「ゼルネアス、重いよ。それに暑苦しい。そんなに引っ付かないで。」

「嫌です…」

「意地張らないの」

外出先から家に帰って来たらいつも物静かな私のパートナーが凄い甘えん坊になっていた。一体どうしたというのだろう。彼は普段からこんなに甘えてくるようなタイプでは無かった筈だし、私自身こんな風に彼に抱きしめられることなんて絶対にありえないと思っていた。でも今こうして抱きしめられている。一体全体どうして？脳内で疑問符が止まらない。

「何かあったの？悪夢でも見た？それとも寂しかった？」

「…あなたに置いていかれるのが怖いのです。人間は短命ですから。永遠の生命を持つ私から見ると人間の寿命なんて儚い一時の様なもの。少しでも目を離してしまえば人間なんてすぐに死んでしまう。お願い、私を1人にしないで。｣

そう言うと彼は「すみません。不埒な真似を」と言い、私を抱きしめていた腕を緩めて名残惜しそうに私から離れた。よく見るとゼルネアスの美しく透き通るような青い瞳に薄らと涙が浮かんでいるのが見える。神様をこんな風にいとも簡単に泣かせてしまえる程に寿命というものは恐ろしいのだと、私はそれを見て改めて実感した。

「置いていかないわよ。私は絶対にあなたから離れたりしない。ちょっと散歩に行ってただけよ。そんなに心配しないでいいから」

「…ならばナマエ。もし私があなたに永遠の生命を分け与えると言った場合、あなたはそれに応えて下さいますか。そしてずっと私と一緒に生きて下さるのですか。私から絶対に離れないと仰って下さったと言うことは、永遠の生命を持つ覚悟があると解釈致しますが」

「待って待ってスケールが大きすぎる。別に不老不死になるって言ってる訳じゃないわよ。早とちりダメ、絶対。」

そう言うとゼルネアスはムスッとした顔で眉間に皺を寄せてあからさまに機嫌を悪くした様にそっぽを向いてしまった。私はそんな彼の様子を見て呆れたように「勘違いさせてごめんね」と言いながら頭を撫でてやる。

物静かで感情を表に出さない冷静な神様かと思いきや意外と寂しがり屋で意地っ張りとかちょっとギャップが過ぎると思う。それに何と言うかこの神様は色々と我儘だ。まあ彼のそんな我儘のお陰で私は毎日飽きることなく楽しんでいる訳なのだがまあそれはさておき。

「私が死ぬまではずっと一緒に居ようねって意味よ。不死になりたい人間なんて莫大な富を築いた金持ちくらいでしょう。私が死んだら貴方も1000年くらい眠って、それでまた新しい人間見つけてよろしくやればいいのよ」

「私はあなた以外の人間なんて興味ありません。そうですナマエ、あなたそんなに不死が嫌ならもう一度生まれ変わってまた私と出会って下さいませんか。」

「…出来たらね。生まれ変わり方とか知らないし。輪廻転生とか信じてないし。」

「夢も希望もありませんねあなたは本当に。まあ生まれ変わったら私の事なんか覚えていないでしょうけど。そんなに都合よく私の事だけ覚えてるなんてことある筈が無いですもんね。」

「まず生まれ変わってあなたともう一度出会える事自体都合良すぎると思う。」

「…結局私の幸せは、あなたが死ぬまでの時間しか無いのですね。」

そう言ってゼルネアスは「悲しいものです」と呟いて私の肩に頭を預けてきた。やめろ重い。神様が人間の女の身体に寄りかかって来るんじゃない。暑いし邪魔だ、と言おうとしたが口をつぐんだ。だってゼルネアスの表情が本当に悲しそうに見えたから。彼の言う通り人間は永遠の命なんざ持っていないから、置いていかれるゼルネアスの気持ちなんて私には分からない。ごめんなさいね無力な人間なもので。

「手に入らないのならいっその事このまま永遠にあなたを私のものにしてしまいましょうかね。」

「不死に興味ないって言ってるでしょ」

結局私達は、限られた時間の中でもがき苦しんでゆくしか選択肢が無いのです。