「人間ってすぐ死ぬわよね」

夜飯を食べて風呂に入って、さあ後はもう寝るだけだ。と2人で一緒に布団に入ろうとしたら、ナマエから急にそんなことを言われた。しかもまあまあ返答に困る言葉だったので、吃驚して眠気が何処かに吹き飛んでしまった。どうしてくれるんだ、寝れないじゃないか。

…まあナマエの事だ、今の言葉に特に意味なんてものは無いのだろう。と思い、私も「ああ、人間は脆弱だし短命だもんな」と当たり障りのない返答を返してみる。いいから早く寝させろ。そういう話は明日の昼にでも聞いてやるから。

「…私もそう思うわ、スイクン。人間って少し…いや、かなり脆すぎると思うの。私もどうせ、あと数十年後にはこの世に居ないかもしれないのよね」

「今更だな」

「どうせ今すぐ死ぬ訳でもないんだから、もう寝るぞ」と取り敢えずナマエの体に布団をかけ、幼児を寝かしつけるように背中を優しく叩いてやる。するとナマエは何を思ったのか、途端に私の方へ身体を寄せて抱きついてきた。急な事に吃驚して固まっていると、ナマエは今までと同じ無表情のまま、更に私の首元に顔を埋めた。

「私、死にたくないわ」とナマエは、表情筋を動かさないまま、先程よりも声のトーンを落として言う。

「それは一体何故だ」と私も表情を変えず、声を落としてそう問いかけた。まるで内緒話でもしてるかのようなシチュエーションだな。という考えは心に秘めて。

「だって、死んだらあなたと一緒にいられない」

「はは、そこまで想ってもらえるのは男冥利に尽きるな」

「こら、真剣に聞きなさいよ」

眉間に少し皺を寄せ、ナマエは不服そうな顔で私の額を小突く。それを数回ほど繰り返されて、流石にに痛いからやめてくれ。と私は虚しくも抵抗をしようとしたのだが、それはナマエの言葉と共に掻き消された。

「何で人間ってすぐに死んでしまうのかしらね。私、もっとあなたと一緒にいたいのに」

「ナマエ…」

私を抱きしめる力を更に強めて、ナマエは肩を震わせた。死に対してこれ程恐怖を抱いている人間なんて私は初めて見た。語弊のある言い方かもしれないが、人間なんて勝手に増えて自ずと死んでいくものだとばかり今まで思っていたから。

「でも、スイクンに看取ってもらえるなら死んでもいいかも」

「全く、また馬鹿な事を…」

人間を殺すことなんて、本当に簡単なことだと思う。寿命、病気、事故だって十分死因になりうる事だが、感情なんて微塵も無い140字以内の文章や、画面上に映し出された誰に向けたものかも分からない誹謗中傷。そういったカタチのない有象無象が、人間の生死を操っているのだ。

「…そんな事考えてないで早く寝るぞ」

「そんな事って…スイクンあなた眠いだけでしょ。人の話くらい聞きなさいよ」

「ほら、おやすみ」

先程までナマエに小突かれていた額を数回己の手で擦り、ナマエと共に敷布団と毛布に挟まれながら私はそっと目を閉じる。

……死んだナマエを看取る自分の姿を想像して寒気が走ったなんて、きっと気のせいだ。