ケモヒト番外

「どうして私にはお父さんが居ないの?」

幼い頃、何度も何度も母にぶつけたその疑問。まだ家庭の事情や父の種族について何も知らなかったからといって、母に対してとても残酷な行いをしていたものだなあと密かに反省する。

今こうして成長したからこそ言える事だが、子供の持つ純粋無垢さの裏に潜んでいる残酷さというものは本当に恐ろしいものだ。あんな質問をぶつけておいて、あの時母にぶん殴られなかっただけでも幸運だろう。...否、普段周りの人間から''穏やかな人''と形容されている母が私に対して手を上げるなんて事は天地がひっくり返ったとしても有り得ないだろうが。

「こら、いつまで携帯弄ってるの?もう寝る時間でしょ?」

私の部屋の扉からひょこっと顔だけを覗かせて、いつもの様なのほほんとした雰囲気を引っ込めて厳しくそう注意する母。だがよくよく観察してみると、口調こそ厳しい物言いではあるが、目は半開きで口からは今にも大きな欠伸が零れそうで、見るからに眠そうな様子が伝わってくる。この人、一応立派な大人である癖にどれだけ寝ても寝足りないという厄介な性質を持っているのだ。こんなのでよくもまあ父が不在の間、1人で私を育て上げられたものだなあと常々思う。

「はーい。もう寝るねお母さん」

「はいはい、おやすみなさい」

にっこりといつもの柔和な微笑みを携えて、母は目を擦りながら静かに階段を降りて行った。多分この後、ベランダで煙草を吸っている父を迎えに行って一緒に眠るのだろう。いつも寝室の広いベッドで1人寂しく眠る母を見てきたものだから、こうしてまた家族3人で過ごすことが出来て本当に良かったなあと思う。こうして母が父と共に幸せそうに暮らしてくれていれば、過去に母に対して残酷な質問をぶつけた幼い私も、少しは報われるというものだ。

携帯の電源をプツリと消して布団の中に潜り込めば、すぐに重くなっていた瞼が閉じられて視界が真っ暗になった。明日はお母さんとお父さん、私より早く起きてくれているといいな...と密かに願いながら、私は夢の世界へと身を投じるのであった。



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完結済み長編の番外編書くのってやっぱり楽しい。それはそうとこの家族が幸せそうで管理人もほっこりです