Chapter.2
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一連の騒動が片付いたころには夕刻になり、一行は下宿へと帰って来た。大きく破壊された現場周辺は蘭の巧断によって直された。幸いなことに部外者に怪我人はおらず、駆け付けた警察による聞き取り程度で、特にお咎めは無かった。パンク集団はリーダーを中心にめちゃめちゃお説教を受けていた。
嵐はサクラが眠る部屋で皆の帰りを待っていた。
「お帰りなさい。何か手がかりはありましたか?」
「はい」
丁度その時、同じく帰宅した空汰が階段を駆け上がり部屋に入って来た。
「おう、みんな揃ってんな! どうやった? と、その前に。ハニー! おかえりのチューを!」
空汰はにこにこしながら己の頬を指さす。テンションの高い空汰に対し、嵐は静かに拳を固めた。
「――そうか。気配はしたけど、消えてしもたか。で、ピンチの時に小狼の中から、炎の獣みたいなんが現れたと」
真面目な表情で話を纏める空汰の頭頂部には、大きく立派なタンコブができていた。つい先程、嵐の拳一発によってできたもので、そのサイズはモコナがはしゃぐほど。
「はい」
「やっぱり、アレって小狼君の巧断なのかな――」
「おう。それもかなりの大物やぞ。黒鋼と、特に蘭に憑いとるその巧断もな」
「……そうなんですか」
嵐に借りた救急箱から取り出した消毒液を片手に、蘭はぴたりと動きを止めてわずかに強張った表情で空汰の方へ視線を向けた。傍には彼女の巧断がふわふわ浮いている。
今日の出来事を空汰達に話す間に黒鋼の治療を終わらせるはずだった蘭は内心冷や汗が止まらない。放っておけば治ると言うのを半ば無理矢理手当てしているというのに。想像以上に消毒箇所が多かった。
「何故分かる?」
「あのな、わいが歴史に興味を持ったんは、巧断がきっかけなんや。わいは、巧断はこの国の神様みたいなもんやないかと思っとる。この阪神共和国に昔から伝わる神話みたいなもんでな。この国には、八百万の神がおるっちゅうんや」
「やおよろず」
聞きなれない単語に、ファイは鸚鵡返しした。
「八百万って書くんや」
「800万も神様がいるんだ――」
「神様いっぱーい」
「いや、もっとや。色んな物の数、様々な現象の数と同じくらい神様がおる言うんやから。八百万っちゅうのは、いっぱいっちゅう意味やからな」
「その神話の神が、今巧断と呼ばれるものだと」
「神様と共存してるんだ――。すごいねぇ」
「この国の神は、この国の人達を、一人ずつ守ってるんですね」
「小狼もそう思うか!」
小狼の言葉に、空汰が身を乗り出した。
「わいもずっとそう考えとった。巧断、つまり神はこの国に住んでるわいらをごっつう好きでいてくれるんやなぁって。 一人の例外もなく、巧断は憑く。この国のヤツ全員、一人残らず神様が守ってくれとる。まぁ、阪神共和国の国民は、血湧き肉躍るモードになるヤツが多いけど。負けず嫌いやし、よう口はまわるし。ボケたらツっこむの基本やし。我が国の野球チームが勝ったら大騒ぎやし。河飛び込んだりな。けどな、なかなかええ国やと思うとる。そやから、この国でサクラちゃんの羽根を探すんは。他の戦争しとる国や、悪いヤツらしかおらんような国よりは、ちょっとはマシなんちゃうかなってな」
「……はい」
小狼は眠るサクラの髪に触れた。
「でな? わいが一個気になるんは、蘭のその巧断なんやけど」
消毒を終えた黒鋼の腕に、蘭の巧断がとんと跳ぶと光が舞い、同時に彼の傷も服の擦り切れも、跡形もなく消えた。
「ほんまにあっちゅうまやな。モノもヒトも一瞬でなおすっちゅうんは初めて見るな」
「えっ」
固まる蘭をよそに、空汰は感心したように話しを続けた。
「なおすことに特化した巧断は確かにおるけど、もっと時間がかかったりモノかヒトどっちかっちゅうのが多い。壊れた建物とか直す時なんかは何人かでやったりするしな。もうそこまで使いこなして、一人でそれだけできるんは大したもんやで」
間違いなく大物やな、と断言する空汰。一仕事終えた巧断は褒めろとばかりに蘭に頭を押し付ける。無意識にその毛並みを撫でる蘭だが、全く言葉が出てこない。
「(……聞いてない、こんなの)」
誤魔化して話を流すことしかできない。
だが同時に一つ腑に落ちた。空汰の言うように蘭の巧断が希少な特性を持っているのなら、小狼と同様に噂が回るのも納得がいく。内容の一部には些か疑問が残るが、蘭は己が過度な注目を集めてしまったことは理解した。
「(使いどころ、考えないといけないな)」
救急箱を片付け、姿を消した巧断に変わってタオを抱き上げた。その腕にわずかに力がこもる。
話題はサクラの羽根へと移った。
「羽根の波動を感知してたのに、わからなくなったと言っていましたね」
「うん」
嵐に尋ねられ、モコナはしょぼんと俯いたまま答えた。
「その場にあったり、誰かが只持っているだけなら、一度感知したものを辿れないということはないでしょう。――現れたり消えたりするものに、取り込まれているのでは?」
小狼とファイが嵐の言葉に反応を示す。
「巧断、ですか⁉」
「なるほど――確かに巧断なら、出たり消えたりするから」
「巧断が消えりゃ、波動も消えるな」
〝……そうか、そういうこともあるか〟
タオの尾がパタッと動く。
「巧断の中に、さくらの羽根が……」
「でも、誰の巧断の中にあるのか、分かんないよねぇ」
「あの時、巧断いっぱいいた―――」
「ナワバリ争いしてたもんねぇ」
「けど、かなり強い巧断やっちゅうのは確かやな」
「なんで分かる」
あっさりと言い切った空汰。それに対して黒鋼が抱いた疑問に嵐が答える。
「サクラさんの記憶のカケラは、とても強い心の結晶のようなものです。巧断は心で操るもの。その心が強ければ強いほど、巧断もまた強くなります」
羽根を取り込むだけの巧断、羽根を取り込んだ巧断。現状それは、強い心の力を宿しているということ。
「とりあえず、強い巧断が憑いてる相手を探すのが、サクラちゃんの羽根への近道かなぁ」
「モコナもがんばる――」
明日からの方針は決まった。そして――。
「そういえば、蘭ちゃんのアレはやっぱり羽根と関係あるのかなぁ」
「え?」
救急箱を持って立ち上がろうとしていた蘭は、ファイのその発言に片膝をついたまま動きを止めた。
「動けなくなっちゃうって、よっぽどのことだと思うんだけど」
普段は飄々としているファイだったが、今の彼にそんな様子は無く、蘭に向けられた瞳は逃す気が無いようだった。
「(忘れててほしかったのに。何でこのタイミングで蒸し返すかな)」
「何かあったんですか?」
やむを得ず、蘭も座り直し、昼間蘭が感じ取った“強い力”について、嵐に伝えた。
「そんなこともあったんか」
「羽根と関係あると思いますか?」
「断言はできませんが、可能性はあると思います。――蘭さんは、少なくとも何かしらの“チカラ”をお持ちだと、言っていましたね」
蘭はこの上ない居心地の悪さを感じていた。今、この場は彼女にとってさながら尋問のようだった。実際のところは誰もそのつもりはないのだが、蘭は一刻も早くこの場を離れたい衝動に駆られていた。
「ええ。私の力というよりは、主に他の人のモノを預かって保有しているだけですが」
「では、その他の人のモノだという力が、何かに反応しているのかもしれませんね。その力と同等、あるいはそれ以上の強さを持つものに反応して、それに影響されているということは考えられるでしょう」
「……やっぱり、そうですか」
蘭は所在なさげに首元を掻いた。
客観的な視点からも、蘭が羽根の力を感知できる可能性が浮上した。こうなっては誤魔化し続けるのは不可能だ。
「多分、モコナがもう一度羽根の波動を感知した時、近くに居ればはっきりすると思う」
しかしこればかりは今確認のしようがない。蘭が何か感じた際には報告すると約束し、ようやくこの話題も纏まった。
「よし! そうと決まったら、とりあえず腹ごしらえと行こか!」
立ち上がった空汰はビッビッと指をさし、黒鋼、ファイ、蘭に夕食の手伝いを指名した。
「なんで俺が」
「働かんものは食うたらあかんのや」
「モコナも食べるから働く――」
〝食う前に働くのは道理だな〟
渋る黒鋼も引き連れて、小狼を残し皆部屋を後にした。
嵐はサクラが眠る部屋で皆の帰りを待っていた。
「お帰りなさい。何か手がかりはありましたか?」
「はい」
丁度その時、同じく帰宅した空汰が階段を駆け上がり部屋に入って来た。
「おう、みんな揃ってんな! どうやった? と、その前に。ハニー! おかえりのチューを!」
空汰はにこにこしながら己の頬を指さす。テンションの高い空汰に対し、嵐は静かに拳を固めた。
「――そうか。気配はしたけど、消えてしもたか。で、ピンチの時に小狼の中から、炎の獣みたいなんが現れたと」
真面目な表情で話を纏める空汰の頭頂部には、大きく立派なタンコブができていた。つい先程、嵐の拳一発によってできたもので、そのサイズはモコナがはしゃぐほど。
「はい」
「やっぱり、アレって小狼君の巧断なのかな――」
「おう。それもかなりの大物やぞ。黒鋼と、特に蘭に憑いとるその巧断もな」
「……そうなんですか」
嵐に借りた救急箱から取り出した消毒液を片手に、蘭はぴたりと動きを止めてわずかに強張った表情で空汰の方へ視線を向けた。傍には彼女の巧断がふわふわ浮いている。
今日の出来事を空汰達に話す間に黒鋼の治療を終わらせるはずだった蘭は内心冷や汗が止まらない。放っておけば治ると言うのを半ば無理矢理手当てしているというのに。想像以上に消毒箇所が多かった。
「何故分かる?」
「あのな、わいが歴史に興味を持ったんは、巧断がきっかけなんや。わいは、巧断はこの国の神様みたいなもんやないかと思っとる。この阪神共和国に昔から伝わる神話みたいなもんでな。この国には、八百万の神がおるっちゅうんや」
「やおよろず」
聞きなれない単語に、ファイは鸚鵡返しした。
「八百万って書くんや」
「800万も神様がいるんだ――」
「神様いっぱーい」
「いや、もっとや。色んな物の数、様々な現象の数と同じくらい神様がおる言うんやから。八百万っちゅうのは、いっぱいっちゅう意味やからな」
「その神話の神が、今巧断と呼ばれるものだと」
「神様と共存してるんだ――。すごいねぇ」
「この国の神は、この国の人達を、一人ずつ守ってるんですね」
「小狼もそう思うか!」
小狼の言葉に、空汰が身を乗り出した。
「わいもずっとそう考えとった。巧断、つまり神はこの国に住んでるわいらをごっつう好きでいてくれるんやなぁって。 一人の例外もなく、巧断は憑く。この国のヤツ全員、一人残らず神様が守ってくれとる。まぁ、阪神共和国の国民は、血湧き肉躍るモードになるヤツが多いけど。負けず嫌いやし、よう口はまわるし。ボケたらツっこむの基本やし。我が国の野球チームが勝ったら大騒ぎやし。河飛び込んだりな。けどな、なかなかええ国やと思うとる。そやから、この国でサクラちゃんの羽根を探すんは。他の戦争しとる国や、悪いヤツらしかおらんような国よりは、ちょっとはマシなんちゃうかなってな」
「……はい」
小狼は眠るサクラの髪に触れた。
「でな? わいが一個気になるんは、蘭のその巧断なんやけど」
消毒を終えた黒鋼の腕に、蘭の巧断がとんと跳ぶと光が舞い、同時に彼の傷も服の擦り切れも、跡形もなく消えた。
「ほんまにあっちゅうまやな。モノもヒトも一瞬でなおすっちゅうんは初めて見るな」
「えっ」
固まる蘭をよそに、空汰は感心したように話しを続けた。
「なおすことに特化した巧断は確かにおるけど、もっと時間がかかったりモノかヒトどっちかっちゅうのが多い。壊れた建物とか直す時なんかは何人かでやったりするしな。もうそこまで使いこなして、一人でそれだけできるんは大したもんやで」
間違いなく大物やな、と断言する空汰。一仕事終えた巧断は褒めろとばかりに蘭に頭を押し付ける。無意識にその毛並みを撫でる蘭だが、全く言葉が出てこない。
「(……聞いてない、こんなの)」
誤魔化して話を流すことしかできない。
だが同時に一つ腑に落ちた。空汰の言うように蘭の巧断が希少な特性を持っているのなら、小狼と同様に噂が回るのも納得がいく。内容の一部には些か疑問が残るが、蘭は己が過度な注目を集めてしまったことは理解した。
「(使いどころ、考えないといけないな)」
救急箱を片付け、姿を消した巧断に変わってタオを抱き上げた。その腕にわずかに力がこもる。
話題はサクラの羽根へと移った。
「羽根の波動を感知してたのに、わからなくなったと言っていましたね」
「うん」
嵐に尋ねられ、モコナはしょぼんと俯いたまま答えた。
「その場にあったり、誰かが只持っているだけなら、一度感知したものを辿れないということはないでしょう。――現れたり消えたりするものに、取り込まれているのでは?」
小狼とファイが嵐の言葉に反応を示す。
「巧断、ですか⁉」
「なるほど――確かに巧断なら、出たり消えたりするから」
「巧断が消えりゃ、波動も消えるな」
〝……そうか、そういうこともあるか〟
タオの尾がパタッと動く。
「巧断の中に、さくらの羽根が……」
「でも、誰の巧断の中にあるのか、分かんないよねぇ」
「あの時、巧断いっぱいいた―――」
「ナワバリ争いしてたもんねぇ」
「けど、かなり強い巧断やっちゅうのは確かやな」
「なんで分かる」
あっさりと言い切った空汰。それに対して黒鋼が抱いた疑問に嵐が答える。
「サクラさんの記憶のカケラは、とても強い心の結晶のようなものです。巧断は心で操るもの。その心が強ければ強いほど、巧断もまた強くなります」
羽根を取り込むだけの巧断、羽根を取り込んだ巧断。現状それは、強い心の力を宿しているということ。
「とりあえず、強い巧断が憑いてる相手を探すのが、サクラちゃんの羽根への近道かなぁ」
「モコナもがんばる――」
明日からの方針は決まった。そして――。
「そういえば、蘭ちゃんのアレはやっぱり羽根と関係あるのかなぁ」
「え?」
救急箱を持って立ち上がろうとしていた蘭は、ファイのその発言に片膝をついたまま動きを止めた。
「動けなくなっちゃうって、よっぽどのことだと思うんだけど」
普段は飄々としているファイだったが、今の彼にそんな様子は無く、蘭に向けられた瞳は逃す気が無いようだった。
「(忘れててほしかったのに。何でこのタイミングで蒸し返すかな)」
「何かあったんですか?」
やむを得ず、蘭も座り直し、昼間蘭が感じ取った“強い力”について、嵐に伝えた。
「そんなこともあったんか」
「羽根と関係あると思いますか?」
「断言はできませんが、可能性はあると思います。――蘭さんは、少なくとも何かしらの“チカラ”をお持ちだと、言っていましたね」
蘭はこの上ない居心地の悪さを感じていた。今、この場は彼女にとってさながら尋問のようだった。実際のところは誰もそのつもりはないのだが、蘭は一刻も早くこの場を離れたい衝動に駆られていた。
「ええ。私の力というよりは、主に他の人のモノを預かって保有しているだけですが」
「では、その他の人のモノだという力が、何かに反応しているのかもしれませんね。その力と同等、あるいはそれ以上の強さを持つものに反応して、それに影響されているということは考えられるでしょう」
「……やっぱり、そうですか」
蘭は所在なさげに首元を掻いた。
客観的な視点からも、蘭が羽根の力を感知できる可能性が浮上した。こうなっては誤魔化し続けるのは不可能だ。
「多分、モコナがもう一度羽根の波動を感知した時、近くに居ればはっきりすると思う」
しかしこればかりは今確認のしようがない。蘭が何か感じた際には報告すると約束し、ようやくこの話題も纏まった。
「よし! そうと決まったら、とりあえず腹ごしらえと行こか!」
立ち上がった空汰はビッビッと指をさし、黒鋼、ファイ、蘭に夕食の手伝いを指名した。
「なんで俺が」
「働かんものは食うたらあかんのや」
「モコナも食べるから働く――」
〝食う前に働くのは道理だな〟
渋る黒鋼も引き連れて、小狼を残し皆部屋を後にした。
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