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秋季は美味しいものを食べられて良い季節だ。一二三の作ったものを一二三の隣で特等席で食べられるという贅沢さ。俺よりもっと相応しい人がいてそれが望ましいのも分かっていて一二三の傍に居続ける自分は本当に私欲に忠実で。だからたまに一二三の隣にいる事がベストなのかと不安になる時があって夜も朝も微温湯に浸かるように身体を潜り込ませたベッドから出ては入るすっきりしない気怠さ。俺は自分の心のままに生きているのだろうかなんてうんざりする程ネガティブな考えをしてしまうのも俺というちっぽけな人間の身の丈の現実が常に隣方にあるからなのもあるんだろうって。
昨日の作り過ぎたというカボチャがゴロゴロ入ったクリームシチューをパンも主食に食べていると一二三が不意に気難しい顔してシチューを掬っていたスプーンを下げて俺を真っ直ぐに見つめてくる。
「ちょっと…話あんだけど」
俺も食べる手を止めて一二三を見つめ返す。一二三の自分を見つめる瞳に強い意志が込められているのに気付く。そして俺はこの時点で一二三がどんな思いで俺に次に出す言葉を紡いだのか、ちゃんと一二三の立場を考えて汲み取れて無かったんだ。
「俺、暫く遠出しに家を出るよ」
***
一二三がいなくなってまだ一ヶ月の半分くらい。すっかり風も冷たくなって季節は冬。心まで凍り付きそうな上司から与えられるハードワークをする日々と一二三という俺の中で大きな存在だった人物がいなくなった孤独感。誰かと親密に話す時といったら家族のメールや電話のみ。後は仕事先などで同僚と少し話すが長くは会話は進まない。
そんな決して華やかでは無い日常で俺は一二三の存在がいかにかけがけないものだったかを知る。いつ帰ってくるか一二三が告げなかったのも何らかの意味があると思う。一二三も先の見えない道を進んでいるんだ。でも俺は、死にたくなる程の孤独感には苛まれていなかった。一時期はそんな事もあったが
その時だって一二三がいてくれて助かったようなものだ。一二三は俺にとって…光だった。皆の光だ。
「観音坂さん」
女性の声がして振り向くとそこにはここから少し離れているが同じ地区に暮らしている近所の娘だった。俺なんかに急に話し掛けて回覧板か何かの知らせかと雪かきをしていた手を止めて近くまで行くと女性は思い切って話し出したみたいで俺ってそんなに近寄りがたかったかなと思いながらも緊張させないように笑い掛ける。女性は手にアンケート用紙のような物を持っていて新しく設置するゴミ置き場について尋ね周っているようだった。
差し出されたアンケートを受け取り回収日までちゃんと聞く。役目が終わって帰るのかなと思って雪山の上に立てておいたスコップに手で触れようとする。
「大丈夫ですか」
俺は顔を上げる。女性は言い辛そうにこんな俺にでも話してやろうと思ったのか知らないがその目には哀れみの色が見えた。一二三が居ない今、一二三に出ていかれて可哀想に思いこの言葉に至ったのだろう。それでも俺は「大丈夫です」と下手くそな笑みで答える。女性はそのまま去って行った。
雪かきを再開してまた冷え込んできたと思ったらチラチラと雪が降ってきた。雪かきのタイミングを間違えたかもしれない。
「一二三…」
大丈夫だと言った自分が本当は大丈夫じゃないと分かっていた。けど実際口であの娘にそれを言う事は無いだろう。ホワイトクリスマス。一人ぼっちのクリスマスで俺はやっと本当の意味の寂しさを知ってしまった。
***
季節は巡り数年後の春。この国では春になると花々と春の食べ物の収穫とファッショナブルに着飾った人で盛大に春の訪れを祝う。この時期になって俺は一二三と庭の花達の植え替えや美味しい春の食材をふんだんに使った一二三の作った料理を食べていた日々を思い出す。あの頃が懐かしいと感じてしまう。外が華やかになればなる程灰色になっていく自分。俺だけ色が無い季節。
植物の手入れが疎かになっていたのに気付いて今日こそ手入れしようとガーデニング用具を持って庭へと出る。咲き誇った花の向こうで、誰かが此方を見つめている。
「独歩」
その人物の姿を瞳に映した瞬間、俺は自分がここまで生きてて良かったと感じた。
季節は巡る。巡る季節がある分だけ会えない分だけ自分の心を見つめ直す時間が必要だったのかもしれない。
(24.12.04)
実際の公式様、原作者様、団体様、会社、人物、事件、商物、場所、組織等とは一切関係御座いません。組織の方の持ち出し、悪用はお止め下さい。作り話です。