ナマエが不安な気持ちを抱えながら帰宅し、恐る恐るリビングの扉を開けてみた途端、ソファーに座りながらエネコを膝に乗せ、のんびりとドラマを見ていた母親が心配そうな顔をして真っ先にナマエの元へと駆け寄ってきた。そんな母親の様子を見て、急に家を飛び出した挙句朝帰りまでしてしまった為、物凄い勢いで母親に怒られてしまうのでは、と思っていたナマエは一気に拍子抜けしてしまった。

「ナマエ…！昨日家を飛び出して行ったっきり帰って来なかったからずっと心配してたのよ…？貴女ずっと何処で一晩過ごしてたの？まさか外で浮浪者みたいに過ごしてたんじゃないでしょうね？ちゃんと屋根のある所で寝たのよね？もう本当にお母さん貴女の事が心配で心配で…」

「…心配かけてごめんなさい、お母さん。夜は近くに住む友達の家に泊めてもらったのよ。お母さんが心配するような事は何も無かったから大丈夫よ」

母親を安心させるべく、にこやかな微笑みを顔に貼り付けてサラりとそう述べてみせたナマエの嘘に、母親は気が付く様子も見せず「そう、ならお母さん安心だわ」と、ナマエの嘘をあっさり信じて安堵の表情を見せてにこやかに笑い、ナマエの頭をゆるりと撫でた。少し前に成人を迎え、昔の無邪気な姿の面影はすっかり消え去り、淑やかな妙齢の女性へと立派な成長を遂げたナマエにとって、親に頭を撫でられるという行為は恥ずかしくみっともない事であったが、母親が楽しそうなのでまあ良いか…と心の中でふう、と溜息をついてじっと耐える事にした。

「…そう言えば、お父さん達は？」

「あぁ、2人はもうとっくに仕事で家を出たわよ。…あのねナマエ、お父さん、仕事に行くギリギリの時間まで貴女の事心配してずっと待ってたのよ。お父さんが帰ってきたら、一言謝っておきなさいね」

「…うん」

「さ、ちょっと遅いけど朝ご飯にしましょうか。お母さんナマエの事が心配で朝ご飯も夜ご飯もロクに喉を通らなかったから、もうお腹ペコペコよ。貴女もどうせ朝ご飯食べずに帰ってきたのでしょう、今用意するからエネちゃんと一緒にテレビでも見て待ってなさいね」

「うん。ありがとう、お母さん」

知っての通りナマエは既に友達の家（・・・・）にて熟れた美味しい木の実を沢山食べてから帰ってきたので、お腹が満たされているどころか、胃の中にこれ以上食べ物が入らない状態であったが、大切な存在である母親からの提案を否定する事はナマエにとって考えられない事である為、結局母親の口車に乗せられるままナマエはソファーに座らされ、既にだいぶキャパオーバーしかけている胃の中に、追い打ちと言わんばかりに母親からの沢山の愛情を無理矢理詰め込む事になるのだった。因みにエネコはナマエが隣に座った途端一目散に隣の部屋へと逃げた。