逢瀬
Name Change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
引越しの日まであと数日。殆ど荷造りも手続きも終えてしまって、後はもう時が過ぎてゆくのを待つだけだ。と、やっとこさ自由の身になれたナマエは、早速エイチ湖へと足を運んでいた。
「ユクシー!久しぶり」
「お久しぶりです、ナマエ。お元気そうで何よりです。ずっと待っておりました」
昼ご飯を食べている最中だったのか、齧りかけのヒメリの実を片手に持ってナマエを出迎えてくれたユクシー。その様子を見てナマエが「もしかしてタイミング悪かった?」と問えば、ユクシーは静かに首を振って「全くそんな事はありませんよ」と、木の実を持っていない方の手で優しくナマエの頬を撫でた。その手の異常な程の冷たさに、嗚呼、やはりエムリットの言っていた通り、この人は異質なんだな。と否が応にも種族の差を実感するナマエ。
あの時わざと笑みを見せて強がっていた彼女だが、未だその覚悟は甘いものだった様である。
「先日頂いたブラウニー、とても美味しかったです。実はあの後同胞が押し掛けて来まして、一つ取られてしまったのですが…どうやら彼も気に入っていた様子でした」
「それは良かったわ。あのブラウニー、私も大好きなの。次に会えた時は、今度は一緒に美味しいもの食べに行きましょうね」
「ええ勿論、貴女と一緒ならどこへでも」
どこか神秘的な微笑みを浮かべてナマエを瞼の内側からじっと見つめているユクシー。その瞳の奥では、未だ熱く煮え滾る様なナマエへの劣情がドロドロと渦巻き、彼女に狙いを定めている。そんなユクシーの重苦しい愛情に気付いていないナマエは、何も知らない純粋無垢な笑みを浮かべて「今日はまた、この前みたいにここでお泊まりしようと思って」と、分厚く膨らんだ鞄をユクシーに見せた。
「ごめんね。本当は何処か行きたかったのだけど…」
ここからじゃ、何処に行くにも時間が掛かっちゃうから。とナマエは申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。知っての通りエイチ湖は人里離れた場所にあり、どこか栄えている場所に行くにはテンガン山を超えて行かねばらならないのだ。一応隣にナマエ達の住んでいるキッサキシティはあるが、そこにあるものと言えば妙な神殿とジムだけである。勿論他の街に行く為の交通機関は沢山通っているし、最悪ナマエの手持ちには空を飛べるポケモンが居るので行こうと思えばすぐに何処へでも行けたのだが、こんな大それた存在の彼をエイチ湖から離れさせて何処へでも連れ歩いて良いものか。と散々悩んだ挙句、ナマエはお泊まりという選択を取ったのであった。
「もう貴方に言ってあるとは思うけど...私ね、もうすぐで一人暮らしを始めるでしょう。そしたら両親とも暫く離れられるだろうから、これを機に猫を被る自分と、やっとさよなら出来るかなって。私、両親に猫を被り続ける自分の事がずっと大嫌いだったから」
思えば、ナマエが最初から猫を被らずに素で接する事が出来た相手は、ユクシー達だけだった。否、弟にも猫を被って居ないと言えば居ないだろうが、あれはどちらかと言えば全くもって興味関心のない者に対する冷めた態度だ。己が、ナマエが初めて心を開くことが出来たのは、ある意味ユクシー達3人だけだったかもしれない。出会ってまだそれ程日は経っていないが、あの時ユクシーはナマエに「私には最初から素を見せてみませんか」と、はっきり言ってみせた。その僅か17文字の言葉が、これまで他者に心を開かず生きてきたナマエの心を強く揺さぶり起こしたのだ。
「...それは、ご両親にもこれから己の素を見せて生きるという訳ですか」
そのユクシーからの問いに、ナマエは首を横にも縦にも振らず、ただにっこりと笑ってみせた。然しその笑みは、ユクシーがあの時一目惚れした時の眩しい花が咲いた様な笑みではない、どこか機械的で人形の様な張り付いた微笑みだった。そのナマエの表情に僅かな違和感を覚えたユクシーだが、折角の逢瀬に水を差す訳にもいかないと瞬時に考え、特に勘繰る様な事もせず静かにナマエを見つめるだけに留めておいた。
「...弟さんとは、何かその後進展はありましたか」
「どうでしょうね。今はあいつ自分の事で精一杯で、もう私の一人暮らしに対して何も言ってこなくなったけど...でも、前以上に関係が悪化してるのは確かだと思うわ」
「...嫌いですか?弟さんのこと」
「どうだろう。興味も関心も無い、血の繋がった他人みたいな存在だし...でも、いつも自分が得する方をすぐ選ぶ癖に、いざ大事な時にウジウジと悩んで中々答えを出せない時のあいつは大嫌い。それだけはハッキリ言えるわね」
先日実家の廊下にて呼び止められた時の弟のしおらしい態度を思い出し、ナマエは苦々しい顔をしてみせた。何かに怯えている様な怖がっている様な、オドオドウジウジとしたアイツのらしくないその態度が、ナマエにとって物凄く腹立たしく感じるのである。例え本来関心の無い者であれ、基本どれだけ冷めていても表面だけは柔和な態度を取るであろうナマエが、どうしてあの状態の弟に対しあんなに苛立ちを覚えるのか。気になったユクシーは、出来るだけ優しくそうナマエに聞いてみた。
「私は貴女の弟さんに会った事はありませんが...どうして悩む弟さんに対し、そんなに怒りを覚えるのです。大事な時に中々答えを出せないのは、人間として当たり前の様に思えますが」
「それはね、あいつがウジウジ悩んでる様子がね、猫を被ってる時の私によく似ているからよ。皮肉なものよね。お互いに無関心で、お世辞にも姉弟とは思えない様な関係なのに、私が1番嫌いな状態の私とあいつがよく似てるなんて」
ナマエはそう言って自嘲する様に笑ってみせると、「ごめんなさい、折角会えたのに、こんな暗い話になってしまって」と本当に申し訳無さそうにそう言い、雰囲気を切り替える様にふわっと笑ってみせた。先程の人形のような貼り付けた笑みとは違う、ユクシーの大好きな彼女の笑みだ。その笑みを見て釣られるように涼しく笑ったユクシーが、流れる様にまた彼女の頬にそっと触れた。美しく切り揃えられた爪と、白魚のようなほっそりとした綺麗な手が彼女の輪郭に添えられているその様子は、背景が湖なのも相まって物凄く絵になる光景だ。
勿論ナマエとて雌の端くれ。彼の様に端正な顔を持つ美目麗しい男にそんな事をされれば、鼓動が早くなってしまうのも当然のこと。然し以前エムリットから「私達が異質な存在である事を忘れるな」と忠告を受けている手前、その気持ちに気付かないふりをするしか選択肢はない。彼は人間のカタチをしたケモノなのだ。自分にそう必死に言い聞かせて、ナマエはそっと自分の頬からユクシーの手を剥がした。
「女性に一人外で眠らせる訳にも行きません。今夜は私も一緒に寝ます」
「前は一人で眠らせたのに?」
「あ、あの時はその、初対面でしたし...いえすみません、今思えば女性に対してあまりにも不躾な事をしてましたね」
「...良いのよ。貴方がちゃんと湖の中で見張っててくれたの、私知ってるから」
「夜になるまで沢山話したい事があるの。勿論全部聞いてくれるわよね?」とにこにこ朗らかに笑ったナマエ。その笑顔にまたもや見惚れたユクシーの心には、目の前にいる己の惚れた女に対する劣情が未だドロドロと渦巻いていた。
「ユクシー!久しぶり」
「お久しぶりです、ナマエ。お元気そうで何よりです。ずっと待っておりました」
昼ご飯を食べている最中だったのか、齧りかけのヒメリの実を片手に持ってナマエを出迎えてくれたユクシー。その様子を見てナマエが「もしかしてタイミング悪かった?」と問えば、ユクシーは静かに首を振って「全くそんな事はありませんよ」と、木の実を持っていない方の手で優しくナマエの頬を撫でた。その手の異常な程の冷たさに、嗚呼、やはりエムリットの言っていた通り、この人は異質なんだな。と否が応にも種族の差を実感するナマエ。
あの時わざと笑みを見せて強がっていた彼女だが、未だその覚悟は甘いものだった様である。
「先日頂いたブラウニー、とても美味しかったです。実はあの後同胞が押し掛けて来まして、一つ取られてしまったのですが…どうやら彼も気に入っていた様子でした」
「それは良かったわ。あのブラウニー、私も大好きなの。次に会えた時は、今度は一緒に美味しいもの食べに行きましょうね」
「ええ勿論、貴女と一緒ならどこへでも」
どこか神秘的な微笑みを浮かべてナマエを瞼の内側からじっと見つめているユクシー。その瞳の奥では、未だ熱く煮え滾る様なナマエへの劣情がドロドロと渦巻き、彼女に狙いを定めている。そんなユクシーの重苦しい愛情に気付いていないナマエは、何も知らない純粋無垢な笑みを浮かべて「今日はまた、この前みたいにここでお泊まりしようと思って」と、分厚く膨らんだ鞄をユクシーに見せた。
「ごめんね。本当は何処か行きたかったのだけど…」
ここからじゃ、何処に行くにも時間が掛かっちゃうから。とナマエは申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。知っての通りエイチ湖は人里離れた場所にあり、どこか栄えている場所に行くにはテンガン山を超えて行かねばらならないのだ。一応隣にナマエ達の住んでいるキッサキシティはあるが、そこにあるものと言えば妙な神殿とジムだけである。勿論他の街に行く為の交通機関は沢山通っているし、最悪ナマエの手持ちには空を飛べるポケモンが居るので行こうと思えばすぐに何処へでも行けたのだが、こんな大それた存在の彼をエイチ湖から離れさせて何処へでも連れ歩いて良いものか。と散々悩んだ挙句、ナマエはお泊まりという選択を取ったのであった。
「もう貴方に言ってあるとは思うけど...私ね、もうすぐで一人暮らしを始めるでしょう。そしたら両親とも暫く離れられるだろうから、これを機に猫を被る自分と、やっとさよなら出来るかなって。私、両親に猫を被り続ける自分の事がずっと大嫌いだったから」
思えば、ナマエが最初から猫を被らずに素で接する事が出来た相手は、ユクシー達だけだった。否、弟にも猫を被って居ないと言えば居ないだろうが、あれはどちらかと言えば全くもって興味関心のない者に対する冷めた態度だ。己が、ナマエが初めて心を開くことが出来たのは、ある意味ユクシー達3人だけだったかもしれない。出会ってまだそれ程日は経っていないが、あの時ユクシーはナマエに「私には最初から素を見せてみませんか」と、はっきり言ってみせた。その僅か17文字の言葉が、これまで他者に心を開かず生きてきたナマエの心を強く揺さぶり起こしたのだ。
「...それは、ご両親にもこれから己の素を見せて生きるという訳ですか」
そのユクシーからの問いに、ナマエは首を横にも縦にも振らず、ただにっこりと笑ってみせた。然しその笑みは、ユクシーがあの時一目惚れした時の眩しい花が咲いた様な笑みではない、どこか機械的で人形の様な張り付いた微笑みだった。そのナマエの表情に僅かな違和感を覚えたユクシーだが、折角の逢瀬に水を差す訳にもいかないと瞬時に考え、特に勘繰る様な事もせず静かにナマエを見つめるだけに留めておいた。
「...弟さんとは、何かその後進展はありましたか」
「どうでしょうね。今はあいつ自分の事で精一杯で、もう私の一人暮らしに対して何も言ってこなくなったけど...でも、前以上に関係が悪化してるのは確かだと思うわ」
「...嫌いですか?弟さんのこと」
「どうだろう。興味も関心も無い、血の繋がった他人みたいな存在だし...でも、いつも自分が得する方をすぐ選ぶ癖に、いざ大事な時にウジウジと悩んで中々答えを出せない時のあいつは大嫌い。それだけはハッキリ言えるわね」
先日実家の廊下にて呼び止められた時の弟のしおらしい態度を思い出し、ナマエは苦々しい顔をしてみせた。何かに怯えている様な怖がっている様な、オドオドウジウジとしたアイツのらしくないその態度が、ナマエにとって物凄く腹立たしく感じるのである。例え本来関心の無い者であれ、基本どれだけ冷めていても表面だけは柔和な態度を取るであろうナマエが、どうしてあの状態の弟に対しあんなに苛立ちを覚えるのか。気になったユクシーは、出来るだけ優しくそうナマエに聞いてみた。
「私は貴女の弟さんに会った事はありませんが...どうして悩む弟さんに対し、そんなに怒りを覚えるのです。大事な時に中々答えを出せないのは、人間として当たり前の様に思えますが」
「それはね、あいつがウジウジ悩んでる様子がね、猫を被ってる時の私によく似ているからよ。皮肉なものよね。お互いに無関心で、お世辞にも姉弟とは思えない様な関係なのに、私が1番嫌いな状態の私とあいつがよく似てるなんて」
ナマエはそう言って自嘲する様に笑ってみせると、「ごめんなさい、折角会えたのに、こんな暗い話になってしまって」と本当に申し訳無さそうにそう言い、雰囲気を切り替える様にふわっと笑ってみせた。先程の人形のような貼り付けた笑みとは違う、ユクシーの大好きな彼女の笑みだ。その笑みを見て釣られるように涼しく笑ったユクシーが、流れる様にまた彼女の頬にそっと触れた。美しく切り揃えられた爪と、白魚のようなほっそりとした綺麗な手が彼女の輪郭に添えられているその様子は、背景が湖なのも相まって物凄く絵になる光景だ。
勿論ナマエとて雌の端くれ。彼の様に端正な顔を持つ美目麗しい男にそんな事をされれば、鼓動が早くなってしまうのも当然のこと。然し以前エムリットから「私達が異質な存在である事を忘れるな」と忠告を受けている手前、その気持ちに気付かないふりをするしか選択肢はない。彼は人間のカタチをしたケモノなのだ。自分にそう必死に言い聞かせて、ナマエはそっと自分の頬からユクシーの手を剥がした。
「女性に一人外で眠らせる訳にも行きません。今夜は私も一緒に寝ます」
「前は一人で眠らせたのに?」
「あ、あの時はその、初対面でしたし...いえすみません、今思えば女性に対してあまりにも不躾な事をしてましたね」
「...良いのよ。貴方がちゃんと湖の中で見張っててくれたの、私知ってるから」
「夜になるまで沢山話したい事があるの。勿論全部聞いてくれるわよね?」とにこにこ朗らかに笑ったナマエ。その笑顔にまたもや見惚れたユクシーの心には、目の前にいる己の惚れた女に対する劣情が未だドロドロと渦巻いていた。