Happy Valentine!2025

冬特有の低い湿度によってすっかりパサついて傷んでしまった髪にウンザリしつつ数回手櫛を通しながらスーパーの袋片手に部屋へと入ると、そこには布団にくるまって死にそうな顔をした男がバイブレーションの如く震えながら出迎えてくれた。その伝説の威厳のないみっともない風貌を見て思わず笑いを飛ばせば、「笑うな!」とか細く弱々しい怒号が私へと返された。しかしその全く迫力のない怒号ですらみっともなさに拍車を掛けている事に彼は気付いていない様子だ。

「そんなに寒いの?」

「寒いなんてものじゃねえ!極寒だ極寒」

「暖房も防寒具もカイロもフル装備してる癖に何が極寒なの」

「今ホットチョコレート作ってあげるから、取り敢えず落ち着きなさい」と言って、ホウオウが握りしめて離さない毛布を勢いよくひっぺがせば、伝説のそれとは思えない程みっともない声が目の前にいる男から発された。その声にまた笑いそうになるのを何とか堪えながら、袋からチョコレートを取り出して細かく刻み、泡立て器で混ぜて沸騰させた牛乳を入れた鍋にそれを少しずつ投入する。普段は電子レンジを使って効率良く作る派だが、今日はまあ特別な日なのでこのくらいの手間はかけても良いだろう。

そうして鍋の中をじっくりとよく混ぜれば、美味しいホットチョコレートの完成である。カカオの深い香りが部屋中に広がってゆくのが分かり、寒い中凍えながら帰ってきた事もあってかその匂いに少しだけ安心感と幸せを覚える。そしてその芳香に目ざとく気付いたのか、わたしの視界の端でホウオウが目を輝かせたのが見えた。全く現金な男だ。

「…寒い中お留守番ご苦労、はいご褒美」

「全くだぜ。あー寒くて死ぬかと思った」

「伝説のポケモンは死なないんじゃないの」

「さあな、生き物である以上どんな存在であれいつかは死ぬんじゃねえの。まあ俺はもう年齢数えるのすら辞めたけど」

先程まで潰れそうなくらいの馬鹿力でカイロを握りしめていたその両手で、今度は火傷しそうなくらい熱々のホットチョコレートが入ったマグカップを大切そうに持っているホウオウ。「火傷に気をつけて」と伝えてやれば、「心配すんなって、俺ほのおタイプだし」と、何とも呑気な馬鹿げた答えが返ってきた。普段は意地っ張りで我儘ばかりの癖に、こういう時だけ何故妙に大人しいのか。

「去年さ、お前こう言ってただろ」

「え?」

「良い子にしてたらさ、もっと良い物くれるって。去年のバレンタインにお前言ってただろ」

そう言えばこいつにそんな事言った様な気がする。もしかしてこいつ、そんな根拠もクソもない言葉をこの1年間ずっと覚えていたのか。と驚いてホウオウの無駄に整った顔を凝視すれば、人間離れした赤い瞳と目が合った。

「...良い子だったかは怪しいけどね」

「そうか?でも去年は100円にも満たない値段の安物菓子で、今年は手間暇かけた手作りホットチョコレート。明らかにランク上がってねえか?ん?」

「別に鍋でかき混ぜれば誰でも作れる物じゃない。...でも貴方がもう少し良い子にしてれば、デパートに売ってる様な高級ショコラ買って来たかもね。もう少し良い子にしてれば」

例えばクリスマスに糖質制限中の女の前でケーキむさぼり食ったり、馬鹿でかいクリスマスツリー欲しさに良い大人の見た目した伝説のポケモンがデパートで本気で駄々捏ねたり。それさえ無ければもっと良かったのにね。とわざとらしくホウオウを睨めば、「でもお前俺の事好きだろ?」と綺麗な顔で綺麗なカウンターを返された。その事実が何とも悔しくて、無意識に目線が泳ぐ。

「相変わらず素直じゃねえなあ」

「うるせえこの馬鹿鳥。そのホットチョコレート有難く飲んでよね」

「りょーかい」