Chapter.0
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夕方、最後の授業の終了を告げるチャイムが鳴り、周りの生徒がわらわらと帰り支度を始める。ある者は部活へ、ある者は友人と遊びに、と賑やかだ。早々に支度を終えたクラスメイトと軽く挨拶を交わしながら、自分の荷物をまとめる。
今日も、またいつも通り。いつも通り登校して、いつも通り友達と話して、いつも通り授業を受けて、いつも通り帰る。代わり映えの無い一日に、脳が溶けそうだ。いつからだろう、こんな平坦な日常になったのは。人前では取り繕っているけれど、これといって何も感じない。感動がない。ただ淡々と、日々が過ぎていく。楽しいと思うことは、確かにあったはずなのに。
「蘭!」
自分の席でのろのろと帰り支度をしていると、椅子越しに背後から抱き疲れた。「うっ」と声を漏らしてはみたものの、近づいて来ている気配には気付いていた。
「かーえろっ」
「はいはい」
抱き付いてきたのは山中百合。物心ついた頃から付き合いのある、所謂幼馴染み。記憶こそないものの、生まれてすぐからだと、両親から聞いた。高校二年の現在まで、およそ一七年。クラスさえずっと一緒で、恐ろしいほどの腐れ縁。大切な親友。
彼女とはまるで性格が違う。百合の周囲にはいつも人がいる。社交的で明るく、人懐っこい百合は友達が多い。一方こちらは最低限の交流に留めて、あまり多くの人とは関わらなかった。友人が多いわけではないが、それで良かった。それくらいが丁度良かった。
誰かが、磁石のようだと言った。その通りだと思った。対照的な性格で、よくそんなに長く一緒に居るものだと言われたこともある。何故だろう、それでも、百合と一緒に過ごすのは居心地が良かった。
家同士が近所なこともあり、帰り道はいつも百合と他愛のない話をしながら歩く。気を張らなくていいこの時間は好きだった。
「あ、ねぇ。明日、久しぶりに家に泊まりに来ない?」
唐突にそんなことを言われ驚いた。
「百合ん家に?」
「そ。……蘭、元気ないみたいだったからさ、パパ達に相談したら、『蘭ちゃんも大変だろうし、もしよければ息抜きに遊びにおいで』って」
バレていた。この手の隠し事が通用したことがない。お互いに。
「ありがと。じゃあ、お邪魔する」
「やった! ついでに課題教えて?」
「そっちが目的でしょ?」
「あ、バレた」
百合がおどけるのに釣られて笑いが込み上げる。こんな風に冗談を言い合える友達は少ない。百合が居なければ、気が滅入っていただろう。
「じゃあ、後で連絡するね」
「おっけー」
百合とは、彼女の家の前で別れる。一人になった途端、表情筋の動きが鈍くなる。元々、百合のように表情がコロコロ変わるタイプではないため、それ自体は別に構わない。だか全く気にならないかと言えば、そうでもない。昔ほど、笑わなくなった気がする。いつからだろうと考えても、明確な答えは得られない。
少し前は、色んな事が楽しかった。些細な事でも楽しめた。なのに、いつから心が動かなくなった?
「――ふぅ……」
思わずため息が漏れた。幸せが逃げていく。逃げるものがあれば、の話だが。
これからひと気の無い家に帰るかと思うと、少し気分が落ち込む。
本来なら、母と祖父の三人と一匹暮らしのはずが、二人はずっと用事で家を空けている。父親は子供の頃に亡くなった。もう記憶もおぼろげだ。寂しいが、どうやら周囲の人々には恵まれているらしい。百合と彼女のご両親はいつも気に掛けてくれているし、それに――。
「よぉ、蘭。今帰りか?」
ここにも居た。気に掛けてくれる人。
道の向こうで龍元成樹がヒラヒラと手を振っている。彼は祖父が開いていた家の道場の門下生で、小さい頃から百合と一緒によく遊んでいた。もう一人の幼馴染み。ウチに下宿していたらしく、家のことを手伝っていたのを覚えている。六つか七つ、年上だったはず。彼が高校生くらいになった頃、ウチを出て行った。
「そう。百合と帰ってきたところ」
祖父が不在で、道場が休みになってからも彼は定期的に家に来て、掃除や備品の整備を手伝ってくれる。
「道場、掃除しといたから」
「いつもありがとう。一人じゃなかなか手が回らなくてさ」
「いいって。俺にとっても家みたいなもんだし。ところで、お前最近変わったことなかったか?」
「会うたび聞くよね、それ。無いよ、何も」
「そうか。ならいいんだ。じゃあ俺はこれから用事があるんで――またな」
すれ違い様にこちらの頭にポンポンと手を置いて、成樹は満足そうに去っていった。
「……? ヘンなやつ」
普段と違う彼の行動に首を捻りながら再び家路についた。
今日も、またいつも通り。いつも通り登校して、いつも通り友達と話して、いつも通り授業を受けて、いつも通り帰る。代わり映えの無い一日に、脳が溶けそうだ。いつからだろう、こんな平坦な日常になったのは。人前では取り繕っているけれど、これといって何も感じない。感動がない。ただ淡々と、日々が過ぎていく。楽しいと思うことは、確かにあったはずなのに。
「蘭!」
自分の席でのろのろと帰り支度をしていると、椅子越しに背後から抱き疲れた。「うっ」と声を漏らしてはみたものの、近づいて来ている気配には気付いていた。
「かーえろっ」
「はいはい」
抱き付いてきたのは山中百合。物心ついた頃から付き合いのある、所謂幼馴染み。記憶こそないものの、生まれてすぐからだと、両親から聞いた。高校二年の現在まで、およそ一七年。クラスさえずっと一緒で、恐ろしいほどの腐れ縁。大切な親友。
彼女とはまるで性格が違う。百合の周囲にはいつも人がいる。社交的で明るく、人懐っこい百合は友達が多い。一方こちらは最低限の交流に留めて、あまり多くの人とは関わらなかった。友人が多いわけではないが、それで良かった。それくらいが丁度良かった。
誰かが、磁石のようだと言った。その通りだと思った。対照的な性格で、よくそんなに長く一緒に居るものだと言われたこともある。何故だろう、それでも、百合と一緒に過ごすのは居心地が良かった。
家同士が近所なこともあり、帰り道はいつも百合と他愛のない話をしながら歩く。気を張らなくていいこの時間は好きだった。
「あ、ねぇ。明日、久しぶりに家に泊まりに来ない?」
唐突にそんなことを言われ驚いた。
「百合ん家に?」
「そ。……蘭、元気ないみたいだったからさ、パパ達に相談したら、『蘭ちゃんも大変だろうし、もしよければ息抜きに遊びにおいで』って」
バレていた。この手の隠し事が通用したことがない。お互いに。
「ありがと。じゃあ、お邪魔する」
「やった! ついでに課題教えて?」
「そっちが目的でしょ?」
「あ、バレた」
百合がおどけるのに釣られて笑いが込み上げる。こんな風に冗談を言い合える友達は少ない。百合が居なければ、気が滅入っていただろう。
「じゃあ、後で連絡するね」
「おっけー」
百合とは、彼女の家の前で別れる。一人になった途端、表情筋の動きが鈍くなる。元々、百合のように表情がコロコロ変わるタイプではないため、それ自体は別に構わない。だか全く気にならないかと言えば、そうでもない。昔ほど、笑わなくなった気がする。いつからだろうと考えても、明確な答えは得られない。
少し前は、色んな事が楽しかった。些細な事でも楽しめた。なのに、いつから心が動かなくなった?
「――ふぅ……」
思わずため息が漏れた。幸せが逃げていく。逃げるものがあれば、の話だが。
これからひと気の無い家に帰るかと思うと、少し気分が落ち込む。
本来なら、母と祖父の三人と一匹暮らしのはずが、二人はずっと用事で家を空けている。父親は子供の頃に亡くなった。もう記憶もおぼろげだ。寂しいが、どうやら周囲の人々には恵まれているらしい。百合と彼女のご両親はいつも気に掛けてくれているし、それに――。
「よぉ、蘭。今帰りか?」
ここにも居た。気に掛けてくれる人。
道の向こうで龍元成樹がヒラヒラと手を振っている。彼は祖父が開いていた家の道場の門下生で、小さい頃から百合と一緒によく遊んでいた。もう一人の幼馴染み。ウチに下宿していたらしく、家のことを手伝っていたのを覚えている。六つか七つ、年上だったはず。彼が高校生くらいになった頃、ウチを出て行った。
「そう。百合と帰ってきたところ」
祖父が不在で、道場が休みになってからも彼は定期的に家に来て、掃除や備品の整備を手伝ってくれる。
「道場、掃除しといたから」
「いつもありがとう。一人じゃなかなか手が回らなくてさ」
「いいって。俺にとっても家みたいなもんだし。ところで、お前最近変わったことなかったか?」
「会うたび聞くよね、それ。無いよ、何も」
「そうか。ならいいんだ。じゃあ俺はこれから用事があるんで――またな」
すれ違い様にこちらの頭にポンポンと手を置いて、成樹は満足そうに去っていった。
「……? ヘンなやつ」
普段と違う彼の行動に首を捻りながら再び家路についた。