ハピバレ2026

あー、今日ってバレンタインなんだ。

いつも通りの朝、変わらない日常の風景、いつも通り寝坊助なパートナー。そんな中でいつも通りテレビを付けてニュースを聞いていたら、バレンタイン特集なんてものをやっていた。先程の呟きが私の口をついて出てきたのもそのせいだ。画面の中には色とりどりの美しい装飾を施されたチョコレートが、煌びやかな箱の中に所狭しと並んで紹介されている。それはまるでチョコレートと呼ぶよりは、宝石と呼んだ方が相応しいような輝きを称えて私の目に映っていた。

「バレンタインねぇ……」

前日までそんなこと全く意識せず過ごしていた筈なのに、当日になってから何かの弾みでパッと思い出してしまうのは一体何故なのか。元々バレンタインは他国の文化なので、別に意識せずいつも通り普通に過ごしたとしても罰は当たらない筈なのだが、生憎仲睦まじい(当社比)厄介なパートナーが毎年この日を楽しみにしてくれているので、こちらとしてもその純粋な気持ちを無下には出来ない。
去年は確か、寒がりなホウオウの為にホットチョコレートを鍋で1から作ってやったんだったか。今思い出してみると中々に手間を掛けてやっているなと思う。一昨年なんてコンビニで買った個包装のチョコレート1個だったし。これもこれで些か杜撰すぎる気もするが。さて、今年は一体何にしようか。

なんて事をテレビを見ながら呆然と考えていたら、背後にある寝室のドアがゆっくり開いた。開けた本人は眠そうな顔をしながら寝癖のついた髪を手櫛で整えている。手櫛程度で整うその髪質が、今はただただ恨めしい。

「あ〜よく寝た。おはよう」

「…おはよ、ホウオウ」

…どうしてこの男はこういう日に限って起きてくるのがいつもより早いのだろう。寝てる間に急いで買ってこようと思っていたのに、完全に予定が狂ってしまった。それに、これでは私が当日まで何も用意していなかった酷い女の様ではないか。まあ、それも概ね事実ではあるが、いつもいつも私はこの男の我儘に振り回されて生きているのだから、用意してなかったと素直に伝えるのも何だか癪だ。今から買ってくるという意思自体は確かにあったんだし。…さて、一体これはどう伝えるべきか。

「なあなあ、今日は2月14日だぜ」

「そうだね。土曜日だからゆっくり過ごせるね」

「2月14日といえばバレンタインだよな」

「そんなイベントもあったね」

「…………」

バレンタインという単語になるべく反応しないよう、ホウオウからのアプローチをはぐらかし続けること数ターン。明らかにホウオウの機嫌が急降下している。寝起き特有の伏せられた瞳からは分かりやすくハイライトが消え、整えられた眉が分かりやすく下がってしまっている。伝説として語り継がれている存在である筈のホウオウも、こんな様子では威厳の欠片も見当たらない。流石にこのままではホウオウを崇拝し憧れを持ってくれているジョウトの人々が浮かばれないので、私は仕方無しにこう伝えてやった。

「…バレンタインだからさ、今日は一日中デートしよう。それでさ、二人で美味しいスイーツのお店沢山回ろうよ」

「!」

そう伝えた途端、分かりやすく煌めいたホウオウの瞳。表情は喜色満面といった様子で眩しい笑みが浮かび上がり、心做しか生えていない筈の尻尾がブンブンと振られている幻覚まで見えてきたような気がする。こんなに嬉しそうなホウオウを見たのはいつぶりだろうか。いつも大体私が何か声をかけてやるだけでも大袈裟に顔を綻ばせる様な男だが、今回のホウオウはそれに拍車がかかっている。ジョウト地方には元々、バレンタインなんてイベントは無かった筈だ。そんな土地で長年生きてきた癖に、この男はバレンタインという行事が大層お気に入りらしい。それに付き合わされる私の身にもなってくれ。

「駅前に新しいカフェが出来たらしいから、まずはそこに行こうぜ!あー良かった、俺今年は何も甘い物食わせて貰えないのかと思った」

「何言ってるのよあはは…そんな訳ないじゃない」

もうこんな風に誤魔化すのは御免だと身に染みた私は、来年からは何かしらスイーツを用意しておくべきだな…と、遠い目で明後日の方向を見つめながら思うのであった。