Chapter.2
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「ここは阪神共和国。とってもすてきな島国や! 周りは海に囲まれとって、時折台風が来るけど、地震は殆どない。海のむこうの他国とも交流は盛んで貿易もぶいぶいや」
ホワイトボードの前で空汰によく似たパペットが阪神共和国についての説明をしている。
「(あれ、手作りかな。売ってるわけないか……。……まさかこのために作ってたわけじゃないよな?)」
空汰の講義を聞きながらも蘭の意識はついそちらへ向いてしまった。その間も説明は続いていく。
「四季がちゃんとあって、今は秋。ご飯がおいしい季節やな!」
ホワイトボードにはそれぞれの季節を説明する紙も張られている。それぞれの内容はこうだ。
春:花見で一杯
夏:ビールがおいしい
秋:ご飯がおいしい
冬:おなべがおいしい
内容はすべて飲食に関する事だった。
〝他に説明の仕方もあったろうに〟
「あはは……」
タオがぼそりと呟いた言葉は彼を膝に乗せていた蘭の耳にしっかりと届いた。蘭は否定も肯定も出来ず曖昧に笑うしかない。
「主食は小麦粉、あとソースが名産や! 法律は阪神共和国憲法がある。他国と戦争はやってない。移動手段は車、自転車、バイク、電車、船、飛行機。あとは――乳母車も移動手段かな、ハニー」
「……」
隣の、これもまた嵐によく似たパペットに話を振るが、反応はない。
次に空汰は地図を示しながら説明を続ける。
「島の形はこんな感じ。形が虎っぽいんで、通称『虎の国』とも呼ばれとるんや。そやから阪神共和国には虎にちなんだモンが多い。通貨も虎(ココ)やしな。一虎とか十万虎とかや。ちなみに国旗も虎マーク。野球チームのマークも虎や! この野球チームがまたええ味だしとってなぁ! むちゃくちゃ勇敢なんやで! ま、強いかっちゅうと微妙なんやけど。おっと、場外乱闘は得意やで」
どこから出したのか、バットとヘルメットまで装備したパペットの説明に熱が入る。
ここまでの説明を部屋の隅で壁に寄りかかって聞いていた黒鋼が「やきゅー? なんだそりゃ」と口にした。彼が元いた国は存在しない球技なのだから致し方ない。予備知識なしに理解するには限界がある。彼に野球について簡単に説明すること自体は、蘭にとってそこまで難しいことではなかった。だが、彼女がそれを行動に移すことはない。
「(説明して“変わった”ら嫌だし。下手に喋らないのが得策)」
蘭はこの『阪神共和国講座』をファイの左隣で聞いていた。もっとも、彼女自身はこれを受講する必要はないのだが。
「はーい。質問いいですかー?」
「はい、ファイ君」
一区切りした頃合いを見計らい挙手したファイに空汰パペットがビシッとミニ指示棒で指す。
「この国の人たちは、みんな空汰さんみたいなしゃべり方なんですかー?」
「んな水くさい。空ちゃんでええで」
フレンドリーな空汰の提案にファイとモコナが「はーい」と返事をし、小狼は「空ちゃん」と復唱した。
「(なんて素直ないいお返事……。――……なんだろう、落ち着いたせいか、うっかり寝そうかも……。それとも次元移動の反動……? けど寝るわけにいかないし……。頑張れ瞼)」
蘭が一人謎の睡魔と格闘しているとは露知らず、空汰は自分のしゃべり方は特別なのだと言う。
「これは古語やからな」
「この国で過去使われていた言葉なんですか」
空汰の回答に反応したのは小狼だった。
「そうや。もう殆ど使われてへん言葉なんやけどな。わい、歴史の教師やから。古いもんがこのままなくなってしまうんのもなんや忍びないなぁと」
「歴史の先生なんですか」
「おう! なんや、小狼は歴史興味あるんか」
「はい。前にいた国で発掘作業に携わっていたんで」
「そりゃ話が合うかもしれんな――」
歴史好きの二人であれば話の種は尽きそうにない。
「もうひとつ質問でーす」
再びファイが挙手をする。それに合わせモコナも同様に手を挙げた。
「で、ここはどこですかー? 誰かの部屋ですかー?」
その問いに空汰は「ええ質問や!」と親指を立てる。
〝蘭、今のはそれほど良い質問なのか?〟
「……うーん……これに関しては、よく分かんない……」
覇気のない返事。膝の上から蘭の顔を見上げたタオが首を捻る。
〝どうした。眠そうだな〟
「んー……なんでだろう、謎……」
瞬きを繰り返し意識を保とうと努める蘭。他者から見え辛い位置で身体を抓ってみたりもした。
「ここはわいと嵐(ハニー)がやってる下宿屋の空き部屋や」
空汰が隣に立つ嵐をぐいっと抱き寄せる。相変わらず彼女の反応は薄く、今回に至っては視線がどこか遠くを見ているようだった。
「ええやろ~~~。美人の管理人さんやで――。そのうえ料理上手や――」
空汰が惚気全開でうっとりする中、黒鋼は付き合っていられないとばかりに居眠りを決め込んだ。教師らしくそれを瞬時に認めた空汰は勢いよく黒鋼を指さした。
「そこ、寝るなー!」
パコンと小気味の良い音を立て“何か”が黒鋼の後頭部に直撃した。
「なにぃ⁉」
突然の事態に小狼はサクラを庇うように、ファイは蘭を背後に隠すように身構えた。タオも蘭の膝から降り、周囲の気配を窺っている。蘭も黒鋼の方へ視線を向けてこそいるが、特別驚いた様子はない。身体を動かしたことで少し目が覚めたのか、表情に力が戻った。
「なんの気配もなかったぞ!」
黒鋼が衝撃を受けた箇所に手を当てながらきょろきょろと周囲を見回す。
「てめぇ、なんか投げやがったのか⁉」
「投げたんならあの角度からは当たらないでしょ――。真上から衝撃があったみたいだし?」
〝投げたモノも落ちてはおらんしな〟
「何って“くだん”使たに決まってるやろ」
「クダン?」
蘭を除く三人の声がそろった。
〝それがアレか〟
「知らんのか⁉ そっか――おまえさんら異世界から来たからわからんねんなー。てっきりその猫そうかと思ったんやけど、ちゃうんか」
〝我は護衛獣ではあるがそのクダンなるモノではない〟
「そらすまんかったなー。この世界のもんにはな、必ず巧断が憑くんや。漢字はこう書く」
キュッと音を立てホワイトボードに『巧断』の文字が記された。
「あー、なるほど」
「あはははは。全然わからない――」
日本国出身の黒鋼とセレス国から来たファイ。その反応は対極。
「モコナ、読める――!」
「すごいねぇ、モコナは」
「えへへー。小狼は?」
「うん、なんとか」
漢字の概念がなければこの文字の持つ意味も読みも分からないだろう。
「蘭ちゃん達は――?」
「ん、読めるよ」
〝我もだ〟
蘭の場合、読めるという表現は些か適切さに欠ける。彼女は書かれた文字を読んだわけではなく、ただ『知っている』だけに過ぎない。
「黒鋼と小狼と蘭達の世界は漢字圏やったんかな。んでファイは違うと。けど聞いたりしゃべったり、言葉は通じるから不思議やな」
空汰は異世界の言語に関心を寄せながらペンのキャップを閉める。
「で、巧断ってのはどういう代物なんだ? 『憑く』っつったよな、さっき」
「例え異世界の者だとしても、この世界に来たのならば必ず巧断は憑きます」
これまで空汰の隣で沈黙していた嵐が口を開いた。彼女はスッと桜の枕元に座る。
「サクラさんとお呼びしてもよろしいですか?」
「……はい」
「サクラさんの記憶のカケラが何処にあるのか分かりませんが、もし、誰かの手に渡っているとしたら……。争いになるかもしれません」
彼女の言葉に小狼の表情が変わる。
「今、貴方たちは戦う力を失っていますね」
嵐はファイと黒鋼に視線を向けた。
「どうしてそうだと?」
「うちのハニーは元巫女さんやからな。霊力っつうんが備わってる」
嵐の纏う神秘的な雰囲気が空汰の言葉を裏付けているようだった。
ふ、とニヒルに笑った空汰が、「ま、今はわいと結婚したから引退したけどな」と続ける。
「巫女さん姿はそりゃ神々しかったで――」
終いにはもえもえや~~。などと言いながら己の世界に入ってしまった。嵐はそんな空汰に対して無視を貫いている。
「実は――次元の魔女さんに魔力の元を渡しちゃいましてー」
「俺の刀をあのアマ――」
てへっと笑うファイに対して、黒鋼は店でのやり取りを思い出し眉間の皺を深くする。
嵐は蘭へと視線を移した。それに気づいた蘭は、無意識に左手首に巻いた組紐に触れながら言葉を選び口を開いた。
「私、は、戦う術と言えるものはありますが、あまりそれに頼りたくないので、使わずに済むならその方が……。どうやら魔力と呼べるものもあるらしいんですが、扱えるレベルではありませんし」
掌に滲む汗を隠しながら、蘭はできる限り冷静でいることに努めた。焦ってはいけない。嘘を吐かず、全てを晒さずに、この場を切り抜けろ。
「そうですか。ですが……貴女からは何か強い力を感じます」
「あぁ、それ、きっと他の人のモノです。一時的に預かっているというか、私自身の力じゃないんです。だから使い方も分からなくて。――早く、元通り返したいんです」
自身の心臓付近に触れながら、蘭は目を伏せた。
〝――我は守るモノ故、戦うためのモノではない〟
隣の黒猫は、呟くように言った。
嵐は最後に小狼を見る。
「おれがあの人に渡したものは力じゃありません。魔力や武器は最初からおれにはないから」
「やっぱり、貴方は幸運なのかもしれませんね」
「え?」
「この世界には巧断がいる。もし争いになっても巧断がその手だてになる」
「巧断って戦うためのものなんですか」
「何に使うか、どう使うかはそいつ次第や。百聞は一見にしかず。巧断がどんなもんかは自分自身の目で、身で確かめたらええ」
空汰がニッと笑う。
「さて、この国のだいたいの説明は終わったな」
パペットを同様にこくこくと頷かせる空汰。
「あれでかよ」
講義の概要をざっくり纏めると、国の地理、四季の味覚、名産品に野球チーム、巧断について、といったところか。うち何割かは空汰の惚気が含まれるが。
「で」
「ん?」
空汰はモコナに尋ねた。
「どうや。この世界にサクラちゃんの羽根はありそうか」
「……ある」
モコナははっきりと答えた。
「まだずっと遠いけど、この国にある」
「探すか、羽根を」
「はい!」
「兄ちゃんらも同じ意見か?」
「取りあえず――」
「同じく」
へらと笑うファイの隣で蘭も軽く右手を挙げる。
「移動したいって言やするのかよ、その白いのは」
「しない。モコナ、羽根が見つかるまでここにいる」
その返答に黒鋼はムスッと顔を逸らしてしまった。異世界への移動をモコナに依存している以上、早く移動したければ早く羽根を見つけるしかない。
「ありがとう、モコナ」
「よっしゃ。んじゃ、この世界におるうちはわいが面倒みたる! 侑子さんには借りがあるさかいな」
なー、と空汰が嵐の手を握ると、彼女の頬が淡く色づいた。
「ここは下宿屋や。部屋はある。次の世界に行くまでここに住んだらええ」
「ありがとうございます」
「もう夜の十二時過ぎとる。そろそろ寝んとな。部屋案内するで」
ガラガラとホワイトボードを廊下へ運び出す空汰。
「おっと、ファイと黒鋼は同室、蘭はタオと一緒やな」
「はーい」
「分かりました」
「なんだとー⁉」
空汰の提示した部屋割りに黒鋼が異を唱える。
「なんでこんな得体のしれねぇやつと!」
「得体は知れてるよー。名乗ったでしょー」
「モコナも名乗ったー」
「てめぇはさらに得体が知れねぇっ」
「だったら、オレが蘭ちゃんと一緒の部屋で寝るから、一人で寝たら?」
ファイが蘭の肩をぐっと引き寄せた。
「…………ぅん?」
「なっ」
〝そのようなことを我が許すと思うか〟
ファイの肩に飛び乗ったタオが低く唸るように言った。毛が逆立っている。
「え――、ダメ?」
〝つまらぬ冗談はやめろ〟
予期せぬ状況に反応の遅れた蘭だったが、自分より先にタオが反応したことが不思議だった。無論、『ファイと黒鋼を同室に』しなければならないため断って躱すつもりであったが、タオがそれを詳細に把握している筈がないのだ。
〝さて、先程の部屋割りに異論無いな〟
タオが黒鋼に問う。問う、というにはあまりに圧を感じるが。
「……ちっ」
タオの一声により、大変平和的に部屋割りが決定した。
ホワイトボードの前で空汰によく似たパペットが阪神共和国についての説明をしている。
「(あれ、手作りかな。売ってるわけないか……。……まさかこのために作ってたわけじゃないよな?)」
空汰の講義を聞きながらも蘭の意識はついそちらへ向いてしまった。その間も説明は続いていく。
「四季がちゃんとあって、今は秋。ご飯がおいしい季節やな!」
ホワイトボードにはそれぞれの季節を説明する紙も張られている。それぞれの内容はこうだ。
春:花見で一杯
夏:ビールがおいしい
秋:ご飯がおいしい
冬:おなべがおいしい
内容はすべて飲食に関する事だった。
〝他に説明の仕方もあったろうに〟
「あはは……」
タオがぼそりと呟いた言葉は彼を膝に乗せていた蘭の耳にしっかりと届いた。蘭は否定も肯定も出来ず曖昧に笑うしかない。
「主食は小麦粉、あとソースが名産や! 法律は阪神共和国憲法がある。他国と戦争はやってない。移動手段は車、自転車、バイク、電車、船、飛行機。あとは――乳母車も移動手段かな、ハニー」
「……」
隣の、これもまた嵐によく似たパペットに話を振るが、反応はない。
次に空汰は地図を示しながら説明を続ける。
「島の形はこんな感じ。形が虎っぽいんで、通称『虎の国』とも呼ばれとるんや。そやから阪神共和国には虎にちなんだモンが多い。通貨も虎(ココ)やしな。一虎とか十万虎とかや。ちなみに国旗も虎マーク。野球チームのマークも虎や! この野球チームがまたええ味だしとってなぁ! むちゃくちゃ勇敢なんやで! ま、強いかっちゅうと微妙なんやけど。おっと、場外乱闘は得意やで」
どこから出したのか、バットとヘルメットまで装備したパペットの説明に熱が入る。
ここまでの説明を部屋の隅で壁に寄りかかって聞いていた黒鋼が「やきゅー? なんだそりゃ」と口にした。彼が元いた国は存在しない球技なのだから致し方ない。予備知識なしに理解するには限界がある。彼に野球について簡単に説明すること自体は、蘭にとってそこまで難しいことではなかった。だが、彼女がそれを行動に移すことはない。
「(説明して“変わった”ら嫌だし。下手に喋らないのが得策)」
蘭はこの『阪神共和国講座』をファイの左隣で聞いていた。もっとも、彼女自身はこれを受講する必要はないのだが。
「はーい。質問いいですかー?」
「はい、ファイ君」
一区切りした頃合いを見計らい挙手したファイに空汰パペットがビシッとミニ指示棒で指す。
「この国の人たちは、みんな空汰さんみたいなしゃべり方なんですかー?」
「んな水くさい。空ちゃんでええで」
フレンドリーな空汰の提案にファイとモコナが「はーい」と返事をし、小狼は「空ちゃん」と復唱した。
「(なんて素直ないいお返事……。――……なんだろう、落ち着いたせいか、うっかり寝そうかも……。それとも次元移動の反動……? けど寝るわけにいかないし……。頑張れ瞼)」
蘭が一人謎の睡魔と格闘しているとは露知らず、空汰は自分のしゃべり方は特別なのだと言う。
「これは古語やからな」
「この国で過去使われていた言葉なんですか」
空汰の回答に反応したのは小狼だった。
「そうや。もう殆ど使われてへん言葉なんやけどな。わい、歴史の教師やから。古いもんがこのままなくなってしまうんのもなんや忍びないなぁと」
「歴史の先生なんですか」
「おう! なんや、小狼は歴史興味あるんか」
「はい。前にいた国で発掘作業に携わっていたんで」
「そりゃ話が合うかもしれんな――」
歴史好きの二人であれば話の種は尽きそうにない。
「もうひとつ質問でーす」
再びファイが挙手をする。それに合わせモコナも同様に手を挙げた。
「で、ここはどこですかー? 誰かの部屋ですかー?」
その問いに空汰は「ええ質問や!」と親指を立てる。
〝蘭、今のはそれほど良い質問なのか?〟
「……うーん……これに関しては、よく分かんない……」
覇気のない返事。膝の上から蘭の顔を見上げたタオが首を捻る。
〝どうした。眠そうだな〟
「んー……なんでだろう、謎……」
瞬きを繰り返し意識を保とうと努める蘭。他者から見え辛い位置で身体を抓ってみたりもした。
「ここはわいと嵐(ハニー)がやってる下宿屋の空き部屋や」
空汰が隣に立つ嵐をぐいっと抱き寄せる。相変わらず彼女の反応は薄く、今回に至っては視線がどこか遠くを見ているようだった。
「ええやろ~~~。美人の管理人さんやで――。そのうえ料理上手や――」
空汰が惚気全開でうっとりする中、黒鋼は付き合っていられないとばかりに居眠りを決め込んだ。教師らしくそれを瞬時に認めた空汰は勢いよく黒鋼を指さした。
「そこ、寝るなー!」
パコンと小気味の良い音を立て“何か”が黒鋼の後頭部に直撃した。
「なにぃ⁉」
突然の事態に小狼はサクラを庇うように、ファイは蘭を背後に隠すように身構えた。タオも蘭の膝から降り、周囲の気配を窺っている。蘭も黒鋼の方へ視線を向けてこそいるが、特別驚いた様子はない。身体を動かしたことで少し目が覚めたのか、表情に力が戻った。
「なんの気配もなかったぞ!」
黒鋼が衝撃を受けた箇所に手を当てながらきょろきょろと周囲を見回す。
「てめぇ、なんか投げやがったのか⁉」
「投げたんならあの角度からは当たらないでしょ――。真上から衝撃があったみたいだし?」
〝投げたモノも落ちてはおらんしな〟
「何って“くだん”使たに決まってるやろ」
「クダン?」
蘭を除く三人の声がそろった。
〝それがアレか〟
「知らんのか⁉ そっか――おまえさんら異世界から来たからわからんねんなー。てっきりその猫そうかと思ったんやけど、ちゃうんか」
〝我は護衛獣ではあるがそのクダンなるモノではない〟
「そらすまんかったなー。この世界のもんにはな、必ず巧断が憑くんや。漢字はこう書く」
キュッと音を立てホワイトボードに『巧断』の文字が記された。
「あー、なるほど」
「あはははは。全然わからない――」
日本国出身の黒鋼とセレス国から来たファイ。その反応は対極。
「モコナ、読める――!」
「すごいねぇ、モコナは」
「えへへー。小狼は?」
「うん、なんとか」
漢字の概念がなければこの文字の持つ意味も読みも分からないだろう。
「蘭ちゃん達は――?」
「ん、読めるよ」
〝我もだ〟
蘭の場合、読めるという表現は些か適切さに欠ける。彼女は書かれた文字を読んだわけではなく、ただ『知っている』だけに過ぎない。
「黒鋼と小狼と蘭達の世界は漢字圏やったんかな。んでファイは違うと。けど聞いたりしゃべったり、言葉は通じるから不思議やな」
空汰は異世界の言語に関心を寄せながらペンのキャップを閉める。
「で、巧断ってのはどういう代物なんだ? 『憑く』っつったよな、さっき」
「例え異世界の者だとしても、この世界に来たのならば必ず巧断は憑きます」
これまで空汰の隣で沈黙していた嵐が口を開いた。彼女はスッと桜の枕元に座る。
「サクラさんとお呼びしてもよろしいですか?」
「……はい」
「サクラさんの記憶のカケラが何処にあるのか分かりませんが、もし、誰かの手に渡っているとしたら……。争いになるかもしれません」
彼女の言葉に小狼の表情が変わる。
「今、貴方たちは戦う力を失っていますね」
嵐はファイと黒鋼に視線を向けた。
「どうしてそうだと?」
「うちのハニーは元巫女さんやからな。霊力っつうんが備わってる」
嵐の纏う神秘的な雰囲気が空汰の言葉を裏付けているようだった。
ふ、とニヒルに笑った空汰が、「ま、今はわいと結婚したから引退したけどな」と続ける。
「巫女さん姿はそりゃ神々しかったで――」
終いにはもえもえや~~。などと言いながら己の世界に入ってしまった。嵐はそんな空汰に対して無視を貫いている。
「実は――次元の魔女さんに魔力の元を渡しちゃいましてー」
「俺の刀をあのアマ――」
てへっと笑うファイに対して、黒鋼は店でのやり取りを思い出し眉間の皺を深くする。
嵐は蘭へと視線を移した。それに気づいた蘭は、無意識に左手首に巻いた組紐に触れながら言葉を選び口を開いた。
「私、は、戦う術と言えるものはありますが、あまりそれに頼りたくないので、使わずに済むならその方が……。どうやら魔力と呼べるものもあるらしいんですが、扱えるレベルではありませんし」
掌に滲む汗を隠しながら、蘭はできる限り冷静でいることに努めた。焦ってはいけない。嘘を吐かず、全てを晒さずに、この場を切り抜けろ。
「そうですか。ですが……貴女からは何か強い力を感じます」
「あぁ、それ、きっと他の人のモノです。一時的に預かっているというか、私自身の力じゃないんです。だから使い方も分からなくて。――早く、元通り返したいんです」
自身の心臓付近に触れながら、蘭は目を伏せた。
〝――我は守るモノ故、戦うためのモノではない〟
隣の黒猫は、呟くように言った。
嵐は最後に小狼を見る。
「おれがあの人に渡したものは力じゃありません。魔力や武器は最初からおれにはないから」
「やっぱり、貴方は幸運なのかもしれませんね」
「え?」
「この世界には巧断がいる。もし争いになっても巧断がその手だてになる」
「巧断って戦うためのものなんですか」
「何に使うか、どう使うかはそいつ次第や。百聞は一見にしかず。巧断がどんなもんかは自分自身の目で、身で確かめたらええ」
空汰がニッと笑う。
「さて、この国のだいたいの説明は終わったな」
パペットを同様にこくこくと頷かせる空汰。
「あれでかよ」
講義の概要をざっくり纏めると、国の地理、四季の味覚、名産品に野球チーム、巧断について、といったところか。うち何割かは空汰の惚気が含まれるが。
「で」
「ん?」
空汰はモコナに尋ねた。
「どうや。この世界にサクラちゃんの羽根はありそうか」
「……ある」
モコナははっきりと答えた。
「まだずっと遠いけど、この国にある」
「探すか、羽根を」
「はい!」
「兄ちゃんらも同じ意見か?」
「取りあえず――」
「同じく」
へらと笑うファイの隣で蘭も軽く右手を挙げる。
「移動したいって言やするのかよ、その白いのは」
「しない。モコナ、羽根が見つかるまでここにいる」
その返答に黒鋼はムスッと顔を逸らしてしまった。異世界への移動をモコナに依存している以上、早く移動したければ早く羽根を見つけるしかない。
「ありがとう、モコナ」
「よっしゃ。んじゃ、この世界におるうちはわいが面倒みたる! 侑子さんには借りがあるさかいな」
なー、と空汰が嵐の手を握ると、彼女の頬が淡く色づいた。
「ここは下宿屋や。部屋はある。次の世界に行くまでここに住んだらええ」
「ありがとうございます」
「もう夜の十二時過ぎとる。そろそろ寝んとな。部屋案内するで」
ガラガラとホワイトボードを廊下へ運び出す空汰。
「おっと、ファイと黒鋼は同室、蘭はタオと一緒やな」
「はーい」
「分かりました」
「なんだとー⁉」
空汰の提示した部屋割りに黒鋼が異を唱える。
「なんでこんな得体のしれねぇやつと!」
「得体は知れてるよー。名乗ったでしょー」
「モコナも名乗ったー」
「てめぇはさらに得体が知れねぇっ」
「だったら、オレが蘭ちゃんと一緒の部屋で寝るから、一人で寝たら?」
ファイが蘭の肩をぐっと引き寄せた。
「…………ぅん?」
「なっ」
〝そのようなことを我が許すと思うか〟
ファイの肩に飛び乗ったタオが低く唸るように言った。毛が逆立っている。
「え――、ダメ?」
〝つまらぬ冗談はやめろ〟
予期せぬ状況に反応の遅れた蘭だったが、自分より先にタオが反応したことが不思議だった。無論、『ファイと黒鋼を同室に』しなければならないため断って躱すつもりであったが、タオがそれを詳細に把握している筈がないのだ。
〝さて、先程の部屋割りに異論無いな〟
タオが黒鋼に問う。問う、というにはあまりに圧を感じるが。
「……ちっ」
タオの一声により、大変平和的に部屋割りが決定した。