Chapter.1
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
間借りしている部屋でじっと座って目を閉じる袴の女性。女性、と呼ぶにはいささか幼さの残る顔立ちをしているが、それを感じさせない凛々しさがある。長い髪を一つに結い上げ、背筋をピンと伸ばし座る姿は、武に通じる者のそれだった。
彼女のすぐ側では黒猫がじっと座っている。主を見つめ、その時を待つ。
彼女が『此処』へ来てから実に数年が経った。彼女はずっと待っていた。『起こるべき』流れを辿り、そして時が来るのを。
外では、晴れた空から雫が落ちていた。『狐の嫁入り』そう呼ばれる天気雨は旅の始まりを告げた。
「蘭ちゃん、今いいかな」
部屋の外から掛けられた声に、蘭は瞼を開けた。
「どーぞ」
いつもと変わらない、親しい間柄へ向ける声のトーンで返事をした。彼との付き合いは、長いようで短い。が、淡白なものでもなかった。
襖の向こうから顔をのぞかせる四月一日君尋。その表情から少々の困惑した感情が窺える。
「侑子さんが、『今日だから準備をするように』って……」
「うん、『知ってる』。伝えに来てくれてありがとう」
「これも分かってたんだ。ならオレ、来る必要なかったかな?」
困ったように笑う四月一日に蘭は首を振りながら微笑む。
「まさか。私はあくまで『知ってる』だけで、それがその通りになるかは分からないから。そうなってほしいと思ってるだけ。だからこうやって伝えてもらえることで、客観的に確認できるのはすごく助かる」
「そっか。ならよかったよ」
「侑子さんには、準備してすぐに行きます、って伝えてもらえる?」
四月一日はそれに頷き、蘭の部屋を後にした。
彼の気配が遠ざかったのを確認した蘭は、彼の耳に届かぬように、彼に向けて呟く。
「頑張ってね、四月一日。ここから『私』がいなくなるから、大丈夫だと思うけど……」
少し寂しげに目を細めた蘭に、黒猫が歩み寄る。
〝蘭〟
金の左、蒼い右の瞳が彼女を見上げている。
「分かってるよ、大丈夫。だからタオ、あっち向いてて」
〝何故だ〟
「何故だ、じゃない! お前一応雄だろうが!」
〝あぁなんだ、今更まだそんなことを気にしているのか。昔は何の躊躇もなく我の前で着替えていたというのに。我は全く気にせんぞ?〟
「こっちが気にするんだってば。というか、昔と今で比べないでくれる?」
〝解っている、気恥ずかしいのだろう? 我がただの猫ではないと知ったから〟
「……解ってるなら向こう向いてて」
タオのからかいに唇を尖らせながら蘭はタンスから刀と、服を一着取り出した。このために用意された、『特別な一着』を。
「……『ツバサのセカイ』……『私』が歪めたセカイ。きっといろんなところが歪んでる。あるべき流れで終わらせるために、尽くすしか、ない」
「……」
誰に言うでもなく、手にした服と刀を一度抱きしめ、蘭は旅支度を始めた。これから始まる、願いを叶える旅の為に。
彼女のすぐ側では黒猫がじっと座っている。主を見つめ、その時を待つ。
彼女が『此処』へ来てから実に数年が経った。彼女はずっと待っていた。『起こるべき』流れを辿り、そして時が来るのを。
外では、晴れた空から雫が落ちていた。『狐の嫁入り』そう呼ばれる天気雨は旅の始まりを告げた。
「蘭ちゃん、今いいかな」
部屋の外から掛けられた声に、蘭は瞼を開けた。
「どーぞ」
いつもと変わらない、親しい間柄へ向ける声のトーンで返事をした。彼との付き合いは、長いようで短い。が、淡白なものでもなかった。
襖の向こうから顔をのぞかせる四月一日君尋。その表情から少々の困惑した感情が窺える。
「侑子さんが、『今日だから準備をするように』って……」
「うん、『知ってる』。伝えに来てくれてありがとう」
「これも分かってたんだ。ならオレ、来る必要なかったかな?」
困ったように笑う四月一日に蘭は首を振りながら微笑む。
「まさか。私はあくまで『知ってる』だけで、それがその通りになるかは分からないから。そうなってほしいと思ってるだけ。だからこうやって伝えてもらえることで、客観的に確認できるのはすごく助かる」
「そっか。ならよかったよ」
「侑子さんには、準備してすぐに行きます、って伝えてもらえる?」
四月一日はそれに頷き、蘭の部屋を後にした。
彼の気配が遠ざかったのを確認した蘭は、彼の耳に届かぬように、彼に向けて呟く。
「頑張ってね、四月一日。ここから『私』がいなくなるから、大丈夫だと思うけど……」
少し寂しげに目を細めた蘭に、黒猫が歩み寄る。
〝蘭〟
金の左、蒼い右の瞳が彼女を見上げている。
「分かってるよ、大丈夫。だからタオ、あっち向いてて」
〝何故だ〟
「何故だ、じゃない! お前一応雄だろうが!」
〝あぁなんだ、今更まだそんなことを気にしているのか。昔は何の躊躇もなく我の前で着替えていたというのに。我は全く気にせんぞ?〟
「こっちが気にするんだってば。というか、昔と今で比べないでくれる?」
〝解っている、気恥ずかしいのだろう? 我がただの猫ではないと知ったから〟
「……解ってるなら向こう向いてて」
タオのからかいに唇を尖らせながら蘭はタンスから刀と、服を一着取り出した。このために用意された、『特別な一着』を。
「……『ツバサのセカイ』……『私』が歪めたセカイ。きっといろんなところが歪んでる。あるべき流れで終わらせるために、尽くすしか、ない」
「……」
誰に言うでもなく、手にした服と刀を一度抱きしめ、蘭は旅支度を始めた。これから始まる、願いを叶える旅の為に。