風間夢
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あの日から季節が三回変わり、私は今日、卒業式を迎えた。無事に卒業式が終わり、私は家に帰らずにあの場所に足を運んだ。
穏やかな温かい風が流れ、桜が満開になり、花も色とりどりに咲いている普段より少し雰囲気の明るい「いつもの場所」に私は着いた。
私が今日ここに来たのは、あれ以上もう後悔しないように過去の私と決別するためにやってきた。いわば決意するために来たようなものだ。今日を最後にもうここに来ることはないだろう。
いつも座っていたベンチに腰掛けてここにくる道中で買ったサイダーを飲もうと手に持った。そして、蓋を開けようとした途端、それは私の手から地面に滑り落ちてしまった。それはまるで何かに引き寄せられるようにコロコロ転がり続ける。
こんなんじゃ幸先が悪いなと苦笑しながらサイダーを追いかける。すると、サイダーの動きが止まった。この公園に訪れた人の足にサイダーがコツンと、当たってしまったのだ。
急いで私が拾おうとする前にその人がサイダーを拾ってくれた。サイダーを追いかけていたので顔はよく見ていないが学ランを着ていたのでおそらく同じ学校の人だ。こんな日に制服を着ているのだから私ときっと同じ卒業生なのだろう。
私以外にこんなところに来るなんて珍しいなと思いつつ、顔を上げ、お礼を言うために私はその人と目を合わせた。
「ありがとう」と口にしようとしたが声が出なかった。目の前にある光景が信じられなかった。その人を見て、私は気がくるったのかと思った。だって、わたしのまえにいたそのひとは――――
「ほら、サイダー拾ってあげたんだからお礼として僕に渡す物があるだろう?」
居なくなってしまったあの日、そっくりそのままの姿をした風間望。
「な、んで」
「それは……まぁ、色々あってね。長い話になるんだからまずはベンチに座ろうじゃないか」
呆然する私の手に風間はサイダーを握らせる。何を思ったのか風間はポケットを弄り始めた。すると、そこから真新しいサイダーが出てきた。
「長話に飲み物は付き物だからね」
風間は懐かしい笑顔を浮かべてそう、言った。
「うーん! 久しぶりに飲むサイダーは美味いねぇ」
風間は膝をばしばし叩いて喜んでいる。その様子が久しぶりにビールを飲むおじさんにそっくりだ。性格も以前と変わっていないようで安心した。
「……」
サイダーをちびちび飲みながら私はどう風間に話しかければいいのか悩んでいた。いつも話していた様に軽い感じで話せばいいのにと思う。だが、彼への気持ちを自覚してから改めて対面してみてると、高鳴っている心臓が邪魔して言葉を切り出せないでいる。
「そういえば今日卒業式だったんだろう」
ぐるぐると頭を悩ませていたので彼が話しかけていたことに私は気づかなかった。一拍置いて風間の質問に答える。
「あぁ……そうだけど」
「それは残念だ。もし参加していたら僕の第二ボタンを目当てにたくさんの女の子たちが集まって一瞬で無くなっていただろうに」
芝居じみた動きで風間は肩を落とし、わざとらしい大きなため息を吐いた。
「君はそんなレアな僕の第二ボタンを欲しいと思わないのかい?」
自信に満ち溢れたドヤ顔で風間は第二ボタンを指している。私は太陽の光で反射してキラリと金色に輝いた風間の第二ボタンにそっと触れる。
「……第二ボタンちょうだい」
なんて、クスッと笑って冗談混じりで告げる。おちゃらけた言い方になったけども第二ボタンが欲しいのは本当。でも、とてもじゃないけど真面目な顔では恥ずかしくて言えない。
「なっ……」
風間の口がぽかんと開いて、目が大きく見開いている。こんなにまざまざと驚いた顔をするのは彼にしては珍しい。私の言った冗談に笑い飛ばしてくれるのかと思っていたのにこんなリアクションされるとは想定外。
「き、君ねぇ……そんな冗談はよしてくれないか! さっき誤って爆発ボタンを押しそうになったんだよ。今回は爆発しないで済んだがまた変な冗談を言ったら今度こそ爆発するかもしれないから発言には気をつけてくれよ」
ピンと伸びた人差し指を私に向けてペラペラと矢継ぎ早に言葉を並び立てる。そんな様子を見て腹の奥に潜めていた風間への怒りや恨み諸々が少し消化出来てスッキリした。
それにしてもそんなに変なことを言ったつもりはないのにあんなに慌てるなんて風間ってやっぱり変。まぁ、むしろ変なところが風間の性分であるけども。
「あのさ、何で風間は地球にやって来たの。あと、スンバラリア星はどうなった? それと、いつ帰ってき」
「ストップ、ストップ。そんなに次々と質問を投げかけるなよ。君、前よりせっかちになっていないか? まぁ、いいや。これから説明するからよく聞いておくんだぞ」
それから風間は一つ咳払いをしてスンバラリア星にいた時の話を語り始める。
「スンバラリア星と侵略者の戦いは我らがスンバラリア星の勝利に終わった。侵略者どもが泣きながらスンバラリア星に発つあの光景は実に愉快だったね。それから、戦いの後始末とか色々やりつつお偉いさん方に地球調査の報告したんだ。すると、僕の報告を聞いたお偉いさん方は大層地球を気に入ったようで、また調査してこいと言われたんだ。それで、引き続き僕が調査することになったんだよ。ちなみに今日地球に辿り着いたばかりだ」
風間はサイダーを一気飲みして、残り全てを飲み干した。
「地球の暮らしもなんだかんだ言って悪くはないから引き受けることにしたよ。僕も地球でやりたいことあるからね、しばらくは地球に残るつもりさ」
「やりたいことって何?」
「学生生活は充分楽しんだから次は仕事をしてみたいと思ってね。テレビの仕事とか、旅館の主人もやってみたいと思っているんだ」
風間の話を聞いて私は少し驚いた。あの風間が真面目に進路を考えているなんて。まぁ、なんだかんだで彼は変なところで愛嬌はあるから仕事は何とかやっていけそうな気がする。
「その前に脱皮をしないといけないから病院に入院しないとな。もうそろそろで成人の期がやってるからね」
風間の口から諸々と気になるワードが出てきたけどスルーしよう。いちいち聞いていたらキリがない。なので一つだけ聞くことにした。
「風間、成人してないんだ」
「そうだよ。だから僕に学校の調査を頼まれたんだ」
ニッと白い歯を見せて、小さい子供が親に自慢するような顔で笑う。
「大人になったら社交ダンスもやってみたいんだ。大人になって更に魅力を身につけたカッコマンがダンスをするなんて映えるだろう? あともう一つあるんだけど……これは、まぁ後でだな、うん。とにかく僕は色々とやりたいことがあるんだ」
あれやこれやと夢を語る彼の姿は私の目が眩んでしまう程、輝いている。これから先、風間がどんな未来に突き進むのかを隣には居られないだろうからせめて遠くから見守らせてほしい。
「たくさんやりたことがあっていいね。叶えられるように応援するよ」
「せっかく生を受けたんだ。やりたいことをやらなくては後悔するだろう?」
「やりたいこと」その言葉がぐるぐると私の中を駆け巡る。やりたいこと、いいや、今の私にはやらなくてはいけないことがあるんだ。こんな奇跡はもう、巡ってはこないのだから。
私は改めて風間に向き直った。
「私から風間に言いたいことがあるんたけど」
「おや、奇遇だね。僕もあるんだ。でもここはレディファーストで君に先を譲るよ。ふふ……僕ってば優しいだろ。なんて言ったって僕は誰もが羨む完璧な紳士だからね。さぁ、お先にどうぞ」
口の中がカラカラに乾いて胸が張り裂けそうな程ドキドキしている。私は落ち着く為に目を閉じて深呼吸する。
そして、目を開けた。私の視線の先にはいつ何時も変わらない微笑を湛えている風間が、いる。
今度は風間から逸らさずに視線を定めて、口をひらいた。
「私、風間のことが好きだから」
穏やかな風に吹かれざわざわと木の葉の擦れる音に満ちていた公園が今では深閑となっている。
以前変わらずに激しく拍動している心臓の音だけを耳は拾っている。
私は息をするのも忘れて風間だけを見つめていた。
風間も私を見つめている。
今の私は風間にはどんな風に見えているのだろうか。
今の彼は私に対してどんなことを思っているのだろうか。
すっ、と息を吸う音がした。
風間の答えは――――
「あーっはっはっはははは!!!」
風間は大きく口を開いて盛大な声量で笑っている。深閑の公園に彼の笑い声が響き渡っていた。
笑い過ぎなのか顔は真っ赤に染まっていて、左胸辺りをぎゅっと鷲掴んでいる。
私の思いに対する返答がそれ、なのか。風間にとって私はその程度の存在なんだね。
そっか。
不思議と怒りは湧いてこなかった。その代わりに今までに味わったことのない悲しみが濁流のように押し寄せる。私は濁流にのまれたままぼんやりと立ち上がり、ふらふらとおぼつかない足取りで公園の出口へと向かう。
何も考えたくない。じくじくと胸がいたい。泣きたい。なきたい。なきたい。くるしい。すべて、わすれてしまいたい。
「――――!!」
風間の怒号が背中に突き刺さる。色々と何かを言っているみたいだけど私は耳を塞いで風間を遮断する。そして、一センチ、一ミリでもいいから遠く離れようと私は駆け出した。
「――――」
私の名を呼ぶ声がして、私は一瞬だけ立ち止まり、再び駆け出す。
腕を、掴まれた。私の腕を掴む手はわなわなと震えている。ゆっくりと頭を動かして振り返る。
汗で前髪がべったりと額に張り付き、肩で息をして憔悴した顔をしている。
「どこに行こうとしているんだ!」
「……風間には関係ないでしょ」
「関係なくはないだろ! 君は僕の好きな人なんだから」
「………………は?」
いま、風間はなんといった?
「君は僕の好きな人なんだから」彼はそう言った。「君」は私のこと。「僕」は風間望。つまり、彼の言葉の意味は――――
風間望は私のことが好き。
それを理解した瞬間、思考回路がボンッと盛大に爆発した。
私の頭は今日風間と出会ったとき、もしくはそれ以上に混乱して正常に作動が出来なくなっている。
「え、はっ……なに、いって」
じわじわと顔に熱が集まり、全身の毛穴がブワッと開いてそこから汗が噴き出てくる感覚がする。私の人生で最高潮のスピードで心臓が拍動している。
「そういえば説明していなかったね。スンバラリア星では笑うことが愛の告白になるんだよ。笑い声が大きければ大きいほど、愛の証明になるんだ。素敵な文化だろう?」
「た、確かに素敵な文化だけどさっ、ここは地球なんだから地球の方法で言ってくれないとわかんないよっ!!」
威嚇するように私は叫んだ。
すると、風間の手が私の腕から離れた。その手は腰に当てて片方の手は顔を覆っている。チラリと覗く頬が赤く染まっているのが見えた。
「………………わかったよ」
どっぷりと大きなため息をしてから風間は顔を覆っていた手を外した。
「地球に来て他の仲間がいなくて僕は孤独だった。でも、君がいてくれたから孤独ではなくなった。君がいてくれたから僕は一人じゃない。たとえ、君が無理矢理突き放そうとしても僕はどこまでも付いてくるよ。だから、その……僕は君のことが、好きなん……うわッ!?」
「あっはははっははは!!!」
私は風間に抱きついた。そして、あのときの風間よりも大きな声で笑ってやった。胸に顔を埋めるとドクドクと早い鼓動を感じる。
「き、急になにするんだ!」
鋭い声がしたと同時に私は風間の体から離れていた。恨めしそうに私のことを睨んでいて顔が茹でタコみたいに赤くて、ぷるぷると体を小刻みに震えている。
その姿があまりにも滑稽で情けない。だが、とても愛おしい。
「急に抱きついてごめんね」
私はニヤぁとムカつく顔を作り上げた。彼はうんざりだと言いたげに顔を歪ませフンッと鼻を鳴らした。どうやら許してくれたようだ。
「さっき、もう一つやりたいことがあるって言っただろ。その内容が豪華な結婚式を開く……なんだけどこれは君が協力してくれないと叶わないんだ」
「……いいよ。付き合ってあげる」
途端に風間は目をキラキラと輝かせ、テンションが上がり、勢いよく彼の方から私に抱きついてきた。
「新婚旅行はスンバラリア星でどうだい? 前、君にスンバラリア星の写真をあげただろう。あそこはスンバラリア星随一の観光スポットなんだ。景色がとても綺麗でね、きっとすぐに気にいるさ。その後は僕の家族に会ってもらうよ。あとは……」
想いが通じ合って間もないというのに彼は新婚旅行のプランを既に考えている。あまりにも気が早すぎるなと、内心苦笑した。でも、それでいいんだ。
この先の未来、どんなことがあっても風間から離れないように、離さないように私は彼の背中に手を回す。
「僕たちはずっと一緒だ」
「……うん」
私と風間望の未来はいま、始まったばかりだ。
終わり。
穏やかな温かい風が流れ、桜が満開になり、花も色とりどりに咲いている普段より少し雰囲気の明るい「いつもの場所」に私は着いた。
私が今日ここに来たのは、あれ以上もう後悔しないように過去の私と決別するためにやってきた。いわば決意するために来たようなものだ。今日を最後にもうここに来ることはないだろう。
いつも座っていたベンチに腰掛けてここにくる道中で買ったサイダーを飲もうと手に持った。そして、蓋を開けようとした途端、それは私の手から地面に滑り落ちてしまった。それはまるで何かに引き寄せられるようにコロコロ転がり続ける。
こんなんじゃ幸先が悪いなと苦笑しながらサイダーを追いかける。すると、サイダーの動きが止まった。この公園に訪れた人の足にサイダーがコツンと、当たってしまったのだ。
急いで私が拾おうとする前にその人がサイダーを拾ってくれた。サイダーを追いかけていたので顔はよく見ていないが学ランを着ていたのでおそらく同じ学校の人だ。こんな日に制服を着ているのだから私ときっと同じ卒業生なのだろう。
私以外にこんなところに来るなんて珍しいなと思いつつ、顔を上げ、お礼を言うために私はその人と目を合わせた。
「ありがとう」と口にしようとしたが声が出なかった。目の前にある光景が信じられなかった。その人を見て、私は気がくるったのかと思った。だって、わたしのまえにいたそのひとは――――
「ほら、サイダー拾ってあげたんだからお礼として僕に渡す物があるだろう?」
居なくなってしまったあの日、そっくりそのままの姿をした風間望。
「な、んで」
「それは……まぁ、色々あってね。長い話になるんだからまずはベンチに座ろうじゃないか」
呆然する私の手に風間はサイダーを握らせる。何を思ったのか風間はポケットを弄り始めた。すると、そこから真新しいサイダーが出てきた。
「長話に飲み物は付き物だからね」
風間は懐かしい笑顔を浮かべてそう、言った。
「うーん! 久しぶりに飲むサイダーは美味いねぇ」
風間は膝をばしばし叩いて喜んでいる。その様子が久しぶりにビールを飲むおじさんにそっくりだ。性格も以前と変わっていないようで安心した。
「……」
サイダーをちびちび飲みながら私はどう風間に話しかければいいのか悩んでいた。いつも話していた様に軽い感じで話せばいいのにと思う。だが、彼への気持ちを自覚してから改めて対面してみてると、高鳴っている心臓が邪魔して言葉を切り出せないでいる。
「そういえば今日卒業式だったんだろう」
ぐるぐると頭を悩ませていたので彼が話しかけていたことに私は気づかなかった。一拍置いて風間の質問に答える。
「あぁ……そうだけど」
「それは残念だ。もし参加していたら僕の第二ボタンを目当てにたくさんの女の子たちが集まって一瞬で無くなっていただろうに」
芝居じみた動きで風間は肩を落とし、わざとらしい大きなため息を吐いた。
「君はそんなレアな僕の第二ボタンを欲しいと思わないのかい?」
自信に満ち溢れたドヤ顔で風間は第二ボタンを指している。私は太陽の光で反射してキラリと金色に輝いた風間の第二ボタンにそっと触れる。
「……第二ボタンちょうだい」
なんて、クスッと笑って冗談混じりで告げる。おちゃらけた言い方になったけども第二ボタンが欲しいのは本当。でも、とてもじゃないけど真面目な顔では恥ずかしくて言えない。
「なっ……」
風間の口がぽかんと開いて、目が大きく見開いている。こんなにまざまざと驚いた顔をするのは彼にしては珍しい。私の言った冗談に笑い飛ばしてくれるのかと思っていたのにこんなリアクションされるとは想定外。
「き、君ねぇ……そんな冗談はよしてくれないか! さっき誤って爆発ボタンを押しそうになったんだよ。今回は爆発しないで済んだがまた変な冗談を言ったら今度こそ爆発するかもしれないから発言には気をつけてくれよ」
ピンと伸びた人差し指を私に向けてペラペラと矢継ぎ早に言葉を並び立てる。そんな様子を見て腹の奥に潜めていた風間への怒りや恨み諸々が少し消化出来てスッキリした。
それにしてもそんなに変なことを言ったつもりはないのにあんなに慌てるなんて風間ってやっぱり変。まぁ、むしろ変なところが風間の性分であるけども。
「あのさ、何で風間は地球にやって来たの。あと、スンバラリア星はどうなった? それと、いつ帰ってき」
「ストップ、ストップ。そんなに次々と質問を投げかけるなよ。君、前よりせっかちになっていないか? まぁ、いいや。これから説明するからよく聞いておくんだぞ」
それから風間は一つ咳払いをしてスンバラリア星にいた時の話を語り始める。
「スンバラリア星と侵略者の戦いは我らがスンバラリア星の勝利に終わった。侵略者どもが泣きながらスンバラリア星に発つあの光景は実に愉快だったね。それから、戦いの後始末とか色々やりつつお偉いさん方に地球調査の報告したんだ。すると、僕の報告を聞いたお偉いさん方は大層地球を気に入ったようで、また調査してこいと言われたんだ。それで、引き続き僕が調査することになったんだよ。ちなみに今日地球に辿り着いたばかりだ」
風間はサイダーを一気飲みして、残り全てを飲み干した。
「地球の暮らしもなんだかんだ言って悪くはないから引き受けることにしたよ。僕も地球でやりたいことあるからね、しばらくは地球に残るつもりさ」
「やりたいことって何?」
「学生生活は充分楽しんだから次は仕事をしてみたいと思ってね。テレビの仕事とか、旅館の主人もやってみたいと思っているんだ」
風間の話を聞いて私は少し驚いた。あの風間が真面目に進路を考えているなんて。まぁ、なんだかんだで彼は変なところで愛嬌はあるから仕事は何とかやっていけそうな気がする。
「その前に脱皮をしないといけないから病院に入院しないとな。もうそろそろで成人の期がやってるからね」
風間の口から諸々と気になるワードが出てきたけどスルーしよう。いちいち聞いていたらキリがない。なので一つだけ聞くことにした。
「風間、成人してないんだ」
「そうだよ。だから僕に学校の調査を頼まれたんだ」
ニッと白い歯を見せて、小さい子供が親に自慢するような顔で笑う。
「大人になったら社交ダンスもやってみたいんだ。大人になって更に魅力を身につけたカッコマンがダンスをするなんて映えるだろう? あともう一つあるんだけど……これは、まぁ後でだな、うん。とにかく僕は色々とやりたいことがあるんだ」
あれやこれやと夢を語る彼の姿は私の目が眩んでしまう程、輝いている。これから先、風間がどんな未来に突き進むのかを隣には居られないだろうからせめて遠くから見守らせてほしい。
「たくさんやりたことがあっていいね。叶えられるように応援するよ」
「せっかく生を受けたんだ。やりたいことをやらなくては後悔するだろう?」
「やりたいこと」その言葉がぐるぐると私の中を駆け巡る。やりたいこと、いいや、今の私にはやらなくてはいけないことがあるんだ。こんな奇跡はもう、巡ってはこないのだから。
私は改めて風間に向き直った。
「私から風間に言いたいことがあるんたけど」
「おや、奇遇だね。僕もあるんだ。でもここはレディファーストで君に先を譲るよ。ふふ……僕ってば優しいだろ。なんて言ったって僕は誰もが羨む完璧な紳士だからね。さぁ、お先にどうぞ」
口の中がカラカラに乾いて胸が張り裂けそうな程ドキドキしている。私は落ち着く為に目を閉じて深呼吸する。
そして、目を開けた。私の視線の先にはいつ何時も変わらない微笑を湛えている風間が、いる。
今度は風間から逸らさずに視線を定めて、口をひらいた。
「私、風間のことが好きだから」
穏やかな風に吹かれざわざわと木の葉の擦れる音に満ちていた公園が今では深閑となっている。
以前変わらずに激しく拍動している心臓の音だけを耳は拾っている。
私は息をするのも忘れて風間だけを見つめていた。
風間も私を見つめている。
今の私は風間にはどんな風に見えているのだろうか。
今の彼は私に対してどんなことを思っているのだろうか。
すっ、と息を吸う音がした。
風間の答えは――――
「あーっはっはっはははは!!!」
風間は大きく口を開いて盛大な声量で笑っている。深閑の公園に彼の笑い声が響き渡っていた。
笑い過ぎなのか顔は真っ赤に染まっていて、左胸辺りをぎゅっと鷲掴んでいる。
私の思いに対する返答がそれ、なのか。風間にとって私はその程度の存在なんだね。
そっか。
不思議と怒りは湧いてこなかった。その代わりに今までに味わったことのない悲しみが濁流のように押し寄せる。私は濁流にのまれたままぼんやりと立ち上がり、ふらふらとおぼつかない足取りで公園の出口へと向かう。
何も考えたくない。じくじくと胸がいたい。泣きたい。なきたい。なきたい。くるしい。すべて、わすれてしまいたい。
「――――!!」
風間の怒号が背中に突き刺さる。色々と何かを言っているみたいだけど私は耳を塞いで風間を遮断する。そして、一センチ、一ミリでもいいから遠く離れようと私は駆け出した。
「――――」
私の名を呼ぶ声がして、私は一瞬だけ立ち止まり、再び駆け出す。
腕を、掴まれた。私の腕を掴む手はわなわなと震えている。ゆっくりと頭を動かして振り返る。
汗で前髪がべったりと額に張り付き、肩で息をして憔悴した顔をしている。
「どこに行こうとしているんだ!」
「……風間には関係ないでしょ」
「関係なくはないだろ! 君は僕の好きな人なんだから」
「………………は?」
いま、風間はなんといった?
「君は僕の好きな人なんだから」彼はそう言った。「君」は私のこと。「僕」は風間望。つまり、彼の言葉の意味は――――
風間望は私のことが好き。
それを理解した瞬間、思考回路がボンッと盛大に爆発した。
私の頭は今日風間と出会ったとき、もしくはそれ以上に混乱して正常に作動が出来なくなっている。
「え、はっ……なに、いって」
じわじわと顔に熱が集まり、全身の毛穴がブワッと開いてそこから汗が噴き出てくる感覚がする。私の人生で最高潮のスピードで心臓が拍動している。
「そういえば説明していなかったね。スンバラリア星では笑うことが愛の告白になるんだよ。笑い声が大きければ大きいほど、愛の証明になるんだ。素敵な文化だろう?」
「た、確かに素敵な文化だけどさっ、ここは地球なんだから地球の方法で言ってくれないとわかんないよっ!!」
威嚇するように私は叫んだ。
すると、風間の手が私の腕から離れた。その手は腰に当てて片方の手は顔を覆っている。チラリと覗く頬が赤く染まっているのが見えた。
「………………わかったよ」
どっぷりと大きなため息をしてから風間は顔を覆っていた手を外した。
「地球に来て他の仲間がいなくて僕は孤独だった。でも、君がいてくれたから孤独ではなくなった。君がいてくれたから僕は一人じゃない。たとえ、君が無理矢理突き放そうとしても僕はどこまでも付いてくるよ。だから、その……僕は君のことが、好きなん……うわッ!?」
「あっはははっははは!!!」
私は風間に抱きついた。そして、あのときの風間よりも大きな声で笑ってやった。胸に顔を埋めるとドクドクと早い鼓動を感じる。
「き、急になにするんだ!」
鋭い声がしたと同時に私は風間の体から離れていた。恨めしそうに私のことを睨んでいて顔が茹でタコみたいに赤くて、ぷるぷると体を小刻みに震えている。
その姿があまりにも滑稽で情けない。だが、とても愛おしい。
「急に抱きついてごめんね」
私はニヤぁとムカつく顔を作り上げた。彼はうんざりだと言いたげに顔を歪ませフンッと鼻を鳴らした。どうやら許してくれたようだ。
「さっき、もう一つやりたいことがあるって言っただろ。その内容が豪華な結婚式を開く……なんだけどこれは君が協力してくれないと叶わないんだ」
「……いいよ。付き合ってあげる」
途端に風間は目をキラキラと輝かせ、テンションが上がり、勢いよく彼の方から私に抱きついてきた。
「新婚旅行はスンバラリア星でどうだい? 前、君にスンバラリア星の写真をあげただろう。あそこはスンバラリア星随一の観光スポットなんだ。景色がとても綺麗でね、きっとすぐに気にいるさ。その後は僕の家族に会ってもらうよ。あとは……」
想いが通じ合って間もないというのに彼は新婚旅行のプランを既に考えている。あまりにも気が早すぎるなと、内心苦笑した。でも、それでいいんだ。
この先の未来、どんなことがあっても風間から離れないように、離さないように私は彼の背中に手を回す。
「僕たちはずっと一緒だ」
「……うん」
私と風間望の未来はいま、始まったばかりだ。
終わり。