弔辞

絵画その後

「アンタ達って本当に馬鹿。大馬鹿よね、本当に」

どうしてこんな結末を迎えねばならなかったの?と、感情の神は湖のほとりで緩慢な動作で膝を付き、だらりと力無く下を向いた。つい先程までここに居た筈の2人の男女はもうとっくに湖の底に沈んで行ってしまった。その事実がどうしても理解出来なくて、理解したくなくて、エムリットは只々「馬鹿、馬鹿!」と繰り返し湖に向かって一人叫び続けていた。

寿命という概念を持たない存在として幾多の別れを体験して来た身であれど、エムリットは未だ決して身近な存在の死に慣れる事は無い。それは、先程湖に沈んで行ってしまった同胞にも言えることだった。共にこの世界に心を授けた同胞は、たった一人の最愛の女の為に己の命を捧げ、この世界に背を向けた。神としての矜持も役目もかなぐり捨てて、その代わりにたった一つの愛を手に入れたのだ。万物に平等な愛を注がなければならない立場である神として、この行為が御法度である事を、果たして彼は分かっているのだろうか。

「...アンタ知識の神なんだから、もうちょっと賢い選択をしたらどうなのよ!そんなんじゃ、地獄であの子にも捨てられちゃうわよ!」

自ら命を絶った者は決して天国には行けないのだと、どこかで聞いた覚えがあった。ならば自分は、そんな彼らの受ける地獄での罰がなるべく軽くなる様に、ここに花と弔辞を添えてやろう。それと、ほんの少しの餞別も。せいぜい三途の川を渡る時の代金にでも使ってくれればいい。それだけでも充分供えた価値があるというものだ。

「アタシどこで間違えた?ずっとあの子の事、近くで見守ってたのに...ユンちゃんに近づきすぎたら駄目だって、何回も忠告したのに!」

拭っても拭っても止まる事を知らない涙は、エイチ湖の水面に小さな波紋を幾つも作り、やがて吸い込まれて湖の一部になっていくだけだ。服の袖は涙やら鼻水やらでびっしょりと濡れてしまっていて、その感触がどうにも気持ち悪かったが、もう泣きすぎたやら叫びすぎたやらで、エムリットにはもう袖を捲る気力すら残されていなかった。

その後、神の居なくなったエイチ湖には、定期的に花と小銭が供えられる様になったんだとか。