逢瀬
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『やっほーユンちゃん!』
「うわどこから生えてきたんですか貴方」
『…生えてきたなんて失礼ね!』
ナマエがエイチ湖から帰った直後、ユクシーが紅茶を淹れて優雅にブラウニーをもそもそ食べていると、どこからともなくエムリットが原型の姿のままふわふわとユクシー目掛けて飛んできた。これはまた面倒くさい事になるぞと咄嗟に紅茶の入ったティーカップとブラウニーを隠したユクシーだが、エムリットの方が一枚上手で、ユクシーが隠した紅茶とブラウニーは、目ざといエムリットに秒で見つかってしまった。
「あ!これさっきナマエに貰ってたお菓子でしょ!」
「…何で知ってるんですか」
「んー、別に深い意味なんて無いわよ?アタシがここに着いた時ちょーどユンちゃんがあの子とイチャイチャしてたから、何か面白いものでも見れるかなーって思って見張ってたワケ!」
「いくらなんでも悪趣味過ぎませんかそれ…ってコラ!勝手にブラウニー食べるな!」
ユクシーがこれだけは取られまいと必死に背後に隠して守っていた大事なブラウニーは、エムリットのサイコキネシスによって攻防戦を繰り返す間もなく一瞬であちらの手に渡ってしまった。それに対し、人の住処に土足で踏み込んで来た挙句惚れた女との逢瀬を覗き見され、その果てに大事な菓子を勝手に貪られるというあまりにも自分勝手な同胞の態度に憤慨したユクシーがシャドーボールを繰り出そうとするも、そんな事を今ここでしてしまえばカップが割れて紅茶で周囲がびちゃびちゃに濡れてしまうやらブラウニーは木っ端微塵になるやらの大惨事になってしまう事に気付いたのか、歯をギリギリと噛み締めながらも何とか彼は己の怒りを押さえ込んだ。その冷静な判断には拍手を送るべきだろう。
だが、当の本人はそんなユクシーの様子に気付いているのかいないのか、おもむろにブラウニーを1口齧ると「おいしー!」と無邪気に笑って見せた。まるでユクシーの事を煽っているかの様な態度だが、これがエムリットの素の状態なのだから何とも恐ろしいものである。脳天気な性格もここまで来たらただのノンデリと相違ないだらう。
「あ!これトバリのデパ地下に売ってるやつじゃない!ブランデー入ってる!美味しー!それにこの紅茶はもしかしなくともダージリン?アタシこれ大好き!」
「そうですか。別に貴方のために用意した訳では無いので。それ1個食べたらさっさと帰って下さいね」
「あーユンちゃん冷たい!ナマエにはすんごい紳士的だったのに!」
「私が誰にでも礼儀正しくいると思わないでくださいよ、貴方がそんな態度でいるからです反省なさい」
カップに入ったダージリンを1口啜り、ユクシーもまたエムリットに習ってブラウニーを小さく齧った。ビターチョコレートのほろ苦い風味とブランデーの少し深みのある大人な味が混ざり合い、良い感じにマッチしている。ビターチョコレートはミルクやホワイトに比べ、噛んだ瞬間の苦味や酸味が強く人を選ぶ味である印象だが、そのクセが逆にブランデーとの相性を良くしており、より一層ブラウニーの美味しさをプラスしているのだ。成程これは確かに美味い。と彼もそのブラウニーをお気に召したのか、また一口、二口とブラウニーを齧る手を止めずひたすら無我夢中でそれを貪った。
「ところで貴方のストッパー役という名のアグノムは一体どうしたんです。あなた達はいつも二人一緒にいる印象ですが」
「アーくんなら今日はお兄ちゃん達の所に居るわよ。たまには顔出さないとお兄ちゃん達が煩いからって。特にディア兄さんはそういうの口煩いものね」
「相変わらず彼はその辺ちゃんとしてますねえ。私なんてここ十数年は兄様方と顔を合わせてませんが」
「アタシもアタシも!最後に会ったのいつだったかしら…別世界にいるギラ兄さんと優しいパル兄さんはともかく、パパとディア兄さんはそこんとこ厳しいし…でも久々に顔出しに行ったら行ったでまた何か口煩い事言われそー…あー身内って面倒臭いわねほんと!」
「嫌になっちゃう!」と吐き捨てて、エムリットはまたダージリンを1口啜った。多分この後エイチ湖を出たら、仲の良いクレセリア辺りに愚痴でも零しに行くのだろう。神出鬼没で自分勝手なエムリットの事だから、相手に連絡を取ってから顔を出すという選択肢が最初から無いのである。この後被害に遭うであろう満月島にいる三日月の化身に対して気の毒に思いながら、ユクシーは2つ目のブラウニーに手を伸ばした。どうやらすっかりお気に召したようだ。
「ユンちゃん、ナマエの事本当好きなのね」
「…何です、神が人間にうつつを抜かしている様を嗤うつもりですか」
「そんな事しないわよ失礼ね!…ねえユンちゃん、アンタ自分の能力の事ちゃんと分かってるの?下手したらあの子の人生アンタのせいで滅茶苦茶になっちゃうかもしれないのよ」
「全く…急に押し掛けてきたと思ったら次は説教ですか。別に彼女の前で眼を開けなければ済む話でしょうに」
「ユンちゃんは変な所でうっかりやだから普通にやらかしちゃいそうで怖いのよ!…ねえ、ユンちゃんよく聞いて。この前話してみて思ったけど、あの子本当にいい子よ。聡くて真っ直ぐで、とっても健気よ。アタシ達みたいな存在が無闇に近づいて汚していい様な子じゃないわ。貴方が片想いのままでいるならそれに越したことはないけど、変に想いを拗らせてあの子の事滅茶苦茶にしたら取り返しがつかないのよ」
「…そんなの分かっているんですよ。私達のような存在が、人間に恋焦がれる訳にはいかないという事くらい。…でも、初めてなんです。あんなにハッキリと、自分だけのモノにしてしまいたいと思った存在は」
同胞であるエムリットに自分の能力が効かないのをいい事に、ユクシーは普段はピッタリと閉じられたその長い睫毛に縁取られた瞼をそっと開けた。彼の瞳を見た者は、もれなく皆全員記憶を失ってしまう。そんな呪いにも等しい能力を持つユクシーにとって、己を頼り縋ってくれる存在はとても貴重だった。人間と接する機会の無かったユクシーに近付き、暖かい陽だまりの様な笑顔を浴びせて心を奪って見せたナマエという女は、それほどまでにこの神に強い印象を植え付けたのだ。ユクシーがこうして執着して独占欲を露にするのも少しは分かるかもしれない。まあだからと言って、相手の人生を滅茶苦茶にしていい理由にはならないが。
「いい?アタシ達神のポリシーは、来る者拒まず去るもの追わず…よ?もしあの子がユンちゃんから離れて行きそうになっても、絶対に止めないこと!アタシ達には寿命自体無いけど、人間の寿命ってほんっとーに短いんだからね!」
「…私にナマエを諦めろと?折角出会えたというのに」
「そうならないように程よい距離感を保てって事よ!良い?絶対あの子の記憶を消して自分だけの物にしてしまおうとか考えちゃダメなんだからね!」
「分かった?ユンちゃん!」といつもより数倍大きな声でそう捲したてると、エムリットは言い逃げとでも言う様にダージリンの茶葉とティーカップを2つほど持つと、パッとテレポートでどこかに飛んで行ってしまった。そんな嵐の様な一幕をぼうっと見つめていたユクシーは、また1つため息を吐くと、手に持っていたブラウニーをもう一度小さく口に入れた。
「うわどこから生えてきたんですか貴方」
『…生えてきたなんて失礼ね!』
ナマエがエイチ湖から帰った直後、ユクシーが紅茶を淹れて優雅にブラウニーをもそもそ食べていると、どこからともなくエムリットが原型の姿のままふわふわとユクシー目掛けて飛んできた。これはまた面倒くさい事になるぞと咄嗟に紅茶の入ったティーカップとブラウニーを隠したユクシーだが、エムリットの方が一枚上手で、ユクシーが隠した紅茶とブラウニーは、目ざといエムリットに秒で見つかってしまった。
「あ!これさっきナマエに貰ってたお菓子でしょ!」
「…何で知ってるんですか」
「んー、別に深い意味なんて無いわよ?アタシがここに着いた時ちょーどユンちゃんがあの子とイチャイチャしてたから、何か面白いものでも見れるかなーって思って見張ってたワケ!」
「いくらなんでも悪趣味過ぎませんかそれ…ってコラ!勝手にブラウニー食べるな!」
ユクシーがこれだけは取られまいと必死に背後に隠して守っていた大事なブラウニーは、エムリットのサイコキネシスによって攻防戦を繰り返す間もなく一瞬であちらの手に渡ってしまった。それに対し、人の住処に土足で踏み込んで来た挙句惚れた女との逢瀬を覗き見され、その果てに大事な菓子を勝手に貪られるというあまりにも自分勝手な同胞の態度に憤慨したユクシーがシャドーボールを繰り出そうとするも、そんな事を今ここでしてしまえばカップが割れて紅茶で周囲がびちゃびちゃに濡れてしまうやらブラウニーは木っ端微塵になるやらの大惨事になってしまう事に気付いたのか、歯をギリギリと噛み締めながらも何とか彼は己の怒りを押さえ込んだ。その冷静な判断には拍手を送るべきだろう。
だが、当の本人はそんなユクシーの様子に気付いているのかいないのか、おもむろにブラウニーを1口齧ると「おいしー!」と無邪気に笑って見せた。まるでユクシーの事を煽っているかの様な態度だが、これがエムリットの素の状態なのだから何とも恐ろしいものである。脳天気な性格もここまで来たらただのノンデリと相違ないだらう。
「あ!これトバリのデパ地下に売ってるやつじゃない!ブランデー入ってる!美味しー!それにこの紅茶はもしかしなくともダージリン?アタシこれ大好き!」
「そうですか。別に貴方のために用意した訳では無いので。それ1個食べたらさっさと帰って下さいね」
「あーユンちゃん冷たい!ナマエにはすんごい紳士的だったのに!」
「私が誰にでも礼儀正しくいると思わないでくださいよ、貴方がそんな態度でいるからです反省なさい」
カップに入ったダージリンを1口啜り、ユクシーもまたエムリットに習ってブラウニーを小さく齧った。ビターチョコレートのほろ苦い風味とブランデーの少し深みのある大人な味が混ざり合い、良い感じにマッチしている。ビターチョコレートはミルクやホワイトに比べ、噛んだ瞬間の苦味や酸味が強く人を選ぶ味である印象だが、そのクセが逆にブランデーとの相性を良くしており、より一層ブラウニーの美味しさをプラスしているのだ。成程これは確かに美味い。と彼もそのブラウニーをお気に召したのか、また一口、二口とブラウニーを齧る手を止めずひたすら無我夢中でそれを貪った。
「ところで貴方のストッパー役という名のアグノムは一体どうしたんです。あなた達はいつも二人一緒にいる印象ですが」
「アーくんなら今日はお兄ちゃん達の所に居るわよ。たまには顔出さないとお兄ちゃん達が煩いからって。特にディア兄さんはそういうの口煩いものね」
「相変わらず彼はその辺ちゃんとしてますねえ。私なんてここ十数年は兄様方と顔を合わせてませんが」
「アタシもアタシも!最後に会ったのいつだったかしら…別世界にいるギラ兄さんと優しいパル兄さんはともかく、パパとディア兄さんはそこんとこ厳しいし…でも久々に顔出しに行ったら行ったでまた何か口煩い事言われそー…あー身内って面倒臭いわねほんと!」
「嫌になっちゃう!」と吐き捨てて、エムリットはまたダージリンを1口啜った。多分この後エイチ湖を出たら、仲の良いクレセリア辺りに愚痴でも零しに行くのだろう。神出鬼没で自分勝手なエムリットの事だから、相手に連絡を取ってから顔を出すという選択肢が最初から無いのである。この後被害に遭うであろう満月島にいる三日月の化身に対して気の毒に思いながら、ユクシーは2つ目のブラウニーに手を伸ばした。どうやらすっかりお気に召したようだ。
「ユンちゃん、ナマエの事本当好きなのね」
「…何です、神が人間にうつつを抜かしている様を嗤うつもりですか」
「そんな事しないわよ失礼ね!…ねえユンちゃん、アンタ自分の能力の事ちゃんと分かってるの?下手したらあの子の人生アンタのせいで滅茶苦茶になっちゃうかもしれないのよ」
「全く…急に押し掛けてきたと思ったら次は説教ですか。別に彼女の前で眼を開けなければ済む話でしょうに」
「ユンちゃんは変な所でうっかりやだから普通にやらかしちゃいそうで怖いのよ!…ねえ、ユンちゃんよく聞いて。この前話してみて思ったけど、あの子本当にいい子よ。聡くて真っ直ぐで、とっても健気よ。アタシ達みたいな存在が無闇に近づいて汚していい様な子じゃないわ。貴方が片想いのままでいるならそれに越したことはないけど、変に想いを拗らせてあの子の事滅茶苦茶にしたら取り返しがつかないのよ」
「…そんなの分かっているんですよ。私達のような存在が、人間に恋焦がれる訳にはいかないという事くらい。…でも、初めてなんです。あんなにハッキリと、自分だけのモノにしてしまいたいと思った存在は」
同胞であるエムリットに自分の能力が効かないのをいい事に、ユクシーは普段はピッタリと閉じられたその長い睫毛に縁取られた瞼をそっと開けた。彼の瞳を見た者は、もれなく皆全員記憶を失ってしまう。そんな呪いにも等しい能力を持つユクシーにとって、己を頼り縋ってくれる存在はとても貴重だった。人間と接する機会の無かったユクシーに近付き、暖かい陽だまりの様な笑顔を浴びせて心を奪って見せたナマエという女は、それほどまでにこの神に強い印象を植え付けたのだ。ユクシーがこうして執着して独占欲を露にするのも少しは分かるかもしれない。まあだからと言って、相手の人生を滅茶苦茶にしていい理由にはならないが。
「いい?アタシ達神のポリシーは、来る者拒まず去るもの追わず…よ?もしあの子がユンちゃんから離れて行きそうになっても、絶対に止めないこと!アタシ達には寿命自体無いけど、人間の寿命ってほんっとーに短いんだからね!」
「…私にナマエを諦めろと?折角出会えたというのに」
「そうならないように程よい距離感を保てって事よ!良い?絶対あの子の記憶を消して自分だけの物にしてしまおうとか考えちゃダメなんだからね!」
「分かった?ユンちゃん!」といつもより数倍大きな声でそう捲したてると、エムリットは言い逃げとでも言う様にダージリンの茶葉とティーカップを2つほど持つと、パッとテレポートでどこかに飛んで行ってしまった。そんな嵐の様な一幕をぼうっと見つめていたユクシーは、また1つため息を吐くと、手に持っていたブラウニーをもう一度小さく口に入れた。