こばなしむかしばなし
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以来、彼女を見かけることが増えた。時刻で言えば、午後七時ごろ。駅近くのパン屋、イートインのカウンター席で、黙々とパンを食べているか、なにやら文庫本を読んでいるか。だらだらとスマホをいじるか、パソコンの画面をのぞき込んで鍵盤を叩くような連中が多いものだから、背筋がしゃんと伸びている彼女はよくよく目立った。目が合うときはそう多くない。ショーウィンドウを通り過ぎるまでじ、と見つめていると、ときどき、彼女が顔をあげる。最初の一、二回はぎこちない笑顔で会釈、その後すこしずつ、笑顔が柔らかくなって、彼女の制服が夏服に変わるころには、ちいさく手を振ってくれるようになった。あれきり話したことはなかったけれど、すこしずつ打ち解けられているということだろうか。あのとき、あれほどに傷つき、座り込んで震えていた彼女が、確かに食事を摂ることができている。真剣な表情で本のページをめくることができている。自然に笑うことができている。それだけでよかったはずなのに。
あのパン屋の前を通るとき、彼女の姿を探すようになった。見つからなかったら、心のどこかでがっかりしてしまう。見つかったら、こちらに気づいてほしいと思う。その顔が一郎の方に向かなかったとき、声をかけてしまいたい衝動に駆られてしまう。笑ってくれたとき、たしかに、一郎の胸は締め付けられる。
「……恋なのでわ?」
「…………あーーーーーー」
「え~青春じゃん!アオハルじゃん!ひゅ~!可愛いねぇ」
「うるせぇ」
「え~、左馬刻はボーイミーツガールの瞬間を見たのに、なあんでそんなに冷めてるのぉ!」
「それ以前に少年犯罪の現場だったわ」
たばこを灰皿に押し付けた左馬刻は息を吐き、立ち上がる。
「……勘違いすんなよ」
「……なにをスか」
「そいつにとってお前は、自分の世界を支配した鬼畜生みたいな連中よりいくらかマシってだけだ。お前も、自分よりも小さくて、弱っちくて、震えている小動物を見て可愛いと思っているだけだ。そこを履き違えると、ろくでもないことになんぞ」
「……俺の気持ちがどうかなんて、あんたには分からないじゃないすか」
「…………知らねぇぞ」
「え~もう!ふたりとも怖いよぉ!」
乱数の言葉に舌打ちを残し、左馬刻は部屋を後にした。気まずい沈黙に、一郎はすまねぇ、と、乱数に謝罪する。なんで?と首を傾げてみせる。
「ようは吊り橋効果ってやつでしょ?」
「……不謹慎だぜ」
「一緒だよ。倫理観だとか、そういうおまけがうるさいだけでさ」
笑う乱数は、がり、と、飴をかみ砕いた。
あのパン屋の前を通るとき、彼女の姿を探すようになった。見つからなかったら、心のどこかでがっかりしてしまう。見つかったら、こちらに気づいてほしいと思う。その顔が一郎の方に向かなかったとき、声をかけてしまいたい衝動に駆られてしまう。笑ってくれたとき、たしかに、一郎の胸は締め付けられる。
「……恋なのでわ?」
「…………あーーーーーー」
「え~青春じゃん!アオハルじゃん!ひゅ~!可愛いねぇ」
「うるせぇ」
「え~、左馬刻はボーイミーツガールの瞬間を見たのに、なあんでそんなに冷めてるのぉ!」
「それ以前に少年犯罪の現場だったわ」
たばこを灰皿に押し付けた左馬刻は息を吐き、立ち上がる。
「……勘違いすんなよ」
「……なにをスか」
「そいつにとってお前は、自分の世界を支配した鬼畜生みたいな連中よりいくらかマシってだけだ。お前も、自分よりも小さくて、弱っちくて、震えている小動物を見て可愛いと思っているだけだ。そこを履き違えると、ろくでもないことになんぞ」
「……俺の気持ちがどうかなんて、あんたには分からないじゃないすか」
「…………知らねぇぞ」
「え~もう!ふたりとも怖いよぉ!」
乱数の言葉に舌打ちを残し、左馬刻は部屋を後にした。気まずい沈黙に、一郎はすまねぇ、と、乱数に謝罪する。なんで?と首を傾げてみせる。
「ようは吊り橋効果ってやつでしょ?」
「……不謹慎だぜ」
「一緒だよ。倫理観だとか、そういうおまけがうるさいだけでさ」
笑う乱数は、がり、と、飴をかみ砕いた。