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理鶯さんのいる野営地までは俺の家から然程距離は無かった。十五分くらい歩いて行ける位置に彼はいて何時ものように向かえば途中で雨が降ってきた。折り畳み傘がリュックの中に入っていたのを思い出して出そうとしたけど止める。何で使うのを止めたのか、それはちょっとした出来心だった。
野営地に着くと雨凌ぎに屋根のある大型テントを張ってその下で狩りの道具を手入れしてる彼を見つける。理鶯さんと呼び掛けると理鶯さんは俺を見て驚いた表情を一瞬してタオルを持ってテントの前にいる俺にかけてくれる。


「どうした、傘を持ってこなかったのか」
「忘れちゃって」
「そこに座るといい。今珈琲を淹れる」


手際良く彼は珈琲を淹れる用意をし始める。俺が風邪引かないようにって優しくしてくれるの何となくだけど予想してた。彼は本当に優しいから俺なんかでも相手してくれるし何より一つ一つ礼儀正しくて扱いが丁寧なのだ。俺はそんな優しさにどっぷりハマって彼の元に通い詰めてもう一年は経つだろうか。一年も俺みたいなのを相手してうんざりする所なのに彼は心から邪険にしようとはしない。この人にこの先もハマりにハマっていく自分自身が見えているのに俺にはどうしようもない現実があるのだ。
ポツポツからザアザア降りになってきた強めの雨に俺は彼の淹れてくれた中身の入った珈琲マグを受け取り口付ける。マグも俺が持ってきた物をここに置かせて貰っている。それくらい通い詰めている自覚がある。
道具の手入れに戻ろうとする彼を視界に入れる。今日も今日とて美しいその姿に見惚れてしまうけどこうして特等席で眺めていられるのもあとどれくらいかな…なんて。リュックサックに手を伸ばして中からスケッチブックを取り出す。


「ん。今日も持って来たのだな」
「はい。でも鉛筆忘れてきちゃった」
「忘れる物が多いな」
「ですよね。ド忘れが多くて」
「見てもいいだろうか」


理鶯さんが俺の手の中のスケッチブックをジッと見つめている。いつも来て勝手に描いているだけだったから彼に見せた事はなかった。俺はちょっと緊張するけど「どうぞ」とスケブを手渡す。理鶯さんは受け取り中を開くと俺の隣に移動して一緒に見てくれる。彼が近くなってドキとする。二枚目を捲ったこの時点で恥ずかしさが上昇してきて手で頁を隠す。


「どうして隠す」
「だって」
「よく描けているぞ、小官を」
「あーもう言わないで下さいって。でも理鶯さんだけじゃないんですよ?風景や動物とかもあるんです」
「む、そのようだな。トモは絵が上手いのだな」


久し振りに俺の名前呼ばれた。でも言葉と事実が合ってなくて俺は頁を捲っている彼の綺麗な横顔を見ながら最後まで見てくれた理鶯さんからそれを自分が表紙を閉じて取り上げる。その行動に理鶯さんは何時もの無表情だったけど何かを感じ取ったように「どうした」と聞く。


「俺、もうすぐ田舎に帰るんです」
「…帰郷か」
「はい。そこで家業継ぐんですけど…やった事ない事で一からやる事になるし凄い、不安で」


彼が俺の家業について詳しく聞いてくると思った。でも聞かないで唯前を向いて何かを考えていて元々口数の少ない彼だけど俺は耐え切れず自分から言葉にしようとすると理鶯さんから紡いでくれる。


「やりたい事か、それは」
「……分からないです。でも俺の絵を見て分かるようにこれだけでは到底食べてなんていけない。だからどっちにしろこの道しか俺には無いんです」


言い終わるとクシャミが出た。理鶯さんはすかさずボディタオルで俺の身体を包んでくれる。これを狙って傘忘れたなんて彼が知ったら幻滅するかな。
テントから見える見慣れた景観をぐるりと見回す。


「理鶯さんと離れるの、心残りなんです」


木々の葉から落ちる雫の雨粒がしたって下に咲く野花達を濡らす。それを眺めていたら自分の瞳が涙で滲んでいく。理鶯さんは俺を横から抱き寄せると大きな温もりで包んでくれる。


「小官とトモは心で繋がっている。それは決して離れる事は無いだろう」


理鶯さんの掌が俺の胸にそっと触れる。心で感じる彼の優しさもずっとここにあって傍で生き続ける。それでも彼との形としての別れが迫ってはいて話したい事は山程あっても上手く言葉に出来なくて。理鶯さんも同じ感情だったらいいのにって思う俺はまだ、彼に甘え続けたい心と弱さを合わせ持ってしまっていた。



(25.05.26)



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