こばなしむかしばなし
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ひ、ひ、ひ、と切り詰めた息がその娘の喉から溢れていた。かたかたと震え、うす汚い公衆便所に座り込む姿はひどく痛ましい。先ほど一郎が叩きのめし、地に伏した男のひとりを引きずり上げ、なにしてんだ、と呟いた。
「なにしたっつってんだよクソが!」
もう一発、顔面にくれてやる。転がっていた男の何人かが、急いで立ち上がって逃げ惑い、転がる。ガァン、と響いた音は左馬刻によるものだ。黙ってタバコをふかしていた彼は、一郎の掴み上げていた男の首根っこを捕まえ、引きずり、そして、一発、一郎の頭を叩いた。
「てめぇも落ち着け。おら、先生呼ぶぞ」
あんたはそこで待ってろ。そう言い残し、左馬刻は公衆便所を出た。引きずられて行く男の呻き声が尾を引いて響く。改めて、うずくまった少女を見下ろした。顔は、殴られたのだろう、真っ赤に腫れあがっており、汗と涙で濡れた肌には乱れた髪が張り付いている。有名な私立中学の制服、そこから覗く膝が擦り切れて血が滲んでいる。リボンのホックが外れ、ボタンの飛んだブラウスから、青白い肌と薄緑の下着が見えていた。ひ、ひ、ひ、と鋭い呼吸は続く。ようやっと冷えた頭。一郎が脱いだ学ランを頭から被せてやると、もぞもぞと動いて、怯えきった瞳が、一郎を見上げた。涙で頬に張り付く下睫毛の長さが、妙に冷静に、綺麗な顔立ちだと、訴えてきた。
「あっ!おねーさん、おっひさー!」
突然飛び出した乱数が駆け寄ったのは、あの有名私立の制服を着た女子中学生だった。彼女は体を強張らせたのち、ぎち、と固い笑顔を見せる。こんにちは。初めて聞いたそれは、存外普通の声だった。
「寂雷のとこ行ってたの〜?」
「あ、うん、はい」
「そっかそっか〜!じゃ、今からおうちに帰るのかな?」
「はい、その。親が、迎えに来てくれます」
「えー!僕おねーさんともっとお話したいよぅ」
「あの、えっと……はい。ごめんなさい」
「おい、乱数」
近づいた一郎に、彼女の顔が色を失い、ひゅ、と息を吸い込む音が聞こえた。それもそうだろう。学ランを着た、体格の良い男。恐怖の対象と思われても仕方ない。まして、一郎は彼女の前で複数の男を殴った。足を止めて、ごめんな、と謝る。乱数はきにせずにぱ、と笑い、いつものように飴を取り出した。
「今度時間あったら、一緒ご飯いこーね!」
ばいばーい!手を振る乱数に、ぎこちなく手を振り返す。会釈をした一郎にも、やはりぎこちない笑顔を。彼女をひとりにするのはひどく不安だったが、かといって、一郎はそばにはいてやれなかった。
「なにしたっつってんだよクソが!」
もう一発、顔面にくれてやる。転がっていた男の何人かが、急いで立ち上がって逃げ惑い、転がる。ガァン、と響いた音は左馬刻によるものだ。黙ってタバコをふかしていた彼は、一郎の掴み上げていた男の首根っこを捕まえ、引きずり、そして、一発、一郎の頭を叩いた。
「てめぇも落ち着け。おら、先生呼ぶぞ」
あんたはそこで待ってろ。そう言い残し、左馬刻は公衆便所を出た。引きずられて行く男の呻き声が尾を引いて響く。改めて、うずくまった少女を見下ろした。顔は、殴られたのだろう、真っ赤に腫れあがっており、汗と涙で濡れた肌には乱れた髪が張り付いている。有名な私立中学の制服、そこから覗く膝が擦り切れて血が滲んでいる。リボンのホックが外れ、ボタンの飛んだブラウスから、青白い肌と薄緑の下着が見えていた。ひ、ひ、ひ、と鋭い呼吸は続く。ようやっと冷えた頭。一郎が脱いだ学ランを頭から被せてやると、もぞもぞと動いて、怯えきった瞳が、一郎を見上げた。涙で頬に張り付く下睫毛の長さが、妙に冷静に、綺麗な顔立ちだと、訴えてきた。
「あっ!おねーさん、おっひさー!」
突然飛び出した乱数が駆け寄ったのは、あの有名私立の制服を着た女子中学生だった。彼女は体を強張らせたのち、ぎち、と固い笑顔を見せる。こんにちは。初めて聞いたそれは、存外普通の声だった。
「寂雷のとこ行ってたの〜?」
「あ、うん、はい」
「そっかそっか〜!じゃ、今からおうちに帰るのかな?」
「はい、その。親が、迎えに来てくれます」
「えー!僕おねーさんともっとお話したいよぅ」
「あの、えっと……はい。ごめんなさい」
「おい、乱数」
近づいた一郎に、彼女の顔が色を失い、ひゅ、と息を吸い込む音が聞こえた。それもそうだろう。学ランを着た、体格の良い男。恐怖の対象と思われても仕方ない。まして、一郎は彼女の前で複数の男を殴った。足を止めて、ごめんな、と謝る。乱数はきにせずにぱ、と笑い、いつものように飴を取り出した。
「今度時間あったら、一緒ご飯いこーね!」
ばいばーい!手を振る乱数に、ぎこちなく手を振り返す。会釈をした一郎にも、やはりぎこちない笑顔を。彼女をひとりにするのはひどく不安だったが、かといって、一郎はそばにはいてやれなかった。