刻の歯車
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とうに日の落ちた街の雑踏を抜ける、フードの付いた黒いコートを纏ったひと。すらりとした長身に短く整えられた茶髪、切れ長の目元からは男性的な印象を受けるが、口元は襟に隠れその表情を窺うことは出来ない。
その人は両の手をポケットに入れたまま街灯やビルの灯りが照らす広く整備された歩道を行き交う人々の間を縫うようにすり抜けていく。まるで何かから逃げるように、人気の少ない、暗い路地へ足を向ける。
――――
繁華街から距離を取り、人のまばらな住宅地付近に出るとふうと息を吐いた。視線の先にある公園へ、周囲に人影が無いことを確認し足を踏み入れた。今どき珍しく園内に設置された灰皿の前でこれ幸いとその人は肩に掛けていたバッグから煙草とライターを取り出し火を点けた。
煙を吸い込み、空へ吐き出す。
息苦しい。
有害な煙を肺に入れるよりも、もっと、ずっと。
息苦しくて、生き辛くて、誰とも関わりたくなくて、誰も自分を知らないこの土地まで来たけれど。結局人との関わりを絶つことなど出来ず、息苦しいままで。この身が早く朽ちてしまえばいいと思いながら、それも出来ず今の今まで生き延びている。
煙草を咥えたまま、黒い皮のフィンガーレスグローブ越しに両掌を見詰める。
『コレ』さえなければ、また違った人生だっただろうかと、ありもしない別な未来を憂いても、何も変わりはしない。どうにもならない理不尽に、ただ怒りが沸くだけだ。
いつの間にか燃え尽きた煙草の灰を落とし、もう一度吸う。
何度かそれを繰り返し、すっかり短くなった煙草を灰皿に押し付けた。吸殻を灰皿の中へ落とし、荷物を肩へ掛けなおしてから再び街頭照らす夜の闇を歩きだした。
行く当てもなく人影のない細い路地を歩き続ける。街灯すらない暗い道を一人歩く。こうしている間が一番心が穏やかだった。
雑踏が遠ざかる。喧騒が消えていく。このまま自分も消えてしまえばいいのに、と思わずにいられなかった。跡形もなく無くなってしまえばいい、と。
そんなことを頭の片隅でぼんやり考えながら、歩く。
今日も、音が聞こえる。ギ……ギ……と、何かが軋むような微かな音が。
初めの内は耳鳴りかとも思ったが、耳の中ではなく、何処かから聞こえてきているように感じられた。だが深夜に近い住宅街、人影はおろか車さえ走っていないこの場所にそんな音を発するようなものは見当たらない。
こんなに静かな場所で――。
――……あまりにも静かだった。
歩く人影も、自転車も自動車もなく、周囲の家に明かりは一つも点いていない。玄関灯も、カーテン越しの明かりもなく、街灯すら仄暗く感じる。まるで町中空っぽにでもなってしまったかのように。
“家の中の気配”すら“見当たらない”なんて。
ぞっとするような静寂の中、聞こえるのは己の鼓動と、軋む耳鳴りだけ。
ギッ……ギッ……と徐々に音が大きくなる。否、“近付いている”。
言い表せない不気味さに思わず駆け出した。薄暗い路地を走り抜けても音は消えない。出所も、正体も不明の軋み音は徐々にその感覚が短くなった。ギギギギギと一際はっきりと、背後で音がした。『追いつかれた』と思った刹那。
カチ。
瞬いたほんのそれだけの間。目を開いた時そこは住宅街などではなく。草と土の匂いに満ちた森の中だった。
その人は両の手をポケットに入れたまま街灯やビルの灯りが照らす広く整備された歩道を行き交う人々の間を縫うようにすり抜けていく。まるで何かから逃げるように、人気の少ない、暗い路地へ足を向ける。
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繁華街から距離を取り、人のまばらな住宅地付近に出るとふうと息を吐いた。視線の先にある公園へ、周囲に人影が無いことを確認し足を踏み入れた。今どき珍しく園内に設置された灰皿の前でこれ幸いとその人は肩に掛けていたバッグから煙草とライターを取り出し火を点けた。
煙を吸い込み、空へ吐き出す。
息苦しい。
有害な煙を肺に入れるよりも、もっと、ずっと。
息苦しくて、生き辛くて、誰とも関わりたくなくて、誰も自分を知らないこの土地まで来たけれど。結局人との関わりを絶つことなど出来ず、息苦しいままで。この身が早く朽ちてしまえばいいと思いながら、それも出来ず今の今まで生き延びている。
煙草を咥えたまま、黒い皮のフィンガーレスグローブ越しに両掌を見詰める。
『コレ』さえなければ、また違った人生だっただろうかと、ありもしない別な未来を憂いても、何も変わりはしない。どうにもならない理不尽に、ただ怒りが沸くだけだ。
いつの間にか燃え尽きた煙草の灰を落とし、もう一度吸う。
何度かそれを繰り返し、すっかり短くなった煙草を灰皿に押し付けた。吸殻を灰皿の中へ落とし、荷物を肩へ掛けなおしてから再び街頭照らす夜の闇を歩きだした。
行く当てもなく人影のない細い路地を歩き続ける。街灯すらない暗い道を一人歩く。こうしている間が一番心が穏やかだった。
雑踏が遠ざかる。喧騒が消えていく。このまま自分も消えてしまえばいいのに、と思わずにいられなかった。跡形もなく無くなってしまえばいい、と。
そんなことを頭の片隅でぼんやり考えながら、歩く。
今日も、音が聞こえる。ギ……ギ……と、何かが軋むような微かな音が。
初めの内は耳鳴りかとも思ったが、耳の中ではなく、何処かから聞こえてきているように感じられた。だが深夜に近い住宅街、人影はおろか車さえ走っていないこの場所にそんな音を発するようなものは見当たらない。
こんなに静かな場所で――。
――……あまりにも静かだった。
歩く人影も、自転車も自動車もなく、周囲の家に明かりは一つも点いていない。玄関灯も、カーテン越しの明かりもなく、街灯すら仄暗く感じる。まるで町中空っぽにでもなってしまったかのように。
“家の中の気配”すら“見当たらない”なんて。
ぞっとするような静寂の中、聞こえるのは己の鼓動と、軋む耳鳴りだけ。
ギッ……ギッ……と徐々に音が大きくなる。否、“近付いている”。
言い表せない不気味さに思わず駆け出した。薄暗い路地を走り抜けても音は消えない。出所も、正体も不明の軋み音は徐々にその感覚が短くなった。ギギギギギと一際はっきりと、背後で音がした。『追いつかれた』と思った刹那。
カチ。
瞬いたほんのそれだけの間。目を開いた時そこは住宅街などではなく。草と土の匂いに満ちた森の中だった。
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