逢瀬
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翌朝。ユクシーの腕の中で目覚めたナマエは、昨日の恐ろしい行為を思い出してぶるりと身を震わせた。迷子になった幼子の様に号泣していた自分を救ってくれた、賢くて優しい神様。自分が唯一心を開いても良いと思えた、大切な友達。そんな彼に、昨夜血を流すくらい酷い事をされたという事実が未だに信じられないのだろう、目が覚めた後も彼女は暫し彼の腕の中で硬直していた。
自分を抱き締めながら未だ寝ているであろう彼の方にそっと目を向けてみると、ユクシーは案の定昨日ナマエに対して行った拷問まがいの行為など全く覚えていない様子でぐっすりと眠りについている。こいつ、昨日私にあんな事しといてよくもまあそんなに眠れるものだな。とナマエは先程までの恐怖も忘れ、眠っている彼の頬を苛立ち半分呆れ半分で軽く抓って起こしてやった。
「ほらユクシー、起きて!もう朝よ」
「い、痛い...痛いです...!」
白くて柔らかくてすべすべで、まるで餅の様なその頬の感触を気に入ったのか、それとも未だ苛立ちが収まらないのか、とにかく無心で彼の頬を抓り続けているナマエ。頬を引っ張られている痛みによってすっかり目覚めているユクシーからの静止の声も届いていない様子だ。
普段から神様らしい冷静沈着な態度で涼しげな表情を片時も崩す事の無い彼が、ちっぽけな1人の女に寝起きから顔をぐにぐにと弄られ遊ばれているその様子は、普段の彼の立ち振る舞いからは想像も出来ない程に、何とも倒錯的な光景である。もし此処に彼の同胞である桃色と青色の二人が居たら、きっと彼の痴態を見て腹を抱えて笑い転げていたであろう。
「もう、流石に痛いです。昨日の仕返しでしょう、ナマエ」
「ふふ、ご名答」
悪戯が成功した子供の様にニコニコと天真爛漫な笑みを浮かべながらそう言い、すっかり赤くなってしまったユクシーの頬からぱっと手を離したナマエ。以前と比べて、彼女の纏う雰囲気が少し明るくなった様に見えるのは気の所為では無いだろう。
「...ナマエ、少し変わりました?」
「そうね。昨日貴方にあんな酷い事されちゃったものだから。貴方のせいで私の頭、少しおかしくなっちゃったのかもね」
「う......」
ナマエからの言葉に対し、バツが悪そうに目を泳がせて黙り込んでしまったユクシー。昨夜の彼自身、惚れた女と一晩共に過ごせると聞いて、普段よりも少しばかり気分が高まっていたのだ。それにエムリットが以前言っていた通り、彼は一度己が気に入った物にはとことん執着する質である。その為、ナマエに己だけを見ていてほしい。ナマエに自分以外の記憶は要らない。昨日の記憶抹消は、ナマエを救いたいという思いからの行動では無く、そんな彼のどうしようも無い独占欲の暴走だ。
だが当のナマエは、ただ長年の悩みから吹っ切れる事が出来た!ラッキー!としか思っていない。元々猫を被り出す前の素の彼女自身が明るい性格だった事もあってか、何故急にこんなに頭がすっきりしているのか、という理由を考えるまでには至らなかったらしい。
「ナマエ」
「ん?」
朝ご飯にと、相変わらず山積みにされた木の実を手当り次第貪っていたら、不意にユクシーがナマエの名を呼んだ。その声に誘われて、ナマエも流れるように返事を一つ返す。
「私を、捕獲して下さい」
この湖で生命ある者らを見守り続けねばならない立場である彼からの、告白にも等しいその言葉。いつもの涼しい表情を赤く染まった頬で上書きして、彼は彼女に一つのボールを手渡した。何の変哲もない、つるりと輝いた赤と白のツートンカラーがナマエを試すように映している。
「...ユクシー」
喉奥から絞り出した様な、どこか苦しそうに彼の名を呼んだナマエは、そっと彼から差し出されたボールを押し返した。そんな彼女の動作を見て、何となく彼女からの答えを察したユクシーは、先程の紅潮した頬は何処へやら、次は絶望に打ちひしがれた表情でナマエを見やった。
「...私は、貴方の様な大それた存在を抱える度胸なんて、持ち合わせてない」
だからこのボールは受け取れないし、貴方を捕獲する事も出来ない。ナマエが言いたいのはそういう事だった。だがその答えを聞いてユクシーは、完全なる逆恨みで激昂するでもなく号泣するでもなく、「...酷い人ですね」と呟くと、静かに懐にボールをしまい込み、ナマエの手を握った。その手の冷たさに、もうすっかりナマエは慣れきってしまっている。
「...絶対に私は貴女を諦めません」
「何度言っても答えは同じだと思うけど...」
「それならば力づくで」
「あら物騒」
猫を被る自分と完全に決別する事に成功した彼女からの素の返事。その素を垣間見る事が出来た事に喜ぶべきか、はたまた振られた事を悲しむべきか。感情の整理が付かなくなったユクシーは、木の実を片手に持ったまま下を向く事しか出来ずにいた。そんな挙動のおかしいユクシーを見て、堪えきれずに笑い出してしまったナマエの顔に、もう陰はない。
「それじゃあ。暫く会えないけれど、元気で」
「絶対に貴女の事を、私は諦めませんから」
「...お好きに」
ナマエの指先がユクシーの髪に触れる。柔らかくて艶があって、エネコの毛並みの様なその美髪は、キューティクルを光に反射させて宝石の様な輝きを魅せ続けている。
「…また会えたら、次は一緒にどう過ごそうか」
「それは、その時までに私が考えておきましょう。貴女と次会う時までに」
「楽しみにしてる」
名残惜しそうにユクシーの髪を手で弄ぶのを辞め、ナマエはそっと湖を背に歩き出す。初めて会った時の様なちっぽけでか弱い背中とは程遠い、筋を真っ直ぐ伸ばした芯のあるものだ。
次会えた時、自分は彼女への独占欲を抑える事が出来るだろうか。それとも、劣情を拗らせて彼女の人生を滅茶苦茶にしてしまうのだろうか。もし後者の未来になった場合、自分は同胞らに半殺しにされるだけでは済まないだろうな。と思いながら、ユクシーは原型の姿に戻ると、また湖に身を潜めて瞑想を始めるのだった。
自分を抱き締めながら未だ寝ているであろう彼の方にそっと目を向けてみると、ユクシーは案の定昨日ナマエに対して行った拷問まがいの行為など全く覚えていない様子でぐっすりと眠りについている。こいつ、昨日私にあんな事しといてよくもまあそんなに眠れるものだな。とナマエは先程までの恐怖も忘れ、眠っている彼の頬を苛立ち半分呆れ半分で軽く抓って起こしてやった。
「ほらユクシー、起きて!もう朝よ」
「い、痛い...痛いです...!」
白くて柔らかくてすべすべで、まるで餅の様なその頬の感触を気に入ったのか、それとも未だ苛立ちが収まらないのか、とにかく無心で彼の頬を抓り続けているナマエ。頬を引っ張られている痛みによってすっかり目覚めているユクシーからの静止の声も届いていない様子だ。
普段から神様らしい冷静沈着な態度で涼しげな表情を片時も崩す事の無い彼が、ちっぽけな1人の女に寝起きから顔をぐにぐにと弄られ遊ばれているその様子は、普段の彼の立ち振る舞いからは想像も出来ない程に、何とも倒錯的な光景である。もし此処に彼の同胞である桃色と青色の二人が居たら、きっと彼の痴態を見て腹を抱えて笑い転げていたであろう。
「もう、流石に痛いです。昨日の仕返しでしょう、ナマエ」
「ふふ、ご名答」
悪戯が成功した子供の様にニコニコと天真爛漫な笑みを浮かべながらそう言い、すっかり赤くなってしまったユクシーの頬からぱっと手を離したナマエ。以前と比べて、彼女の纏う雰囲気が少し明るくなった様に見えるのは気の所為では無いだろう。
「...ナマエ、少し変わりました?」
「そうね。昨日貴方にあんな酷い事されちゃったものだから。貴方のせいで私の頭、少しおかしくなっちゃったのかもね」
「う......」
ナマエからの言葉に対し、バツが悪そうに目を泳がせて黙り込んでしまったユクシー。昨夜の彼自身、惚れた女と一晩共に過ごせると聞いて、普段よりも少しばかり気分が高まっていたのだ。それにエムリットが以前言っていた通り、彼は一度己が気に入った物にはとことん執着する質である。その為、ナマエに己だけを見ていてほしい。ナマエに自分以外の記憶は要らない。昨日の記憶抹消は、ナマエを救いたいという思いからの行動では無く、そんな彼のどうしようも無い独占欲の暴走だ。
だが当のナマエは、ただ長年の悩みから吹っ切れる事が出来た!ラッキー!としか思っていない。元々猫を被り出す前の素の彼女自身が明るい性格だった事もあってか、何故急にこんなに頭がすっきりしているのか、という理由を考えるまでには至らなかったらしい。
「ナマエ」
「ん?」
朝ご飯にと、相変わらず山積みにされた木の実を手当り次第貪っていたら、不意にユクシーがナマエの名を呼んだ。その声に誘われて、ナマエも流れるように返事を一つ返す。
「私を、捕獲して下さい」
この湖で生命ある者らを見守り続けねばならない立場である彼からの、告白にも等しいその言葉。いつもの涼しい表情を赤く染まった頬で上書きして、彼は彼女に一つのボールを手渡した。何の変哲もない、つるりと輝いた赤と白のツートンカラーがナマエを試すように映している。
「...ユクシー」
喉奥から絞り出した様な、どこか苦しそうに彼の名を呼んだナマエは、そっと彼から差し出されたボールを押し返した。そんな彼女の動作を見て、何となく彼女からの答えを察したユクシーは、先程の紅潮した頬は何処へやら、次は絶望に打ちひしがれた表情でナマエを見やった。
「...私は、貴方の様な大それた存在を抱える度胸なんて、持ち合わせてない」
だからこのボールは受け取れないし、貴方を捕獲する事も出来ない。ナマエが言いたいのはそういう事だった。だがその答えを聞いてユクシーは、完全なる逆恨みで激昂するでもなく号泣するでもなく、「...酷い人ですね」と呟くと、静かに懐にボールをしまい込み、ナマエの手を握った。その手の冷たさに、もうすっかりナマエは慣れきってしまっている。
「...絶対に私は貴女を諦めません」
「何度言っても答えは同じだと思うけど...」
「それならば力づくで」
「あら物騒」
猫を被る自分と完全に決別する事に成功した彼女からの素の返事。その素を垣間見る事が出来た事に喜ぶべきか、はたまた振られた事を悲しむべきか。感情の整理が付かなくなったユクシーは、木の実を片手に持ったまま下を向く事しか出来ずにいた。そんな挙動のおかしいユクシーを見て、堪えきれずに笑い出してしまったナマエの顔に、もう陰はない。
「それじゃあ。暫く会えないけれど、元気で」
「絶対に貴女の事を、私は諦めませんから」
「...お好きに」
ナマエの指先がユクシーの髪に触れる。柔らかくて艶があって、エネコの毛並みの様なその美髪は、キューティクルを光に反射させて宝石の様な輝きを魅せ続けている。
「…また会えたら、次は一緒にどう過ごそうか」
「それは、その時までに私が考えておきましょう。貴女と次会う時までに」
「楽しみにしてる」
名残惜しそうにユクシーの髪を手で弄ぶのを辞め、ナマエはそっと湖を背に歩き出す。初めて会った時の様なちっぽけでか弱い背中とは程遠い、筋を真っ直ぐ伸ばした芯のあるものだ。
次会えた時、自分は彼女への独占欲を抑える事が出来るだろうか。それとも、劣情を拗らせて彼女の人生を滅茶苦茶にしてしまうのだろうか。もし後者の未来になった場合、自分は同胞らに半殺しにされるだけでは済まないだろうな。と思いながら、ユクシーは原型の姿に戻ると、また湖に身を潜めて瞑想を始めるのだった。