「つ、疲れたぁ……」
　名前は仕事によって疲れ果てた身体をソファーに投げ出した。疲労困憊でヘロヘロの名前の隣にアオキが座り、温かいスープを差し出した。
「お疲れ様です」
「アオキさんもお疲れ様です。……このスープ美味しい！」
「それは良かったです。作った甲斐がありました」
「え！　このスープアオキさんが作ったんですか」
「それと夕御飯も作りました。今日は自分が休みでしたから貴方の代わりに作りました」
「そんなことしなくたって良いんですよ、アオキさん。折角の休みなんですからゆっくり過ごして下さいよ。ご飯ならコンビニで買ってきますから」
「……昔、コンビニのご飯は栄養が偏るから食べるなと言ったのはどなたでしたっけ」
「うぐっ……」
　痛いところを突かれたようで名前は顔を歪ませる。そんな名前を見たアオキは顔を緩ませ、口角を上げた。
「お風呂も温めてありますよ」
「え！　お風呂までやったんですか。ホントありがとうございます……」
　名前が安心した顔でまたホッと息を吐いた。すると、アオキは名前との距離を少し詰める。
「名前さん」
「ん？　何ですか」
「お風呂にしますか、ご飯にしますか、それとも……自分にしますか」
「え」
　唐突の言葉に名前の思考回路が止まった。何回もその言葉が頭の中を反芻してアオキの口から放たれたそれの意味を理解するのに時間を要した。名前が理解したことは、やはり新婚夫婦の間で交わされるあの有名な三択。それしか無かった。
　あのやりとりのセリフがあのアオキから出たことに名前は非常に驚いていた。名前とアオキは夫婦ではあるものの、そう言ったやりとりはしてこなかったのだ。
　名前は再び思考を巡らせ彼の真意を探る。そして、結論を出した。これは、彼の冗談だろうと。
　アオキはごく稀にそう言った冗談を言う時もあるのだ。しかし、冗談を言うときは真顔で何の抑揚も無く言うので非常に分かりにくいのだ。名前は今回のソレもいつもの分かりにくい冗談だと結論付けた。
　今日はアオキさんが色々やってくれたし、たまには冗談に乗ってみるかと名前は内心ほくそ笑んだ。
「……じゃあ、ご飯食べてお風呂に入ってからアオキさんにしますよ」
　アオキの表情が動いた。目を僅かに見開き驚いた顔をした後、いつもの真顔に戻った。
「……分かりました。楽しみにして下さい。それではお望み通りご飯の支度をします」
「私にも手伝わせて下さい。その方が早く食べられますよ。アオキさんお腹空いてますよね、尚更二人でやった方がいいですよ」
「やはり、名前さんにはバレてましたか」
「私を誰だと思ってるんですか。貴方の妻ですよ」
　得意げな顔をして胸を張ってアピールする名前を見てアオキは僅かに口角を上げて笑った。そうして、二人は他愛もない会話をしながら夕御飯の支度をした。
　二人で夕御飯の支度をしたおかげですぐに美味しいご飯を食べることが出来、二人は胃を満足させた。その後温かいお風呂に名前は身体を沈め、疲れた身体と心をゆっくりと癒していった。
　身体も心も充分に癒され、先程とは打って変わって満足した表情で名前はベッドに身を投げた。
「はぁ……すっごく癒されたぁ」
　うとうと眠気が降りてくる。いつもより少し早いが寝ようかと名前が考えているとガチャリとドアの開く音が響いた。すると、パジャマ服を身に包んだアオキがドアを開いて部屋の中に入る。彼は名前の隣に寝転ぶと思いきや、名前の上に覆い被さった。
「あの……アオキ、さん？　これはいったい」
「名前さんは自分を選びましたよね。その結果ですよ」
「え、あれは冗談じゃないの！？」
「自分は冗談のつもりでは無かったのですが」
　まさかアレが冗談では無かったとは。どうやら、名前は重要な二択を外してしまったようだ。
「たまには、こういうのもいいでしょう」
　珍しく微笑みを浮かべてアオキは大きな少しかさついた手で名前の頬を撫でた。
　そんな夫の姿を見せられてしまっては受け入れるしかない。せめてもの仕返しで名前は彼の頬に触れるだけキスをしてやった。