シャンデリアの下で
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小劇場の些末なライトを浴びて、五十鈴は駒鳥のように踊る。ローブに陰る表情は、ときおり覗く微笑んだ唇や鼻筋を都合よく補完し、月の影のようなうつくしさを醸し出す。それはきっと、五十鈴が見つけた自分の魅せかた、武器なのだろう。ずいぶんと低いところに据えた声も、軽やかな足取りも、まるで他人のように見えた。
「The Blue Birdなんて子供の頃以来だな」
子どもばかりの小さな劇場で、理鶯と銃兎はひどく浮いていた。具体的に言えば、開幕前に後ろの席から子どもに「でっけぇ~~」と執拗につむじをデュクシされていたくらいには。元軍人というかわいらしさの対極にあるような肩書にも関わらず、子供向けの演劇という枠組みに収まれば、あの表情の読めない異国の顔立ちも、ボーイスカウトの少年のような無邪気さに見えてくるのだから不思議だ。存外熱心に観劇しているらしい彼を咎めはしない。しかし、ここに大の大人がふたり並んで座るからには、意味があるのだ。
饅頭になって見つかった例の演出家の噂は一気に出回った。五十鈴が銃兎に告げた身体的特徴についても、同様の証言をするものがほかにもあらわれるようになったことから、遺体がすり替えられている可能性が高いとみて、捜査が始まっている。その中で、五十鈴の置かれた立場とはたいそう危ういものであった。
薬物の売人をしていた演出家の男と親密な関係にあったという女優。重要参考人となるのも致し方ない。同時に、根も葉もない誹謗中傷もまた、砂上にこぼれた水のようにじわじわと広がりつつある。予定されていた舞台は悉く降板。ぽつりぽつりとVシネマ撮影で娼婦の真似事をしてはあいまいに微笑むばかりの日々であった。今回の「青い鳥」も、急な代役を求められてのことで、顔は出さぬようにとわざわざ新しく衣装を追加したような念の入れようだ。色素の薄い地毛を真っ黒に染め、普段はしないような化粧をした彼女は確かに、疲弊していた。捜査に関して、という体でどこかに連れだせば、まるで幼いこどものように発露できぬ鬱憤をため息に変え、銃兎をじとりと睨む。手を引けば、あっさりと体を預け、ひとつだけぽろりと涙を流す。そんな、毎日。
幸福は、気づかないだけで実は身近なところにある。そんな教訓をにおわせて、会場は拍手に包まれた。挨拶の時でさえ、五十鈴は顔を晒さない。すぅ、と霞のように舞台袖へと引っ込んだと思ったら、すぐさま銃兎の携帯が震える。言われた通りのところに車を回すと、私服姿の五十鈴がすっと乗り込んできた。
「ごめんなさい。ありがとう」
告げて、後部座席をつい、と見遣る。動揺は手に取るようだ。笑って、紹介する。
「友人です」
「初めましてだな。毒島メイソン理鶯という」
「……はじめまして」
いつもの調子で淡々と舞台の感想を語る理鶯にたじたじの五十鈴は、車の行く先を気に留める余裕がない。やがて車が停まったさき、よく行く小料理屋の看板にほっと息を吐くさまになんだか笑えてしまった。
「The Blue Birdなんて子供の頃以来だな」
子どもばかりの小さな劇場で、理鶯と銃兎はひどく浮いていた。具体的に言えば、開幕前に後ろの席から子どもに「でっけぇ~~」と執拗につむじをデュクシされていたくらいには。元軍人というかわいらしさの対極にあるような肩書にも関わらず、子供向けの演劇という枠組みに収まれば、あの表情の読めない異国の顔立ちも、ボーイスカウトの少年のような無邪気さに見えてくるのだから不思議だ。存外熱心に観劇しているらしい彼を咎めはしない。しかし、ここに大の大人がふたり並んで座るからには、意味があるのだ。
饅頭になって見つかった例の演出家の噂は一気に出回った。五十鈴が銃兎に告げた身体的特徴についても、同様の証言をするものがほかにもあらわれるようになったことから、遺体がすり替えられている可能性が高いとみて、捜査が始まっている。その中で、五十鈴の置かれた立場とはたいそう危ういものであった。
薬物の売人をしていた演出家の男と親密な関係にあったという女優。重要参考人となるのも致し方ない。同時に、根も葉もない誹謗中傷もまた、砂上にこぼれた水のようにじわじわと広がりつつある。予定されていた舞台は悉く降板。ぽつりぽつりとVシネマ撮影で娼婦の真似事をしてはあいまいに微笑むばかりの日々であった。今回の「青い鳥」も、急な代役を求められてのことで、顔は出さぬようにとわざわざ新しく衣装を追加したような念の入れようだ。色素の薄い地毛を真っ黒に染め、普段はしないような化粧をした彼女は確かに、疲弊していた。捜査に関して、という体でどこかに連れだせば、まるで幼いこどものように発露できぬ鬱憤をため息に変え、銃兎をじとりと睨む。手を引けば、あっさりと体を預け、ひとつだけぽろりと涙を流す。そんな、毎日。
幸福は、気づかないだけで実は身近なところにある。そんな教訓をにおわせて、会場は拍手に包まれた。挨拶の時でさえ、五十鈴は顔を晒さない。すぅ、と霞のように舞台袖へと引っ込んだと思ったら、すぐさま銃兎の携帯が震える。言われた通りのところに車を回すと、私服姿の五十鈴がすっと乗り込んできた。
「ごめんなさい。ありがとう」
告げて、後部座席をつい、と見遣る。動揺は手に取るようだ。笑って、紹介する。
「友人です」
「初めましてだな。毒島メイソン理鶯という」
「……はじめまして」
いつもの調子で淡々と舞台の感想を語る理鶯にたじたじの五十鈴は、車の行く先を気に留める余裕がない。やがて車が停まったさき、よく行く小料理屋の看板にほっと息を吐くさまになんだか笑えてしまった。