例えば紙に文字を書いて、間違えたところを消しゴムで消すように。

人の記憶も案外そんな簡単に消えるものだ。海馬が私たちの記憶を覗いて、いらないものを取捨選択し始める。その結果いらない記憶は全て消えて無くなってしまうのだ。

｢あいつに近づき過ぎてはいけないよ｣と青いあの子は教えてくれた。あいつは僕らの中で1番危険な存在だから、今のままだと君はいずれ何もかも失ってしまう、と。

「それは怖いなあ」と私は目を閉じて口元に弧を描いてそれを笑い飛ばす。別に余裕ぶってる訳じゃない。本当に、彼になら何もかも奪われて良いと心の底から思っていたから。

「あの子の言う事は信じちゃ駄目だよ」と桃色のあの子が教えてくれた。彼は知識に長けているから、手練手管にヒトを操るから、あの子の言う事を何でも鵜呑みにしたらいずれ戻って来れなくなるから。

「何かあったらすぐにあいつから離れろ」といってその2人は随分か前に姿を消してしまった。否、私が目を背けてしまっているだけで、今でも私の傍に居てくれているのかもしれない。

そんな都合の良い解釈をして私はベッドから降りて水を1口飲んだ。1口分だけ減ったその水は、ゆらゆらと揺れるように私を嗤った。