ナマエがエイチ湖を後にしたのを見届けたエムリットとアグノムは、その傍らでいそいそとガーゼやら軟膏やらを片付けているユクシーに対して「あの子は一体どういう子なの！？」だの「君があんなに他人に優しくするなんて珍しいけど、一晩で何があったんだい」だの、まるで芸能人のゴシップを取り上げるパパラッチかの様に口煩く質問を浴びせ始めた。

前も述べた様に、自分の行動を誰かに咎められる事をとにかく嫌うユクシーからしてみれば、幾ら2人が自分の兄弟であると言えど、自分自身についてこの様に質問攻めされる事は煩わしい事この上無かった。だが、だからと言って知識の神であるユクシーの豊富な語彙と回転の早い頭を持ってしても尚、無駄に付き合いだけは長い彼らを満足させられるであろう適当な答えが思い付かなかった為、ユクシーは溜息をついて2人にナマエについて仕方無く打ち明けてやった。

「...へえ、それで甲斐甲斐しく一晩あの子に世話を焼いてあげていたと」

「でも家族にまで自分を偽って生きるなんて、どう考えても異常じゃない！ねえユンちゃん、もうちょっと彼女について何か聞いてないの？」

「......」

「ちょっとアタシ達の話聞いてないでしょユンちゃん！」

エムリットから耳にキンキンと響く怒りを孕んだ声を浴びせられても尚、ユクシーはナマエについて話したその直後、まるでエムリットらの事など忘れてしまったかの様に黙り込んでしまった。指で頬をツンツンとつついても肩を揺さぶっても、ユクシーが何よりも大切にしているその金糸の様に美しい髪を軽く引っ張っても尚、ユクシーは我関せずと言った様子で黙りこくったままである。

そんなユクシーを見て、全く急にどうしたんだこいつ、と言わんばかりにエムリットがエスパータイプの特権であるテレパシーで仕方無くユクシーの脳内を覗き見てみると、その脳内には涙やら鼻水やらで顔をぐしゃぐしゃにしながらも、自身を助けてくれたユクシーに対して花が咲いた様な笑みでお礼を述べているナマエが映っていた。それを見て何かを察したエムリットは、その綺麗な顔にニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら、頬を染めて未だナマエを思い浮かべてボーッとしているユクシーの肩を1度だけバシン！と叩いてやった。

「痛っ...！ちょっと何するんですかエムリット！」

エムリットから勢いよく背中を叩かれた事で無理やり現実世界へと引き戻されたユクシーは、その白く薄い背中を擦りながらキッとエムリットを睨みつけた。だがエムリットは痛くも痒くも無いと言った様子で未だその意地悪な顔でユクシーを見つめている。

「ん〜？いや別に何でもないわよ！ただやっとあのユンちゃんにも春が来たんだなって...」

「え、ユクシー恋したの！？あのユクシーが！？」

「どうやらそうらしいわよアグ！」

「違いますこれは恋なんかじゃありません！ていうかエムリット貴方勝手に私の脳内覗いたでしょう！プライバシーの侵害です！」

いつも余裕綽々と言った表情で相手を言い負かすユクシーが顔を真っ赤にして焦っているその様子に、察しの良いエムリットとアグノムは「こいつ絶対図星突かれて焦ってるな」と思わず笑いを漏らした。普段の様子とは真逆のみっともない姿を晒す事により、逆に信憑性を上げてしまっている事に彼は気付いていない様子である。そんなユクシーの滑稽さを見て、2人は更に笑い声を上げた。

「な、何でそんなに笑ってるんですか貴方達...！」

「ユンちゃんって思ったより馬鹿よね！」

「こらエム...失礼だろ...フフッ」

「貴方も笑ってるじゃないですかアグノム！」

頬を膨らませながら茹で蛸のように真っ赤な顔で「恋なんてしてません！」と必死に否定するユクシーだが、その言動とは裏腹に、彼の頭の中は未だナマエの笑顔で埋めつくされている。長年生きて来た中で初めて経験したであろう''恋''について、どうやらユクシーは良く分かっておらず混乱しているらしい。そんなユクシーの初心な様子に苦笑しながら、エムリットとアグノムは未だ真っ赤な顔で何やら叫んでいるユクシーを、生暖かい目で見守るのだった。