みつけた
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それはもう、音が出てしまいそうなほどばっちりと目があって、三郎はこっそり舌打ちをした。向こうも向こうでそんな三郎の心情を察しているのだろう。困ったように笑いながら、人でごった返すホームで三郎に歩み寄り、声をかけてくる。
「こんにちは、三郎くん」
「……こんにちは、牧野さん」
牧野霧絵という女は、数年前、それこそ一郎がTDDの一員として活躍していた頃、一郎が拾った少女だった。萬屋の経営に携わる三郎からしたらささやかな、当時ただの女子高校生であった彼女からすれば大きな事件に巻き込まれ、それはもう捨て猫のようだった彼女に一郎は熱心に働きかけ、そののち、恋人同士という関係に落ち着いたらしい。先日二郎からはそれはもう興奮した様子で「牧野サンと兄ちゃん付き合ってるっぽいぜ!!」と報告を受けたが、三郎がそれに気づいたのは一年前だ。当然、機嫌を悪くしていた三郎に、当時の二郎はコーネンキかよ、と的外れな指摘をしていたのだが。
三郎の調査が正しければ、彼女はこの近くのコーヒーショップでアルバイトをしている。その帰りだったのだろう。長い髪は高い位置でひとつにまとめられ、それこそ馬の尻尾のようにふるふると揺れている。何かの本で見た。ポニーテールは、右足を出すときは左に、左足を出すときは右に揺れるらしい。この女は気にくわないが、どこかで聞いたその知識が本当かどうかは少しだけ気になった。
「今帰り?」
「ええ、はい。テスト前なので、学校の自習室で勉強を」
「すごいね、私、中学生の頃に自習室なんて使ったことなかったよ」
「さすが、現役で難関大学に合格した方は言うことが違いますね」
「褒めてるんだけどなぁ」
苦笑して、ふと思いついたかのように鞄に手を入れ、ちいさな紙袋を差し出す。
「お疲れ様。一人一個くらいしかないけど、どうぞ分けて」
「……これは?」
「うちのお店の試供品。うまくいけば、次のシーズンぐらいに新作として並ぶんじゃないかな?」
受け取り、中を開けると、個別に包装されたベルギーワッフルが四つほど入っていた。三郎が何か言おうと口を開いたそのとき、ちょうどそこへ、電車がやってきた。それじゃ、また。気づけばひらりといなくなった霧絵に、そういえば、ポニーテールをみるのを忘れてた、と今更のように思い出した。
「おかえり、三郎」
にこやかに出迎えてくれた兄はすでに夕飯の支度を始めており、その大きな手は卵とパン粉にまみれていた。今日は依頼主からたくさん豚肉を頂いたから、トンカツな。バットの上で手をはたき、パン粉を落とすと、温められた油に次々と肉を落としていく。慌てて手を洗い、台所に戻る。すでに千切りにしてあるキャベツを器に盛り、炊飯器を開け、米をかき混ぜる。今日は二郎がバイト先の棚卸を手伝うとかで遅くなるから、夕飯はふたりで先に食べることになっている。
「腹減ったろ、もうすぐだからな」
「あ、……いや、さっき、ちょっとお菓子をつまんじゃったので、大丈夫です」
「へぇ、三郎が珍しいな」
「ええ。牧野さんにお会いしまして。差し入れに、とお菓子をいただきました」
ばしゃり、と油が跳ねる音がする。見れば、ひっくり返そうとした豚肉を菜箸で掴み損ねたらしい。へえ、牧野さんに。つぶやきはらしくもなくか細い。そんなに?と思うくらいにはわかりやすい反応をした一郎に、三郎は、先に頂いてすみません、と謝った。
「いや……それは問題ない。なんも。兄ちゃんの分も食っていいぞ」
「あと三個ありますので、いちにい、二つどうぞ」
「はは、んじゃ、みんなで分けて食べるか」
「はい」
沈黙。ぱちぱち油が弾ける音に紛れてこっそりと兄の方を盗み見ると、わずかに、顔がこわばっているような気がした。
「……こないだな、二郎のやつに、兄ちゃん牧野さんと付き合ってたの?て聞かれてな」
「あの馬鹿……」
「いや、……うん。隠してたわけじゃなかったんだが…………」
「気にしないでください、いちにい」
「ん、……すまねぇ」
ぱちぱち。いい塩梅に揚がったトンカツを掬い上げ、バットで油を切る。急に、兄がティーンエイジャーであることを思い出した。
「こんにちは、三郎くん」
「……こんにちは、牧野さん」
牧野霧絵という女は、数年前、それこそ一郎がTDDの一員として活躍していた頃、一郎が拾った少女だった。萬屋の経営に携わる三郎からしたらささやかな、当時ただの女子高校生であった彼女からすれば大きな事件に巻き込まれ、それはもう捨て猫のようだった彼女に一郎は熱心に働きかけ、そののち、恋人同士という関係に落ち着いたらしい。先日二郎からはそれはもう興奮した様子で「牧野サンと兄ちゃん付き合ってるっぽいぜ!!」と報告を受けたが、三郎がそれに気づいたのは一年前だ。当然、機嫌を悪くしていた三郎に、当時の二郎はコーネンキかよ、と的外れな指摘をしていたのだが。
三郎の調査が正しければ、彼女はこの近くのコーヒーショップでアルバイトをしている。その帰りだったのだろう。長い髪は高い位置でひとつにまとめられ、それこそ馬の尻尾のようにふるふると揺れている。何かの本で見た。ポニーテールは、右足を出すときは左に、左足を出すときは右に揺れるらしい。この女は気にくわないが、どこかで聞いたその知識が本当かどうかは少しだけ気になった。
「今帰り?」
「ええ、はい。テスト前なので、学校の自習室で勉強を」
「すごいね、私、中学生の頃に自習室なんて使ったことなかったよ」
「さすが、現役で難関大学に合格した方は言うことが違いますね」
「褒めてるんだけどなぁ」
苦笑して、ふと思いついたかのように鞄に手を入れ、ちいさな紙袋を差し出す。
「お疲れ様。一人一個くらいしかないけど、どうぞ分けて」
「……これは?」
「うちのお店の試供品。うまくいけば、次のシーズンぐらいに新作として並ぶんじゃないかな?」
受け取り、中を開けると、個別に包装されたベルギーワッフルが四つほど入っていた。三郎が何か言おうと口を開いたそのとき、ちょうどそこへ、電車がやってきた。それじゃ、また。気づけばひらりといなくなった霧絵に、そういえば、ポニーテールをみるのを忘れてた、と今更のように思い出した。
「おかえり、三郎」
にこやかに出迎えてくれた兄はすでに夕飯の支度を始めており、その大きな手は卵とパン粉にまみれていた。今日は依頼主からたくさん豚肉を頂いたから、トンカツな。バットの上で手をはたき、パン粉を落とすと、温められた油に次々と肉を落としていく。慌てて手を洗い、台所に戻る。すでに千切りにしてあるキャベツを器に盛り、炊飯器を開け、米をかき混ぜる。今日は二郎がバイト先の棚卸を手伝うとかで遅くなるから、夕飯はふたりで先に食べることになっている。
「腹減ったろ、もうすぐだからな」
「あ、……いや、さっき、ちょっとお菓子をつまんじゃったので、大丈夫です」
「へぇ、三郎が珍しいな」
「ええ。牧野さんにお会いしまして。差し入れに、とお菓子をいただきました」
ばしゃり、と油が跳ねる音がする。見れば、ひっくり返そうとした豚肉を菜箸で掴み損ねたらしい。へえ、牧野さんに。つぶやきはらしくもなくか細い。そんなに?と思うくらいにはわかりやすい反応をした一郎に、三郎は、先に頂いてすみません、と謝った。
「いや……それは問題ない。なんも。兄ちゃんの分も食っていいぞ」
「あと三個ありますので、いちにい、二つどうぞ」
「はは、んじゃ、みんなで分けて食べるか」
「はい」
沈黙。ぱちぱち油が弾ける音に紛れてこっそりと兄の方を盗み見ると、わずかに、顔がこわばっているような気がした。
「……こないだな、二郎のやつに、兄ちゃん牧野さんと付き合ってたの?て聞かれてな」
「あの馬鹿……」
「いや、……うん。隠してたわけじゃなかったんだが…………」
「気にしないでください、いちにい」
「ん、……すまねぇ」
ぱちぱち。いい塩梅に揚がったトンカツを掬い上げ、バットで油を切る。急に、兄がティーンエイジャーであることを思い出した。