こばなしむかしばなし
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気づけば霧絵は病院にいて、両親が泣きながら抱きしめてくれた。面倒なことは全て大人に任せ、ひたすら、あの体験のことを忘れようとした。あのとき助けてくれたうちのひとりの医者は、それを許してくれる環境を作ってくれた。
少しずつ、ひとりで移動できるようになり、ひとりで話せるようになって、彼と再会した。誰も教えてくれなかった名前を、にか、と笑った顔で、あのときとは違う、ずっとずっと、優しい声で教えてくれた。山田一郎。猫の目をした、霧絵の救世主。駅近くのパン屋の前、通り過ぎる彼を見かけるだけで安心できた。調子に乗って、手を振るようになったら、笑って返してくれるのが嬉しかった。
彼のことは誰にも話したことはなかった。自分から声をかけることもしなかった。ただ、あのひとをみるだけでいいという意気地なしな心と、ささやかな独占欲に満ち満ちていた。
けれど、神宮司先生はおそらく察していた。心の支えになるものは、多いほうがいいと。きっと、霧絵の心が、彼だけしか見ていなかったことを、気づいていた。けれど、やめられなかった。
だから、これは罰だったんだ。
いつかと似たような風景。通行人が、一郎を取り押さえている。地に伏した男たちの呻き、胸元にしがみついている小さな震える体、サイレンの音、パトカー。今日もまた、帰りが遅くなることを、場違いにも弟たちに謝った。
警察署にて事情聴取を受けたあと、連れて行かれた部屋では、ブランケットに包まり、霧絵が震えていた。開いたドアを見て顔を上げ、ひゅ、と息を呑む。また振り出しに戻った。苦笑いして、いつものようによぉ、と手を振った。
涙を流す母親に肩を抱かれながら、震える声で、霧絵は何度も一郎にごめんなさいを繰り返した。五回、ごめんなさいを言って一回ありがとうと言うのを繰り返したのち、両親に席を外すよう頼み、婦警の言葉が添えられながら、改めて、今回の経緯をご報告してくれた。
要は、逆恨みだった。示談を突っぱね続けていたことについて、主犯格である男が逆恨みし、拘束と監視が緩んだ頃合いを見計らって、彼女に接触した。無理やり入手した連絡先に、ぼかした言い方をしていたが、……裸の女の体にコラージュした彼女の盗撮画像を何枚も送りつけ、今日、彼女を呼び出した。誰かに相談出来なかったのかと言いかけて、やめた。聞けば、もう一月も、ひたすらにいつ撮られたかもわからない盗撮画像と、コラージュされた裸の写真を送りつけられていたのだ。それを、他人に見せられるだろうか。悪質だ。歯噛みし、舌を打ちたくなる。
霧絵の足を見た。今はスリッパを履いているが、無理やり履いていた小さなローファーは、靴がなくなって両親に不審に思われないための策だったらしい。案の定靴擦れを起こし、ハイソックスには血が滲んでいる。
ついには嗚咽をこぼすことしか出来なくなった霧絵に、ひとまず、いつでもいいから連絡してくれ、と連絡先を書いた紙を手渡し、いつものように手を振って部屋を出た。彼女の方は、見ることができなかった。
廊下では、彼女の両親がいた。ふたりとも涙を流したあとだったのだろう。ただ、深々と一郎に頭を下げて、部屋へと戻っていった。
なんだか、疲れた。心の底から、つぶやきがこぼれた。
少しずつ、ひとりで移動できるようになり、ひとりで話せるようになって、彼と再会した。誰も教えてくれなかった名前を、にか、と笑った顔で、あのときとは違う、ずっとずっと、優しい声で教えてくれた。山田一郎。猫の目をした、霧絵の救世主。駅近くのパン屋の前、通り過ぎる彼を見かけるだけで安心できた。調子に乗って、手を振るようになったら、笑って返してくれるのが嬉しかった。
彼のことは誰にも話したことはなかった。自分から声をかけることもしなかった。ただ、あのひとをみるだけでいいという意気地なしな心と、ささやかな独占欲に満ち満ちていた。
けれど、神宮司先生はおそらく察していた。心の支えになるものは、多いほうがいいと。きっと、霧絵の心が、彼だけしか見ていなかったことを、気づいていた。けれど、やめられなかった。
だから、これは罰だったんだ。
いつかと似たような風景。通行人が、一郎を取り押さえている。地に伏した男たちの呻き、胸元にしがみついている小さな震える体、サイレンの音、パトカー。今日もまた、帰りが遅くなることを、場違いにも弟たちに謝った。
警察署にて事情聴取を受けたあと、連れて行かれた部屋では、ブランケットに包まり、霧絵が震えていた。開いたドアを見て顔を上げ、ひゅ、と息を呑む。また振り出しに戻った。苦笑いして、いつものようによぉ、と手を振った。
涙を流す母親に肩を抱かれながら、震える声で、霧絵は何度も一郎にごめんなさいを繰り返した。五回、ごめんなさいを言って一回ありがとうと言うのを繰り返したのち、両親に席を外すよう頼み、婦警の言葉が添えられながら、改めて、今回の経緯をご報告してくれた。
要は、逆恨みだった。示談を突っぱね続けていたことについて、主犯格である男が逆恨みし、拘束と監視が緩んだ頃合いを見計らって、彼女に接触した。無理やり入手した連絡先に、ぼかした言い方をしていたが、……裸の女の体にコラージュした彼女の盗撮画像を何枚も送りつけ、今日、彼女を呼び出した。誰かに相談出来なかったのかと言いかけて、やめた。聞けば、もう一月も、ひたすらにいつ撮られたかもわからない盗撮画像と、コラージュされた裸の写真を送りつけられていたのだ。それを、他人に見せられるだろうか。悪質だ。歯噛みし、舌を打ちたくなる。
霧絵の足を見た。今はスリッパを履いているが、無理やり履いていた小さなローファーは、靴がなくなって両親に不審に思われないための策だったらしい。案の定靴擦れを起こし、ハイソックスには血が滲んでいる。
ついには嗚咽をこぼすことしか出来なくなった霧絵に、ひとまず、いつでもいいから連絡してくれ、と連絡先を書いた紙を手渡し、いつものように手を振って部屋を出た。彼女の方は、見ることができなかった。
廊下では、彼女の両親がいた。ふたりとも涙を流したあとだったのだろう。ただ、深々と一郎に頭を下げて、部屋へと戻っていった。
なんだか、疲れた。心の底から、つぶやきがこぼれた。