hpmi


遠出するのは久方振りだった。シブヤからあまり離れる事も無く小説のネタを日々探していたからたまにはシブヤから出て発見するのもいいのかもなと思っていたのに生憎の雪。長くは降らないだろうし降った後は雨に変わるから路面の凍結も思ってたよりかは緩和出来るだろうがとにかく外は寒い。宿の窓から見えるしんしんと降り続く景色と真白に広がりつつある世界を視界に入れて少しでも小説のネタが思い付けばいいのになんて。
防水性の和傘をロビーで借りて少し散策してみる。細かい雪が少しずつ舞い落ちてくる。まるで春の桜みたいだと思ってもこの例えは誰しもが使うようなフレーズ。なら何に例えようと歩きながら思案してみるとバス停が見えてきてそこの停留所に一人立っているのを見かける。大学生くらいだろうか。時間は中高生はまだ授業をやってる頃だと思う。バスに乗るつもりは今は無いのに停留所で手袋を着けた手を擦り合わせて白い息を吐く青年に座るベンチから距離をあけて座る。
青年を見た印象は凄く寒そうだった。首にはグルグル巻きのマフラーをしていてトレンチコートも着用してるのに。自分より若くてしかも防寒具の着用数が高いのに何故かそう見えてしまう。それとも元から寒がりなのか。


「寒そうですね」


気付いた時には言葉にしていた。青年は私にやっと注目し此方を見る。目と目が合わさってかなり驚いた視線を向けられた。恐らく私が夢野幻太郎だと分かったのだ。すると青年は口を魚のように開けて小さく消え入りそうな声で「夢野幻太郎さんですよね?」と聞いてくる。それにそうだと答えると青年はまるで何か賞を貰った時のような当たりくじを引いた時のような明るい顔を浮かべる。けれどきっとそんな安易な例え等では言い表せないのだこの表情は。


「何か温まる物があると良いですね」


そう言って自分の手に持ってる鞄の中を開けて手を入れる。開けた口の金属プレートが当たって冷たく感じたが中を探れば温まりそうな物は全く見つからずあるのは編集者から貰ったばかりの自分の書いた新作の本の見本だけ。それを出してみる。青年の目の色が変わる。


「いります?」
「え」
「小生、この後これを手にする機会が多くあるので一冊くらいは」
「有難う御座います!」


直ぐに嬉々とした感謝の言葉が飛んでくる。それに此方が目を丸くする番だ。


「面白い方ですね。寒さに震えていたのは何処へやら」
「温まりました」
「本で、ですか?」
「はい」


つまりは心が温まったという事だろう。普段は初対面の人にここまで笑う事も無いのに自然とこの青年を前にすると笑いが出てしまう。青年に文庫本を手渡すと飛び付くように中を開きペラペラと頁を興奮気味に捲り出す。そして何かに気付いたのか最後の頁に手を付けたまま「あ!」と声を上げる。きっとさっき宿で書いたサインが目に入ったんだろう。青年とまた向かい合う。さっきよりも爛々とした目だ。二度目の礼を言われてどう致しましてと返事するとバスがやって来る。私も乗るのか期待の目で見られるがそうはいかない。


「これからも小生の本を読んで下さると嬉しいですね」
「はい!これからも応援してます!」


車が白く長い息を吐き出して扉が閉まる。発進して手を降ってる青年に振り返してバスが見えなくなると自分もすっかり凍えてしまった身体で帰路を急いだ。



(25.02.05)



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