風間夢
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今日は金曜日。風間が地球を去る最後の日。
あの風間のことだから騒いでいると思っていた。しかし、風間は一日を寂しがる様子もなくいつも通り過ごしていた。あんまりにもいつも通りだからどこかおかしくなってしまったのかと、思わず聞いてしまった。
すると、風間は「別にどこもおかしくはない」とあっさり答えたのだ。彼の様子に私は拍子抜けした。
「君の協力もあってこの数日間の地球調査は余すことなく進められた。これで胸を張って故郷に帰れるよ。あぁ、早くみんなに会いたいな……」
彼は穏やかな微笑みを浮かべ遠い目をしていた。
彼の正体を知っている者として喜んで地球から送り出したい。でも、何故か、私の胸には言葉にできない重い錘のような物がぶら下がっている。
それの正体はわからない……わかりたくない。だって、知ってしまったら――――
「……ぇ、ねぇ! 僕の話聞いてるの、ちょっと」
風間に名を呼ばれて、ハッと意識を取り戻し顔を上げた。風間は怪訝そうに私を見つめている。
「……あ、ごめん。話聞いてなかった」
「なんだって? ハァ……まったくしょうがないな。もう一度言うから耳の穴かっぽじってよく聞くんだぞ。ごほん……地球を去る前にちょっと散歩しようと思ってるんだけど付き合ってくれるかい?」
「はいはい。付き合うよ」
席を立ち上がり、教室から私達は飛び出した。
放課後になった校舎は昼間の活気を失い、ひっそりとしている。開かれた窓からは部活に専念している運動部員の声が風に乗って流れてくる。
風間はぷらぷらと校舎内を練り歩いている。そんな風間の隣に並んで私も歩いていたら彼はとある部屋に立ち止まった。
「ここに用事があるんだ。ちょっと待ってて」
そう言い残し、風間は部屋の中に入った。
こんなところに部屋があったんだ。三年間この学校に通ってるけどまだまだ知らないことばかりだなぁ。
手持ち無沙汰でキョロキョロと辺りを見渡していたら扉の上にネームプレートがぶら下がっていることに気がついた。そこには新聞部と書かれている。
ここに新聞部があったんだ。おそらく私がここを訪れるのは今日で最後かもしれないだろうけど、一応新聞部の場所を覚えておこう。
ガチャとドアノブを回す音がして、がっくりと肩を落としている風間が出てきた。
「せっかく最後に坂上君と喋ろうと思ったのにいなかったよ。残念だね。さて、散歩の続きでもしようか」
それから私達は当てもなくただただ広い校舎内を散歩した。美術室、図書室、生物室、音楽室、体育館などなど、たくさんの場所を回った。それに飽き足らず風間は旧校舎に入ろうとしていたので流石にそれを止めた。
散々広い校内を巡って疲れたので私達は外のベンチで一休みしている。
日が暮れかけている空は明るいオレンジ一色に染まっている。いつ見ても何度見てもやっぱり綺麗な空だ。そんな綺麗な空に見惚れていたら彼がボソリと呟いた。
「次は屋上。それで最後にするよ」
どうやら今までの旅路も次で最後のようだ。思えば長いようで短い旅路だった。風間と過ごした時間もそうだ。
もし、風間がスンバラリア星に帰るなんて言わなければ、私達は今までみたいに一緒に過ごして、それから卒業して、それぞれの進路に行っても度々会って、大人になってお酒を飲みながらバカ話をする、そんな未来になるんだろうなって想像していた。
いつか別れがくることを理解していた。でも、それはずっと、ずっと、遠い未来の出来事だと思っていた。
でも、まさか、風間との別れがこんなに早いなんて、思わなかった。思いたくなかった。風間と過ごす日常が壊れるなんて、想像すらしたくなかった。
卒業式の時に「第二ボタンちょうだい」なんて、冗談を言おうと思っていたのになぁ。
何が急に込み上げてきた。私は手を爪が食い込むほど強く握りしめて、唇を血が出る寸前のところまで噛み締めて、必死にそれを耐える。
風間がおもむろに立ち上がった。私も彼に倣って立ち上がろうとするも、体が動かない。立ち上がる気力が湧いてこないのだ。
いつまで経ってもじっとしている私を風間が怪訝な顔をして見つめている。痺れを切らしたのか風間は私の手を取ると無理やりに立ち上がらせた。
「ほら、行くよ」
私の手が風間の手に包まれる。彼の手は私の手より一回りも大きくて、ほんのり温かい。なんだか触れているとホッと安心する体温だ。風間は私の手を離さずにそのまま歩き出した。
それからしばらく時間が経った。今更だけど、何で手を繋ぎながら歩いているんだろう。もうそろそろ離してくれてもいいんじゃないかな。
チラリと横目で風間の様子を伺う。彼は何か考え事をしているようで、口を固く結んで視線を地面に落としている。真剣な様子だ。今は声をかけるのをやめておこう。視線を風間の顔から手に移す。彼の手はしっかりと私の手を握っている。
別に手を繋がれるのは嫌という訳でもないし、このままでいいや。私は彼の手をゆるく握り返した。
屋上に行く足取りがとても重い。私の足に重い鉄球を付けられているみたいに。それでも、私の足は着実に屋上へと向かっている。
前方から見覚えのある二人の姿を見つけた。あれは、同じクラスの男子生徒達だ。部活終わりのようで首にタオルに巻きつけて二人は楽しそうに大きな声で談笑しながらこちらに向かって歩いてくる。
あの二人とはあまり関わったことがない。だから私達のことなんて気づかないだろうと思っていた。だが、二人はこちらの存在を気づいたようで談笑の声がピタリと止んだ。
二人は私達のことをジロジロと実験動物を見るような目つきで見つめてくる。そんな目で見られながら私達は二人とすれ違った。
何故そんなに私達をジロジロと見つめてくるのだろうと疑問に思ったがその答えは彼らが教えてくれた。
「おいおい見たかよ。アイツら手を繋いで歩いてんぞ。こんな時間に学校デートか?」
「アイツらって付き合っていたんだな。はぁ……何で俺より風間の方が先に彼女できんだよ。ムカつく」
「お前がさっさとマネに告んないから風間に先越されたんだよ」
「うるせー。そんなことよりこの間の花火めちゃくちゃ楽しかったな。来年もやろーぜ……」
背後からそんな会話が聞こえた。彼らは私達が付き合っていると勘違いしている。
私と風間は恋人ではなくただのクラスメイト。今すぐにでも訂正しなければいけないけど今は時間が惜しい。次に会った時、訂正するとしよう。早く訂正しないと色々な噂が学校中に出回っていそうだし。
二人の会話を聞いてから不思議と全身の熱が高まり、じんわりと汗が浮かんでくる。なんだか居た堪れなくなり、私は繋いだ手を離した。
すると、今まであの二人とすれ違っても何の反応もしなかった風間が顔を上げた。何で手を離したのと言いたげに、ぽかんと気の抜けた表情で私の顔をじっと見つめている。
「えぇと……その、片手だけじゃ屋上の扉開けにくいでしょ。あと、今日の朝のテレビの占いで手を繋いでいるのは運気が下がるからやめましょうって言ってたよ。これから故郷に帰るんだから何かあったら大変でしょ?」
嘘まみれでとんでもなく滑稽な弁明だったが、彼は真剣な顔でこくこくと頷き、納得したようだ。風間がアホでよかった。
それから私達は着実に屋上へと足を進めて、その一歩手前まで辿り着いた。躊躇うことなく風間は屋上の扉に手をかける。
私は不覚にもこの扉が開かないでくれと、願ってしまった。だが、私の願いとは裏腹にガチャと軽快な音が鳴る。屋上へと通じる扉が彼の手によって開かれた。
日が沈みかけていて、辺りは薄暗い暗闇に包まれている。空を見上げるとチラチラと僅かに光る星々が見える。
「いい眺めだ」
「うん。そうだね」
夜空を見上げながら一歩、また一歩と行く末もなく歩く。私と風間の間に沈黙が流れる。いつもは沈黙なんて苦じゃなかったのに、いまは、とても息苦しい。
彼が星に帰ると告げられてから私はそれが実は嘘であることをどこか期待していた。よく風間はくだらない嘘ばかり吐いているから今回もそうだと思っていた。
随分と質の悪い嘘だ。ネタバラシしてきたら一発ぶん殴ってやる。だから、どうか、嘘だと言って、ほしい……ほしかった。
「これでお別れだよ」
重く吐いたその言葉が本当であることを嫌でも理解させられた。
「最後に別れの挨拶とか言いたいことはあるだろう」
風間に言いたいこと。そんなの山ほどある。
何かと理由をつけて取られつづけた私の五百円を返せ。衝動買いして要らなくなった変なオカルトグッズを私に押し付けるな。いちいち女の子とデートしたことを報告してくるな。そのふざけた性格を直せ。
スンバラリア星の話を聞けて面白かった。宇宙人であることを私にだけ打ち明けてくれて嬉しかった。三年間風間と一緒に過ごして楽しかった。本当は風間のことが――――
喉元まで出てきた言葉を、想いを、ぐっと押し込む。
「……何にもないよ」
風間から視線を逸らし、吐き捨てるように言った。
「君は薄情だなぁ」
私の発言に風間は鼻で笑った。
「風間こそないの。私に言うこと」
彼は息を呑んだ。瞳を閉じ、深呼吸をする。そして、瞳を開く。風間は視線を逸らさずに真っ直ぐな目で私を見据えている。
「この三年間僕は毎日が楽しくて幸せだった。それは紛れもなく君のおかげだよ。今まで本当にありがとう。これから先、君が健やかでいることをスンバラリア星から祈っておくよ。……さよなら。元気でね」
風間は私の名を呟き、頭に手を乗せてきた。壊れ物を扱うような随分と優しい手つきで彼は私の頭を撫でる。しばらくそれを続け、満足したようで晴れやかな顔をして手を離した。
何処からかワッペンを取り出すと風間は聞いたこともない言葉を口走り、片手を空に掲げた。
その瞬間。空が光った。あまりにも眩い光で目を開けられない。
目を閉じるほんの僅かの刹那、私は見た。風間が私に向き、悲しそうに、何か諦めた顔をして微笑んでいるのを。それは風間の初めて見る顔だった。
再び目を開け、前を向くとそこには誰もいなかった。彼は跡形もなく消えている。
「風間」
私が呼びかけても何も返事はない。屋上に私の声が木霊していた。
「かざま」
何度も呼びかけても返事はない。
「かざ、まぁ……」
何度も何度も呼びかけても返事はない。返事が来るはずもないことを分かりきっていながらも、私は彼の名を呼び続けた。
私はその場に頽れた。堰き止めていた何かが壊れ、大粒の涙が頬の丸みに沿っては、地面に落ちる。ぽつぽつと黒いシミが地面に広がる。
美しい星々が地球を見下ろす中、私はズキズキと痛む胸を掻きむしり、子どものように泣きじゃくった。
風間望はいなくなった。
あの風間のことだから騒いでいると思っていた。しかし、風間は一日を寂しがる様子もなくいつも通り過ごしていた。あんまりにもいつも通りだからどこかおかしくなってしまったのかと、思わず聞いてしまった。
すると、風間は「別にどこもおかしくはない」とあっさり答えたのだ。彼の様子に私は拍子抜けした。
「君の協力もあってこの数日間の地球調査は余すことなく進められた。これで胸を張って故郷に帰れるよ。あぁ、早くみんなに会いたいな……」
彼は穏やかな微笑みを浮かべ遠い目をしていた。
彼の正体を知っている者として喜んで地球から送り出したい。でも、何故か、私の胸には言葉にできない重い錘のような物がぶら下がっている。
それの正体はわからない……わかりたくない。だって、知ってしまったら――――
「……ぇ、ねぇ! 僕の話聞いてるの、ちょっと」
風間に名を呼ばれて、ハッと意識を取り戻し顔を上げた。風間は怪訝そうに私を見つめている。
「……あ、ごめん。話聞いてなかった」
「なんだって? ハァ……まったくしょうがないな。もう一度言うから耳の穴かっぽじってよく聞くんだぞ。ごほん……地球を去る前にちょっと散歩しようと思ってるんだけど付き合ってくれるかい?」
「はいはい。付き合うよ」
席を立ち上がり、教室から私達は飛び出した。
放課後になった校舎は昼間の活気を失い、ひっそりとしている。開かれた窓からは部活に専念している運動部員の声が風に乗って流れてくる。
風間はぷらぷらと校舎内を練り歩いている。そんな風間の隣に並んで私も歩いていたら彼はとある部屋に立ち止まった。
「ここに用事があるんだ。ちょっと待ってて」
そう言い残し、風間は部屋の中に入った。
こんなところに部屋があったんだ。三年間この学校に通ってるけどまだまだ知らないことばかりだなぁ。
手持ち無沙汰でキョロキョロと辺りを見渡していたら扉の上にネームプレートがぶら下がっていることに気がついた。そこには新聞部と書かれている。
ここに新聞部があったんだ。おそらく私がここを訪れるのは今日で最後かもしれないだろうけど、一応新聞部の場所を覚えておこう。
ガチャとドアノブを回す音がして、がっくりと肩を落としている風間が出てきた。
「せっかく最後に坂上君と喋ろうと思ったのにいなかったよ。残念だね。さて、散歩の続きでもしようか」
それから私達は当てもなくただただ広い校舎内を散歩した。美術室、図書室、生物室、音楽室、体育館などなど、たくさんの場所を回った。それに飽き足らず風間は旧校舎に入ろうとしていたので流石にそれを止めた。
散々広い校内を巡って疲れたので私達は外のベンチで一休みしている。
日が暮れかけている空は明るいオレンジ一色に染まっている。いつ見ても何度見てもやっぱり綺麗な空だ。そんな綺麗な空に見惚れていたら彼がボソリと呟いた。
「次は屋上。それで最後にするよ」
どうやら今までの旅路も次で最後のようだ。思えば長いようで短い旅路だった。風間と過ごした時間もそうだ。
もし、風間がスンバラリア星に帰るなんて言わなければ、私達は今までみたいに一緒に過ごして、それから卒業して、それぞれの進路に行っても度々会って、大人になってお酒を飲みながらバカ話をする、そんな未来になるんだろうなって想像していた。
いつか別れがくることを理解していた。でも、それはずっと、ずっと、遠い未来の出来事だと思っていた。
でも、まさか、風間との別れがこんなに早いなんて、思わなかった。思いたくなかった。風間と過ごす日常が壊れるなんて、想像すらしたくなかった。
卒業式の時に「第二ボタンちょうだい」なんて、冗談を言おうと思っていたのになぁ。
何が急に込み上げてきた。私は手を爪が食い込むほど強く握りしめて、唇を血が出る寸前のところまで噛み締めて、必死にそれを耐える。
風間がおもむろに立ち上がった。私も彼に倣って立ち上がろうとするも、体が動かない。立ち上がる気力が湧いてこないのだ。
いつまで経ってもじっとしている私を風間が怪訝な顔をして見つめている。痺れを切らしたのか風間は私の手を取ると無理やりに立ち上がらせた。
「ほら、行くよ」
私の手が風間の手に包まれる。彼の手は私の手より一回りも大きくて、ほんのり温かい。なんだか触れているとホッと安心する体温だ。風間は私の手を離さずにそのまま歩き出した。
それからしばらく時間が経った。今更だけど、何で手を繋ぎながら歩いているんだろう。もうそろそろ離してくれてもいいんじゃないかな。
チラリと横目で風間の様子を伺う。彼は何か考え事をしているようで、口を固く結んで視線を地面に落としている。真剣な様子だ。今は声をかけるのをやめておこう。視線を風間の顔から手に移す。彼の手はしっかりと私の手を握っている。
別に手を繋がれるのは嫌という訳でもないし、このままでいいや。私は彼の手をゆるく握り返した。
屋上に行く足取りがとても重い。私の足に重い鉄球を付けられているみたいに。それでも、私の足は着実に屋上へと向かっている。
前方から見覚えのある二人の姿を見つけた。あれは、同じクラスの男子生徒達だ。部活終わりのようで首にタオルに巻きつけて二人は楽しそうに大きな声で談笑しながらこちらに向かって歩いてくる。
あの二人とはあまり関わったことがない。だから私達のことなんて気づかないだろうと思っていた。だが、二人はこちらの存在を気づいたようで談笑の声がピタリと止んだ。
二人は私達のことをジロジロと実験動物を見るような目つきで見つめてくる。そんな目で見られながら私達は二人とすれ違った。
何故そんなに私達をジロジロと見つめてくるのだろうと疑問に思ったがその答えは彼らが教えてくれた。
「おいおい見たかよ。アイツら手を繋いで歩いてんぞ。こんな時間に学校デートか?」
「アイツらって付き合っていたんだな。はぁ……何で俺より風間の方が先に彼女できんだよ。ムカつく」
「お前がさっさとマネに告んないから風間に先越されたんだよ」
「うるせー。そんなことよりこの間の花火めちゃくちゃ楽しかったな。来年もやろーぜ……」
背後からそんな会話が聞こえた。彼らは私達が付き合っていると勘違いしている。
私と風間は恋人ではなくただのクラスメイト。今すぐにでも訂正しなければいけないけど今は時間が惜しい。次に会った時、訂正するとしよう。早く訂正しないと色々な噂が学校中に出回っていそうだし。
二人の会話を聞いてから不思議と全身の熱が高まり、じんわりと汗が浮かんでくる。なんだか居た堪れなくなり、私は繋いだ手を離した。
すると、今まであの二人とすれ違っても何の反応もしなかった風間が顔を上げた。何で手を離したのと言いたげに、ぽかんと気の抜けた表情で私の顔をじっと見つめている。
「えぇと……その、片手だけじゃ屋上の扉開けにくいでしょ。あと、今日の朝のテレビの占いで手を繋いでいるのは運気が下がるからやめましょうって言ってたよ。これから故郷に帰るんだから何かあったら大変でしょ?」
嘘まみれでとんでもなく滑稽な弁明だったが、彼は真剣な顔でこくこくと頷き、納得したようだ。風間がアホでよかった。
それから私達は着実に屋上へと足を進めて、その一歩手前まで辿り着いた。躊躇うことなく風間は屋上の扉に手をかける。
私は不覚にもこの扉が開かないでくれと、願ってしまった。だが、私の願いとは裏腹にガチャと軽快な音が鳴る。屋上へと通じる扉が彼の手によって開かれた。
日が沈みかけていて、辺りは薄暗い暗闇に包まれている。空を見上げるとチラチラと僅かに光る星々が見える。
「いい眺めだ」
「うん。そうだね」
夜空を見上げながら一歩、また一歩と行く末もなく歩く。私と風間の間に沈黙が流れる。いつもは沈黙なんて苦じゃなかったのに、いまは、とても息苦しい。
彼が星に帰ると告げられてから私はそれが実は嘘であることをどこか期待していた。よく風間はくだらない嘘ばかり吐いているから今回もそうだと思っていた。
随分と質の悪い嘘だ。ネタバラシしてきたら一発ぶん殴ってやる。だから、どうか、嘘だと言って、ほしい……ほしかった。
「これでお別れだよ」
重く吐いたその言葉が本当であることを嫌でも理解させられた。
「最後に別れの挨拶とか言いたいことはあるだろう」
風間に言いたいこと。そんなの山ほどある。
何かと理由をつけて取られつづけた私の五百円を返せ。衝動買いして要らなくなった変なオカルトグッズを私に押し付けるな。いちいち女の子とデートしたことを報告してくるな。そのふざけた性格を直せ。
スンバラリア星の話を聞けて面白かった。宇宙人であることを私にだけ打ち明けてくれて嬉しかった。三年間風間と一緒に過ごして楽しかった。本当は風間のことが――――
喉元まで出てきた言葉を、想いを、ぐっと押し込む。
「……何にもないよ」
風間から視線を逸らし、吐き捨てるように言った。
「君は薄情だなぁ」
私の発言に風間は鼻で笑った。
「風間こそないの。私に言うこと」
彼は息を呑んだ。瞳を閉じ、深呼吸をする。そして、瞳を開く。風間は視線を逸らさずに真っ直ぐな目で私を見据えている。
「この三年間僕は毎日が楽しくて幸せだった。それは紛れもなく君のおかげだよ。今まで本当にありがとう。これから先、君が健やかでいることをスンバラリア星から祈っておくよ。……さよなら。元気でね」
風間は私の名を呟き、頭に手を乗せてきた。壊れ物を扱うような随分と優しい手つきで彼は私の頭を撫でる。しばらくそれを続け、満足したようで晴れやかな顔をして手を離した。
何処からかワッペンを取り出すと風間は聞いたこともない言葉を口走り、片手を空に掲げた。
その瞬間。空が光った。あまりにも眩い光で目を開けられない。
目を閉じるほんの僅かの刹那、私は見た。風間が私に向き、悲しそうに、何か諦めた顔をして微笑んでいるのを。それは風間の初めて見る顔だった。
再び目を開け、前を向くとそこには誰もいなかった。彼は跡形もなく消えている。
「風間」
私が呼びかけても何も返事はない。屋上に私の声が木霊していた。
「かざま」
何度も呼びかけても返事はない。
「かざ、まぁ……」
何度も何度も呼びかけても返事はない。返事が来るはずもないことを分かりきっていながらも、私は彼の名を呼び続けた。
私はその場に頽れた。堰き止めていた何かが壊れ、大粒の涙が頬の丸みに沿っては、地面に落ちる。ぽつぽつと黒いシミが地面に広がる。
美しい星々が地球を見下ろす中、私はズキズキと痛む胸を掻きむしり、子どものように泣きじゃくった。
風間望はいなくなった。