うだるような夏の日に
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小坂家といえば、数いる檀家の中でも信心深い一家だったという。祖母は御詠歌を趣味としており、空厳寺の御詠歌隊の中心的人物だった。両親とその一人娘も、月に一度は墓参りに来て墓の手入れをし、花を供えて手を合わせていた。まだ幼かった空却も、からからと良く笑う老婆の姿や、両親に手を引かれ、ぽやぽやの手のひらを熱心に合わせる、自分よりふたつ年下の少女の姿をよく覚えている。
小坂家が立て続けに不幸に見舞われ始めたのは、空却が12のときだった。初めは藤花の祖父。もともと体が弱く、入退院を繰り返していたという彼が、ぽっくりと亡くなった。二年後、後を追うようにして祖母が亡くなった。あれほど明るかった老婆も、まるで枯れ木のように痩せ細り、最期に見たのは、青白い蝋のような顔だった。
祖母の葬儀の際に、藤花は丸い頬とまぶたを真っ赤にして、ぐすぐすと泣いていた。
「みんな、いなくなっちゃう。いかないで。ひとりにしないで」
そんな彼女のそばにいたのは、空却の同級生の男だった。同じく空厳寺の檀家で、藤花の幼馴染だという。なまっちょろい子供であったが、それでも彼女のそばを離れず、「俺はずっと一緒にいるよ」なんて慰めていた。その表情からして、藤花に気があったのだろう。空却は葬式で色気づいてるんじゃねぇぞ、と舌を出した。そんな男も、その次の年、生まれついての持病が悪化し、あっさりと亡くなったそうだ。藤花が人形のように表情を失ったのは、その頃だったという。
次の年には、父親が亡くなった。街中で酔っ払い同士が喧嘩しているところへ仲裁に入り、突き飛ばされて地面に倒れ込み、頭の打ち所が悪く、そのまま目を覚ますことはなかった。喧嘩していた当人たちは手当もせず逃げ出して、以来、見つかっていない。悲しみに暮れる間も無く、去年、母娘ふたりで交通事故に遭い、母親を亡くした。
遠縁たちからは、まるで何かに取り憑かれているようだと噂されていた。親族が亡くなるたびに、かつての活気と愛嬌をなくす藤花を不気味がり、親戚たちは金銭の援助と月に一度程度、彼女の家に顔を出す程度の関わりしか持っていないようだった。空却がナゴヤを離れている間に、いよいよほんとうに一人になってしまった藤花は、人形のような顔で、ぼんやりと、ひとりアパートで暮らしている。
厳しい灼空が、空却ひとりで彼女の家に向かわせるのも、年の近いもの同士として、彼女を助けてやりなさい、という思いがあるのだろう。んなもん知ったことか、と唾を吐く。あのアパートはひどく、息がしづらい。寺に戻り、境内に一歩踏み込む前。石階段から振り向き、こちらに視線を寄越す男を見て、せいぜい笑ってやった。すぐに、人影は隅の方へと逃げて行く。何もかもが面倒だ。体力を削ぐ熱気に顔をしかめ、重い体を引きずる。一刻も早く、寺に戻りたいと思う自分が恨めしくて、空却はまた、唾を吐いた。
小坂家が立て続けに不幸に見舞われ始めたのは、空却が12のときだった。初めは藤花の祖父。もともと体が弱く、入退院を繰り返していたという彼が、ぽっくりと亡くなった。二年後、後を追うようにして祖母が亡くなった。あれほど明るかった老婆も、まるで枯れ木のように痩せ細り、最期に見たのは、青白い蝋のような顔だった。
祖母の葬儀の際に、藤花は丸い頬とまぶたを真っ赤にして、ぐすぐすと泣いていた。
「みんな、いなくなっちゃう。いかないで。ひとりにしないで」
そんな彼女のそばにいたのは、空却の同級生の男だった。同じく空厳寺の檀家で、藤花の幼馴染だという。なまっちょろい子供であったが、それでも彼女のそばを離れず、「俺はずっと一緒にいるよ」なんて慰めていた。その表情からして、藤花に気があったのだろう。空却は葬式で色気づいてるんじゃねぇぞ、と舌を出した。そんな男も、その次の年、生まれついての持病が悪化し、あっさりと亡くなったそうだ。藤花が人形のように表情を失ったのは、その頃だったという。
次の年には、父親が亡くなった。街中で酔っ払い同士が喧嘩しているところへ仲裁に入り、突き飛ばされて地面に倒れ込み、頭の打ち所が悪く、そのまま目を覚ますことはなかった。喧嘩していた当人たちは手当もせず逃げ出して、以来、見つかっていない。悲しみに暮れる間も無く、去年、母娘ふたりで交通事故に遭い、母親を亡くした。
遠縁たちからは、まるで何かに取り憑かれているようだと噂されていた。親族が亡くなるたびに、かつての活気と愛嬌をなくす藤花を不気味がり、親戚たちは金銭の援助と月に一度程度、彼女の家に顔を出す程度の関わりしか持っていないようだった。空却がナゴヤを離れている間に、いよいよほんとうに一人になってしまった藤花は、人形のような顔で、ぼんやりと、ひとりアパートで暮らしている。
厳しい灼空が、空却ひとりで彼女の家に向かわせるのも、年の近いもの同士として、彼女を助けてやりなさい、という思いがあるのだろう。んなもん知ったことか、と唾を吐く。あのアパートはひどく、息がしづらい。寺に戻り、境内に一歩踏み込む前。石階段から振り向き、こちらに視線を寄越す男を見て、せいぜい笑ってやった。すぐに、人影は隅の方へと逃げて行く。何もかもが面倒だ。体力を削ぐ熱気に顔をしかめ、重い体を引きずる。一刻も早く、寺に戻りたいと思う自分が恨めしくて、空却はまた、唾を吐いた。