「お前、死ぬ気か」

住処としている洞窟の最奥にて、泥で塗れた薄汚い女を発見した。腕利きのトレーナーも滅多に寄り付かないこの洞窟に人間とは、珍しい事もあるものだ。

野生のポケモンも大量に出るこの洞窟で、従えている手持ちのポケモンすら見当たらない。虚ろな瞳で此方を見上げたその顔からは、生気というものがまるで感じ取れなかった。

艶の一つも見当たらない傷んだ髪をかき上げて、その女はそっと口を開く。面目はまだ若く見えるのに、その声はまるで嗄れた老婆の様だった。

「…私ね、悪い事をしたの。だからここに逃げてきちゃった」

感情が何一つ読み取れないその枯れた声からは、抑揚なんてまるでない。

「それで死に場所にここを選んだと」

「そういう事になるわね」

馬鹿な事を。ここで死肉となれば、いずれ野生のポケモン達に跡形もなく食われるだけだ。決して土には還れない。ただ獣の餌となる虚しい最期を迎えるだけ。

人間とは生に固執する生き物という妙な固定観念が私の中にあったが、どうやらこの女は例外のようだ。

「貴方は一体誰なの？」

女の枯れた声がまた私の耳を擽った。注意深く耳を澄ませていないと、まるで聞き取れないような声量で。

「…詳しくは話さない。だがこの洞窟に住まう者だと言っておこう」

「名前くらい教えてよ」

「言ってもお前にはどうせ分からぬ」

そうやって冷たく言い放つ理由は、はたして人間嫌いなわたしの性分か。それとも、死期の近い生き物を見捨てようとする、獣特有の本能か。

「私ね、ナマエって言うの……」

洞窟の土壁が軋む音と混ざって、よく聞こえなかった今の言葉。何か大切な事を聞き漏らした様な気がしてもう一度聞こうとするも、既に女は肉塊となって眠っていた。


名前すら分からないその汚い人間の女は、今も尚私の記憶に焼き付いて離れない。