逢瀬
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知識の神は湖の中に深く深く潜り、何も考えぬまま静かに瞑想に耽っている所だった。今日は珍しく大声で喚き散らす煩い同胞らがこのエイチ湖に押し掛けて来なかった為、彼は本当に久しぶりに誰にも邪魔をされない悠々自適な生活を送る事が出来たのだ。本来誰にも口を挟まれる事の無い静寂な生活を望む彼にとって、口喧しいあの同胞らは正に邪魔者であり、目の上のたんこぶと言って差し支え無い程に目障りな存在であった。その為、心行くまで瞑想する事が出来て清々していた所だった。
だが、何故かそんな今日に限って湖の外から妙な音が聞こえて来るのだ。風によって木がガサガサと揺れる音でもなく、近くに住処を構える野生ポケモン達の鳴き声でもない。まるで人間の子供が啜り泣く様な音が、この数十分間ずっと耳に入ってくるのだ。初めは我関せずと無視していた彼だったが、流石にそろそろ耳障りに感じてきたのか、ポケモン特有の優れた聴力を恨みながら、顰めっ面を隠そうとしないままそっと湖から顔だけをひょこっと出して外の様子を伺ってみた。
「うぅ...ぐすっ...もう嫌...」
湖の外の様子を伺ってみた結果、どうやら啜り泣く者の正体はまだあどけない子供ではなく、若く艶めかしい妙齢の女だった。瞳を縁取る睫毛を濡らし、赤く腫れた瞼を手で一生懸命擦りながら大粒の涙を流す彼女は、湖の中から顔だけを覗かせているユクシーに気付く様子もなく身体を震わせて泣き続けている。ここまで碌に厚着もせず無我夢中で走って来たのか、よく見るとその腕と足には切り傷やらかすり傷が至る所に出来ていた。先程まで女の泣き声に苛立ちを覚えていたユクシーも流石にその女の姿に対し憐れみを抱いたのか、ゆっくりと湖から小さい身体を出すと、身体をふわりと浮かせて女の眼前を慰めてやる様にゆらゆらと飛んだ。
「もう死にたい...」
『ここで死なれては困りますね』
「...きゃあっ!?」
女が泣く事にばかり集中して目の前にいるユクシーに気付く素振りを全く見せなかった為、痺れを切らしたユクシーがテレパシーを使って彼女の脳内へと直接言葉を語り掛けてやれば、ようやく彼の存在を認識したのか、彼女は吃驚した様子で身体をビクッと後ろに仰け反らせた。その途端彼女の身体がバランスを崩して転倒しそうになった為、これは危ないとユクシーが急いでサイコキネシスで身体を支えてやれば、彼女は漸く我に返ったのか、先程まで滝のように流れていた涙を止めて目をぱちくりさせながらユクシーを見つめた。
「あ、えっと...助けてくれて、ありがとうございます...?」
さっきまで意思の疎通さえ満足に出来ないくらい取り乱してそれこそ赤子の様に泣いていたナマエだったが、我に返って自分を助けてくれたユクシーを認識した途端驚くほど流暢にお礼を述べてみせた。流石表面を取り繕うのが上手い彼女である。
『どういたしまして...さっきまでわんわん泣いてたのに結構呑気ですね貴女』
「あ、いえ...何と言うか、泣いたからこそ全部吹っ切れたと言いますか...」
鼻をズビズビ啜りながら、「改めて、助けてくれてありがとうございます」と深々とユクシーに対し礼儀正しくお辞儀をして、花が咲いた様にふわりと笑ってみせたナマエ。己を取り繕うのに慣れているからか、ナマエにとってはこのくらい何でもない事だったが、ユクシーは今の彼女の笑みを見るが否や、何を思ったのかふいと顔を逸らして黙り込んでしまった。ナマエはそんなユクシーの挙動を見て、自分は何かやらかしてしまっただろうかと不安に思い、眉尻をへにゃりと八の字に下げながらユクシーに問い掛けた。
「...どうかしました?」
『...いえ、何でもありませんよ。そんな事より貴女の名前は何と言うのです』
「ナマエと言います...」
『私はユクシーと申します。自分で言うのも何ですが...ご存知ありませんか?創造神アルセウスにより知識の神として生み出され、人々に知識を与えたあのユクシーです』
『凄いでしょう?えっへん』と腰に両手を当ててドヤ顔をしてみせたユクシーを見て、ナマエは素直に「凄い!」と言ってみせた。ナマエ自身勿論ユクシーについては知っていたが、本人がそれはそれは誇らしげに自己紹介をしてみせたので、「勿論知ってますよ!」と言いたい気持ちをぐっと堪え、ユクシーをよいしょと持ち上げてやる事にしたのだった。
『...それより...どうしてこんな所であんなに泣いていたのです?しかもそんな傷だらけの格好で』
「...えっと、まあ話したら長くなると言いますか」
『夜は長いのですから構いませんよ。それに私もどうせ暇ですから。...どうせなら姿も貴方に近づけましょうか、さすれば貴女も話しやすくなるでしょう』
そう言うとユクシーは己の姿を一瞬で人の姿に変え、絹糸の様な金の髪をサラリと流しながら「さあどうぞ」と、誰しもが一目見ればすぐさま見惚れてしまう様な微笑みをフッと浮かべてナマエをじっと見つめた。そんなユクシーの姿を見て能天気に「わあ、髪の毛綺麗...」と全く空気の読めない発言をしたナマエに対し、一体どんなに重い話が彼女の口から紡がれるのだろうと身構えていたユクシーが拍子抜けして乾いた笑いを漏らしたのは仕方がない。
*
「...つまりその馬鹿馬鹿しい兄弟喧嘩の末に、母上に自分自身のみっともない姿を見られた事を恥じて泣いていたと」
「ば、馬鹿馬鹿しいって...」
何度か口籠ったり慎重に言葉を選びすぎて文法がおかしい事になっても、何とかナマエが己の語彙力と体力を使い切って話して見せたその話は、見事なまでに「馬鹿馬鹿しい」とバッサリ斬られてしまった。ナマエからすれば散々迷いに迷って漸く決断する事が出来た独り立ちを今まで全く関わって来なかった弟に反対された挙句、よりによって1番見られたくない人物である母に自分のみっともない姿を見られたのだから、家から遠く離れたエイチ湖まで着の身着のまま飛び出して1人メソメソ泣いてしまうのは当たり前と言えよう。だがユクシーは、あからさまにショックを受けた様な顔をしたナマエに対し溜息混じりにこう告げる。
「良いですか、どれだけ己を偽ろうともいずれ何処かで必ずボロが出ます。相手が勝手知ったる身内ならば尚更です」
「う...」
「...ねえ、ナマエ。それならば、せめて私には、最初から、猫を被る前から、全て曝け出してみませんか」
「...え!?」
急に何突拍子のない事を言い出すんだこの神様は。と小さな口をあんぐりと開けっ放しにしながら先程と同じようにユクシーをじっと見つめるナマエに対し、ユクシーはその小さな頭を優しく2、3回ゆっくりと撫で回しながら「ああ、もうだいぶ夜も更けてきましたね」と何ともなしにぽつりと呟いてみせた。
「あ、本当だ...そろそろ帰らないと、」
「何を言うのです、そんな傷だらけの身体で、しかもそんな薄着で、どうやって帰るというのです」
「うぅ、ごめんなさ...」
「今日は此処に泊まって行ってはどうでしょうか。貴女もポケモントレーナーならば、野宿の一度や二度くらい経験済みでしょう」
「そ、それはそうですけど...」
「別に襲ったりしませんよ。私は湖の中で眠りますから、貴女は安心してお眠りなさい。何かあったら大声で私を呼べばよろしい。ああ、後、その傷も明日の朝手当させて頂きますので、そのつもりで」
「それじゃあお言葉に甘えて...」
ボロボロの姿で顔をみっともなく歪めながら泣き腫らしていた自分を助けてくれた神様に対し、悩みを打ち明けた事でだいぶ心を開くことが出来たナマエを、ユクシーは目を閉じたまま愛おしそうに見つめた後、すぐさま元の姿に戻るや否や、湖の中へと一瞬で消えていってしまった。ナマエはユクシーが先程まで自分に向けていた眼差しについて深く考える事もなく、ユクシーの用意してくれた寝袋に入ってすやすやと夢の世界へと入って行ってしまった。泣き疲れていたとはいえ女が外で1人眠るなんて無防備にも程があるだろうが、湖の中で知識の神が厳しく目を光らせていた為、ナマエは何事もなく朝を迎えられたのだった。
だが、何故かそんな今日に限って湖の外から妙な音が聞こえて来るのだ。風によって木がガサガサと揺れる音でもなく、近くに住処を構える野生ポケモン達の鳴き声でもない。まるで人間の子供が啜り泣く様な音が、この数十分間ずっと耳に入ってくるのだ。初めは我関せずと無視していた彼だったが、流石にそろそろ耳障りに感じてきたのか、ポケモン特有の優れた聴力を恨みながら、顰めっ面を隠そうとしないままそっと湖から顔だけをひょこっと出して外の様子を伺ってみた。
「うぅ...ぐすっ...もう嫌...」
湖の外の様子を伺ってみた結果、どうやら啜り泣く者の正体はまだあどけない子供ではなく、若く艶めかしい妙齢の女だった。瞳を縁取る睫毛を濡らし、赤く腫れた瞼を手で一生懸命擦りながら大粒の涙を流す彼女は、湖の中から顔だけを覗かせているユクシーに気付く様子もなく身体を震わせて泣き続けている。ここまで碌に厚着もせず無我夢中で走って来たのか、よく見るとその腕と足には切り傷やらかすり傷が至る所に出来ていた。先程まで女の泣き声に苛立ちを覚えていたユクシーも流石にその女の姿に対し憐れみを抱いたのか、ゆっくりと湖から小さい身体を出すと、身体をふわりと浮かせて女の眼前を慰めてやる様にゆらゆらと飛んだ。
「もう死にたい...」
『ここで死なれては困りますね』
「...きゃあっ!?」
女が泣く事にばかり集中して目の前にいるユクシーに気付く素振りを全く見せなかった為、痺れを切らしたユクシーがテレパシーを使って彼女の脳内へと直接言葉を語り掛けてやれば、ようやく彼の存在を認識したのか、彼女は吃驚した様子で身体をビクッと後ろに仰け反らせた。その途端彼女の身体がバランスを崩して転倒しそうになった為、これは危ないとユクシーが急いでサイコキネシスで身体を支えてやれば、彼女は漸く我に返ったのか、先程まで滝のように流れていた涙を止めて目をぱちくりさせながらユクシーを見つめた。
「あ、えっと...助けてくれて、ありがとうございます...?」
さっきまで意思の疎通さえ満足に出来ないくらい取り乱してそれこそ赤子の様に泣いていたナマエだったが、我に返って自分を助けてくれたユクシーを認識した途端驚くほど流暢にお礼を述べてみせた。流石表面を取り繕うのが上手い彼女である。
『どういたしまして...さっきまでわんわん泣いてたのに結構呑気ですね貴女』
「あ、いえ...何と言うか、泣いたからこそ全部吹っ切れたと言いますか...」
鼻をズビズビ啜りながら、「改めて、助けてくれてありがとうございます」と深々とユクシーに対し礼儀正しくお辞儀をして、花が咲いた様にふわりと笑ってみせたナマエ。己を取り繕うのに慣れているからか、ナマエにとってはこのくらい何でもない事だったが、ユクシーは今の彼女の笑みを見るが否や、何を思ったのかふいと顔を逸らして黙り込んでしまった。ナマエはそんなユクシーの挙動を見て、自分は何かやらかしてしまっただろうかと不安に思い、眉尻をへにゃりと八の字に下げながらユクシーに問い掛けた。
「...どうかしました?」
『...いえ、何でもありませんよ。そんな事より貴女の名前は何と言うのです』
「ナマエと言います...」
『私はユクシーと申します。自分で言うのも何ですが...ご存知ありませんか?創造神アルセウスにより知識の神として生み出され、人々に知識を与えたあのユクシーです』
『凄いでしょう?えっへん』と腰に両手を当ててドヤ顔をしてみせたユクシーを見て、ナマエは素直に「凄い!」と言ってみせた。ナマエ自身勿論ユクシーについては知っていたが、本人がそれはそれは誇らしげに自己紹介をしてみせたので、「勿論知ってますよ!」と言いたい気持ちをぐっと堪え、ユクシーをよいしょと持ち上げてやる事にしたのだった。
『...それより...どうしてこんな所であんなに泣いていたのです?しかもそんな傷だらけの格好で』
「...えっと、まあ話したら長くなると言いますか」
『夜は長いのですから構いませんよ。それに私もどうせ暇ですから。...どうせなら姿も貴方に近づけましょうか、さすれば貴女も話しやすくなるでしょう』
そう言うとユクシーは己の姿を一瞬で人の姿に変え、絹糸の様な金の髪をサラリと流しながら「さあどうぞ」と、誰しもが一目見ればすぐさま見惚れてしまう様な微笑みをフッと浮かべてナマエをじっと見つめた。そんなユクシーの姿を見て能天気に「わあ、髪の毛綺麗...」と全く空気の読めない発言をしたナマエに対し、一体どんなに重い話が彼女の口から紡がれるのだろうと身構えていたユクシーが拍子抜けして乾いた笑いを漏らしたのは仕方がない。
*
「...つまりその馬鹿馬鹿しい兄弟喧嘩の末に、母上に自分自身のみっともない姿を見られた事を恥じて泣いていたと」
「ば、馬鹿馬鹿しいって...」
何度か口籠ったり慎重に言葉を選びすぎて文法がおかしい事になっても、何とかナマエが己の語彙力と体力を使い切って話して見せたその話は、見事なまでに「馬鹿馬鹿しい」とバッサリ斬られてしまった。ナマエからすれば散々迷いに迷って漸く決断する事が出来た独り立ちを今まで全く関わって来なかった弟に反対された挙句、よりによって1番見られたくない人物である母に自分のみっともない姿を見られたのだから、家から遠く離れたエイチ湖まで着の身着のまま飛び出して1人メソメソ泣いてしまうのは当たり前と言えよう。だがユクシーは、あからさまにショックを受けた様な顔をしたナマエに対し溜息混じりにこう告げる。
「良いですか、どれだけ己を偽ろうともいずれ何処かで必ずボロが出ます。相手が勝手知ったる身内ならば尚更です」
「う...」
「...ねえ、ナマエ。それならば、せめて私には、最初から、猫を被る前から、全て曝け出してみませんか」
「...え!?」
急に何突拍子のない事を言い出すんだこの神様は。と小さな口をあんぐりと開けっ放しにしながら先程と同じようにユクシーをじっと見つめるナマエに対し、ユクシーはその小さな頭を優しく2、3回ゆっくりと撫で回しながら「ああ、もうだいぶ夜も更けてきましたね」と何ともなしにぽつりと呟いてみせた。
「あ、本当だ...そろそろ帰らないと、」
「何を言うのです、そんな傷だらけの身体で、しかもそんな薄着で、どうやって帰るというのです」
「うぅ、ごめんなさ...」
「今日は此処に泊まって行ってはどうでしょうか。貴女もポケモントレーナーならば、野宿の一度や二度くらい経験済みでしょう」
「そ、それはそうですけど...」
「別に襲ったりしませんよ。私は湖の中で眠りますから、貴女は安心してお眠りなさい。何かあったら大声で私を呼べばよろしい。ああ、後、その傷も明日の朝手当させて頂きますので、そのつもりで」
「それじゃあお言葉に甘えて...」
ボロボロの姿で顔をみっともなく歪めながら泣き腫らしていた自分を助けてくれた神様に対し、悩みを打ち明けた事でだいぶ心を開くことが出来たナマエを、ユクシーは目を閉じたまま愛おしそうに見つめた後、すぐさま元の姿に戻るや否や、湖の中へと一瞬で消えていってしまった。ナマエはユクシーが先程まで自分に向けていた眼差しについて深く考える事もなく、ユクシーの用意してくれた寝袋に入ってすやすやと夢の世界へと入って行ってしまった。泣き疲れていたとはいえ女が外で1人眠るなんて無防備にも程があるだろうが、湖の中で知識の神が厳しく目を光らせていた為、ナマエは何事もなく朝を迎えられたのだった。