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音を立ててビールジョッキが机上に置かれる。ほぼ泥酔状態の簓は何時もの饒舌な話し方とは反して呂律の回らない声で「やっとらんで」ばかり呟いている。此奴が何をやっとらんのか、それはつい最近週刊誌に載せられてしまったとある出来事だ。簓が自身のファンであるらしい女子高生に街中でお笑いネタを披露してくれと誘われてそれに少しの間だけついて行ってしまった事が大問題だった。その一瞬すらも見逃さないその手のゴシップカメラマン。それの標的になってしまった以上簓はここ数週間もの間、メディアや世間の噂から色々と苦しんできた。唯ついて行っただけ、自分の好きな笑いを見せようとしただけ。それでも少しの気の緩みが此奴のような知名度があるような奴にとっては命取りでもあるのだ。簓と対話した女子高生は簓とは何でもないと主張しているが一度ネタとして広まると何でも面白可笑しく話のネタに利用されてしまうようだった。そんな身も心もボロボロの簓はまだ飲むのかジョッキを手繰り寄せている。それを止めさせると簓は小さくしゃくり上げて涙目で「俺はやっとらん」ともう一度言う。
「分かった、分かったから…俺の摘みに手ぇ出すんはやめんかい」
「ハッハッハ!簓、まさか自分より何個も下のピッチピチの女子高生に手ぇ出すとはなぁ」
「ピッチピチて」
「出しとらんよぉ、何遍言うたら笑うてくれるんや」
「分かって、やろ」
中々重症だった。此奴が笑かす為だけに自分より何個も下のしかも一人の女子について行ったのは確かに少し問題ありなのかもしれないしそれを反省しないといかんとも思う。難しい問題だが俺は芸能人や少しでも名が世に知らされてる者は常に注意深くしてないと晒されるという事事態が苦手だし怖いと思うのだ。それでも簓がずっと家に籠もってるのも身体に悪いと思って何とか外に出して飲みに来たわけだがここで飲むのも危うく感じている。
大体は簓の愚痴を聞いて理解した零は笑みながら「可哀想になぁ」と同情する。
「でもまぁ、現実は厳しいぜ?メディアが力を持つ今の世は特になぁ」
ぐっぐっとジョッキを傾け中のビールを一気飲みし親父っぽい声を出してどこか同情していても他人事のように話す。簓も飲んでるが零もそれなりに飲んでる。零まで酔い潰れると後々面倒になると思い俺は「そこらでやめんかい」と口止めしておく。
「誰がタクシーに乗せてこのアホ家まで連れて行くんや」
「盧笙ちゃんだろぃ?」
「何言うとるんや」
「はっは!まあアレだ。簓をしつこい報道陣から逃がす手は一つあるぜ?」
「何や言うてみ」
「治まるまで時をジッと待つ。これに限るな」
それには同感しか抱かなかった。それしか無いんやろな。もうここまで広まってしまえばどうする事も出来へんし今更どうしてもネタにしたい奴等は忘れて下さいなんて誰も聞かへんやろし。つまみの冷めてしまったゲソ天麩羅を口に入れて噛みながら頭を巡らす。ほんの些細な事なんやけどな。なのにここまで裏で炎上させる軍団がおるから今の子供達にも悪影響及ぼす可能性もあるんやろなって。そんな事を思ってるのも束の間、後方からヒソヒソと笑い声が混じりながら簓の名前が聞こえて振り返りはしないが隣で同じように気付いてる零に耳打ちする。
「拡散とかいうやつ、やられるんかこれは」
「よぉく分かってんじゃねぇか。それがネットミームの怖ぇとこよ」
呑気に笑う零に俺は溜息をついてこのままだと本格的にまずいと思って簓の肩を揺する。帰るぞと言ってとにかく勘定して此奴を連れて外に出ようとすれば簓が寄り掛かるように抱きついてくる。何が起こったのか事態が呑み込めなくなる。
「盧笙ちゃんーあかんでー」
「何がや!お前があかんやろ!」
「盧笙ちゃんー好きやー」
いよいよまずくなって周囲を耐えきれず見回してしまう。皆が此方に注目している。ああホンマあかんわ。俺はこういうのがどうしても耐え切れんのや。こういう、どこもかしこからも視線の矛先になる状況が。そう感じた時には店を飛び出していた。人前の抑えきれない上がり症というやつだった。
***
盧笙がいなくなって徐々に酔いが冷めてくるのが分かる。盧笙が俺を拒むんは何時もの事だが今のどうしようもない俺には少し寂しく感じた。突っ伏して手をパタパタと動かし本人には今は聞こえない言葉をもう一度紡ぐ。一部始終を見ていた店員さんが傍までやって来て心配そうな表情を向ける。それに零は笑いながらビールジョッキを持ち上げる。
「ああ、気にするこたぁねぇよ。毎度の事だぜ。それより…おかわり」
女性店員にビールジョッキを寄せる零。まだ呑むんかいとツッコミを入れる気すら起こらず俺はぐったりと顔を伏せて机上にゴンと鈍く音を立てて自身の額をぶつけた。
(25.02.19)
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