「だから何で俺があんな家の管理も親の介護も一人でやらないといけないんだよ！！全部俺に押し付けやがって！ふざけんじゃねえよこのクソ女！」

「誰もあんたに一人で家の管理しろだの親の介護しろだの言ってないでしょ！こっちはただ一人暮らしする事に対してごちゃごちゃ言ってくるなって言ってんの！ていうかそんなに面倒事が嫌ならとっととあんたも独り立ちしなさいよ社会人でしょ！」

本来家族団欒の場である筈のキッチンにて罵詈雑言を飛び交わす男女が二人と、こいつら馬鹿じゃねえのと言わんばかりの冷ややかな視線を二人に向けるエネコが一匹。傍から見れば頭が混乱しそうなほど混沌と化しているが、不幸な事にこの場にいる誰もが己を客観視する事の無い人生を送って来たせいか、このカオスと化したキッチンの状態が緩和される事は無かった。

それどころか、姉弟の口論はヒートアップにヒートアップを重ね、いつしか口論の目的は私意のぶつけ合いをして互いに納得のいく答えを導き出す事よりも、相手の人格を第三者が聞けば絶句する様な言葉で否定してどちらが先に相手の戦意を消失させられるか、という何とも言えない下卑たものに変わってしまっていた。

「大体ちょっと先に生まれたからって姉さんばっかり優遇されるのおかしいだろ！大学までエスカレーター式で行ける良い学校行かせてもらった癖に、そこら辺の子供でもなれるポケモントレーナーになりたいとか言い出しやがって！この親不孝者が！」

「なりたい職に就いて何が悪いのよ何が！大体親不孝者はどっちなのよ！高校の時に馬鹿な友達と馬鹿なことやって停学処分喰らった奴に言われたくないわよ！」

「停学じゃなくて謹慎処分だよ！」

「そんな事どうだって良いわよ！」

とまあこのヒートアップにヒートアップを重ねた何とも低レベルかつ馬鹿げたこの姉弟の口論は、二人の母が買い物袋を両手に掲げてルンルンで帰宅するまでずっと続いていた。キッチンの端で最初は静かにこの喧嘩を傍観していたエネコでさえ最終的にはこの二人の間で飛び交う子供じみた言い合いにとうとう呆れ返り、こんな奴らを視界に入れるだけ無駄だ昼寝の続きをした方がマシだとリビングへとスタスタ帰って行ってしまった。夫婦喧嘩は犬も食わないということわざがあるが、この場合だと姉弟喧嘩はエネコも食わない、だろうか。この状況を作り出したのはまさしくナマエ達がこの地球上で初だろう。まあ全く誇れないのだが。

そして案の定、今日は珍しくいい買い物が出来たとちょっと家から離れたスーパーから満面の笑みで自宅へと帰ってきたナマエらの母は、キッチンからそこそこ距離のある玄関にまで聞こえて来た姉弟達の大変低レベルな口論を聞くが否や、自分がちょっと家を離れている間に何が起こったんだ、と急いで階段を駆け上がってキッチンへと足を踏み入れた。

「ちょっと二人共何でこんな時間に喧嘩なんてしてるの...普段は口すらロクに聞かないくせに...大体ナマエは怪我してるし夕食の準備は出来てないしエネちゃんの餌皿は放置されてるし...お母さんもう訳分からないわ...」

まさしくそう訳も分からないと言った様子で扉の前で震え上がっている母から何とか絞り出されたその言葉を聞いて、最初にハッと我に帰ったのは案の定両親からの評価に弱いナマエだった。その瞬間、ナマエの脳内を声にならない言の葉が一瞬で駆け巡る。どうしよう母に聞かれてしまった、折角今まで聞き分けの良い娘を演じてきたのに、家族と仲良くできない娘なんて、これでは失望されてしまう。と、これまで積み重ねてきたものが一気に崩れ去ってゆく恐怖に支配されたナマエは、身体を震わせながら「こ、これは違うのママ...！」と弱々しい声でそう吐き捨てて、パニックに陥りながら家を飛び出して行ってしまった。