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化粧時間は長い方じゃなかった。でも短過ぎる程でも無い。ファッションにそこそこ気を使ってるし美容に関しては色々勉強してきたつもり。それでもやっぱり化粧が一番難しい。スタイリストさんメイクを仕事にしている人達は凄いなって思う。だって自分の顔にするだけでもこんなに難しいのに他の人の顔にまでその人の特徴を活かしたメイクに仕上げるなんて凄すぎじゃない?そういう仕事に就きたいとかは全く無いけど感心はするものだ。
口紅を唇につけてる私の隣の鏡台の前に深琴さんがやって来て化粧直しを始める。その手慣れた手付きを横に見て鏡に映る自分の唇にのった可愛すぎるピンクのリップカラーを見て目を細める。直ぐにティッシュで拭き取る。


「左馬刻と別れたってホント?」


リップの蓋を閉めようとしていた手を止める。深琴さんは自身の長い睫毛にマスカラをつけた手を引っ込めてチラリと見てくると僅かに笑む。いきなり失礼じゃないか私があいつと別れた事を開口一番に聞いてくるなんて。でもこの人に限ってこういうのは今に始まった事じゃない。深琴さんも化粧ポーチの中からグロスを取り出すとそれを軽くつけていく。私は不細工な表情のまま自分の顔と睨めっこしたままでいる。


「難しいわよね。左馬刻の隣ってだけでもハードル高くなるもの」
「…慰めてるの?」
「違うわ。同情してるの」


深琴さんの方を向く。深琴さんはまた笑って小指につけたグロスを拭き取っている。そして自分のポーチからリップを一つ取り出す。見たことないブランド物で見るからにお洒落そのものだ。それを「これがいいわ」と私に手渡してくる。


「え…でも、これ」
「あげた訳じゃないの。ちょっと使ってみてって」
「…うん」
「んーってして」


んーとしてと言われても自分でつけられるのにと思って言われるがままに唇を横に結んで彼女の方に向くとリップを軽くのせてくれる。そしてティッシュで表面をトントンと少し色のトーンをおとしてから「これでいいんじゃない?」と言う。目を開けて鏡を見るとさっきまでとは違った自分がそこには映っている。ちょっと驚いてしまう。リップカラーを変えただけでここまで印象が変わるなんて。メイクをする人もメイク商品作ってる人も改めて凄いや。
リップをしている深琴さんに礼を言おうとすると何だか化粧室の入口から女子達の嬉々とした声が上がる。左馬刻だ。左馬刻が来たらしい。何しに来たと言うか何でここに堂々と入ってこれる。変に感心してると左馬刻は周囲の女の子達の熱い視線を浴びながら此方に近付いてくる。


「ここは男子禁制ですよー」
「おい未実」
「何」


左馬刻と目が合う。切れ長の赤の瞳が私を見下ろす。私は直視出来ないけど左馬刻は射殺すくらいに一度に見つめてきて私の顔を見てか「可愛くねーな」といきなり辛口の言葉をこぼす。それに不覚にも傷付くと横で見ていた深琴さんが私の肩に手を置いて「酷いこと言わないで」とまた同情している。そのやり取りを前に左馬刻は澄ました表情で振り返り自分を見つめていた女の子達に目をやって私達に戻ってくる視線。


「俺様のピアスお前の部屋に落ちてねーか?見当たらねーんだよ」
「さあね。間違えて捨てちゃったかも」


羽織ってる自身の黒の髑髏ジャケットのポケットに手を突っ込んでる左馬刻に言い返してやる。左馬刻は舌打ちしてポケットの中の手を出す。その掌には女性の使用するリップ。それを何を思ったか差し出してくる。


「やる」


フリーズしてる私に左馬刻は同じく隣で固まってる深琴さんを横に見ると、私の掌をこじ開けてその中にリップを握らせて化粧室からいなくなる。
貰った手にあるリップを見てみればオレンジのやや明るめのリップカラーだった。




(24.07.29)



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