風間夢
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三月三日。それは一般的にはひな祭りの日と呼ばれていて、語呂合わせにちなんで耳の日でもあり、金魚の日でもあるらしい。そして、何より忘れてはならないのはあの風間望の誕生日でもあることだ。
今日が三月三日あることを何回も何回も確認して、鞄に風間望へのプレゼントを大事にしまってから外に出た。
玄関の扉を開けて外に出ると雲ひとつない綺麗な青空が目に飛び込んできた。春を感じさせる温かい風が流れていて気持ちのいい朝だ。優しい朝の光が照らす道を私はドキドキとはやる胸を抑えて、一歩、また一歩と歩く。
私はこの日が来ることを待ち望んでいた。ありとあらゆるお店を回って、プレゼント候補を見比べてはどんなものを渡したら彼に喜んでくれるのか悩みに悩みまくった。なけなしのお金を払って店員さんにラッピングをお願いしたあの瞬間は、今でも覚えている。
風間がどんな物が好きなのかある程度はわかっているけども、なんせ彼のことだからみんなが予想すらしない物が好きだという可能性もある。
それでも風間がとびっきり喜んでくれそうな物を選んだ。喜んでくれたら嬉しいな。だって、好きな人なんだから。
早足で歩いたので案の定いつもの時間より早く学校に着いてしまった。席に座ってチラリと横目で風間の席を見る。そこは空っぽのままで彼はまだ学校に来ていないみたいだ。
深呼吸して早鐘を打つ心臓を落ち着かせるも効果無し。寧ろどんどんとスピードが上がってきている。こんなに緊張するのは訳がある。だって、今日私は風間望に告白しようとしているから。
来年私たちは三年生になるので勉強やら進路やらで忙しくなるし、一緒に過ごせる時間がなくなってしまう。そうなってしまう前に自分の気持ちを伝えたいと思った。告白はプレゼントを渡す時にするつもりだ。いつプレゼントを渡すのかは……まだ決めていないけども。
教室のドアがガラリと音を立てて開く。この時間帯だから多分私の友達だろう。せっかくだからサプライズとして出迎えてやろうじゃないかと思い私は席を立ち上がろうとした。
ドアを開けて教室に入ってきたその人物は────風間望だった。風間は胸を張って堂々と教室を歩いており、まるで王者のような風格を放っている。
手には幾つかの袋を手にしていて、ドカッと勢いよく席に座ると机の上に袋を並ばせた。机の上に並んでいる物に興味を惹かれたのかクラスのみんなが彼に群がってきている。
「いろんなモン貰ってんな、風間。ほら、俺からもやるよ」
「風間くんお誕生日おめでとう。はい。これプレゼントだよ」
「ハッピーバースデーおめでとー。余ったからあげるー」
クラスのみんなは風間に言葉をかけてプレゼントを机の上にどんどんと載せていく。気づけば机の上にはどっさりとプレゼントの山が出来ていた。
普段から風間はあんな感じだけど、なんだかんだでみんなから割と慕われてるんだなぁ。中には要らないものを押し付けている人もいるみたいだけど。
積み重なっている山の中に気合の入った可愛らしくラッピングされているプレゼントを見つけた。「風間先輩へ」と書かれているのでおそらく後輩の子から貰ったようだ。
それを見つけた瞬間、私の心臓がキュッと締め付けられる感覚がした。だって……そのラッピングに見覚えがあったからだ。
あれは……そう、バレンタインの時に見かけたんだ。お昼休みの時に風間と喋っていたら小柄で可愛らしい下級生の女子生徒が教室の中に入ってきたのだ。その子は風間の元まで来ると顔を赤らめて「これ、バレンタインチョコです。受け取ってください」と言いチョコを渡した。
ピンク色の箱に可愛らしいラッピングを施されたそれは私の思い込みだと思うけど、いわゆる「本命」に見えてしまった。
風間は珍しく爽やかな笑顔で「ありがとう」と言って女子生徒からチョコを受け取る。彼が受け取ったのを見届けた女子生徒は嬉しそうに笑ってそそくさと教室から出て行った。
女子生徒が風間にチョコを渡して以来、私の中に喉に魚の骨が刺さったかのようなモヤモヤとした感情が渦巻いていた。最近になってそれが「嫉妬」であることを理解して、私の風間に抱いている想いが「好き」であることに気づかされたのだ。
おそらくあの女子生徒が用意したであろうプレゼントと自分のプレゼントを見比べた。
……なんだか、自分のプレゼントがお粗末でちっぽけで下らない物に見えてくる。暗くなった自分の心にそんなことはないと叱りつけた。だが、以前変わらず私の心は暗く、じとじと湿っている。
「いやぁ……まったく人気者は参っちゃうね! あっーはっは!!」
風間は机の上のプレゼントたちを眺めては心底嬉しそうに、幸せそうに腹の底から笑っている。そんな彼に向かって「よかったね」と、一言だけ告げることしか出来なかった。
彼に渡すプレゼントは、まだ鞄の中にある。
放課後を告げるチャイムが鳴ったのにも関わらず私は自分の席に囚われたまま悩み続けている。
悩みの種はこのプレゼントを渡すか否か。あんなにたくさんプレゼントを貰っているからこれ以上あげたら迷惑になるかもしれないし、他の人とプレゼントが被っている可能性だってありえる。でも、やっぱりプレゼントを渡したい、想いを伝えたい。そんな二つの考えが壮絶な乱闘を繰り返して決着がつかないでいる。
ふと、顔を上げると教室には誰も居なくなっていた。もちろん風間もその姿は見えない。なんてこった。プレゼントを渡す渡さない以前に誕生日のお祝いをしていない。お誕生日おめでとうって言いたかったのに。
なんで私はこうなんだろう。せっかくのチャンスを無駄にするなんて。大きなため息を吐きだす。
このままぐるぐると悩んでいたら思考が悪い方向へ向かっていきそうだ。気分転換にと私は窓に近づいて外の景色を眺めることにした。
私の眼下には様々な生徒たちが映っている。グラウンドを真剣な顔で走っている生徒。友人たちとベンチに座って無邪気に楽しそうに会話をしている生徒。幸せそうに笑いあって手を繋ぎながら下校しているカップル。そんな様々な生徒たちに混じって見覚えのある姿を発見した。
あれは……風間だ。彼はご満悦な顔で今日貰った幾つかのプレゼントを手にして、のんびりと校門へと歩いている。それらの中にあの子の物があって、数多のプレゼントの中で一際目立っている。
あの子のプレゼントを見つめていたら気がつくと、唇をキツく噛み締め、手のひらに深い爪の跡が残るほど強く拳を握っていた。
あの子に負けたくない。その想いが感情を支配していく。迸る激情に駆られ、私は教室から飛び出した。風間の元へと全速力で走る。この学校はマンモス校だからその分、校舎も広い。彼の居場所まで行くのに時間がかかる。
息が苦しい。肺が痛い。心臓が痛い。今すぐにでも走るのをやめたい。でも、私は走るのをやめない。彼にプレゼントを渡したいその一心が私を動かす動力となっているのだ。がむしゃらに走り続け、ついに私の目は彼の背中を捉えた。
「風間ぁ!」
「ん? なんだい……ってどうしたの。そんなに息を切らして」
私の姿を見た風間は困惑した表情で私の顔を覗いている。息を落ち着かせ、前髪をちょこっと弄り、身嗜みを多少整えたところで、風間にプレゼントを渡そうと鞄の中に手を入れた。あれほど渡したいと思っていたのにいざ本人を目の前にすると緊張してしまう。プルプルと震える手で鞄からプレゼントを取り出した。
「あの、これ……」
風間にプレゼントを差し出そうとしたその時だった。唐突に空が光った。あまりにも眩い光に目が耐えきれず目を閉じてしまった。次に目を開いた時に私の視界に広がっていたものは風間が驚愕した表情で空を見上げている姿。彼に倣って私も空を見上げた。
すると、そこには見たことのない大きな物体が空中で浮かんでいた。目の前に起こっている出来事に理解が追いつかず、呆然と眺めていたらその物体から一人の人型が出てきた。それは物体から降り立ち、地球の土を踏んだ。
人型は成人男性ぐらいの大きさで、色が青一色に染まっている。そして、何より目を引くのは体から伸びている触手。触手はうねうねとまるでそれ自体に意思が存在しているかのように動いている。
「な、なに……あれ」
「あれはヤパロン星人だよ」
「え?」
「くそっヤパロン星人め……何しに地球に来たんだ。地球侵略するのはスンバラリア星と決まっていたじゃないか!」
いったい風間は何を言っているんだ。こんな時にふざけるのは大概にしてほしい。文句の一つでも言ってやろうと口を開くも、私はそれをしなかった。
風間は焦りに満ちた表情で人影に向けて熱心に視線を注いでいた。彼のそんな表情を見るのは初めてだ。とても冗談や嘘を言っているようには見えない。
とても信じられないことだけど今、繰り広げられているトンチンカンな出来事は現実なのだと彼の顔を見てようやく理解した。
「危ない!!」
風間の声にハッと意識を取り戻し、顔を上げるとそこには彼がヤパロン星人と呼んでいる人影が私の前に立っていた。ほんの僅か目を離していたのにこんなすぐ近くにいるなんて。
ヤパロン星人は緩慢とした動作で私に向かって触手を伸ばしている。このままではヤパロン星人に襲われる。そうと分かっていながらも私の体は動こうとしない。いや、動けない。恐怖のあまり足が震えてしまっているのだ。
「わっ!?」
私とヤパロン星人の間に風間が割り込んできた。ヤパロン星人の姿は見えなくなり、代わりに現れたのは風間の背中。唐突に現れた彼の背中はいつもより大きく見えた。
「ここは僕がなんとかする! 君はどこか遠くへ逃げていろ!」
「う、うん……わかった」
彼の言う通りに私はこの場から逃げ、隠れやすそうな人気の無い方へ進んで行った。何回も周囲を確認して、茂みの中に身を投じた私はプレゼントを抱え込み、小さく蹲る。
……どの位時間が経ったのだろうか。一分、十分、一時間、一日、もしかしたら何日も何週間もこうして蹲っているような感覚がする。
耳が痛くなる程辺りはシーンと静まり返っている。ただ唯一聞こえるのは激しく動く私の心臓だけ。今にでも押し潰されそうな不安と恐怖に精一杯の対抗としてぎゅっと服を掴んだ。
「……ぅ。……れよ」
遠くの方から聞き馴染みのある声が耳に入り込んだ。私の聞き間違えでは無ければこの声は。
「おーい。どこにいるんだー」
緊張感の無い間延びした声が私の名を呼んでいる。これは風間の声だ。張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れて私の目から僅かに涙が出てきた。
「ここら辺にいるんだろう? 出てきてくれよ」
風間の声が徐々に近づいてくる。涙を拭いて風間に姿を見せるべくその場から立ち上がった。
「かざ」
「V¥74hOa11w」
目の前いたのは風間────ではなく、ヤパロン星人だった。
うそ、でしょ……こんなのって。
なんで目の前のこいつから風間の声がするの、なんで私の居場所がわかったの、なんで、私を襲ってくるの。なんで、なんで、なんで。
「あ、あぁ……」
悲嘆と絶望が入り混じった声が私の口から吐き出された。もう、なにもかんがえられない。
「A/5Vhjq!!」
耳障りがする汚らしい声を上げ、ヤパロン星人はこちらに向かって触手を伸ばしている。ヤパロン星人は一ミリも表情を動かしていないというに心なしか笑ったかのように見えた。
もう、逃げられない────
そう悟った私は苦しまずに死ねますようにと祈りを込めて瞳を閉じた。
こんな最期になるんだったらせめて風間に好きだと伝えてから死にたかったな。もしも、来世というものがあるとしたら、また風間と会えるといいな。
────さよなら。
「そこまでだ」
────パンッ。大きな破裂音が鳴り響いた。
その音に驚き、私は目を開けた。私の目の前にはヤパロン星人の触手があり、石のように固まっている。あと一秒あったら私はこの触手に捕まっていただろう。そう思うとゾッと背筋が冷たくなった。
触手から視線を逸らし、本体の方へ向けた。ヤパロン星人は苦痛に満ちた表情で動きを止めている。おそらく死んでいるのだろう。
よかった。これで襲われる心配が無くなったみたいだ。ホッとひと息吐いて、それから一歩離れた。離れたことでヤパロン星人の背後に誰が立っていることに気がつく。ヤパロン星人の背後に目をやる。
ヤパロン星人の後ろには銃のような物を手にした風間望が立っていた。彼の息は絶え絶えで額からは大粒の汗が流れ落ちていた。
声をかけることなくただ呆然と彼の様子を眺めていたらヤパロン星人が小さくなっていることに気がついた。それは氷のようにじわじわと溶けていき、遂に跡形もなく消えて、その場には何も残らなかった。
ヤパロン星人の消滅を見届けて銃のような物をズボンのポケットにしまった風間がこちらに向かって駆け寄ってきた。
「大丈夫かい?」
風間が私に向かって手を差し伸べている。彼の手を取って私は立ち上がった。
「うん、大丈夫。あ……そこ血出てる」
「あー……確かに出ているね。この位ならほっとけば治るさ」
「ほっといたらダメ。ハンカチあげるから止血して」
「随分と君は心配症だな」
不服そうな顔をしながらも風間はハンカチを受け取り、出血している箇所をハンカチで抑えた。
「血が止まるまで安静にしないとね。あそこにあるベンチに座るよ」
風間の手を引いてベンチに誘導して、腰掛けた。気がつくと辺りはもう真っ暗に染まり、夜になっていた。
一休み終えて、溜まりに溜まっている疑問を風間にぶつけることにした。
「あれはいったい何なの?」
「あれらはヤパロン星人と言って僕らと対立してる奴だよ。本当は地球人にバレるのは御法度だけど君にならいいや。実は僕はスンバラリア星人なのさ」
「えっと……すんばらりあって何?」
「ふふん! 耳をかっぽじって聞いてくれたまえ。スンバラリア星というのはそれはそれは文明が高度で、高貴で美しい僕の故郷で……」
スンバラリア星の説明が風間の口から流れ出る。一つ一つのワードがとにかく意味不明で理解が及ばず、話に着いていくのに精一杯だった。取り敢えず理解したことは風間が宇宙人であることぐらいだ。
彼が宇宙人であることを知り驚きはしたが、どこか納得している自分もいた。まさか、好きな人が宇宙人なんて笑ってしまう。でも、風間が宇宙人だろうがこの想いは変わらない。
そういえば風間にお礼を言うのを忘れてた。命の危機を救ってくれたのだから、キチンと伝えなければ。
「ヤパロン星人から助けてくれてありがとう」
「どういたしまして。これから僕のことを風間様と呼んでくれても構わないんだよ」
腕を組んでフンッと息を漏らし、風間は渾身のドヤ顔を披露した。ほんと、いつ見てもムカつく顔。
「色々なことがあって渡しそびれたけど……これ、誕生日プレゼント。風間、誕生日おめでとう」
言いたかった言葉を添えて風間にプレゼントを渡した。本来なら告白をするつもりだったけども、今日は本当に色々な出来事が起こり過ぎて、これ以上何か起こったら今度こそ私の頭がパンクしてしまう。告白するのはまた別の日にして今日はプレゼントだけを渡すことにする。
「ありがとう」
風間は私が渡したプレゼントを大事そうに胸で抱えている。喜んでいるようでなにより。よし、することも済んだから帰るとするか。
「また明日」と別れを言ってベンチから立ち上がり、この場から離れようと一歩足を踏み出した瞬間、私の体は大きくて温かいものに包まれた。
「ちょ、わわっ!?」
風間が抱きついてきたのだ。私の体がぎゅうぎゅうと痛いぐらいに抱き締められている。離れようとしたけども、風間が邪気の無い満面の笑みを浮かべているものだから離す気力が失せた。
「それにしてもさ、喜び過ぎじゃない? 他の人からもいっぱいプレゼント貰っているでしょ?」
「そんなの当然じゃないか。好きな女の子から貰ったプレゼントなんだから」
世間話を切り出すような軽い口調でとんでもないことを言い出した。ギョッとして思わず風間の方へ顔を向けてしまった。
「…………え?」
「あっ」
風間もとんでもないことを口にした自覚があるようで「しまった」と言いたげな顔で大量の汗を流している。
「………………なんだか今日は熱いねーそれじゃまた明日」
パタパタと激しく手で扇ぎ、風間は私から離れた。そして、まるでロボットのようなぎこちない動きで体の向きを変えると走る体勢になった。このままでは逃げられる。私は風間の腕を掴み、逃亡を阻止した。
「ちょっとちょっと! 今のなに!?」
「なにって……そのままの意味だけど」
私の問いに対し風間はさらりと受け流す。態度は平然としているが、忙しそうに目があちこち泳いでいる。
「え、そのままの意味って……あの、その……」
うだうだしている私に痺れを切らしたのか彼は大きなため息を吐き切ると口を開いた。
「だ・か・ら! 君が好きっていうことだよ! わかったかい!? じゃあ僕は帰るから!!」
私の拘束を解き、首まで真っ赤に染め上がっている風間が早足でぐんぐん遠ざかっていく。
例の言葉で意識を取られ、気がつくと風間は遥か前にいる。小さくなりつつある彼の背中目掛けて走る。徐々に距離を詰め、あと寸前のところで私は大きく口を開く。
「私も風間のこと好きだよ!!」
すると、風間の動きがまるで時間が停止したかのように止まった。私も止まろうとしたその瞬間、転がっていた石に躓いた。まずい、このままでは大変なことになると悟ったがブレーキが効かず彼の背中に飛び込む。私と風間は縺れ合い、地面へと雪崩れた。
想定していた痛みがやってこない。恐る恐る薄く目を開くと眉を顰め、口をへの字に曲げている風間がじっと私を見つめている。
あの様子を見るからに風間の体をクッションにしたお陰で私にはダメージが来なかったようだ。その代わりに風間のダメージは二倍になってしまったが。
「……君ねぇ」
「ごめんなさい!」
「次同じ事をしたら治療費請求するよ」
「はい……わかりました……」
よかった。どうやら風間は許してくれたみたいだ。さっきの言葉からして、私も彼も同じ気持ちを抱いているようだけど、私があんなことをしてしまって嫌われたかと思ってヒヤヒヤした。
それにしても、こんな風に地面に転がるなんて小学生以来だろう。今すぐにでも起き上がるべきだけど私も風間も起き上ろうとはしない。
「さっきの件だけどさ」
先程の話題をどう切り出そうか悩んでいたら彼の方から話しかけてきた。穏やかに鼓動していた心臓がスピードを上げる。
「う、うん」
「君は僕のことが好きなんだよな」
「そうだよ」
「じゃあ僕たちは今日から恋人同士って訳だな。とても分かりやすい日じゃないか」
冬の気配が残る肌寒い風が吹いている。その風は汗だくになった体と真っ赤に染まっている顔を冷ますのに丁度良かった。
「今日の出来事はとても忘れそうにないよ。ははっ……」
「ふふっ……そうだね」
私たちはお互いの顔を見合って同時に笑い出した。その声は三月三日の夜空に広く響き渡っていた。
終わり。
今日が三月三日あることを何回も何回も確認して、鞄に風間望へのプレゼントを大事にしまってから外に出た。
玄関の扉を開けて外に出ると雲ひとつない綺麗な青空が目に飛び込んできた。春を感じさせる温かい風が流れていて気持ちのいい朝だ。優しい朝の光が照らす道を私はドキドキとはやる胸を抑えて、一歩、また一歩と歩く。
私はこの日が来ることを待ち望んでいた。ありとあらゆるお店を回って、プレゼント候補を見比べてはどんなものを渡したら彼に喜んでくれるのか悩みに悩みまくった。なけなしのお金を払って店員さんにラッピングをお願いしたあの瞬間は、今でも覚えている。
風間がどんな物が好きなのかある程度はわかっているけども、なんせ彼のことだからみんなが予想すらしない物が好きだという可能性もある。
それでも風間がとびっきり喜んでくれそうな物を選んだ。喜んでくれたら嬉しいな。だって、好きな人なんだから。
早足で歩いたので案の定いつもの時間より早く学校に着いてしまった。席に座ってチラリと横目で風間の席を見る。そこは空っぽのままで彼はまだ学校に来ていないみたいだ。
深呼吸して早鐘を打つ心臓を落ち着かせるも効果無し。寧ろどんどんとスピードが上がってきている。こんなに緊張するのは訳がある。だって、今日私は風間望に告白しようとしているから。
来年私たちは三年生になるので勉強やら進路やらで忙しくなるし、一緒に過ごせる時間がなくなってしまう。そうなってしまう前に自分の気持ちを伝えたいと思った。告白はプレゼントを渡す時にするつもりだ。いつプレゼントを渡すのかは……まだ決めていないけども。
教室のドアがガラリと音を立てて開く。この時間帯だから多分私の友達だろう。せっかくだからサプライズとして出迎えてやろうじゃないかと思い私は席を立ち上がろうとした。
ドアを開けて教室に入ってきたその人物は────風間望だった。風間は胸を張って堂々と教室を歩いており、まるで王者のような風格を放っている。
手には幾つかの袋を手にしていて、ドカッと勢いよく席に座ると机の上に袋を並ばせた。机の上に並んでいる物に興味を惹かれたのかクラスのみんなが彼に群がってきている。
「いろんなモン貰ってんな、風間。ほら、俺からもやるよ」
「風間くんお誕生日おめでとう。はい。これプレゼントだよ」
「ハッピーバースデーおめでとー。余ったからあげるー」
クラスのみんなは風間に言葉をかけてプレゼントを机の上にどんどんと載せていく。気づけば机の上にはどっさりとプレゼントの山が出来ていた。
普段から風間はあんな感じだけど、なんだかんだでみんなから割と慕われてるんだなぁ。中には要らないものを押し付けている人もいるみたいだけど。
積み重なっている山の中に気合の入った可愛らしくラッピングされているプレゼントを見つけた。「風間先輩へ」と書かれているのでおそらく後輩の子から貰ったようだ。
それを見つけた瞬間、私の心臓がキュッと締め付けられる感覚がした。だって……そのラッピングに見覚えがあったからだ。
あれは……そう、バレンタインの時に見かけたんだ。お昼休みの時に風間と喋っていたら小柄で可愛らしい下級生の女子生徒が教室の中に入ってきたのだ。その子は風間の元まで来ると顔を赤らめて「これ、バレンタインチョコです。受け取ってください」と言いチョコを渡した。
ピンク色の箱に可愛らしいラッピングを施されたそれは私の思い込みだと思うけど、いわゆる「本命」に見えてしまった。
風間は珍しく爽やかな笑顔で「ありがとう」と言って女子生徒からチョコを受け取る。彼が受け取ったのを見届けた女子生徒は嬉しそうに笑ってそそくさと教室から出て行った。
女子生徒が風間にチョコを渡して以来、私の中に喉に魚の骨が刺さったかのようなモヤモヤとした感情が渦巻いていた。最近になってそれが「嫉妬」であることを理解して、私の風間に抱いている想いが「好き」であることに気づかされたのだ。
おそらくあの女子生徒が用意したであろうプレゼントと自分のプレゼントを見比べた。
……なんだか、自分のプレゼントがお粗末でちっぽけで下らない物に見えてくる。暗くなった自分の心にそんなことはないと叱りつけた。だが、以前変わらず私の心は暗く、じとじと湿っている。
「いやぁ……まったく人気者は参っちゃうね! あっーはっは!!」
風間は机の上のプレゼントたちを眺めては心底嬉しそうに、幸せそうに腹の底から笑っている。そんな彼に向かって「よかったね」と、一言だけ告げることしか出来なかった。
彼に渡すプレゼントは、まだ鞄の中にある。
放課後を告げるチャイムが鳴ったのにも関わらず私は自分の席に囚われたまま悩み続けている。
悩みの種はこのプレゼントを渡すか否か。あんなにたくさんプレゼントを貰っているからこれ以上あげたら迷惑になるかもしれないし、他の人とプレゼントが被っている可能性だってありえる。でも、やっぱりプレゼントを渡したい、想いを伝えたい。そんな二つの考えが壮絶な乱闘を繰り返して決着がつかないでいる。
ふと、顔を上げると教室には誰も居なくなっていた。もちろん風間もその姿は見えない。なんてこった。プレゼントを渡す渡さない以前に誕生日のお祝いをしていない。お誕生日おめでとうって言いたかったのに。
なんで私はこうなんだろう。せっかくのチャンスを無駄にするなんて。大きなため息を吐きだす。
このままぐるぐると悩んでいたら思考が悪い方向へ向かっていきそうだ。気分転換にと私は窓に近づいて外の景色を眺めることにした。
私の眼下には様々な生徒たちが映っている。グラウンドを真剣な顔で走っている生徒。友人たちとベンチに座って無邪気に楽しそうに会話をしている生徒。幸せそうに笑いあって手を繋ぎながら下校しているカップル。そんな様々な生徒たちに混じって見覚えのある姿を発見した。
あれは……風間だ。彼はご満悦な顔で今日貰った幾つかのプレゼントを手にして、のんびりと校門へと歩いている。それらの中にあの子の物があって、数多のプレゼントの中で一際目立っている。
あの子のプレゼントを見つめていたら気がつくと、唇をキツく噛み締め、手のひらに深い爪の跡が残るほど強く拳を握っていた。
あの子に負けたくない。その想いが感情を支配していく。迸る激情に駆られ、私は教室から飛び出した。風間の元へと全速力で走る。この学校はマンモス校だからその分、校舎も広い。彼の居場所まで行くのに時間がかかる。
息が苦しい。肺が痛い。心臓が痛い。今すぐにでも走るのをやめたい。でも、私は走るのをやめない。彼にプレゼントを渡したいその一心が私を動かす動力となっているのだ。がむしゃらに走り続け、ついに私の目は彼の背中を捉えた。
「風間ぁ!」
「ん? なんだい……ってどうしたの。そんなに息を切らして」
私の姿を見た風間は困惑した表情で私の顔を覗いている。息を落ち着かせ、前髪をちょこっと弄り、身嗜みを多少整えたところで、風間にプレゼントを渡そうと鞄の中に手を入れた。あれほど渡したいと思っていたのにいざ本人を目の前にすると緊張してしまう。プルプルと震える手で鞄からプレゼントを取り出した。
「あの、これ……」
風間にプレゼントを差し出そうとしたその時だった。唐突に空が光った。あまりにも眩い光に目が耐えきれず目を閉じてしまった。次に目を開いた時に私の視界に広がっていたものは風間が驚愕した表情で空を見上げている姿。彼に倣って私も空を見上げた。
すると、そこには見たことのない大きな物体が空中で浮かんでいた。目の前に起こっている出来事に理解が追いつかず、呆然と眺めていたらその物体から一人の人型が出てきた。それは物体から降り立ち、地球の土を踏んだ。
人型は成人男性ぐらいの大きさで、色が青一色に染まっている。そして、何より目を引くのは体から伸びている触手。触手はうねうねとまるでそれ自体に意思が存在しているかのように動いている。
「な、なに……あれ」
「あれはヤパロン星人だよ」
「え?」
「くそっヤパロン星人め……何しに地球に来たんだ。地球侵略するのはスンバラリア星と決まっていたじゃないか!」
いったい風間は何を言っているんだ。こんな時にふざけるのは大概にしてほしい。文句の一つでも言ってやろうと口を開くも、私はそれをしなかった。
風間は焦りに満ちた表情で人影に向けて熱心に視線を注いでいた。彼のそんな表情を見るのは初めてだ。とても冗談や嘘を言っているようには見えない。
とても信じられないことだけど今、繰り広げられているトンチンカンな出来事は現実なのだと彼の顔を見てようやく理解した。
「危ない!!」
風間の声にハッと意識を取り戻し、顔を上げるとそこには彼がヤパロン星人と呼んでいる人影が私の前に立っていた。ほんの僅か目を離していたのにこんなすぐ近くにいるなんて。
ヤパロン星人は緩慢とした動作で私に向かって触手を伸ばしている。このままではヤパロン星人に襲われる。そうと分かっていながらも私の体は動こうとしない。いや、動けない。恐怖のあまり足が震えてしまっているのだ。
「わっ!?」
私とヤパロン星人の間に風間が割り込んできた。ヤパロン星人の姿は見えなくなり、代わりに現れたのは風間の背中。唐突に現れた彼の背中はいつもより大きく見えた。
「ここは僕がなんとかする! 君はどこか遠くへ逃げていろ!」
「う、うん……わかった」
彼の言う通りに私はこの場から逃げ、隠れやすそうな人気の無い方へ進んで行った。何回も周囲を確認して、茂みの中に身を投じた私はプレゼントを抱え込み、小さく蹲る。
……どの位時間が経ったのだろうか。一分、十分、一時間、一日、もしかしたら何日も何週間もこうして蹲っているような感覚がする。
耳が痛くなる程辺りはシーンと静まり返っている。ただ唯一聞こえるのは激しく動く私の心臓だけ。今にでも押し潰されそうな不安と恐怖に精一杯の対抗としてぎゅっと服を掴んだ。
「……ぅ。……れよ」
遠くの方から聞き馴染みのある声が耳に入り込んだ。私の聞き間違えでは無ければこの声は。
「おーい。どこにいるんだー」
緊張感の無い間延びした声が私の名を呼んでいる。これは風間の声だ。張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れて私の目から僅かに涙が出てきた。
「ここら辺にいるんだろう? 出てきてくれよ」
風間の声が徐々に近づいてくる。涙を拭いて風間に姿を見せるべくその場から立ち上がった。
「かざ」
「V¥74hOa11w」
目の前いたのは風間────ではなく、ヤパロン星人だった。
うそ、でしょ……こんなのって。
なんで目の前のこいつから風間の声がするの、なんで私の居場所がわかったの、なんで、私を襲ってくるの。なんで、なんで、なんで。
「あ、あぁ……」
悲嘆と絶望が入り混じった声が私の口から吐き出された。もう、なにもかんがえられない。
「A/5Vhjq!!」
耳障りがする汚らしい声を上げ、ヤパロン星人はこちらに向かって触手を伸ばしている。ヤパロン星人は一ミリも表情を動かしていないというに心なしか笑ったかのように見えた。
もう、逃げられない────
そう悟った私は苦しまずに死ねますようにと祈りを込めて瞳を閉じた。
こんな最期になるんだったらせめて風間に好きだと伝えてから死にたかったな。もしも、来世というものがあるとしたら、また風間と会えるといいな。
────さよなら。
「そこまでだ」
────パンッ。大きな破裂音が鳴り響いた。
その音に驚き、私は目を開けた。私の目の前にはヤパロン星人の触手があり、石のように固まっている。あと一秒あったら私はこの触手に捕まっていただろう。そう思うとゾッと背筋が冷たくなった。
触手から視線を逸らし、本体の方へ向けた。ヤパロン星人は苦痛に満ちた表情で動きを止めている。おそらく死んでいるのだろう。
よかった。これで襲われる心配が無くなったみたいだ。ホッとひと息吐いて、それから一歩離れた。離れたことでヤパロン星人の背後に誰が立っていることに気がつく。ヤパロン星人の背後に目をやる。
ヤパロン星人の後ろには銃のような物を手にした風間望が立っていた。彼の息は絶え絶えで額からは大粒の汗が流れ落ちていた。
声をかけることなくただ呆然と彼の様子を眺めていたらヤパロン星人が小さくなっていることに気がついた。それは氷のようにじわじわと溶けていき、遂に跡形もなく消えて、その場には何も残らなかった。
ヤパロン星人の消滅を見届けて銃のような物をズボンのポケットにしまった風間がこちらに向かって駆け寄ってきた。
「大丈夫かい?」
風間が私に向かって手を差し伸べている。彼の手を取って私は立ち上がった。
「うん、大丈夫。あ……そこ血出てる」
「あー……確かに出ているね。この位ならほっとけば治るさ」
「ほっといたらダメ。ハンカチあげるから止血して」
「随分と君は心配症だな」
不服そうな顔をしながらも風間はハンカチを受け取り、出血している箇所をハンカチで抑えた。
「血が止まるまで安静にしないとね。あそこにあるベンチに座るよ」
風間の手を引いてベンチに誘導して、腰掛けた。気がつくと辺りはもう真っ暗に染まり、夜になっていた。
一休み終えて、溜まりに溜まっている疑問を風間にぶつけることにした。
「あれはいったい何なの?」
「あれらはヤパロン星人と言って僕らと対立してる奴だよ。本当は地球人にバレるのは御法度だけど君にならいいや。実は僕はスンバラリア星人なのさ」
「えっと……すんばらりあって何?」
「ふふん! 耳をかっぽじって聞いてくれたまえ。スンバラリア星というのはそれはそれは文明が高度で、高貴で美しい僕の故郷で……」
スンバラリア星の説明が風間の口から流れ出る。一つ一つのワードがとにかく意味不明で理解が及ばず、話に着いていくのに精一杯だった。取り敢えず理解したことは風間が宇宙人であることぐらいだ。
彼が宇宙人であることを知り驚きはしたが、どこか納得している自分もいた。まさか、好きな人が宇宙人なんて笑ってしまう。でも、風間が宇宙人だろうがこの想いは変わらない。
そういえば風間にお礼を言うのを忘れてた。命の危機を救ってくれたのだから、キチンと伝えなければ。
「ヤパロン星人から助けてくれてありがとう」
「どういたしまして。これから僕のことを風間様と呼んでくれても構わないんだよ」
腕を組んでフンッと息を漏らし、風間は渾身のドヤ顔を披露した。ほんと、いつ見てもムカつく顔。
「色々なことがあって渡しそびれたけど……これ、誕生日プレゼント。風間、誕生日おめでとう」
言いたかった言葉を添えて風間にプレゼントを渡した。本来なら告白をするつもりだったけども、今日は本当に色々な出来事が起こり過ぎて、これ以上何か起こったら今度こそ私の頭がパンクしてしまう。告白するのはまた別の日にして今日はプレゼントだけを渡すことにする。
「ありがとう」
風間は私が渡したプレゼントを大事そうに胸で抱えている。喜んでいるようでなにより。よし、することも済んだから帰るとするか。
「また明日」と別れを言ってベンチから立ち上がり、この場から離れようと一歩足を踏み出した瞬間、私の体は大きくて温かいものに包まれた。
「ちょ、わわっ!?」
風間が抱きついてきたのだ。私の体がぎゅうぎゅうと痛いぐらいに抱き締められている。離れようとしたけども、風間が邪気の無い満面の笑みを浮かべているものだから離す気力が失せた。
「それにしてもさ、喜び過ぎじゃない? 他の人からもいっぱいプレゼント貰っているでしょ?」
「そんなの当然じゃないか。好きな女の子から貰ったプレゼントなんだから」
世間話を切り出すような軽い口調でとんでもないことを言い出した。ギョッとして思わず風間の方へ顔を向けてしまった。
「…………え?」
「あっ」
風間もとんでもないことを口にした自覚があるようで「しまった」と言いたげな顔で大量の汗を流している。
「………………なんだか今日は熱いねーそれじゃまた明日」
パタパタと激しく手で扇ぎ、風間は私から離れた。そして、まるでロボットのようなぎこちない動きで体の向きを変えると走る体勢になった。このままでは逃げられる。私は風間の腕を掴み、逃亡を阻止した。
「ちょっとちょっと! 今のなに!?」
「なにって……そのままの意味だけど」
私の問いに対し風間はさらりと受け流す。態度は平然としているが、忙しそうに目があちこち泳いでいる。
「え、そのままの意味って……あの、その……」
うだうだしている私に痺れを切らしたのか彼は大きなため息を吐き切ると口を開いた。
「だ・か・ら! 君が好きっていうことだよ! わかったかい!? じゃあ僕は帰るから!!」
私の拘束を解き、首まで真っ赤に染め上がっている風間が早足でぐんぐん遠ざかっていく。
例の言葉で意識を取られ、気がつくと風間は遥か前にいる。小さくなりつつある彼の背中目掛けて走る。徐々に距離を詰め、あと寸前のところで私は大きく口を開く。
「私も風間のこと好きだよ!!」
すると、風間の動きがまるで時間が停止したかのように止まった。私も止まろうとしたその瞬間、転がっていた石に躓いた。まずい、このままでは大変なことになると悟ったがブレーキが効かず彼の背中に飛び込む。私と風間は縺れ合い、地面へと雪崩れた。
想定していた痛みがやってこない。恐る恐る薄く目を開くと眉を顰め、口をへの字に曲げている風間がじっと私を見つめている。
あの様子を見るからに風間の体をクッションにしたお陰で私にはダメージが来なかったようだ。その代わりに風間のダメージは二倍になってしまったが。
「……君ねぇ」
「ごめんなさい!」
「次同じ事をしたら治療費請求するよ」
「はい……わかりました……」
よかった。どうやら風間は許してくれたみたいだ。さっきの言葉からして、私も彼も同じ気持ちを抱いているようだけど、私があんなことをしてしまって嫌われたかと思ってヒヤヒヤした。
それにしても、こんな風に地面に転がるなんて小学生以来だろう。今すぐにでも起き上がるべきだけど私も風間も起き上ろうとはしない。
「さっきの件だけどさ」
先程の話題をどう切り出そうか悩んでいたら彼の方から話しかけてきた。穏やかに鼓動していた心臓がスピードを上げる。
「う、うん」
「君は僕のことが好きなんだよな」
「そうだよ」
「じゃあ僕たちは今日から恋人同士って訳だな。とても分かりやすい日じゃないか」
冬の気配が残る肌寒い風が吹いている。その風は汗だくになった体と真っ赤に染まっている顔を冷ますのに丁度良かった。
「今日の出来事はとても忘れそうにないよ。ははっ……」
「ふふっ……そうだね」
私たちはお互いの顔を見合って同時に笑い出した。その声は三月三日の夜空に広く響き渡っていた。
終わり。