ノンフィクション

ケモヒト番外
レッドが普通に喋る


シロガネ山。一年中雪が降り続けているせいか、その山は辺り一面が色彩を欠いた銀世界と化している。此処に来るのは数年ぶりだが、まさに白銀という名に相応しい山だなと改めて思った。

「寒いねえ」と零した私の言葉に返事をする様にリザードンが鳴く。私は娘のようにポケモンの言葉が分かる訳では無いが、種族は違えど何となく言いたい事くらいは分かる。トレーナーの勘というやつだ。

少しでも素肌を晒せば一瞬でそこが凍りついてしまうであろうこの極寒の地に好き好んで近付く様な大馬鹿者なんて、きっとわたしと彼くらいだ。と、リザードンの温かい背に跨りながら、私は久方ぶりに顔を合わせる幼馴染に思いを馳せた。



彼にチャンピオンの座を先に奪われてしまった事がどうにも悔しくて、血反吐をぶちまける様な思い(否、無理が祟って本当にぶちまけた事もあったか)で必死に彼の強さに追いついてみせようと足掻き藻掻いた私の少女時代。それは懐かしくもあり、少し泥臭くもある――私の青春だ。

そんな私のがむしゃらな努力がようやく実を結び、やっとの思いで彼からその座を奪って見せる事が叶った頃にはもう、彼はチャンピオンという肩書きに興味を無くし、今度は強さに執着するよになってしまっていた。それこそ、他人との交流を断ち切ってしまうほどに。

曰く、私がチャンピオンの座を奪っても奪いに来なくても、どちらにせよシロガネ山で修行する為、近い内にチャンピオンを辞退して私に譲る予定だったんだとか。それを聞いた時、私の今までの努力は一体何だったんだと思わず激昂して彼の頬をぶん殴ってしまった事は今でも私の黒歴史だ。彼が忘れてくれている事を切に願う。


そんな苦い思い出を振り返っていたら、リザードンが着いたぞと言わんばかりに大きく吼え、私を背中から下ろしてくれた。そんな彼にありがとうと声を掛けてやると、リザードンは満足そうな顔でボールの中に戻っていく。

「レッド!」

「.....」

この寒い中上着も着ず一人無表情で目の前に佇んでいる幼馴染の名を呼ぶ。一緒に旅をしていたあの頃の面影を残しながらも、当時より大分大人びたその顔に付いた二つの瞳が、私の姿を捉えた途端少しだけ見開かれた。...よく目を凝らしていないと分からない程の、本当にほんの少し程度だったが。そして久々に顔を合わせる幼馴染に対し「久しぶり」の一言も無いとは何事か。まあ彼らしいと言えば彼らしいが。


「久しぶり。レッド」

「......久しぶり」

仏頂面なその顔は全く緩まない。何なんだこいつ相変わらずの礼儀知らずだな。と思ったが口には出さない。レッドはこれがデフォルトの状態だということを私はよく知っている。

「修行はどう?」

「......変わらない。相棒と一緒に勝つ...それだけ」

淡々とそう話し終え、お前はどうなんだと言いたげな目線をこちらに向けてきたレッド。その目線は冷たくもどこか温かい。レッドが気心知れた相手にだけ向ける目だ。
彼と会っていなかった間に、こちらも色々なことがあった。「驚かないでね」とワンクッションを挟めば、「...早く話してよ」と怒られてしまった。相変わらずせっかちだなお前と思ったが口には出さない以下略。

伝説のポケモンと結婚しました。育児の為に幼い頃からの夢だったチャンピオンを辞めました。そして子供を産んだら夫が出て行きました。その後何やかんやでチャンピオンになった子供がもう一度旅して夫を連れて帰ってきました。...こんな話一体誰が信じてくれるだろう。現実味が無いにも程があるわ今日はエイプリルフールか。

案の定話し終えた後にレッドを見てみると、表情こそさっきまでの仏頂面のままだったが、その瞳は信じられないといった様子で私の事を凝視している。うん分かるよ信じられないよね。まず何でお前ポケモンと結婚してんだよシンオウ神話実現させてんじゃねえよとか思ってそうだな。

でも彼が極端に無口で無表情なのと同じ様に、私は極端に型破りで非現実的な人生を歩むしかない女なのだからこればかりは仕方がない。運命は変えられないって言うしね。許してくれとまでは言わないが受け入れてくれ。

「...ホントなの?」

「この話はノンフィクションです」

「.........」

私を凝視したままとうとう黙り込んでしまったレッド。流石に情報量が多すぎて脳みそで処理しきれなくなってしまったのだろうか。と心配していると、レッドがおもむろに一言。

「.......君育児とかできたんだ...」

「ちょっとそれどういう意味」

「............だって君すぐ手出すし」

頬を抑えながら遠い目であさっての方向を見つめ始めるレッド。いやお前まだそれ覚えてたんかいとかもっと他に突っ込むところあるだろとか色々と言いたい事はあれど、こいつもこいつで常識から逸脱している側面があるので何を言っても無駄であった。



この後めちゃくちゃバトルして帰った