Chapter.1
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バタバタと、廊下を慌ただしく走る音がする。
「って、ふえてるし――!」
「来たわね」
宝物庫へ行っていた四月一日が白と黒の何かを抱えて戻って来た。侑子はその内白い方を手に取る。
対価として支払われた、黒鋼の銀龍とファイのイレズミはそれぞれ、マルとモロに預けられた。
「この子の名前はモコナ=モドキ。モコナがあなた達を異世界へ連れて行くわ」
しゅたっ、と四月一日に抱えられている黒いモコナが手を上げる。
「おい、もう一匹いるじゃねぇか。そっちよこせよ。俺ぁそっちで行く」
黒鋼はよこせ、と手を出す。
「そっちは通信専用。できることは、こっちのモコナと通信できるだけ」
「ちっ」
「あら、便利なのよ」
二人のやり取りに呆然とする四月一日の後ろで、蘭がくすり、と小さく笑いを漏らした。ずっと静かに耐えていたが、ついに堪え切れなくなった。
そんな彼女の笑い声が聞こえたのか、黒鋼が蘭の方へ視線を向けた。眉間に寄った皺から睨んでいるようにも見えるが、果たして。
「モコナはあなた達を異世界に連れて行くけれど、それがどんな世界なのかまではコントロールできないわ。だから、いつあなた達の願いがかなうのかは、運次第。けれどその中に偶然はない。あるのは必然だけ。あなた達が出会ったのも、また必然」
さぁ、少年に対価が告げられる。
「小狼、あなたの対価は……関係性」
「……」
蘭はほんの一瞬、眉を寄せた。彼女は彼の対価がどういうものかを知っている。この対価はきっと、この中で一番残酷な対価。
「あなたにとって一番大切なものはその子との関係。だからそれをもらうわ」
「それってどういう……?」
“関係性”という実体のないモノを対価に、とはどういうことか。
「もし、その子の記憶がすべて戻っても、あなたとその子はもう同じ関係には戻れない。その子はあなたにとって、なに?」
「幼なじみで……今いる国のお姫様で……。俺の……。俺の大切な人です」
小狼はサクラを抱きしめる力をいっそう強めた。
「……そう。けれど、モコナを受け取るならその関係はなくなるわ。その子の記憶をすべて取り戻せたとしても、そのこの中に彼方に関する過去の記憶だけは、決して戻らない。それがあなたの対価」
この場にいる全員が黙って話を聞いていた。
「それでも?」
侑子が問う。だが。
「……行きます。さくらは、絶対死なせない!」
彼の答えはひとつだけ。
「……異世界を旅するということは想像以上に辛いことよ。様々な世界があるわ。例えば、そこの二人とこの子がいた世界」
侑子に目で促され、に蘭は一歩前に出た。
「服装を見ただけでも分かるでしょう。どこもあなたがいた世界とは違う。この子の場合は少し事情が違うけどね」
蘭はズレたストールを引き上げ、今一度口元を隠した。
「知っている人、前の世界で会った人が、別の世界では全く違った人生を送っている。同じ姿をした人にいろんな世界で何度も会う場合もあるわ。前に優しくしてくれたからといって今度も味方とは限らない。言葉や常識が全く通じない世界もある。科学力や生活水準、法律も世界ごとに違う。中には犯罪者だらけに世界や嘘ばかりの世界、戦の真っ最中という世界もある。その中で生きて旅をつづけるのよ。何処にあるのか、何時すべて集まるのか分からない記憶のカケラを探す旅を」
これが最終確認。リスクを突き付けた上で、本当に行くのかと。
「でも決心は揺るがない……のね」
少年の答えは
「……はい」
Yes――。
小狼の答えに、侑子は優しく笑んだ。
「覚悟と誠意。何かをやり遂げるために必要なものが、あなたにはちゃんと備わっているようね」
侑子が不意に蘭の方を向いた。それに反応し、蘭も侑子の顔を見る。
「あなたの分の対価は、もうもらってあるわね。蘭」
「!」
「? はい」
侑子の言うとおり、蘭の対価はすでに支払われている。別件のものと合わせ、一応の先払いの形を取ったのだ。それも随分と前の話であり、蘭はなぜ侑子がこのタイミングでわざわざ確認を取るのかと首を捻った。
侑子の言葉に気を取られた蘭は、侑子が彼女の名を呼んだ時、これから共に旅をする三人の表情が変わったことに気付かなかった。それを認識したのは、侑子と、蘭の肩に身を置く黒猫だけ。
蘭は気付いていない。そして知らない。己が“何者”なのかを。
侑子の手から、モコナがフワと浮かぶ。
「では」
パキィィィンと何かが砕けるような音と共に、浮かぶモコナの足元に魔法陣が現れる。それを確認した蘭は素早く彼らの側へと移動した。
「行きなさい」
その言葉を合図に、モコナの背から、その体には不釣り合いな大きさの翼が生じ、そしてモコナがガバァッと大きな口を開け、彼らを吸い込もうとする。
「(……ちょっと怖いな)」
蘭は転移する直前、四月一日に小さく手を振った。別れ、感謝、激励の意味を込めて。
モコナが全員を吸い込み、ぱくんと口を閉じて次元を移動した。
彼らが旅立った直後、今まで降り続けていた雨は止み、雲の切れ間から光が差した。
「……どうか、彼らの旅路に幸多からんことを。――そして、後悔しないよう、早く気付くことを祈ってるわ、蘭」
空を見上げる侑子が、届かない言葉を、蘭に送った。
「って、ふえてるし――!」
「来たわね」
宝物庫へ行っていた四月一日が白と黒の何かを抱えて戻って来た。侑子はその内白い方を手に取る。
対価として支払われた、黒鋼の銀龍とファイのイレズミはそれぞれ、マルとモロに預けられた。
「この子の名前はモコナ=モドキ。モコナがあなた達を異世界へ連れて行くわ」
しゅたっ、と四月一日に抱えられている黒いモコナが手を上げる。
「おい、もう一匹いるじゃねぇか。そっちよこせよ。俺ぁそっちで行く」
黒鋼はよこせ、と手を出す。
「そっちは通信専用。できることは、こっちのモコナと通信できるだけ」
「ちっ」
「あら、便利なのよ」
二人のやり取りに呆然とする四月一日の後ろで、蘭がくすり、と小さく笑いを漏らした。ずっと静かに耐えていたが、ついに堪え切れなくなった。
そんな彼女の笑い声が聞こえたのか、黒鋼が蘭の方へ視線を向けた。眉間に寄った皺から睨んでいるようにも見えるが、果たして。
「モコナはあなた達を異世界に連れて行くけれど、それがどんな世界なのかまではコントロールできないわ。だから、いつあなた達の願いがかなうのかは、運次第。けれどその中に偶然はない。あるのは必然だけ。あなた達が出会ったのも、また必然」
さぁ、少年に対価が告げられる。
「小狼、あなたの対価は……関係性」
「……」
蘭はほんの一瞬、眉を寄せた。彼女は彼の対価がどういうものかを知っている。この対価はきっと、この中で一番残酷な対価。
「あなたにとって一番大切なものはその子との関係。だからそれをもらうわ」
「それってどういう……?」
“関係性”という実体のないモノを対価に、とはどういうことか。
「もし、その子の記憶がすべて戻っても、あなたとその子はもう同じ関係には戻れない。その子はあなたにとって、なに?」
「幼なじみで……今いる国のお姫様で……。俺の……。俺の大切な人です」
小狼はサクラを抱きしめる力をいっそう強めた。
「……そう。けれど、モコナを受け取るならその関係はなくなるわ。その子の記憶をすべて取り戻せたとしても、そのこの中に彼方に関する過去の記憶だけは、決して戻らない。それがあなたの対価」
この場にいる全員が黙って話を聞いていた。
「それでも?」
侑子が問う。だが。
「……行きます。さくらは、絶対死なせない!」
彼の答えはひとつだけ。
「……異世界を旅するということは想像以上に辛いことよ。様々な世界があるわ。例えば、そこの二人とこの子がいた世界」
侑子に目で促され、に蘭は一歩前に出た。
「服装を見ただけでも分かるでしょう。どこもあなたがいた世界とは違う。この子の場合は少し事情が違うけどね」
蘭はズレたストールを引き上げ、今一度口元を隠した。
「知っている人、前の世界で会った人が、別の世界では全く違った人生を送っている。同じ姿をした人にいろんな世界で何度も会う場合もあるわ。前に優しくしてくれたからといって今度も味方とは限らない。言葉や常識が全く通じない世界もある。科学力や生活水準、法律も世界ごとに違う。中には犯罪者だらけに世界や嘘ばかりの世界、戦の真っ最中という世界もある。その中で生きて旅をつづけるのよ。何処にあるのか、何時すべて集まるのか分からない記憶のカケラを探す旅を」
これが最終確認。リスクを突き付けた上で、本当に行くのかと。
「でも決心は揺るがない……のね」
少年の答えは
「……はい」
Yes――。
小狼の答えに、侑子は優しく笑んだ。
「覚悟と誠意。何かをやり遂げるために必要なものが、あなたにはちゃんと備わっているようね」
侑子が不意に蘭の方を向いた。それに反応し、蘭も侑子の顔を見る。
「あなたの分の対価は、もうもらってあるわね。蘭」
「!」
「? はい」
侑子の言うとおり、蘭の対価はすでに支払われている。別件のものと合わせ、一応の先払いの形を取ったのだ。それも随分と前の話であり、蘭はなぜ侑子がこのタイミングでわざわざ確認を取るのかと首を捻った。
侑子の言葉に気を取られた蘭は、侑子が彼女の名を呼んだ時、これから共に旅をする三人の表情が変わったことに気付かなかった。それを認識したのは、侑子と、蘭の肩に身を置く黒猫だけ。
蘭は気付いていない。そして知らない。己が“何者”なのかを。
侑子の手から、モコナがフワと浮かぶ。
「では」
パキィィィンと何かが砕けるような音と共に、浮かぶモコナの足元に魔法陣が現れる。それを確認した蘭は素早く彼らの側へと移動した。
「行きなさい」
その言葉を合図に、モコナの背から、その体には不釣り合いな大きさの翼が生じ、そしてモコナがガバァッと大きな口を開け、彼らを吸い込もうとする。
「(……ちょっと怖いな)」
蘭は転移する直前、四月一日に小さく手を振った。別れ、感謝、激励の意味を込めて。
モコナが全員を吸い込み、ぱくんと口を閉じて次元を移動した。
彼らが旅立った直後、今まで降り続けていた雨は止み、雲の切れ間から光が差した。
「……どうか、彼らの旅路に幸多からんことを。――そして、後悔しないよう、早く気付くことを祈ってるわ、蘭」
空を見上げる侑子が、届かない言葉を、蘭に送った。