うだるような夏の日に
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「おい、生臭坊主」
その声に顔を上げる。広縁の向こう、玉砂利を踏んでやってきたのは獄だった。重い体を引きずって起こし、ため息をつく。もう九月も半ばだというのに、まだ半袖で過ごせそうな気温だった。嘘のような夏の名残に身体は汗ばむ。手で額から伝った汗を拭う。獄はだらけた様子の空却に肩を竦めながら歩み寄った。
広縁に腰を下ろした獄は元々、灼空に用があったらしい。生憎と不在であるといえば、土産の饅頭を空却に寄越した。普段なら遠慮なく手を伸ばすだろうに、ぼんやりと眺めるばかりの空却に、獄は目を細める。
「どうした。悪いもんでも食ったか」
「あながち間違いでもねぇ」
「なんだ、気味悪ぃ」
体調があまり思わしくない空却は軽口を叩く気力も沸かない。いつものような応酬すらままならない様子に、いよいよ獄は気を削がれたようだった。なら、用件だけ済ませて帰る、と言って彼が取り出したのは、一枚の写真だった。水に濡れ、日に焼けた青い写真には、たしかに覚えのある人物が浮かんでいた。見切れた法衣姿の灼空。その後をついて歩く女は華奢な体に黒いワンピースを纏い、その腕に骨壷を抱えている。その顔だけ、綺麗にくり抜かれている。
「気味の悪い落としもんだったから拾った。裏の駐車場の隅に落ちてた」
くったりとした紙は皺だらけで、輪郭すら歪めている。けれど、間違えようもない。顔をくり抜かれた女は、藤花だった。
「てめぇの専門分野から聞かせてもらおうか」
肌が粟立つような、生ぬるい、気持ち悪い空気が肌を舐める。空は嘘みたいに晴れ渡り、青々とした光が境内を包んでいる。その庇の影の黒に飲まれながら、空却は頬杖をついた。歪な写真は、端を摘んだ空却の指にぶつかってパタパタとはためいた。
「この世に、幽霊がいると思うか?もっといえば、幽霊が生者に悪さをすると思うか?」
「……刑法学の世界でいえば、不能犯というやつだ。幽霊なんて非科学的なもんは因果関係を証明することができない」
「そうだな。拙僧も、幽霊はいないと思っている。けれど、そういうもんを信じてる奴はいる。それもまた、一つの信仰の形だ。それを否定する気はさらさらねぇ。が、それによって迷惑を被ってるやつがいんなら話は別だ」
くしゃりと、写真を握り潰す。
「協力してもらいてぇ話がある」
「……どういった話だ」
「わかりやすいとこでいえば盗撮やら脅迫罪だが、根っこは痴情のもつれだ」
「どういうことだ」
「強引な見合い話を断って、脅されてるやつがいる。それだけなら相談先なんていくらでもあるんだが」
「問題は、その見合い相手っつーのが、死んだ男なんだよ」
その声に顔を上げる。広縁の向こう、玉砂利を踏んでやってきたのは獄だった。重い体を引きずって起こし、ため息をつく。もう九月も半ばだというのに、まだ半袖で過ごせそうな気温だった。嘘のような夏の名残に身体は汗ばむ。手で額から伝った汗を拭う。獄はだらけた様子の空却に肩を竦めながら歩み寄った。
広縁に腰を下ろした獄は元々、灼空に用があったらしい。生憎と不在であるといえば、土産の饅頭を空却に寄越した。普段なら遠慮なく手を伸ばすだろうに、ぼんやりと眺めるばかりの空却に、獄は目を細める。
「どうした。悪いもんでも食ったか」
「あながち間違いでもねぇ」
「なんだ、気味悪ぃ」
体調があまり思わしくない空却は軽口を叩く気力も沸かない。いつものような応酬すらままならない様子に、いよいよ獄は気を削がれたようだった。なら、用件だけ済ませて帰る、と言って彼が取り出したのは、一枚の写真だった。水に濡れ、日に焼けた青い写真には、たしかに覚えのある人物が浮かんでいた。見切れた法衣姿の灼空。その後をついて歩く女は華奢な体に黒いワンピースを纏い、その腕に骨壷を抱えている。その顔だけ、綺麗にくり抜かれている。
「気味の悪い落としもんだったから拾った。裏の駐車場の隅に落ちてた」
くったりとした紙は皺だらけで、輪郭すら歪めている。けれど、間違えようもない。顔をくり抜かれた女は、藤花だった。
「てめぇの専門分野から聞かせてもらおうか」
肌が粟立つような、生ぬるい、気持ち悪い空気が肌を舐める。空は嘘みたいに晴れ渡り、青々とした光が境内を包んでいる。その庇の影の黒に飲まれながら、空却は頬杖をついた。歪な写真は、端を摘んだ空却の指にぶつかってパタパタとはためいた。
「この世に、幽霊がいると思うか?もっといえば、幽霊が生者に悪さをすると思うか?」
「……刑法学の世界でいえば、不能犯というやつだ。幽霊なんて非科学的なもんは因果関係を証明することができない」
「そうだな。拙僧も、幽霊はいないと思っている。けれど、そういうもんを信じてる奴はいる。それもまた、一つの信仰の形だ。それを否定する気はさらさらねぇ。が、それによって迷惑を被ってるやつがいんなら話は別だ」
くしゃりと、写真を握り潰す。
「協力してもらいてぇ話がある」
「……どういった話だ」
「わかりやすいとこでいえば盗撮やら脅迫罪だが、根っこは痴情のもつれだ」
「どういうことだ」
「強引な見合い話を断って、脅されてるやつがいる。それだけなら相談先なんていくらでもあるんだが」
「問題は、その見合い相手っつーのが、死んだ男なんだよ」