てめぇ」
「そんなに顔に出てた?」
「おーおー、ダダ漏れよ」
「それが微塵にでも、あの子に伝わったら苦労しないんだけどなぁ」
少年はそっと手を口元に添えてこふ、と咳をした。生まれついた時より難しい病気を抱えているという彼はひどく体が弱い。些細なことで風邪を引いては学校を休んでいた。義務教育は卒業させてくれるけど、高校以降はストレートに卒業は難しいだろうな、なんて言っているときもあった。
彼が休むたび、幼馴染である藤花はプリントを届けに彼の家に遊びにいっていた。付き合ってるの?なんて笑われているのに、藤花は苦笑を返すばかりで明確な言葉は言わなかった。きっと、彼を傷つける答えを持っているからだ。
「好きな人に幸せになってほしいはずなのに、どうしてこちらをみてもらえないだけで、こんなにつらくなっちゃうんだろう」
微笑む彼は随分と寂しげだった。
「好きな人の「好き」よりも、自分の「好き」を優先したくなっちゃうんだ。君のその恋を諦めて、こっちをみて笑ってって言いたくなる。俺は彼よりずっと、君のことを愛しているのにって。好きだとか愛だとか、比べるものでもないのにね」
波羅夷、と、名を呼ばれる。こふ、こふと咳を繰り返す彼は掠れた声で、潤んだ瞳で空却を見た。その瞳には、恐れが浮かんでいる。自分が彼女の隣にいられなくなること、自分が長く生きられないこと、自分の恋がかなわないこと。そんな恐怖が一緒くたになって、彼の体を震わせている。それでも、こんな埃っぽい場所に来てまで空却に会ったのは、他ならぬ藤花のためだ。
「もし波羅夷に幽霊が見えるなら。藤花に、ひとりぼっちじゃないよって教えてあげて。俺も、おじいちゃんも、おばあちゃんも、藤花を見守ってるよって。何より、教えてくれる波羅夷が、そばにいるよって。教えてあげて」
「……なんでそんなことを、頼まれなきゃならねぇんだよ」
「好きな子の好きな人くらい知ってるし、好きな子を好きな奴くらい、見てたらわかるよ。似た者同士なんだから」
ふふ、と男は笑った。それが、空却が最後に学校で見た、彼の姿だった。