Extraordinary!
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「…というのが、私がこの世界にやってきた理由らしいです」
『へぇ〜。よりによってあの異端児に選ばれるなんて、ナマエちゃんも災難だったねえ』
「こらライコウ、口を慎め」
パルキアさんが私たちの前に現れて、およそ2週間が経っていた。スイクンさんと約束した2ヶ月半の期限まで、あとほんの少しだ。現在私はホウオウさんとのお勉強を一時中断して、久しぶりに屋敷に帰ってきてくれたライコウさんとエンテイさんに対し、暇潰しがてら事の顛末を隈なくお話しているところだった。
私が原型のポケモンと話す事が出来ると知った途端、犬猿の仲であるスイクンさんがこの場に居ない事を良い事に、でんきタイプのポケモンに恥じない素早さで原型の姿に戻り、徐に私の膝に重たい頭を乗せてきたライコウさん。日々一緒に行動しているエンテイさんと違って、この人にプライドは無いのだろうか。伝説のポケモンが人間の膝に頭を乗せて甘えるなんてこれまで勉強していた中で聞いた事無いのだが。
『ポケモン達と絆を深め、擬人化出来るポケモンを増やしてほしいねぇ…他人に全く興味無いあのパルキアらしからぬ頼みだけど、一体何考えてるのやら』
人とポケモンが結婚していた時代なんて、俺たちがホウオウに生まれ変わらせられた時代より遥かに前の出来事なのに。とライコウさんはボソリと呟くと、私の膝の上で喉をゴロゴロと鳴らした。そんな猫の様な仕草に苦笑しながらそっとライコウさんのフサフサな体毛に手を伸ばすと、ふわふわな抜群の触り心地に加え、手のひらに微弱な電流が伝わってきた。仕草自体は猫と大差ないが、なるほどこういう所はでんきタイプのポケモンらしい。
「…それよりポケモンと共に強くなり絆を深めるという事は、お前たちは共に旅に出るという事なのだろう。大丈夫なのか?」
「は、はい!ヒトモシくん、自分で自分の身を守る為に毎日特訓頑張ってるんですよ!なので心配は無用ですエンテイさん!」
「いや、そうではなく…」
一瞬何か言いかけたが、私の返事を聞いて口をつぐんでしまったエンテイさん。もしかして何か不味い事を話してしまっただろうかと不安になっていると、ライコウさんがニヤニヤと意地の悪い表情をしながら、エンテイさんにその顔を徐に向けて口を開いた。
『あれれ〜?どうしたのさエンテイ。お前が話の途中に黙り込むなんて珍しいじゃん?』
「黙れライコウ。否、確かにヒトモシの事も心配だがな…」
そう言って口を噤むどころか下を向いて口を閉じてしまったエンテイさんの挙動に対して頭上にはてなマークを浮かべていると、ライコウさんが原型の姿のままそっと耳打ちしてくれた。
『…つまりエンテイはね、急にこの世界にやってきた上に厄介事を押し付けられてしまった君の事を不器用なりに心配してくれてるって訳さ』
「!そ、そうだったんですか…」
『ははは、エンテイほんと不器用すぎるよね!プライド高すぎておもしれ〜!』
ゲラゲラ笑いながら私の膝の上でバイブレーションの如く大きめの体躯をプルプルと震わせているライコウさん。その挙動にエンテイさんが呆れたように溜息を付きながら、「お前の様に女なら誰彼構わず甘い言葉を囁く様な男よりマシだ」と氷タイプもびっくりの冷ややかな視線をライコウさんに向けて言った。この人達と接する度に思うのだが、2人共性格が正反対な癖に、どうして一緒に旅が出来ているのだろう。どう考えても馬が合わなさすぎて旅するどころじゃないと思うんだけど。
『ほんと人間相手には不器用だよねエンテイさあ…あ〜おもしろ!』
「我々の種族上人間と接する機会があまりにも少ないのだから仕方ないだろう…!それに元々私は人間を好まん」
ライコウさんがあまりにもエンテイさんを弄り倒しているものだから、とうとうエンテイさんはそっぽを向いて何も話さなくなってしまった。エンテイさんの視線の先を追いかけてみると、そこにはスイクンさんが毎日丁寧に手入れしているお庭があった。どうやら伝説としてのプライドを捨てて人間に甘え倒している同胞を見ているより、美しい花々を見ていた方が千倍マシだと判断したらしい。その判断は100%間違っていないだろう。私だってきっとそうすると思う。
話が途切れてしまったので、未だ膝上でゴロゴロと喉を鳴らしているライコウさんの体毛をこれ見よがしに堪能していると、ライコウさんが何かをはっと思い出したかのように突然喉を鳴らすのをピタリと止めて私に話しかけて来た。
『そういえばナマエちゃん、旅に出るという事は、初めにウツギ博士の所に行って最初のポケモンも貰いに行くのかい?』
「うーん…私もそう考えたのですが、私にはもうヒトモシくんとスイクンさんが居るので…まずは3人だけで進んでいこうかなって考えてます。何より私、博士と面識ありませんし…」
『うんうん、成程ねえ。ちゃんと順序立てる事が出来てて大変よろしい』
頭を私の足にぐりぐりと擦り付けて甘えられながら褒められても、何だか素直に喜べない。この人のチャラチャラした軽い雰囲気がそうさせるのか、あるいは私自身未だライコウさんと話すのに対して緊張しているのか。…多分前者の方が大きいと思うが、私も私でこういう女慣れしている大人びた異性と接した事が無いのもあってか、中々スイクンさんやヒトモシくんと接する時のように素直な態度を取るのが難しいのだ。まあこればかりは慣れるしか無いのだろう。
そんな風にふかふかで温かいライコウさんの体躯に手のひらを埋めながら、エンテイさんに習って私も庭をぼーっと見つめていると、部屋の扉が勢いよく開き、ホウオウさんとヒトモシくんがお茶とお菓子の乗ったお盆を持って入って来た。
「おーいお前ら。このホウオウ様が茶ぁ入れてやったぞ、有難く飲めよ」
「こ、これ、僕とホウオウさんで選んだお菓子です…!良かったら食べて下さい」
お茶を乗せたお盆をドヤ顔でテーブルに置いたホウオウさんと、煎餅や最中が所狭しと並べられたお皿を、音を立てず控えめにテーブルへと乗せたヒトモシくん。この対比がホウオウさんの大人気なさを表している様な気がするが、ちょうど喉を潤したいと思っていたので、あえて此方からは何も言うまいと黙ってお茶を啜るだけに留めておいた。この人落ち着きはどこに置いてきたんだろう。
「すまないなホウオウ…だが何もお前ともあろう者がわざわざ茶を入れる為だけに動かなくとも、我らに手伝わせればよかろうに」
「相変わらずお前は本当にお堅いな!別に茶入れるくらい俺の自由だろ。そんでその茶をお前らに飲ませるのも俺の自由」
『うわ横暴。そんでもってすげえ自己中』
うげえ、とわざとらしく苦々しい顔をホウオウさんに向けながらも、ライコウさんは素直に身体を人の形に変えながら差し出されたぬるいお茶を受け取った。それに従って私も煎餅を齧る手を止めてお茶を1口啜れば、スイクンさんお気に入りの深蒸し茶の香ばしい風味が一気に口内に広がる。ホウオウさんお気に入りの良い抹茶が台所にストックしてあるのに加え、屋敷の水はスイクンさんがいつも清めてくれているお陰で、とても澄んだ味をしているのだ。お茶について疎い私でも十分この美味しさが分かるのだから、茶道に精通した人が飲めば、きっと大絶賛の嵐だろう。
「そういやお前達とは久々に顔合わせたが、まだジョウト地方駆け回ってんのか?」
「無論。然しどこで正体を知られるか分からぬ故、元の姿に戻る事は全く無いな」
「だよなー!会う機会の多いお気に入りの女の子達の前でもボロが出ねえ様に慎重にならなきゃだし、確かに息が詰まるよなあ」
「んな火遊びそろそろやめとけって前会った時にも俺言っただろ…まだ続けてんのかよお前どうしようもねえな」
「っはは、ホウオウそれ最高の褒め言葉」
ため息をついて先程のエンテイさんと同じ様にライコウさんを呆れた眼差しで見つめているホウオウさんを横目に、私はそっとヒトモシくんの耳を塞いだ。いくらなんでもヒトモシくんに聞かせるべき話ではない。まあヒトモシくん自身全く話に興味を持たずにひたすら最中と煎餅を頬張っているので、それだけは不幸中の幸いか。
「この前はいかにも夫とレスな感じの人妻引っ掛けてみたんだけどさあ…やる事やった後に夫に見つかりそうになっちゃって。あれは久々に焦ったなー!でもそれが堪らないんだけどね!」
「お前そろそろほんとに黙れ」
「子供のいる前でやめろ」
痺れを切らしたエンテイさんが、ライコウさんの口に無理やり煎餅を数枚捩じ込んだ。そのお陰でやっとライコウさんの恋愛トーク(18禁)が幕を閉じた為、私は安堵しながらヒトモシくんの耳から手を離してお茶を1口啜った。良かった、折角のお茶が不味くなる所だった。というか人妻引っ掛けてる時点でもう火遊びのライン超えてしまっているのでは。不倫って立派な犯罪だし。
「ナマエ、貴様はこんな男に引っかかるんじゃないぞ。ヒトモシの教育にも悪いからな」
「確かにお前世間知らずそうだしなあ。変な奴に引っかかってスイクン泣かせるんじゃねえぞ?」
「だ、大丈夫ですよ!今はパルキアさんから頼まれた事をやり遂げるので精一杯ですし、他人と色恋沙汰になるどころじゃないので!」
「ナマエちゃん、この2人は君のそういう生真面目な所が心配なんだと思うよ」
「まあ俺みたいな反面教師が居るから大丈夫か!」と、皆が真面目くさった顔で私の事を心配してくれている中、1人だけ場違いにも程があるくらいケラケラ笑いながら煎餅を齧っているライコウさんは、もしかしなくともパルキアさんと肩を並べる事が出来るくらいマイペースで自由奔放な方なのでは…と、私は密かに思うのだった。 まあ本人達はその事を自覚してはいないのだろうが。
*
「これが今日ポケモンセンターで発行して貰ったトレーナーカードやで。そんでこれがポケナビ。連絡取ったりマップ確認したりで何かと便利な道具やさかい、無くしたらあかんで。個人情報も仰山入っとるからな。そんでこっちが俺とヒトモシの入るモンスターボールで、こっちが他のポケモンを捕まえる時に使うやつで…あとはこっちがキズぐすりで、これは状態異常を治すやつで…」
「ど…どれだけ買ってきたんですかスイクンさん…」
夕飯の時間になっても帰って来ないスイクンさんを皆で心配しながらも、ご飯が冷めてしまっては美味しく無い為、私達は先程スイクンさん抜きで夕食を取った。それからお風呂やら歯磨きやらを終えて暫く本を読んでいた所、ようやく玄関の扉が開いた音が聞こえて来たので急いで玄関へと向かってみれば、そこには1人で抱え切れない程の大荷物を携えて帰宅してきたスイクンさんの姿があった。そのあまりに多い紙袋の数に、この人何処かで強盗でも犯して来たんじゃないかと思わず疑ってしまった自分をぶん殴りたくなった。スイクンさんがそんな事する訳ないだろうに。
どうやらスイクンさんは、私が旅をする為に必要な物を今日1日で全部揃えて来て下さったらしい。しかも私には内緒で。そんな驚きのサプライズを受けて、私は嬉しいやらびっくりするやらであたふたしながらも、震える手で1つづつ紙袋に入った道具らを開封していった。
…が、何だこの多さは。確か旅をする上で最低限必要な物は、ポケモンセンターのサービスを使わせて貰う上で必要なトレーナーカードと、自分の相棒となるポケモン。そレに加えて迷子になるのが不安ならばポケナビ。この3つさえあれば旅に出る上で身の安全は確保出来る。
なので取り敢えずはこの3つのみ準備しておいて、他にも入り用になりそうな物があればトレーナーとのバトルで得たファイトマネーで購入し、なるべくスイクンさんに負担させない…という約束を随分前にした様な気がするのだが、果たしてこの人、それを覚えているのだろうか。明らかにキズぐすりやらモンスターボールやら、私とヒトモシくんの力でも賄える範囲の道具まで買ってきているではないか。否、有難いと言えば有難いが、今こうして私たちを保護して下さっているスイクンさんに、これ以上負担をかけたくはない。旅に着いてきて私たちを守って下さるだけでも十分だと言うのに。
「つ、次からこういった道具類は自分で用意させて下さい…!お願いします本当に!」
「何や相変わらずナマエは控えめな子やなあ、大人に甘えられる機会なんて多くないんやから…」
「わ、私を罪悪感で押しつぶさないで下さい…っ」
土下座する勢いでそう何度目かの懇願をすれば、スイクンさんは聞き分けの無い赤子を見るような微笑みをこちらに向けた後、ゆっくり私の頭を撫でながら「そこまで言うなら…でも困った時は頼るんやで」と何とか引き下がってくれた。こんなゴリ押しで人の好意を無下にするのもどうかと思ったが、前にも言った通りこの人には私のせいで日々多大なる迷惑を掛けているのだ(特にパルキアさん襲来の時とか)。私が罪悪感で死んでしまう前に、何とか親離れならぬスイクンさん離れを済ませなければ。
「約束ですよ!」
「分かった分かった」
本当に大丈夫なのだろうか。私のそんな尽きない悩みの1つは、不意に襲ってきた睡魔の強さにも負けずに、眠りにつく直前まで私の脳内を支配していたのだった。
『へぇ〜。よりによってあの異端児に選ばれるなんて、ナマエちゃんも災難だったねえ』
「こらライコウ、口を慎め」
パルキアさんが私たちの前に現れて、およそ2週間が経っていた。スイクンさんと約束した2ヶ月半の期限まで、あとほんの少しだ。現在私はホウオウさんとのお勉強を一時中断して、久しぶりに屋敷に帰ってきてくれたライコウさんとエンテイさんに対し、暇潰しがてら事の顛末を隈なくお話しているところだった。
私が原型のポケモンと話す事が出来ると知った途端、犬猿の仲であるスイクンさんがこの場に居ない事を良い事に、でんきタイプのポケモンに恥じない素早さで原型の姿に戻り、徐に私の膝に重たい頭を乗せてきたライコウさん。日々一緒に行動しているエンテイさんと違って、この人にプライドは無いのだろうか。伝説のポケモンが人間の膝に頭を乗せて甘えるなんてこれまで勉強していた中で聞いた事無いのだが。
『ポケモン達と絆を深め、擬人化出来るポケモンを増やしてほしいねぇ…他人に全く興味無いあのパルキアらしからぬ頼みだけど、一体何考えてるのやら』
人とポケモンが結婚していた時代なんて、俺たちがホウオウに生まれ変わらせられた時代より遥かに前の出来事なのに。とライコウさんはボソリと呟くと、私の膝の上で喉をゴロゴロと鳴らした。そんな猫の様な仕草に苦笑しながらそっとライコウさんのフサフサな体毛に手を伸ばすと、ふわふわな抜群の触り心地に加え、手のひらに微弱な電流が伝わってきた。仕草自体は猫と大差ないが、なるほどこういう所はでんきタイプのポケモンらしい。
「…それよりポケモンと共に強くなり絆を深めるという事は、お前たちは共に旅に出るという事なのだろう。大丈夫なのか?」
「は、はい!ヒトモシくん、自分で自分の身を守る為に毎日特訓頑張ってるんですよ!なので心配は無用ですエンテイさん!」
「いや、そうではなく…」
一瞬何か言いかけたが、私の返事を聞いて口をつぐんでしまったエンテイさん。もしかして何か不味い事を話してしまっただろうかと不安になっていると、ライコウさんがニヤニヤと意地の悪い表情をしながら、エンテイさんにその顔を徐に向けて口を開いた。
『あれれ〜?どうしたのさエンテイ。お前が話の途中に黙り込むなんて珍しいじゃん?』
「黙れライコウ。否、確かにヒトモシの事も心配だがな…」
そう言って口を噤むどころか下を向いて口を閉じてしまったエンテイさんの挙動に対して頭上にはてなマークを浮かべていると、ライコウさんが原型の姿のままそっと耳打ちしてくれた。
『…つまりエンテイはね、急にこの世界にやってきた上に厄介事を押し付けられてしまった君の事を不器用なりに心配してくれてるって訳さ』
「!そ、そうだったんですか…」
『ははは、エンテイほんと不器用すぎるよね!プライド高すぎておもしれ〜!』
ゲラゲラ笑いながら私の膝の上でバイブレーションの如く大きめの体躯をプルプルと震わせているライコウさん。その挙動にエンテイさんが呆れたように溜息を付きながら、「お前の様に女なら誰彼構わず甘い言葉を囁く様な男よりマシだ」と氷タイプもびっくりの冷ややかな視線をライコウさんに向けて言った。この人達と接する度に思うのだが、2人共性格が正反対な癖に、どうして一緒に旅が出来ているのだろう。どう考えても馬が合わなさすぎて旅するどころじゃないと思うんだけど。
『ほんと人間相手には不器用だよねエンテイさあ…あ〜おもしろ!』
「我々の種族上人間と接する機会があまりにも少ないのだから仕方ないだろう…!それに元々私は人間を好まん」
ライコウさんがあまりにもエンテイさんを弄り倒しているものだから、とうとうエンテイさんはそっぽを向いて何も話さなくなってしまった。エンテイさんの視線の先を追いかけてみると、そこにはスイクンさんが毎日丁寧に手入れしているお庭があった。どうやら伝説としてのプライドを捨てて人間に甘え倒している同胞を見ているより、美しい花々を見ていた方が千倍マシだと判断したらしい。その判断は100%間違っていないだろう。私だってきっとそうすると思う。
話が途切れてしまったので、未だ膝上でゴロゴロと喉を鳴らしているライコウさんの体毛をこれ見よがしに堪能していると、ライコウさんが何かをはっと思い出したかのように突然喉を鳴らすのをピタリと止めて私に話しかけて来た。
『そういえばナマエちゃん、旅に出るという事は、初めにウツギ博士の所に行って最初のポケモンも貰いに行くのかい?』
「うーん…私もそう考えたのですが、私にはもうヒトモシくんとスイクンさんが居るので…まずは3人だけで進んでいこうかなって考えてます。何より私、博士と面識ありませんし…」
『うんうん、成程ねえ。ちゃんと順序立てる事が出来てて大変よろしい』
頭を私の足にぐりぐりと擦り付けて甘えられながら褒められても、何だか素直に喜べない。この人のチャラチャラした軽い雰囲気がそうさせるのか、あるいは私自身未だライコウさんと話すのに対して緊張しているのか。…多分前者の方が大きいと思うが、私も私でこういう女慣れしている大人びた異性と接した事が無いのもあってか、中々スイクンさんやヒトモシくんと接する時のように素直な態度を取るのが難しいのだ。まあこればかりは慣れるしか無いのだろう。
そんな風にふかふかで温かいライコウさんの体躯に手のひらを埋めながら、エンテイさんに習って私も庭をぼーっと見つめていると、部屋の扉が勢いよく開き、ホウオウさんとヒトモシくんがお茶とお菓子の乗ったお盆を持って入って来た。
「おーいお前ら。このホウオウ様が茶ぁ入れてやったぞ、有難く飲めよ」
「こ、これ、僕とホウオウさんで選んだお菓子です…!良かったら食べて下さい」
お茶を乗せたお盆をドヤ顔でテーブルに置いたホウオウさんと、煎餅や最中が所狭しと並べられたお皿を、音を立てず控えめにテーブルへと乗せたヒトモシくん。この対比がホウオウさんの大人気なさを表している様な気がするが、ちょうど喉を潤したいと思っていたので、あえて此方からは何も言うまいと黙ってお茶を啜るだけに留めておいた。この人落ち着きはどこに置いてきたんだろう。
「すまないなホウオウ…だが何もお前ともあろう者がわざわざ茶を入れる為だけに動かなくとも、我らに手伝わせればよかろうに」
「相変わらずお前は本当にお堅いな!別に茶入れるくらい俺の自由だろ。そんでその茶をお前らに飲ませるのも俺の自由」
『うわ横暴。そんでもってすげえ自己中』
うげえ、とわざとらしく苦々しい顔をホウオウさんに向けながらも、ライコウさんは素直に身体を人の形に変えながら差し出されたぬるいお茶を受け取った。それに従って私も煎餅を齧る手を止めてお茶を1口啜れば、スイクンさんお気に入りの深蒸し茶の香ばしい風味が一気に口内に広がる。ホウオウさんお気に入りの良い抹茶が台所にストックしてあるのに加え、屋敷の水はスイクンさんがいつも清めてくれているお陰で、とても澄んだ味をしているのだ。お茶について疎い私でも十分この美味しさが分かるのだから、茶道に精通した人が飲めば、きっと大絶賛の嵐だろう。
「そういやお前達とは久々に顔合わせたが、まだジョウト地方駆け回ってんのか?」
「無論。然しどこで正体を知られるか分からぬ故、元の姿に戻る事は全く無いな」
「だよなー!会う機会の多いお気に入りの女の子達の前でもボロが出ねえ様に慎重にならなきゃだし、確かに息が詰まるよなあ」
「んな火遊びそろそろやめとけって前会った時にも俺言っただろ…まだ続けてんのかよお前どうしようもねえな」
「っはは、ホウオウそれ最高の褒め言葉」
ため息をついて先程のエンテイさんと同じ様にライコウさんを呆れた眼差しで見つめているホウオウさんを横目に、私はそっとヒトモシくんの耳を塞いだ。いくらなんでもヒトモシくんに聞かせるべき話ではない。まあヒトモシくん自身全く話に興味を持たずにひたすら最中と煎餅を頬張っているので、それだけは不幸中の幸いか。
「この前はいかにも夫とレスな感じの人妻引っ掛けてみたんだけどさあ…やる事やった後に夫に見つかりそうになっちゃって。あれは久々に焦ったなー!でもそれが堪らないんだけどね!」
「お前そろそろほんとに黙れ」
「子供のいる前でやめろ」
痺れを切らしたエンテイさんが、ライコウさんの口に無理やり煎餅を数枚捩じ込んだ。そのお陰でやっとライコウさんの恋愛トーク(18禁)が幕を閉じた為、私は安堵しながらヒトモシくんの耳から手を離してお茶を1口啜った。良かった、折角のお茶が不味くなる所だった。というか人妻引っ掛けてる時点でもう火遊びのライン超えてしまっているのでは。不倫って立派な犯罪だし。
「ナマエ、貴様はこんな男に引っかかるんじゃないぞ。ヒトモシの教育にも悪いからな」
「確かにお前世間知らずそうだしなあ。変な奴に引っかかってスイクン泣かせるんじゃねえぞ?」
「だ、大丈夫ですよ!今はパルキアさんから頼まれた事をやり遂げるので精一杯ですし、他人と色恋沙汰になるどころじゃないので!」
「ナマエちゃん、この2人は君のそういう生真面目な所が心配なんだと思うよ」
「まあ俺みたいな反面教師が居るから大丈夫か!」と、皆が真面目くさった顔で私の事を心配してくれている中、1人だけ場違いにも程があるくらいケラケラ笑いながら煎餅を齧っているライコウさんは、もしかしなくともパルキアさんと肩を並べる事が出来るくらいマイペースで自由奔放な方なのでは…と、私は密かに思うのだった。 まあ本人達はその事を自覚してはいないのだろうが。
*
「これが今日ポケモンセンターで発行して貰ったトレーナーカードやで。そんでこれがポケナビ。連絡取ったりマップ確認したりで何かと便利な道具やさかい、無くしたらあかんで。個人情報も仰山入っとるからな。そんでこっちが俺とヒトモシの入るモンスターボールで、こっちが他のポケモンを捕まえる時に使うやつで…あとはこっちがキズぐすりで、これは状態異常を治すやつで…」
「ど…どれだけ買ってきたんですかスイクンさん…」
夕飯の時間になっても帰って来ないスイクンさんを皆で心配しながらも、ご飯が冷めてしまっては美味しく無い為、私達は先程スイクンさん抜きで夕食を取った。それからお風呂やら歯磨きやらを終えて暫く本を読んでいた所、ようやく玄関の扉が開いた音が聞こえて来たので急いで玄関へと向かってみれば、そこには1人で抱え切れない程の大荷物を携えて帰宅してきたスイクンさんの姿があった。そのあまりに多い紙袋の数に、この人何処かで強盗でも犯して来たんじゃないかと思わず疑ってしまった自分をぶん殴りたくなった。スイクンさんがそんな事する訳ないだろうに。
どうやらスイクンさんは、私が旅をする為に必要な物を今日1日で全部揃えて来て下さったらしい。しかも私には内緒で。そんな驚きのサプライズを受けて、私は嬉しいやらびっくりするやらであたふたしながらも、震える手で1つづつ紙袋に入った道具らを開封していった。
…が、何だこの多さは。確か旅をする上で最低限必要な物は、ポケモンセンターのサービスを使わせて貰う上で必要なトレーナーカードと、自分の相棒となるポケモン。そレに加えて迷子になるのが不安ならばポケナビ。この3つさえあれば旅に出る上で身の安全は確保出来る。
なので取り敢えずはこの3つのみ準備しておいて、他にも入り用になりそうな物があればトレーナーとのバトルで得たファイトマネーで購入し、なるべくスイクンさんに負担させない…という約束を随分前にした様な気がするのだが、果たしてこの人、それを覚えているのだろうか。明らかにキズぐすりやらモンスターボールやら、私とヒトモシくんの力でも賄える範囲の道具まで買ってきているではないか。否、有難いと言えば有難いが、今こうして私たちを保護して下さっているスイクンさんに、これ以上負担をかけたくはない。旅に着いてきて私たちを守って下さるだけでも十分だと言うのに。
「つ、次からこういった道具類は自分で用意させて下さい…!お願いします本当に!」
「何や相変わらずナマエは控えめな子やなあ、大人に甘えられる機会なんて多くないんやから…」
「わ、私を罪悪感で押しつぶさないで下さい…っ」
土下座する勢いでそう何度目かの懇願をすれば、スイクンさんは聞き分けの無い赤子を見るような微笑みをこちらに向けた後、ゆっくり私の頭を撫でながら「そこまで言うなら…でも困った時は頼るんやで」と何とか引き下がってくれた。こんなゴリ押しで人の好意を無下にするのもどうかと思ったが、前にも言った通りこの人には私のせいで日々多大なる迷惑を掛けているのだ(特にパルキアさん襲来の時とか)。私が罪悪感で死んでしまう前に、何とか親離れならぬスイクンさん離れを済ませなければ。
「約束ですよ!」
「分かった分かった」
本当に大丈夫なのだろうか。私のそんな尽きない悩みの1つは、不意に襲ってきた睡魔の強さにも負けずに、眠りにつく直前まで私の脳内を支配していたのだった。
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