風間夢
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
月曜日の朝。私はいつもの時間に起きて、いつもの準備をして、いつもの時間に家を出る。いつもの時間に学校に着き、いつもの席に座った。
そして、ホームルームが始まる直前のいつもの時間になっても私の隣の席は……空いている。空いているのが当たり前だという顔をして隣の席は鎮座している。
あの机の中にはプリントとか教科書とかが乱雑に押し込められていて、机には先生の落書きやら変な呪文とかで汚れていたのに今ではすっかり綺麗になっている。
「そんなに寂しそうに机見てどうしたの?」
ぽんっと、軽く肩を叩かれた。後ろを振り向くとそこには同じクラスメイトの女子生徒がいた。
「あー……何というか。机見てたら風間が居なくなったことを改めて実感したというかなんというか……」
「風間? 誰それ」
彼女の発言を聞いて私は心臓が止まるかと思った。
「いや……あの風間望だよ? いつもふざけててなんだかよくわからないこと言ってさ。ほら、自分のことをカッコマンって言うし……」
いくら風間の説明をしても彼女は変わらずに不思議そうな顔をしている。私はそれを見て何を言っても無駄だと悟った。
「かざまのぞむ……? ウチのクラスにそんなヤツ居ないよ。どうしたの急に変なこと言って。もしかして体調悪い? だったら保健室に」
「私は大丈夫だから……ごめんね、変なこと言って心配かけて」
「そう? ならいいんだけど」
彼女は小首を傾げながら自分の席に戻ろうとしている。私はその背中に声をかけて、とあることを質問した。
「あのさ、私の隣の席って誰だっけ」
「そこは元々空席だよ」
彼女はその席を指して、ごく当たり前のことを当然のように答えるようにして告げる。
「うん、そうだよね……」
私は乾いた笑顔を浮かべて何度も頷いた。私の隣の席が空いていることを自分に刷り込むように、納得させるように。気が狂いそうになるけどそうするしか心の安寧を保つ方法はない。
どうやら風間は彼に関する記憶を全て抹消したようだ。私を除いて、だが。
こんなに苦しい思いをするならいっそ私の記憶も消してくれたらよかったのにアイツはそれをしなかった。やっぱりアイツは最低な奴だ。末代まで呪ってやる。地球でかけた呪いってスンバラリア星にも届くのかな。もし、届くのだとしたら、呪いをかけてやろう。スンバラリア星に届くくらいのとびっきりのやつを。
ようやく放課後になり、私は急いで席を立ち上がった。一刻でもこんなところから脱出したかったからだ。
一日が、とてもとても長く感じた。彼がいた頃は一日なんて一瞬の内に過ぎていったのに。あぁ、だめだ、そんなことを考えては。何か別のことを考えないと。色々と考え事を巡らせながら歩いていると、廊下にいた小柄な男子生徒とぶつかりそうになった。
「うわっ……す、すみません!」
「あっ……私の方こそごめんなさい」
ぺこぺことお互いに頭を下げあっていると眼鏡をかけている男子生徒が小柄な男子生徒に話しかけた。
「どうしたんだ」
「日野さん……実はこの方とぶつかってしまいまして」
「そうか。ウチの後輩がすまなかったな」
日野と呼ばれた眼鏡をかけている男子生徒は軽く頭を下げた。
「いえいえ……私の方こそろくに前を見ていなかったので寧ろ私の方が悪いくらいですから。本当にごめんなさい」
なんだか胸がいっぱいになって私は逃げるようにこの場から立ち去った。
今日は良くない一日だった。苦手な教科の抜き打ちのテストがあったし、何回も先生に当てられたし、お弁当のおかずは落ちたし、体育の授業でランニングしてたら転んでしまうし……とにかく早く家に帰りたい。
嫌な気分を紛らす為に自動販売機で飲み物を買おうと鞄の中に手を入れた途端、あるものを忘れたことに気がついた。明日英語の小テストがあるから家で勉強しようと思って教科書を鞄の中に入れたはずなのにそれがない。
やっぱり今日は良くない日だ。私はため息を吐いて再び自分の教室へと向かう。
教室に向かう道中、とある光景が目についた。それは、先程ぶつかってしまった小柄な男子生徒と眼鏡をかけた男子生徒が会話をしている場面だ。
よくよく見ると小柄な男子生徒は一年生のようだ。一年生の子が三年生のところまで来るなんて珍しい。なんの用だろう。私が思い付く限りだとやっぱり部活に関連するものだ。わざわざとここまで来るなんて真面目な子なんだろう。その子に向けてご苦労様です、と心の中で呟いて私は二人の横を通り過ぎた。
「進捗どうだ?」
「八割は出来ています。ただ……風間さんの話をどうしたらいいか悩んでいます」
「風間? 誰だソイツ」
眼鏡の男子生徒の発言を聞いて私は思わず足を止めてしまった。だって、その発言は今朝聞いたものと同じだったからだ。
この学校に「風間」の名を持つ人が何名いるか私は知らない。もしかしたら別の風間さんかもしれない。それでも足を止めて二人の会話を聞くことにした。
「日野さん知らないんですか。三年H組の風間望さんですよ」
「かざまのぞむ……やっぱり知らないな。別の奴と勘違いしているんじゃないのか、坂上」
「そんなはずは……」
「もしかして風間望のこと知ってる?」
二人の会話にいてもたっても居られずに私は割り込んでしまった。
「えぇ……そうですけど」
小柄な男子生徒は驚きと戸惑いが混じった顔で頷いた。
「そのことでちょっと聞きたいことがあるんだけど大丈夫かな」
「えぇ、大丈夫ですよ。すみません日野さんここで失礼します」
小柄な男子生徒は眼鏡をかけた男子生徒に一礼して、この場を立ち去る。私は彼を屋上まで連れて行った。
「もしかして貴方が坂上修一君かな」
「はいそうですけど……あの、どうして僕のことを」
「風間から聞いたんだ。貴方のこと」
私は彼がスンバラリア星に帰ったことを坂上君に話した。続けて何故か風間のことを誰も覚えていないことも話した。
「変ですね。何で僕と先輩以外だれも覚えていないんですかね」
「ほんと変だよね。わざわざとそんなことするなんてアイツらしいけど。坂上君にとっては嫌だろうけどアイツのこと覚えてあげて」
「……はい」
坂上君は思い当たる節があるのか眉を下げて苦笑した。
「そういえば風間って七不思議特集で話をしたんだよね。なんの話をしたのか教えてくれないかな」
「風間さんは……」
坂上君はあの日、風間がした話を教えてくれた。坂上君の話を聞いてやっぱりくだらない話をしていたことを知った。それから話の話題は風間の悪口に移り、大いに盛り上がった。
こんな話をしていたら地獄耳持ちの風間がすぐに飛んでくるような気がした。でも、来ない。そりゃあ来ないに決まっている。だって彼はスンバラリア星にいるのだから。
会話が落ち着き、ふぅと、息を吐く。すると、坂上君は私の顔を恐る恐る伺い口をモゴモゴと動かして気まずそうに言った。
「もしかして、先輩は風間さんのこと好きなんですか?」
「……ッ」
坂上君の言葉を耳にして私は息が詰まった。彼の言葉が胸の奥深くに突き刺さる。
「ご、ごめんなさい! 失礼なことを聞いてしまいまして」
坂上君は慌ただしく身振り手振りをして謝っている。私が「大丈夫だから」と言っても、どんよりした顔で項垂れている。
「……」
「……」
重い沈黙が場を支配する。さっきまではあんなに盛り上がっていたのがまるで嘘みたいだ。そんな重い沈黙を打破したのは私の一言だった。
「うん。そうだよ」
「……え?」
顔を上げた坂上君は呆然とした表情で私の顔を見つめている。どうやら私の言葉の意味を理解していないようだ。だから、私は、はっきりと彼に伝えた。
「私、風間のことが好きなんだ」
はっきりと口にした途端、胸の奥にあった重い錘がすとんと、落ちた。
私はようやく、今まで見て見ぬふりをしていた自分の気持ちをきちんと認めた。どんより立ち込める曇天が打って変わり、快晴になったかのようなそんな、晴れやかな気分だ。
「だと思いました。風間さんの話をしている先輩は、とても楽しそうですから」
「風間のこと、好きだったんだよ……」
涙が込み上げてきた。流石に後輩の前でみっともなく泣くわけにはいかない。唇を噛み締めて我慢する。
「我慢しないでください。今は、泣いた方がいいですよ」
坂上君のその一言で涙腺が決壊した。彼は穏やかな微笑みをしながら丁寧な手つきで私の背中を摩る。その優しさも相まって滂沱が止まらない。
地球でいくら好きだと言おうが叫ぼうが遠くとおく離れたスンバラリア星には届かない。空を仰いで今更、風間に想いを告げる私の姿は笑っちゃうくらい情けない。
昔からそうだ。小学生の頃に教室でひとりぼっちだったあの子に「友達になろう」と言いたいことも言えなかったあの時と何にも変わっていない。
もしも、あの子に「友達になろう」と言えたら、私はあの子と親友になれたのかな。
もしも、風間に「好き」と言えたら、私は風間と恋人になれたのかな。
ほんの少しの勇気さえあれば、私の人生は変わっていただろうに。本当に、情けない。
私はこれからの先の人生、この後悔を抱えて生きていくんだろうな。
とある日の放課後、私はとある部屋の前に立っていた。顔を上げてネームプレートを見ると「新聞部」と書かれている。この部屋で間違いないようだ。
前にここに来た時は訪れることはないだろうと思っていたけどまさかこんなに早くその機会がくるとは。
ドアを数回ノックすると中から返事の声がして、まもなくドアが開かれた。ドアの向こうにいたのは坂上修一君だった。私は彼に笑いかけて挨拶を告げた。
「こんにちは、坂上君」
「どうもこんにちは、先輩」
坂上君も私に倣って笑顔を浮かべた。
「はい、これが例の物です」
そして、彼は手に持っていた一枚の紙を私に手渡した。
「わざわざとありがとう。今更言うのはあれだけど、こんな面倒なことしなくてもよかったんだよ」
「いえいえ。これは僕がやりたかったことですから。それに、僕だってあの人のことを忘れたくなかったので、形跡をこのような形で残すことにしました」
坂上君は七不思議の会で風間がした話をまとめた記事を懐かしい眼差しを向けている。
「……そっか。じゃあ記事の感想はまた後で伝えるね」
「拙い記事ですがよろしくお願いします」
坂上君はぺこりと一礼して、下駄箱まで見送ってくれてそれから別れた。
家に帰り、制服を着替えずに私は坂上君から渡された例の物を取り出して読み進めていく。坂上君本人は拙い記事だと言っていたけど、そんなことはない。コミカルな文体と風間の話が上手く融合して面白い記事に仕上がっている。風間のあの話をこんな風に仕上げるなんてすごいな坂上君。次会うときはめちゃくちゃ褒めて何かお菓子でもあげようかな。
記事から目を離して自分の机に目を向ける。
一緒に鑑賞した映画のチケット。フレームに入れたスンバラリア星の写真。手作りの幸運の人形。燃え尽きた線香花火。そんな物たちが机の上に並んでいる。
私はそれらに向かって微笑み、いつでも取り出せる場所にクリアファイルに入れた坂上君の記事をしまった。
たとえ本人が消えても、その形跡はいつまでも残り続ける。風間がいなくなっても、風間との思い出はいつまでも残り続ける。
彼との思い出を決して色褪せたりさせない。風間と会わなくても平気だと笑い飛ばせるくらいに。
それでも、私は彼に会いたいと望んでしまう、でも。
風間望とは奇跡でも起きない限り一生会えないのだから。
そして、ホームルームが始まる直前のいつもの時間になっても私の隣の席は……空いている。空いているのが当たり前だという顔をして隣の席は鎮座している。
あの机の中にはプリントとか教科書とかが乱雑に押し込められていて、机には先生の落書きやら変な呪文とかで汚れていたのに今ではすっかり綺麗になっている。
「そんなに寂しそうに机見てどうしたの?」
ぽんっと、軽く肩を叩かれた。後ろを振り向くとそこには同じクラスメイトの女子生徒がいた。
「あー……何というか。机見てたら風間が居なくなったことを改めて実感したというかなんというか……」
「風間? 誰それ」
彼女の発言を聞いて私は心臓が止まるかと思った。
「いや……あの風間望だよ? いつもふざけててなんだかよくわからないこと言ってさ。ほら、自分のことをカッコマンって言うし……」
いくら風間の説明をしても彼女は変わらずに不思議そうな顔をしている。私はそれを見て何を言っても無駄だと悟った。
「かざまのぞむ……? ウチのクラスにそんなヤツ居ないよ。どうしたの急に変なこと言って。もしかして体調悪い? だったら保健室に」
「私は大丈夫だから……ごめんね、変なこと言って心配かけて」
「そう? ならいいんだけど」
彼女は小首を傾げながら自分の席に戻ろうとしている。私はその背中に声をかけて、とあることを質問した。
「あのさ、私の隣の席って誰だっけ」
「そこは元々空席だよ」
彼女はその席を指して、ごく当たり前のことを当然のように答えるようにして告げる。
「うん、そうだよね……」
私は乾いた笑顔を浮かべて何度も頷いた。私の隣の席が空いていることを自分に刷り込むように、納得させるように。気が狂いそうになるけどそうするしか心の安寧を保つ方法はない。
どうやら風間は彼に関する記憶を全て抹消したようだ。私を除いて、だが。
こんなに苦しい思いをするならいっそ私の記憶も消してくれたらよかったのにアイツはそれをしなかった。やっぱりアイツは最低な奴だ。末代まで呪ってやる。地球でかけた呪いってスンバラリア星にも届くのかな。もし、届くのだとしたら、呪いをかけてやろう。スンバラリア星に届くくらいのとびっきりのやつを。
ようやく放課後になり、私は急いで席を立ち上がった。一刻でもこんなところから脱出したかったからだ。
一日が、とてもとても長く感じた。彼がいた頃は一日なんて一瞬の内に過ぎていったのに。あぁ、だめだ、そんなことを考えては。何か別のことを考えないと。色々と考え事を巡らせながら歩いていると、廊下にいた小柄な男子生徒とぶつかりそうになった。
「うわっ……す、すみません!」
「あっ……私の方こそごめんなさい」
ぺこぺことお互いに頭を下げあっていると眼鏡をかけている男子生徒が小柄な男子生徒に話しかけた。
「どうしたんだ」
「日野さん……実はこの方とぶつかってしまいまして」
「そうか。ウチの後輩がすまなかったな」
日野と呼ばれた眼鏡をかけている男子生徒は軽く頭を下げた。
「いえいえ……私の方こそろくに前を見ていなかったので寧ろ私の方が悪いくらいですから。本当にごめんなさい」
なんだか胸がいっぱいになって私は逃げるようにこの場から立ち去った。
今日は良くない一日だった。苦手な教科の抜き打ちのテストがあったし、何回も先生に当てられたし、お弁当のおかずは落ちたし、体育の授業でランニングしてたら転んでしまうし……とにかく早く家に帰りたい。
嫌な気分を紛らす為に自動販売機で飲み物を買おうと鞄の中に手を入れた途端、あるものを忘れたことに気がついた。明日英語の小テストがあるから家で勉強しようと思って教科書を鞄の中に入れたはずなのにそれがない。
やっぱり今日は良くない日だ。私はため息を吐いて再び自分の教室へと向かう。
教室に向かう道中、とある光景が目についた。それは、先程ぶつかってしまった小柄な男子生徒と眼鏡をかけた男子生徒が会話をしている場面だ。
よくよく見ると小柄な男子生徒は一年生のようだ。一年生の子が三年生のところまで来るなんて珍しい。なんの用だろう。私が思い付く限りだとやっぱり部活に関連するものだ。わざわざとここまで来るなんて真面目な子なんだろう。その子に向けてご苦労様です、と心の中で呟いて私は二人の横を通り過ぎた。
「進捗どうだ?」
「八割は出来ています。ただ……風間さんの話をどうしたらいいか悩んでいます」
「風間? 誰だソイツ」
眼鏡の男子生徒の発言を聞いて私は思わず足を止めてしまった。だって、その発言は今朝聞いたものと同じだったからだ。
この学校に「風間」の名を持つ人が何名いるか私は知らない。もしかしたら別の風間さんかもしれない。それでも足を止めて二人の会話を聞くことにした。
「日野さん知らないんですか。三年H組の風間望さんですよ」
「かざまのぞむ……やっぱり知らないな。別の奴と勘違いしているんじゃないのか、坂上」
「そんなはずは……」
「もしかして風間望のこと知ってる?」
二人の会話にいてもたっても居られずに私は割り込んでしまった。
「えぇ……そうですけど」
小柄な男子生徒は驚きと戸惑いが混じった顔で頷いた。
「そのことでちょっと聞きたいことがあるんだけど大丈夫かな」
「えぇ、大丈夫ですよ。すみません日野さんここで失礼します」
小柄な男子生徒は眼鏡をかけた男子生徒に一礼して、この場を立ち去る。私は彼を屋上まで連れて行った。
「もしかして貴方が坂上修一君かな」
「はいそうですけど……あの、どうして僕のことを」
「風間から聞いたんだ。貴方のこと」
私は彼がスンバラリア星に帰ったことを坂上君に話した。続けて何故か風間のことを誰も覚えていないことも話した。
「変ですね。何で僕と先輩以外だれも覚えていないんですかね」
「ほんと変だよね。わざわざとそんなことするなんてアイツらしいけど。坂上君にとっては嫌だろうけどアイツのこと覚えてあげて」
「……はい」
坂上君は思い当たる節があるのか眉を下げて苦笑した。
「そういえば風間って七不思議特集で話をしたんだよね。なんの話をしたのか教えてくれないかな」
「風間さんは……」
坂上君はあの日、風間がした話を教えてくれた。坂上君の話を聞いてやっぱりくだらない話をしていたことを知った。それから話の話題は風間の悪口に移り、大いに盛り上がった。
こんな話をしていたら地獄耳持ちの風間がすぐに飛んでくるような気がした。でも、来ない。そりゃあ来ないに決まっている。だって彼はスンバラリア星にいるのだから。
会話が落ち着き、ふぅと、息を吐く。すると、坂上君は私の顔を恐る恐る伺い口をモゴモゴと動かして気まずそうに言った。
「もしかして、先輩は風間さんのこと好きなんですか?」
「……ッ」
坂上君の言葉を耳にして私は息が詰まった。彼の言葉が胸の奥深くに突き刺さる。
「ご、ごめんなさい! 失礼なことを聞いてしまいまして」
坂上君は慌ただしく身振り手振りをして謝っている。私が「大丈夫だから」と言っても、どんよりした顔で項垂れている。
「……」
「……」
重い沈黙が場を支配する。さっきまではあんなに盛り上がっていたのがまるで嘘みたいだ。そんな重い沈黙を打破したのは私の一言だった。
「うん。そうだよ」
「……え?」
顔を上げた坂上君は呆然とした表情で私の顔を見つめている。どうやら私の言葉の意味を理解していないようだ。だから、私は、はっきりと彼に伝えた。
「私、風間のことが好きなんだ」
はっきりと口にした途端、胸の奥にあった重い錘がすとんと、落ちた。
私はようやく、今まで見て見ぬふりをしていた自分の気持ちをきちんと認めた。どんより立ち込める曇天が打って変わり、快晴になったかのようなそんな、晴れやかな気分だ。
「だと思いました。風間さんの話をしている先輩は、とても楽しそうですから」
「風間のこと、好きだったんだよ……」
涙が込み上げてきた。流石に後輩の前でみっともなく泣くわけにはいかない。唇を噛み締めて我慢する。
「我慢しないでください。今は、泣いた方がいいですよ」
坂上君のその一言で涙腺が決壊した。彼は穏やかな微笑みをしながら丁寧な手つきで私の背中を摩る。その優しさも相まって滂沱が止まらない。
地球でいくら好きだと言おうが叫ぼうが遠くとおく離れたスンバラリア星には届かない。空を仰いで今更、風間に想いを告げる私の姿は笑っちゃうくらい情けない。
昔からそうだ。小学生の頃に教室でひとりぼっちだったあの子に「友達になろう」と言いたいことも言えなかったあの時と何にも変わっていない。
もしも、あの子に「友達になろう」と言えたら、私はあの子と親友になれたのかな。
もしも、風間に「好き」と言えたら、私は風間と恋人になれたのかな。
ほんの少しの勇気さえあれば、私の人生は変わっていただろうに。本当に、情けない。
私はこれからの先の人生、この後悔を抱えて生きていくんだろうな。
とある日の放課後、私はとある部屋の前に立っていた。顔を上げてネームプレートを見ると「新聞部」と書かれている。この部屋で間違いないようだ。
前にここに来た時は訪れることはないだろうと思っていたけどまさかこんなに早くその機会がくるとは。
ドアを数回ノックすると中から返事の声がして、まもなくドアが開かれた。ドアの向こうにいたのは坂上修一君だった。私は彼に笑いかけて挨拶を告げた。
「こんにちは、坂上君」
「どうもこんにちは、先輩」
坂上君も私に倣って笑顔を浮かべた。
「はい、これが例の物です」
そして、彼は手に持っていた一枚の紙を私に手渡した。
「わざわざとありがとう。今更言うのはあれだけど、こんな面倒なことしなくてもよかったんだよ」
「いえいえ。これは僕がやりたかったことですから。それに、僕だってあの人のことを忘れたくなかったので、形跡をこのような形で残すことにしました」
坂上君は七不思議の会で風間がした話をまとめた記事を懐かしい眼差しを向けている。
「……そっか。じゃあ記事の感想はまた後で伝えるね」
「拙い記事ですがよろしくお願いします」
坂上君はぺこりと一礼して、下駄箱まで見送ってくれてそれから別れた。
家に帰り、制服を着替えずに私は坂上君から渡された例の物を取り出して読み進めていく。坂上君本人は拙い記事だと言っていたけど、そんなことはない。コミカルな文体と風間の話が上手く融合して面白い記事に仕上がっている。風間のあの話をこんな風に仕上げるなんてすごいな坂上君。次会うときはめちゃくちゃ褒めて何かお菓子でもあげようかな。
記事から目を離して自分の机に目を向ける。
一緒に鑑賞した映画のチケット。フレームに入れたスンバラリア星の写真。手作りの幸運の人形。燃え尽きた線香花火。そんな物たちが机の上に並んでいる。
私はそれらに向かって微笑み、いつでも取り出せる場所にクリアファイルに入れた坂上君の記事をしまった。
たとえ本人が消えても、その形跡はいつまでも残り続ける。風間がいなくなっても、風間との思い出はいつまでも残り続ける。
彼との思い出を決して色褪せたりさせない。風間と会わなくても平気だと笑い飛ばせるくらいに。
それでも、私は彼に会いたいと望んでしまう、でも。
風間望とは奇跡でも起きない限り一生会えないのだから。