hpmi
学校を卒業して大人になって俺達のバンドの「アルゴージス」がスカウトされてプロの世界に仲間入りしてから殆どをそっちに力を入れて費やす事になって一年が経った今日。四月十四日、俺の誕生日でずっと会えなかった獄さんと会う事になり朝から有頂天で収録に向かった。メンタルが調子良いと歌も調子良い。時計を見て獄さんに会える時間を楽しみに時が過ぎるのを待ち誰もいなくなった防音室で一人発声練習をする。自分の声の質は今まで歌い続けてきたから何となく理解出来ている。他と比べるの辛いけど獄さんは俺に個性を比べるような世界じゃないだろとか、自分が満足出来てれば良いんだって言ってくれた。そうだと思う。俺の声が褒められようが貶されようが俺は自分を曲げない。
個室を借りて一時間半程、次のCDの曲をハミングしていると部屋の中に誰か入って来る。マネージャーには部屋を借りますとだけ言っておいたのでちょっとびっくりしたけどその人はまさかの有名アーティストのヤグさんでその登場に唯唯驚くばかりだった。
「ごめん。ここ使ってた?」
「い、いえ。もうすぐ出ようと思ってたので」
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です!あ、あのすみません。部屋使いますか?」
「ううん。使わないけど。誰かいるような気がしたから入ってみただけ」
ヤグさんは頭の裏を搔いて小さく笑うと俺もつられて同じ感じに笑ってしまう。扉前から部屋の中に入り扉を閉めると俺をもう一度見つめて「十四くん」と呟く。
「だよね」
「は、はい」
「アルゴージスの?」
「はい!知っていて下さって、その、光栄です!」
緊張でちょっと早口でかみながら言葉に出来てない言葉を何とか紡げばヤグさんは口元を抑えて笑い出す。ああ、初対面で失敗したかも。俺こんなに緊張すると喋れないものなんだ。何時もは初対面の人を前にするとスイッチ切り替わるのにこの人の前では何故か切り替わらない。
「十四くんの声、好きなんだよね。CD持ってるし」
「あ、あの、嬉しいです」
「ちょっと緊張し過ぎでしょー。リラックスリラックス」
はにかんで笑うヤグさんはリラックスと言ってくれるけど中々出来ないくらいにはこの人の存在感はあり過ぎて。ホントに俺、どうしちゃったかな。何時もはこんなじゃなかった筈なのに。
ヤグさんはズボンのポケットからスマホを出すと目の前で操作をし出す。そして「良かったらさ」と画面を見せてくる。
「ここのパスタ店行かない?美味しいんだよね、パスタもピザも本格的で」
「あ。でも獄さん…」
この後獄さんと会う約束をしていて迎えに来てくれると言ってくれたのを思い出して俺はヤグさんと目を合わせる。
「この後、約束があって」
「あーそうなんだ。じゃあ…また今度ね」
「すみません…」
俺もヤグさんの横を抜けてバッグの中のスマホを取り出すとそれを見て、しまってバッグを肩に掛ける。もう行かないと間に合わないのをヤグさんも俺の雰囲気で感じ取ったのか扉への道を空けてくれる。失礼しますと一言部屋を出てじゃあねと笑顔で手を振るヤグさんに会釈して扉を閉める。
駐車場に早足で着くと彼の車があり車前には獄さんが車体に寄り掛かっていた。彼の元に駆け寄る。
「今日はバイクじゃないんスか?」
「ああ。バイクはちょっと休ませてる」
「ん?どういう意味ッスか?」
「…それはそうと、行きたい店は決まってんのか」
「ええ?!獄さんが行きたい場所ピックアップするって思ってたんですけど」
「お前の誕生日なんだからお前が決めるんだよ」
会話しながら車に乗り込むと助手席に座る。彼はハンドルに触れて小さく溜息をつく。どうしたんスかと聞くと、ちょい久し振りで緊張してんだよと言う。獄さん何時もはバイクだからなぁ。
リラックスしてる彼の横でスマホ検索して自分の何時もの行き付けのパスタ店を開く。営業中になってるし席も空いてるみたいだからと告げてマップを見せると車と接続同期して音声案内が始まる。
「よし。行くぞ」
「獄さん」
「ん?」
「今日はありがとうッス」
思ってる事を素直に口にすれば獄さんは笑んで、まだ祝いの言葉もかけてねぇのにと言って車を発進させる。
夜景のナゴヤの街中を車窓から眺めて今年も彼と誕生日を過ごせて良かったと思った。
(25.04.15)
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