風間夢
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「さぁ、こっくりさんをやろうじゃないか」
右手には五十音順と鳥居が書かれた紙、左手には五百円を手にしている風間望は唐突にそんなことを言い放った。
鞄を持って席を立って帰ろうとしている私の前を風間は立ち塞がっている。放課後になって別クラスだというのに、こっくりさんをする為にわざわざここに来るなんて暇を極めているとしか思えない。
「嫌」
「なんでさ、これから予定でもあるのかい」
「特に無いけど」
「なんだよ。じゃあこっくりさんをするしかないね」
「遠慮します」
「そんな遠慮なんてしなくていいんだよ。ほら、聞こえるかい。君の守護霊様もこっくりさんに参加しなさいと言っているよ」
ダメだ。この男、話が聞かない。いや、そもそも前々から話が通じない奴だけども。
「……疑問に思ってるんだけどさ、なんでいつも私を誘うの? 他の人誘いなよ」
「他の奴とも試してはみたがこっくりさんはやってこなかった。だけどね、君とこっくりさんをやると必ずこっくりさんはやってくるんだ。しかもかなり良いヤツ。よかったじゃないか。君はこっくりさんに好かれているようだ」
「こっくりさんに好かれても別に嬉しくない」
「そう言うなよ。さあ、やろう」
風間はにこにこと人の良さそうな笑顔を浮かべている。どんなに嫌だと言ってもどうせあの手この手で言い包められてしまうんだろうなぁ……
風間は詐欺師みたいにやたらと口の回る男だから口喧嘩に勝った試しがない。どうやったらこの男に勝てるのか誰か教えてほしいよ。私は諦めの溜息を吐き、風間から紙と硬貨を受け取って自分の机の上に置いた。
「さっさとやるよ」
「そうこなくては」
一年生の時から風間にこっくりさんに付き合わされているお陰で儀式の手順をバッチリと覚えてしまっている。もっと他に覚えないといけないものがたくさんあるのになぁ。こんなことに脳の容量を割いている自分の頭に文句を言いたくなる。
鳥居のところに十円玉……ではなく五百円玉を置きその上に人差し指を乗せる。風間も私に続いて指を乗せる。
目の前にある風間の指を見ると随分と綺麗なものだから少し驚いた。傷一つないすらりと伸びた細く長い指にきちんと整えてある爪。自称カッコマンを名乗ることだけあって、こういうところはちゃんとしてるんだ。折角顔もスタイルもいいんだから、あの性格を直せば女の子にモテモテだろうに。
彼がモテるようになったら今日みたいにこっくりさんに誘われなくなって私は自分の時間を確保できるからお互いに良いこと尽くしだ。
……でも、風間とこうしてこっくりさん出来なくなるのはそれはそれとして寂し「どうしたの。早く進めなよ」
「あ、あぁ……そうだね」
居住まいを正して五百円玉に意識を向ける。何故か、今は風間の顔が見られなかった。
順調に儀式を進め、ようやくメインである質問タイムがやってきた。ところが質問タイムがやってきたというのに風間は何も言わない。じっと押し黙っている。
「どうしたの。早く質問しなよ」
「今日のこっくりさんはかなりの上質なんだ。今良い質問を考えているから僕は後にしてくれ」
「えぇ……なんなのそれ。まぁいいや。えーっと……」
風間曰く今いるこっくりさんは上質らしい。信憑性は定かではないと分かっているが私は安易な質問を避けていた。
上質なこっくりさんに聞きたいこと。そうなると、やはり気になるのは自分の未来についてだ。半信半疑に思いながら私は未来を聞いてみることにした。
「こっくりさんこっくりさん。私の十年後の生活は安定しているでしょうか」
五百円玉は迷いなく「はい」へ移動した。たかがこっくりさんの占いとはいえ未来を肯定してもらい私は胸を撫で下ろした。
「こっくりさんこっくりさん私の十年後はどうやって生活していますか」
五百円玉は五十音順のところへ行き「け」の文字に辿り着いた。それから続け様に「っ」「こ」「ん」をなぞり鳥居に戻った。こっくりさんがなぞった文字を全て合わせると「けっこん」つまり、私の十年後は。
「……ふーん。どうやら君の十年後は誰かと結婚しているようだね。早いかもしれないがおめでとう。よかったじゃないか」
何故だか風間が不貞腐れている。そんなに私の幸せが憎いのだろうか風間は。そんな態度に私は若干イラッとしたが風間に語りかけるように宥めることにした。
「そもそも本当かどうか分からないでしょ。前に先生の服装がどうなるかこっくりさんで占ったけど外れたよね。今回もそうだって」
宥めてはみたが依然変わらず風間は頬杖をして険しい顔をしたままだ。
「今回は当たるかもしれないだろ。ほら、さっさと相手を占いなよ」
「……やらない。今度は風間が占いなよ。時間はたっぷりあったから質問考えたよね」
「思いつかなかった」
「えぇ……あんだけ言っといて用意してないの? じゃあ今度は風間が十年後何してますかって聞きなよ」
「無いよりかはましか。じゃあ君の言う通りにするよ。……ごほん。こっくりさんこっくりさん僕の十年後はどうなってますか」
五百円玉はゆっくりと移動して「け」の文字に辿り着き、続け様に「っ」「こ」「ん」をなぞった。
なんと、なんと、非常に驚くべきことに、こっくりさんによれば風間の十年後は結婚生活を送っているようだ。風間が誰かと結婚するイメージが湧かない為この結果にはとても驚いた。それと同時に私は将来結婚するであろう奥さんに同情の念を送った。
「よかったね風間。結婚できるってよ」
「……? 『し』『て』」
「けっこん」で終わると思いきやこっくりさんは止まらず「し」「て」を通り「こ」に止まる。それから「そ」「だ」「て」これらの文字を通過してようやくこっくりさんは鳥居に戻った。つまり、こっくりさんが言う風間の十年後は。
「結婚して子育てだって。へぇ……風間がお父さんになるんだ。このままだと絶対にダメお父さんになるから今からちゃんとした方がいいよ」
「僕は十年後には父親になるのか……」
風間は呆然と間の抜けた顔をして五百円玉を見つめている。そりゃあそうだ。十年後、貴方は父親になってます、と言われたら誰でもあんな顔になってしまう。
十年は長いようで短い時間だ。そんな僅かな時間の中で彼は愛し合う人を見つけて、その人との子供を授かるのだ。そんな大したことをやってのけるなんて風間はすごい奴……なのかもしれない。
「相手気にならない?」
「そりゃあなるさ、もちろん」
「だったら占いなよ」
「君はやらないのに僕だけやらせるつもりかい」
「いーからいーから。ほら」
「……こっくりさんこっくりさん僕の結婚相手はだれですか」
風間の質問に応答して五百円玉は紙の上を自由自在に飛び回っている。なんと、驚くことに風間の結婚相手の名字が私と同じなのだ。
いやぁ……偶然って面白いね。ほんと。じわじわと私の身体から変な汗が吹き出してきた。額から流れ落ちる変な汗を拭い、こっくりさんの行方を追う。
すると、こっくりさんは見覚えのある文字に辿り着いた。なんと、更に面白いことに結婚相手の下の名の一文字目が私と同じなのだ。それからこっくりさんはさらさらと流れる川のように紙面を移動していく。
バクバクと私の心臓が高鳴っている。
いや、そんなことない。絶対にない。天地がひっくり返ってもそんなことはあり得ない。風間だってそう思っているんだ。
隣にいる風間チラッと盗み見る。奴は口元を緩ませ見るからに楽しそうにこっくりさんの行方を追っている。
そして、こっくりさんは最後の一文字に辿り着いた。こっくりさんの辿った文字を繋ぎ合わせると。
"苗字名前"
「は、ははっ……」
私の口から乾いた笑いが溢れる。放心している私を嘲笑うかのようにこっくりさんは鳥居に戻るとそれきり動かなくなった。
つまり、こっくりさんが言う風間望の結婚相手は。
「僕の結婚相手は苗字名前さん……だってよ。どこかで聞いたことのあるんだけどなぁ」
風間はそれはそれはさぞかし、楽しそうに愉快そうにニンマリと笑うあのムカつく顔を私に向けていた。
「……ッ!」
その瞬間、私の中にあった爆弾が盛大に爆発した。五百円玉から手を離し、紙を引ったくった。私は衝動に駆られ紙をびりびりに破いた。それも原形が分からなくなるまで何回も何回も破いた。
「ちょっと! 何やってるんだよ」
風間は紙を破っていく私を止めに入るも時すでに遅し。あの紙はバラバラなってしまい紙片が床に散らばっている。
鳥居の書かれた部分を引き裂いたところでようやく私は満足した。紙切れが宙を舞う中、私の心臓は確かにバクバクと音を立てていた。
「君はなんてことをしてくれたんだ。このままだとこっくりさんに呪われる……」
絶望に満ちた顔をして風間は頭を抱えている。そんな風間に対して私は吐き捨てるように言った。
「この間ジュースを溢して紙がぐちゃぐちゃになりましたが大丈夫だと言ってたのはどなたですかね」
「それはカッコマンであるこの僕に違いないね」
「それからカッコマンさんは今日に至るまでこっくりさんに呪われましたか」
「呪われてないね!」
絶望に満ちた顔が一気に明るくなった。彼の頭が単純過ぎて逆に心配になってきた。
「だからこんなことしても呪われないし未来を占っても外れるんだよ。ほら、掃除してさっさと帰るよ」
私はしゃがみこんで床に散乱した紙片を手でかき集めようとしたが、風間が手で制す。
「ちょっと邪魔しないでよ」
「そんなことをしたら汚れるだろ。君は何もしなくてもいい」
「そ、そう……だったらお願い」
風間はしゃがむと散らばった紙を一枚一枚手に取り集め、紙片をゴミ箱に捨てた。
外はもう日が沈みかけてる。私たちは帰りの身支度をして教室から出た。
「……」
いつも無駄口ばかり叩いている風間が珍しく黙っている。様子が変なので顔を見ようとするも顔に影がかかって見えなかった。
なんとも言えない微妙な空気の中で靴を履き替え、玄関から出ようとしたら後ろから声がかかった。
振り返るとあの五百円玉を手にした風間が自販機の前で立っていた。
「ジュースは何がいいんだ」
「オレンジで」
こっくりさんで使用した五百円玉を投入口に入れた風間はオレンジジュースのボタンを押す。カコンと音が鳴り自販機からオレンジジュースが吐き出された。風間はそれを手に取ると私に渡した。
「ん」
「ありがと」
やっぱり変なところで素直で優しいから憎めないんだよなコイツ……。でも、風間がこんな感じだと私の調子が狂ってしまう。
風間はリンゴジュースを買ったようでぐびぐびと勢いよく飲んでいる。良い飲みっぷりだなぁと思っていたらリンゴジュースから口を離した風間が私に話しかけた。
「なぁ、君は僕が結婚することを聞いた時どう思った?」
風間は私の顔を覗くとバッサリと単刀直入に聞いてきた。それは、私にとって一番答えにくい質問だった。
風間から顔を逸らして「別に、何とも思わない」と答えオレンジジュースを飲む。ついさっきまで酸っぱいオレンジジュースの味があったのに今は何も感じない。
「そうか」
そして、また沈黙の時間が訪れる。お互い無言のままジュースを飲んでいると先に風間が口を開いた。
「僕はね」
そこで風間は一度言葉を区切り、再び話し出す。
「結婚出来ると聞いてとても嬉しいんだ。だって、相手が君なんだもの」
「ブッ!?」
ジュースが噴き出た。コイツ、今なんて言った? 私の耳がおかしくなければ君が相手で嬉しいと言わなかったか? 私は咳き込みながら風間に抗議した。
「ゴホッ! ゲホッ! あっ、あのさ!? いま自分が何言ってんのか分かってんの!?」
「もちろん分かっているとも」
風間は平然とした顔でジュースを飲んでいる。その態度に私の混乱は増していく。
「まさか君が十年後僕の奥さんになってる、なんて……まるで運命みたいだと思わないか」
まるで、恋を自覚した少年のような眼差しが私に突き刺さる。とん、と胸を衝かれ、私の血流が沸騰していく。
「……ッ。お、思わない! 風間が結婚するのはいいけど相手が私なのが気に食わない!」
「何だいそれ、理不尽だなぁ」
風間は肩を揺らしてケラケラと笑っている。私はそんな奴をギロリと睨みつけた。私が睨んだところでコイツには効果がないのは知ってるけどやらなければ気が済まないからやってるんだ。
「風間と結婚する未来なんて覆してやる」
握り拳を作って風間に堂々と宣言する私を彼は興味津々に見つめては一笑に付している。
「ははっ……結構なことを言うねぇ。どうやるんだい」
「風間より良い人を探してその人と結婚する」
「おいおい……そんな奴地球上どころか宇宙を隈なく探してもいないぞ」
諦めなよ、と言いたげに薄く笑っては肩を竦めている。
「絶対いるから。風間も私とは別の人と結婚しなよ。性格はともかく顔とスタイルは良いんだから私より優しくて可愛い女の人と結婚したらいいよ」
「……確かに。この間デートした子は君より可愛くて優しかったな」
「そうでしょ。だからそんな人と結婚しなよ」
「僕だって物凄く可愛くて優しい女の子と結婚したいに決まってるさ、でもね」
するりと風間の手が伸びてくる。私は動くこともなく彼の行動を見守った。すると、風間は私の手を取ると自身の手と重ねて私の手を包む。私は手を振り解くことなく風間の温かい体温を受け入れる。
「やっぱり十年後に僕の隣にいるのは君以外に考えられないんだ」
目を細めて優しい声色で呟くと彼は私の薬指をそっと、撫で上げた。
「なんでよ。可愛い子と結婚出来る機会を逃してまで私に執着する理由が分かんない」
「苗字名前となら僕は十年後も一緒に居たいと思えるんだ」
風間は真っ直ぐな目を私に向けてそう告げた。あまり見たことのない真剣な風間の顔を食らって私は思わずたじろいだ。風間がプロポーズしてきたと一瞬でも思ってしまったじゃないか。
……でも、あのプロポーズは悪くは、ない。
「さてと。それでは僕はそろそろ帰ることにするよ」
私の手を包んでいた風間の手が離れた。
あ、いってしまった。
離れていく彼の手を追いかけ私の手は伸びる。だが、ハッと意識を取り戻し、その動きを制する。ピクリと動いた手に冷たい風が流れて彼の温もりを奪い去った。
ジュースを飲み干した風間はゴミ箱に空になったペットボトルを捨てた。そして、玄関から出ようとする。その背中に私は声をかけた。
「風間」
「なんだい」
くるりと風間が振り向いて、私と対面する。風間と目を合わせて私は唐突に頭に浮かんできた言葉を彼に告げた。
「色んなことを経験して、たくさんの女の人と出会って、それでも……それでも最後に私と一緒にいたいって思うのなら考えてあげなくもない」
「……それ本当かい?」
「まぁ……一応ね。考えておいてあげる」
「分かった。それなら僕は楽しみに待つことにするよ」
風間は私の前までやってきて立ち止まる。そして、ぎゅっと、私は彼に抱きしめられた。しばらく……いや、実際には一分にも満たない時間が経った頃、風間は離れる。
そして、満足気な笑みを見せると彼は何も言わずにつかつかと歩いては玄関の外へ出て行った。
私の元から立ち去る彼の後ろ姿を眺めてきた。
何故私はあんなことを言ったんだろうといくら考えても答えは出なかった。でも、不思議と私の口元は笑っていた。それは私らしくない晴れやかな笑顔だったと思う。
右手には五十音順と鳥居が書かれた紙、左手には五百円を手にしている風間望は唐突にそんなことを言い放った。
鞄を持って席を立って帰ろうとしている私の前を風間は立ち塞がっている。放課後になって別クラスだというのに、こっくりさんをする為にわざわざここに来るなんて暇を極めているとしか思えない。
「嫌」
「なんでさ、これから予定でもあるのかい」
「特に無いけど」
「なんだよ。じゃあこっくりさんをするしかないね」
「遠慮します」
「そんな遠慮なんてしなくていいんだよ。ほら、聞こえるかい。君の守護霊様もこっくりさんに参加しなさいと言っているよ」
ダメだ。この男、話が聞かない。いや、そもそも前々から話が通じない奴だけども。
「……疑問に思ってるんだけどさ、なんでいつも私を誘うの? 他の人誘いなよ」
「他の奴とも試してはみたがこっくりさんはやってこなかった。だけどね、君とこっくりさんをやると必ずこっくりさんはやってくるんだ。しかもかなり良いヤツ。よかったじゃないか。君はこっくりさんに好かれているようだ」
「こっくりさんに好かれても別に嬉しくない」
「そう言うなよ。さあ、やろう」
風間はにこにこと人の良さそうな笑顔を浮かべている。どんなに嫌だと言ってもどうせあの手この手で言い包められてしまうんだろうなぁ……
風間は詐欺師みたいにやたらと口の回る男だから口喧嘩に勝った試しがない。どうやったらこの男に勝てるのか誰か教えてほしいよ。私は諦めの溜息を吐き、風間から紙と硬貨を受け取って自分の机の上に置いた。
「さっさとやるよ」
「そうこなくては」
一年生の時から風間にこっくりさんに付き合わされているお陰で儀式の手順をバッチリと覚えてしまっている。もっと他に覚えないといけないものがたくさんあるのになぁ。こんなことに脳の容量を割いている自分の頭に文句を言いたくなる。
鳥居のところに十円玉……ではなく五百円玉を置きその上に人差し指を乗せる。風間も私に続いて指を乗せる。
目の前にある風間の指を見ると随分と綺麗なものだから少し驚いた。傷一つないすらりと伸びた細く長い指にきちんと整えてある爪。自称カッコマンを名乗ることだけあって、こういうところはちゃんとしてるんだ。折角顔もスタイルもいいんだから、あの性格を直せば女の子にモテモテだろうに。
彼がモテるようになったら今日みたいにこっくりさんに誘われなくなって私は自分の時間を確保できるからお互いに良いこと尽くしだ。
……でも、風間とこうしてこっくりさん出来なくなるのはそれはそれとして寂し「どうしたの。早く進めなよ」
「あ、あぁ……そうだね」
居住まいを正して五百円玉に意識を向ける。何故か、今は風間の顔が見られなかった。
順調に儀式を進め、ようやくメインである質問タイムがやってきた。ところが質問タイムがやってきたというのに風間は何も言わない。じっと押し黙っている。
「どうしたの。早く質問しなよ」
「今日のこっくりさんはかなりの上質なんだ。今良い質問を考えているから僕は後にしてくれ」
「えぇ……なんなのそれ。まぁいいや。えーっと……」
風間曰く今いるこっくりさんは上質らしい。信憑性は定かではないと分かっているが私は安易な質問を避けていた。
上質なこっくりさんに聞きたいこと。そうなると、やはり気になるのは自分の未来についてだ。半信半疑に思いながら私は未来を聞いてみることにした。
「こっくりさんこっくりさん。私の十年後の生活は安定しているでしょうか」
五百円玉は迷いなく「はい」へ移動した。たかがこっくりさんの占いとはいえ未来を肯定してもらい私は胸を撫で下ろした。
「こっくりさんこっくりさん私の十年後はどうやって生活していますか」
五百円玉は五十音順のところへ行き「け」の文字に辿り着いた。それから続け様に「っ」「こ」「ん」をなぞり鳥居に戻った。こっくりさんがなぞった文字を全て合わせると「けっこん」つまり、私の十年後は。
「……ふーん。どうやら君の十年後は誰かと結婚しているようだね。早いかもしれないがおめでとう。よかったじゃないか」
何故だか風間が不貞腐れている。そんなに私の幸せが憎いのだろうか風間は。そんな態度に私は若干イラッとしたが風間に語りかけるように宥めることにした。
「そもそも本当かどうか分からないでしょ。前に先生の服装がどうなるかこっくりさんで占ったけど外れたよね。今回もそうだって」
宥めてはみたが依然変わらず風間は頬杖をして険しい顔をしたままだ。
「今回は当たるかもしれないだろ。ほら、さっさと相手を占いなよ」
「……やらない。今度は風間が占いなよ。時間はたっぷりあったから質問考えたよね」
「思いつかなかった」
「えぇ……あんだけ言っといて用意してないの? じゃあ今度は風間が十年後何してますかって聞きなよ」
「無いよりかはましか。じゃあ君の言う通りにするよ。……ごほん。こっくりさんこっくりさん僕の十年後はどうなってますか」
五百円玉はゆっくりと移動して「け」の文字に辿り着き、続け様に「っ」「こ」「ん」をなぞった。
なんと、なんと、非常に驚くべきことに、こっくりさんによれば風間の十年後は結婚生活を送っているようだ。風間が誰かと結婚するイメージが湧かない為この結果にはとても驚いた。それと同時に私は将来結婚するであろう奥さんに同情の念を送った。
「よかったね風間。結婚できるってよ」
「……? 『し』『て』」
「けっこん」で終わると思いきやこっくりさんは止まらず「し」「て」を通り「こ」に止まる。それから「そ」「だ」「て」これらの文字を通過してようやくこっくりさんは鳥居に戻った。つまり、こっくりさんが言う風間の十年後は。
「結婚して子育てだって。へぇ……風間がお父さんになるんだ。このままだと絶対にダメお父さんになるから今からちゃんとした方がいいよ」
「僕は十年後には父親になるのか……」
風間は呆然と間の抜けた顔をして五百円玉を見つめている。そりゃあそうだ。十年後、貴方は父親になってます、と言われたら誰でもあんな顔になってしまう。
十年は長いようで短い時間だ。そんな僅かな時間の中で彼は愛し合う人を見つけて、その人との子供を授かるのだ。そんな大したことをやってのけるなんて風間はすごい奴……なのかもしれない。
「相手気にならない?」
「そりゃあなるさ、もちろん」
「だったら占いなよ」
「君はやらないのに僕だけやらせるつもりかい」
「いーからいーから。ほら」
「……こっくりさんこっくりさん僕の結婚相手はだれですか」
風間の質問に応答して五百円玉は紙の上を自由自在に飛び回っている。なんと、驚くことに風間の結婚相手の名字が私と同じなのだ。
いやぁ……偶然って面白いね。ほんと。じわじわと私の身体から変な汗が吹き出してきた。額から流れ落ちる変な汗を拭い、こっくりさんの行方を追う。
すると、こっくりさんは見覚えのある文字に辿り着いた。なんと、更に面白いことに結婚相手の下の名の一文字目が私と同じなのだ。それからこっくりさんはさらさらと流れる川のように紙面を移動していく。
バクバクと私の心臓が高鳴っている。
いや、そんなことない。絶対にない。天地がひっくり返ってもそんなことはあり得ない。風間だってそう思っているんだ。
隣にいる風間チラッと盗み見る。奴は口元を緩ませ見るからに楽しそうにこっくりさんの行方を追っている。
そして、こっくりさんは最後の一文字に辿り着いた。こっくりさんの辿った文字を繋ぎ合わせると。
"苗字名前"
「は、ははっ……」
私の口から乾いた笑いが溢れる。放心している私を嘲笑うかのようにこっくりさんは鳥居に戻るとそれきり動かなくなった。
つまり、こっくりさんが言う風間望の結婚相手は。
「僕の結婚相手は苗字名前さん……だってよ。どこかで聞いたことのあるんだけどなぁ」
風間はそれはそれはさぞかし、楽しそうに愉快そうにニンマリと笑うあのムカつく顔を私に向けていた。
「……ッ!」
その瞬間、私の中にあった爆弾が盛大に爆発した。五百円玉から手を離し、紙を引ったくった。私は衝動に駆られ紙をびりびりに破いた。それも原形が分からなくなるまで何回も何回も破いた。
「ちょっと! 何やってるんだよ」
風間は紙を破っていく私を止めに入るも時すでに遅し。あの紙はバラバラなってしまい紙片が床に散らばっている。
鳥居の書かれた部分を引き裂いたところでようやく私は満足した。紙切れが宙を舞う中、私の心臓は確かにバクバクと音を立てていた。
「君はなんてことをしてくれたんだ。このままだとこっくりさんに呪われる……」
絶望に満ちた顔をして風間は頭を抱えている。そんな風間に対して私は吐き捨てるように言った。
「この間ジュースを溢して紙がぐちゃぐちゃになりましたが大丈夫だと言ってたのはどなたですかね」
「それはカッコマンであるこの僕に違いないね」
「それからカッコマンさんは今日に至るまでこっくりさんに呪われましたか」
「呪われてないね!」
絶望に満ちた顔が一気に明るくなった。彼の頭が単純過ぎて逆に心配になってきた。
「だからこんなことしても呪われないし未来を占っても外れるんだよ。ほら、掃除してさっさと帰るよ」
私はしゃがみこんで床に散乱した紙片を手でかき集めようとしたが、風間が手で制す。
「ちょっと邪魔しないでよ」
「そんなことをしたら汚れるだろ。君は何もしなくてもいい」
「そ、そう……だったらお願い」
風間はしゃがむと散らばった紙を一枚一枚手に取り集め、紙片をゴミ箱に捨てた。
外はもう日が沈みかけてる。私たちは帰りの身支度をして教室から出た。
「……」
いつも無駄口ばかり叩いている風間が珍しく黙っている。様子が変なので顔を見ようとするも顔に影がかかって見えなかった。
なんとも言えない微妙な空気の中で靴を履き替え、玄関から出ようとしたら後ろから声がかかった。
振り返るとあの五百円玉を手にした風間が自販機の前で立っていた。
「ジュースは何がいいんだ」
「オレンジで」
こっくりさんで使用した五百円玉を投入口に入れた風間はオレンジジュースのボタンを押す。カコンと音が鳴り自販機からオレンジジュースが吐き出された。風間はそれを手に取ると私に渡した。
「ん」
「ありがと」
やっぱり変なところで素直で優しいから憎めないんだよなコイツ……。でも、風間がこんな感じだと私の調子が狂ってしまう。
風間はリンゴジュースを買ったようでぐびぐびと勢いよく飲んでいる。良い飲みっぷりだなぁと思っていたらリンゴジュースから口を離した風間が私に話しかけた。
「なぁ、君は僕が結婚することを聞いた時どう思った?」
風間は私の顔を覗くとバッサリと単刀直入に聞いてきた。それは、私にとって一番答えにくい質問だった。
風間から顔を逸らして「別に、何とも思わない」と答えオレンジジュースを飲む。ついさっきまで酸っぱいオレンジジュースの味があったのに今は何も感じない。
「そうか」
そして、また沈黙の時間が訪れる。お互い無言のままジュースを飲んでいると先に風間が口を開いた。
「僕はね」
そこで風間は一度言葉を区切り、再び話し出す。
「結婚出来ると聞いてとても嬉しいんだ。だって、相手が君なんだもの」
「ブッ!?」
ジュースが噴き出た。コイツ、今なんて言った? 私の耳がおかしくなければ君が相手で嬉しいと言わなかったか? 私は咳き込みながら風間に抗議した。
「ゴホッ! ゲホッ! あっ、あのさ!? いま自分が何言ってんのか分かってんの!?」
「もちろん分かっているとも」
風間は平然とした顔でジュースを飲んでいる。その態度に私の混乱は増していく。
「まさか君が十年後僕の奥さんになってる、なんて……まるで運命みたいだと思わないか」
まるで、恋を自覚した少年のような眼差しが私に突き刺さる。とん、と胸を衝かれ、私の血流が沸騰していく。
「……ッ。お、思わない! 風間が結婚するのはいいけど相手が私なのが気に食わない!」
「何だいそれ、理不尽だなぁ」
風間は肩を揺らしてケラケラと笑っている。私はそんな奴をギロリと睨みつけた。私が睨んだところでコイツには効果がないのは知ってるけどやらなければ気が済まないからやってるんだ。
「風間と結婚する未来なんて覆してやる」
握り拳を作って風間に堂々と宣言する私を彼は興味津々に見つめては一笑に付している。
「ははっ……結構なことを言うねぇ。どうやるんだい」
「風間より良い人を探してその人と結婚する」
「おいおい……そんな奴地球上どころか宇宙を隈なく探してもいないぞ」
諦めなよ、と言いたげに薄く笑っては肩を竦めている。
「絶対いるから。風間も私とは別の人と結婚しなよ。性格はともかく顔とスタイルは良いんだから私より優しくて可愛い女の人と結婚したらいいよ」
「……確かに。この間デートした子は君より可愛くて優しかったな」
「そうでしょ。だからそんな人と結婚しなよ」
「僕だって物凄く可愛くて優しい女の子と結婚したいに決まってるさ、でもね」
するりと風間の手が伸びてくる。私は動くこともなく彼の行動を見守った。すると、風間は私の手を取ると自身の手と重ねて私の手を包む。私は手を振り解くことなく風間の温かい体温を受け入れる。
「やっぱり十年後に僕の隣にいるのは君以外に考えられないんだ」
目を細めて優しい声色で呟くと彼は私の薬指をそっと、撫で上げた。
「なんでよ。可愛い子と結婚出来る機会を逃してまで私に執着する理由が分かんない」
「苗字名前となら僕は十年後も一緒に居たいと思えるんだ」
風間は真っ直ぐな目を私に向けてそう告げた。あまり見たことのない真剣な風間の顔を食らって私は思わずたじろいだ。風間がプロポーズしてきたと一瞬でも思ってしまったじゃないか。
……でも、あのプロポーズは悪くは、ない。
「さてと。それでは僕はそろそろ帰ることにするよ」
私の手を包んでいた風間の手が離れた。
あ、いってしまった。
離れていく彼の手を追いかけ私の手は伸びる。だが、ハッと意識を取り戻し、その動きを制する。ピクリと動いた手に冷たい風が流れて彼の温もりを奪い去った。
ジュースを飲み干した風間はゴミ箱に空になったペットボトルを捨てた。そして、玄関から出ようとする。その背中に私は声をかけた。
「風間」
「なんだい」
くるりと風間が振り向いて、私と対面する。風間と目を合わせて私は唐突に頭に浮かんできた言葉を彼に告げた。
「色んなことを経験して、たくさんの女の人と出会って、それでも……それでも最後に私と一緒にいたいって思うのなら考えてあげなくもない」
「……それ本当かい?」
「まぁ……一応ね。考えておいてあげる」
「分かった。それなら僕は楽しみに待つことにするよ」
風間は私の前までやってきて立ち止まる。そして、ぎゅっと、私は彼に抱きしめられた。しばらく……いや、実際には一分にも満たない時間が経った頃、風間は離れる。
そして、満足気な笑みを見せると彼は何も言わずにつかつかと歩いては玄関の外へ出て行った。
私の元から立ち去る彼の後ろ姿を眺めてきた。
何故私はあんなことを言ったんだろうといくら考えても答えは出なかった。でも、不思議と私の口元は笑っていた。それは私らしくない晴れやかな笑顔だったと思う。