刻の歯車
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鬱蒼と木々が茂る森の中、草を分け歩きながら溜息を吐いた。夜の住宅街を歩いていた筈なのに、瞬きの直後この森の中に立っていた。はっきり言って意味が分からない。いっそ夢であれば納得もできたかもしれないが、先程しなった枝葉に手を叩かれた時、しっかり痛みがあったのでその可能性は消えた。
低い外気温に合わせたコートを着ていたが、今この場では不適切と言うしかない。冬の始まりだったはずの季節がずれて春のような温かさ。すっかり汗ばんでしまい、布が肌に張り付く感覚が不快だった。脱いでしまいたいが、そうすれば荷物になる。慣れない山歩きでそれは避けたかったが、暑さも如何ともしがたいジレンマだった。
立ち止まり改めて辺りを見回してみるが、山の中だろうということしか分からない。また溜息が出る。
「……面倒臭ぇ」
肩の荷を掛けなおし、森の出口を探すために再び歩き出した。
藪を掻き分けながら歩を進めていたが、人の気配に足を止める。姿はよく見えないが、近くに五人。
音を立てないよう慎重に近づき、木の陰に身を潜めて気配の主を確認した。
「(……コスプレか?)」
茂みの隙間から見えたのは着物を纏った男達だった。三名は暗い色味の上下に頭にも同色の布を巻きつけている。
「(何かの撮影……なワケねぇわな。カメラもねぇし)」
この周囲に居るのは彼らだけ。それ以外に人はおらず、スタッフのような誰かが居る様子は無い。だが彼らの姿はまるで時代劇の演者のようだった。
息を殺して窺っていると、どうやら彼らは何かを探しているか調べるかしていて、一度ここに集まって報告をしているようだった。会話の内容こそ聞こえないが、微かに見える手振りから判断した。
さっさと距離を取ればいいものを、この場に留まっているのは彼らの気配が穏やかなものではなかったからだ。殺気とまでは言わずとも、ピリピリとした様子が感じ取れた。相手の正体も分からない以上、関わらない為にはここに隠れ、彼らが去るまでやり過ごすのが一番だ。
ガサッ
「(げ)」
湿った土や苔で不意に足が滑り、草が音を立てた。履いていたブーツは男性向けのレザーブーツであったが、厳密な山歩き用ではなかった。些細な音ではあったが、彼らは聞き逃してはくれなかった。
「なんだ」
「兎か? 狸か?」
向かってくる気配に背を向けて、瞬時に駆け出した。
「誰だ!」
「追え!」
本来であれば、音や気配を消して移動するなど造作もない事だった。しかしそれは舗装された道や人込みの中での話であり、この森の中では全く効果がない。不安定な足元で、追ってくる気配に意識を向けながら走るのが精一杯だった。
「(クソッ)」
更に彼らはしきりに何かを投げつけてくる。それは石であったり、幹に刺さる何かだったり。彼らの気配を気にしながら、それを手で払い飛ばしたりしていれば、必然的に意識はそちらへ向く。だから気付くのが遅れた。
「っ⁉」
自分が川沿い近くを逃げていたことも、その川が途切れ滝になっていたことも認識できていたなかった。視界が開け、気付いた時にはもう避けようがなかった。
途中、崖から迫り出した箇所に一度足が付いたものの、着地は叶わず、足場が崩れてさらに落ちた。
人が水に落ちる音は、滝の轟音に搔き消され誰の耳にも届かなかった。
低い外気温に合わせたコートを着ていたが、今この場では不適切と言うしかない。冬の始まりだったはずの季節がずれて春のような温かさ。すっかり汗ばんでしまい、布が肌に張り付く感覚が不快だった。脱いでしまいたいが、そうすれば荷物になる。慣れない山歩きでそれは避けたかったが、暑さも如何ともしがたいジレンマだった。
立ち止まり改めて辺りを見回してみるが、山の中だろうということしか分からない。また溜息が出る。
「……面倒臭ぇ」
肩の荷を掛けなおし、森の出口を探すために再び歩き出した。
藪を掻き分けながら歩を進めていたが、人の気配に足を止める。姿はよく見えないが、近くに五人。
音を立てないよう慎重に近づき、木の陰に身を潜めて気配の主を確認した。
「(……コスプレか?)」
茂みの隙間から見えたのは着物を纏った男達だった。三名は暗い色味の上下に頭にも同色の布を巻きつけている。
「(何かの撮影……なワケねぇわな。カメラもねぇし)」
この周囲に居るのは彼らだけ。それ以外に人はおらず、スタッフのような誰かが居る様子は無い。だが彼らの姿はまるで時代劇の演者のようだった。
息を殺して窺っていると、どうやら彼らは何かを探しているか調べるかしていて、一度ここに集まって報告をしているようだった。会話の内容こそ聞こえないが、微かに見える手振りから判断した。
さっさと距離を取ればいいものを、この場に留まっているのは彼らの気配が穏やかなものではなかったからだ。殺気とまでは言わずとも、ピリピリとした様子が感じ取れた。相手の正体も分からない以上、関わらない為にはここに隠れ、彼らが去るまでやり過ごすのが一番だ。
ガサッ
「(げ)」
湿った土や苔で不意に足が滑り、草が音を立てた。履いていたブーツは男性向けのレザーブーツであったが、厳密な山歩き用ではなかった。些細な音ではあったが、彼らは聞き逃してはくれなかった。
「なんだ」
「兎か? 狸か?」
向かってくる気配に背を向けて、瞬時に駆け出した。
「誰だ!」
「追え!」
本来であれば、音や気配を消して移動するなど造作もない事だった。しかしそれは舗装された道や人込みの中での話であり、この森の中では全く効果がない。不安定な足元で、追ってくる気配に意識を向けながら走るのが精一杯だった。
「(クソッ)」
更に彼らはしきりに何かを投げつけてくる。それは石であったり、幹に刺さる何かだったり。彼らの気配を気にしながら、それを手で払い飛ばしたりしていれば、必然的に意識はそちらへ向く。だから気付くのが遅れた。
「っ⁉」
自分が川沿い近くを逃げていたことも、その川が途切れ滝になっていたことも認識できていたなかった。視界が開け、気付いた時にはもう避けようがなかった。
途中、崖から迫り出した箇所に一度足が付いたものの、着地は叶わず、足場が崩れてさらに落ちた。
人が水に落ちる音は、滝の轟音に搔き消され誰の耳にも届かなかった。
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