hpmi
目の前で珈琲サイフォン並ぶカウンター席に座れる時は感情が落ちつける。小説の執筆の締切で追い込まれた時や編集者、新人担当者と上手くいかない時だってここ花霞に来れば非現実的な気分になれるし自分の得意技の「妄想」も捗る。
今日もこの店に来店した客や窓から見える通行人の人生の言い当て等始めようとすればカウンター席の自分の座ってる席から二つ程空けた位置に座ってる女性が目に入る。女性は読んでいた本から私に気付くと小さく会釈をする。綺麗な女性だ。物静かそうで…美しさが全体で現れている。この人はこの前もその前もここで見たような気がする。私と同じ常連なのだろう。
「こんにちは」
「こんにちは。…よくここに来られますよね」
「ええ。この近くに勤務先があるので」
「それって本屋ですか」
勘や何となくだが当てにいってみる。女性は本当に驚いているようだった。この近くにある小さくは無いそれなりに本が揃ってる充実した憩いの場の本屋がある。本が好きそうだからこの辺りというと本屋が該当したのだ。でも見方によっては危険なストーカーの類だと思われてしまうので誤解を招かないような言葉を続けて言う。
「人を見て彼是言い当てるのが癖なんです」
「そ、そうなんですか」
「例えばあの人」
店の隅のテーブル席で丸まって珈琲とフルーツクリームサンドを呆然とゆっくりと食べている男を指差す。
「最近仕事を辞めて職を失い途方に暮れているが、SNSで知り合った女性と出会って人生やり直そうと意気込んでいる最中」
男が食べかけのフルーツサンドを手に小さくくしゃみする。今度は窓際の若い女性を指差す。
「あの娘は部活でレギュラーに選ばれたが何処から手を付けていいか分からず取り敢えずここで作戦を練っている」
「ふふ。そう見えてきちゃいますね」
私に妄想された女の子は窓の外から此方を向いてしまう。直ぐに隣方の話している女性と何もなかった様にテーブル側に体勢を変えれば二人でクスクスと笑い合う。今の妄想は定かでは無いがイイ線はいってると思った。女性はまるで久方振りに笑えたような顔を一瞬見せた。それを隣で見てどこか彼女も何かに悩まされてここに逃げ込んできた一人の様な気がする。これも妄想の一つでしか無いが。
そう言いたげな私の視線に気付いたのか彼女は一口飲んでた珈琲をソーサーに置き控えめなピンクリップののった口元を僅かに緩ませる。
「私は本屋の店員の他にどう見えましたか?」
「……そうですねぇ」
「どうぞ思うままに仰って下さい」
真っ先に思い浮かんだのが一つあったのだがこれは本人の前では言いづらいかもなと思い口ごもると彼女は私の肩を押すように言い勧めてくる。咳払いを一つして意を決して言葉を紡ぐ。
「男達に言い寄られているが、全て断っている高嶺の可憐な女性」
フッと私の言葉が言い終わったのと同時に小さく笑われる。そして珈琲カップについたリップのティントを指先で拭い取ると私の言葉が一応気に入ったのか「夢野さん面白い方です」と感想を一言。感想の面白かったはいいのかもしれないのだが急に私の名前を言い当てられて動揺してしまう。大体知られていたのは気付いてはいたが。
「小生の事、やっぱり知っていましたか」
穏やかに笑みかけてくれる彼女はカップに手を添えたまま私から窓の外をチラと見やる。その途端に私の携帯が鳴る。SMSメールの着信の様で新人担当者からのまた仕事についての質問メールだった。席を立ち私を見上げてる彼女を見下ろす。
「もう行かなければ」
「さっきの貴方の言い当てですが」
「…はい」
「それは少し的外れかもしれません」
柔らかく美しい微笑に私は少し間を置いて考えて、口を開く。
「本屋に立ち寄った際には宜しくお願いします」
「はい。お待ちしております」
丁寧にそう言葉にした彼女に私は今度は此方から会釈して、勘定し店から出て歩き出した。
***
夢野さんがいなくなった静けさが戻った店でバックにかかってるジャズミュージックを割るようにスマホの着信が鳴る。液晶がつきスマホのホーム画面に現れたメール送信者名を見て溜息をつく。
スマホを裏返しに机の上に置いて珈琲に合うここの特製ケーキを追加注文しまた本の世界へと旅立つのだった。
(24.07.25)
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