ホウオウ
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あまりにも私の夢は呆気ないものだった。…いや、勘違いしないで欲しいが、別に叶わなかった訳では無いのだ。寧ろその逆で、夢を叶える事には成功した…と思う。なら何故自分の夢を「呆気ない」と形容してしまえるのかと問えば、それは私が抱いて叶えた夢は元来、他の人が一生をかけてやっとの思いで叶えられるくらい規模の大きな夢だったからだ。
「ポケモンリーグを制覇してチャンピオンになる」それが小さな私の、大きな夢だった。本来ならばこの夢は、人生の半分以上を旅とポケモンに注ぎ込み、お金と若さと知恵を犠牲にようやく成り立つものだ。その為に全てを犠牲にしてきた人だって少なからず居るのだろう。
けれど私は、それをたった数年で叶えてしまった。元々才能に秀でていたのか、信じてもいない神様が気まぐれに味方してくれたのか。訳も分からず、人生を犠牲に叶えるにはあまりにも呆気なく、気付いたら私はチャンピオンという地位に立っていた。隣には余りにも身の丈に合っていない伝説のポケモンが立っているし、お金はかけるどころか逆にどんどん増えて行ったし、これまで一般庶民だった筈なのに突然名前と顔が世間に知れ渡ってしまったし──あれ、何か思っていたのと違う──そう気付くのに、時間は然程かからなかった。
私の身内と騙る知らない人からの着信、頂点に立つ者として、本格的に身を削って第二の人生を歩んでいく覚悟、どこに行っても視線を感じる恐怖。これらが私の精神をあっという間に蝕んでいった。これまで築いて積み上げてきたきた勇気や精神力が、ドミノ倒しの如く続けざまに崩れてゆく。そんな闇を煮詰めたような日を追い続け、いつしか他人を信じられなくなってしまった私は、結局チャンピオンを1年で辞退してしまった。前まではこの夢を絶対に叶えてやる!と意気込んでいたというのに、今では最早後悔すらしなかった。
そうして色々な手続きを終え、またどこにでもいる一般庶民に逆戻りした結果、元チャンピオンという不完全な称号だけを背負った女が此処に至る。身体を壊してからは自分のポケモン達が唯一の救いだった。特に伝説のポケモンと呼ばれる彼──ホウオウは、長年生きてきた分知能や力も強大なのか、人の姿になってまで私に対して献身的に世話をしてくれた。そんな存在に身の回りの世話をさせるなんて、と思う自分も居るが、弱った心はすっかり飢えきっていて、まるで親鳥に餌を与えてもらう雛鳥の様に、誰かに愛情を注いで貰う事を望んでいた。きっと外の人は、これを依存と呼ぶのだろう。
本日は、そんな私とホウオウの日常の一端をお見せしようと思う。
「おーいナマエ、お菓子買ってきたから一緒に食べようぜ」
「ほんと?ありがとうホウオウ」
太陽の光が燦々と輝き、白いレースのカーテン越しに部屋を明るく照らす真昼間。恐らくケーキの入っているであろう白い箱を片手に持ち、自慢げな顔で部屋に入ってきたホウオウから突然そんな誘いを受けた。その誘いに二つ返事で承諾し、読んでいた本を傍らに置いてキッチンへと移動する。基本食欲が薄く、こういう時以外は殆ど買い溜めしてあるゼリー等で食事を済ませてしまう私にとって、キッチンはあまり立ち入らない場所だ。ここってこんな内装だったっけ、と懐かしい気持ちになりながらテーブル前の椅子に腰を下ろす。
ホウオウが買ってきたのは、家の近くに新しく出来たケーキ屋さんの新作らしかった。ナパージュを塗られて艶々に加工されたカットフルーツや飴細工が上に乗っていて、まるで本物の宝石のような輝きを放っている。私は本物の宝石なんて見た事はないので、これはただの比喩表現だけれど。どれもすごく美味しそうだ。
「ホウオウ、どれにする?君が買ってきたんだから、先に選んで良いよ」
「じゃあ俺はチーズケーキにする」
「それなら私はフルーツタルトにしようかな。…ていうか、凄く沢山買って来たんだね」
箱の中には、私とホウオウの2人だけでは明らかに多すぎるであろう数のケーキが、品の良い佇まいをしながら所狭しと並んでいる。元より、量より質をモットーとしている上等なお店の品物なので大きさは一般的な物より遥かに小さいが、これでは数の暴力だ。私は元来甘党でも辛党でも無い普通の味覚の持ち主なので、確実に胃もたれは避けられない。お裾分け出来る様な仲の知り合いでも居たら良いが、溜まった財産で隠居生活している私に、生憎そんな仲の人は一人たりとも居ない。
「もしかして、他のポケモンたちの分?」
わざわざ全員分買ってきてくれたのか、いつもなら私と自分の分しか買ってこないのに珍しい。と、驚いた表情でホウオウの顔を見上げる。普段ならば身長差のせいで見辛い筈の彼の顔が、今日は向かい合って座っているお陰かよく見えた。
「いや?俺とナマエの分だけだぜ」
その問いに対し、ホウオウはいつも通り気の良い微笑みを浮かべながらそう答える。いや、そう言われましても明らかに食べきれない量ですが。と私の頭上にヒヨコが数羽飛んだ。
私の食欲が旺盛とは程遠い状態である事を、彼は何より熟知していた筈なのだけれど。
「え、でも2人だけでこんなに食べきれないよ?それにケーキの消費期限ってかなり短いから、日を分けるにしても流石に──」
「ナマエ」
ホウオウが私の名前を静かに呼んだ。形の良い唇が微かに持ち上がり、いつも私を安心させる時に見せる笑顔を作る。それと同時、紅玉の如き鮮やかな色をした瞳が真っ直ぐ私を射抜いた。その表情に気圧されてハッと口を噤むと、ホウオウはその行動に満足した様子を見せ、笑顔を崩さぬままゆっくりと言葉を紡ぎ始める。
「この店のケーキは品質がとても良い。密閉して冷凍すれば数週間は持つ」
「…私が聞いてるのは、なんでこんなに買ってきたのかっていう話なんだけど」
「…以前のナマエは何でもよく食べていた」
「それは去年までの話でしょ」
「…まずは1日1個、ゼリー飲料以外の物を口にする所から初めてみねえか?俺はまた、お前の笑顔を取り戻したい」
そう言った後、ホウオウは糸が切れたように笑顔をくしゃっと潰し、切なげな顔で此方を見据えた。その顔がやけに悲しそうで、私自身よりも私の苦しさを物語っていて、私は彼にどんな言葉を掛ければいいのか分からない。私がこんな状態にならなければ彼にこんな顔をさせることも無かったのに。その綺麗な顔を歪めてしまった罪悪感が、私の心臓に針を刺したような痛みを持って訴えてくる。
「その為にわざわざ、こんなに高いケーキを何個も……?」
「お前を笑顔にできるなら安いもんだろ」
「…意味分からないよ」
何で当事者の私よりも苦しそうな顔してるの。さっさとこんな主人見限ってしまえばいいものを。以前と違って、もう何の変哲もない普通の人間に成り下がってしまった弱い私にどうしてこんなに良くしてくれるの。弱った心では彼の行動の真意に気付く事さえままならない。彼の献身の原動力が何なのかも分からない。ただ1つ確かな事は、私を見つめる時のホウオウの瞳がいつも優しい光を携えている事だけだ。
「…このフルーツタルト、すごく美味しい」
「それは何よりだ。明日もまた一緒に食おうぜ、紅茶も新しく買ってくるからな」
「…あまり甘やかさないでよ」
ホウオウがフォークを置き、空いた手で私の頭を優しく撫でる。その手の温もりに凍りついた心を溶かされながら、私は暫くこの幸せな空間に身を委ねていた。部屋のカーテンからは隙間から漏れ出た光が反射し、空気中の塵をキラキラと浮かび上がらせている。その光景がとても幻想的だった。
「ポケモンリーグを制覇してチャンピオンになる」それが小さな私の、大きな夢だった。本来ならばこの夢は、人生の半分以上を旅とポケモンに注ぎ込み、お金と若さと知恵を犠牲にようやく成り立つものだ。その為に全てを犠牲にしてきた人だって少なからず居るのだろう。
けれど私は、それをたった数年で叶えてしまった。元々才能に秀でていたのか、信じてもいない神様が気まぐれに味方してくれたのか。訳も分からず、人生を犠牲に叶えるにはあまりにも呆気なく、気付いたら私はチャンピオンという地位に立っていた。隣には余りにも身の丈に合っていない伝説のポケモンが立っているし、お金はかけるどころか逆にどんどん増えて行ったし、これまで一般庶民だった筈なのに突然名前と顔が世間に知れ渡ってしまったし──あれ、何か思っていたのと違う──そう気付くのに、時間は然程かからなかった。
私の身内と騙る知らない人からの着信、頂点に立つ者として、本格的に身を削って第二の人生を歩んでいく覚悟、どこに行っても視線を感じる恐怖。これらが私の精神をあっという間に蝕んでいった。これまで築いて積み上げてきたきた勇気や精神力が、ドミノ倒しの如く続けざまに崩れてゆく。そんな闇を煮詰めたような日を追い続け、いつしか他人を信じられなくなってしまった私は、結局チャンピオンを1年で辞退してしまった。前まではこの夢を絶対に叶えてやる!と意気込んでいたというのに、今では最早後悔すらしなかった。
そうして色々な手続きを終え、またどこにでもいる一般庶民に逆戻りした結果、元チャンピオンという不完全な称号だけを背負った女が此処に至る。身体を壊してからは自分のポケモン達が唯一の救いだった。特に伝説のポケモンと呼ばれる彼──ホウオウは、長年生きてきた分知能や力も強大なのか、人の姿になってまで私に対して献身的に世話をしてくれた。そんな存在に身の回りの世話をさせるなんて、と思う自分も居るが、弱った心はすっかり飢えきっていて、まるで親鳥に餌を与えてもらう雛鳥の様に、誰かに愛情を注いで貰う事を望んでいた。きっと外の人は、これを依存と呼ぶのだろう。
本日は、そんな私とホウオウの日常の一端をお見せしようと思う。
「おーいナマエ、お菓子買ってきたから一緒に食べようぜ」
「ほんと?ありがとうホウオウ」
太陽の光が燦々と輝き、白いレースのカーテン越しに部屋を明るく照らす真昼間。恐らくケーキの入っているであろう白い箱を片手に持ち、自慢げな顔で部屋に入ってきたホウオウから突然そんな誘いを受けた。その誘いに二つ返事で承諾し、読んでいた本を傍らに置いてキッチンへと移動する。基本食欲が薄く、こういう時以外は殆ど買い溜めしてあるゼリー等で食事を済ませてしまう私にとって、キッチンはあまり立ち入らない場所だ。ここってこんな内装だったっけ、と懐かしい気持ちになりながらテーブル前の椅子に腰を下ろす。
ホウオウが買ってきたのは、家の近くに新しく出来たケーキ屋さんの新作らしかった。ナパージュを塗られて艶々に加工されたカットフルーツや飴細工が上に乗っていて、まるで本物の宝石のような輝きを放っている。私は本物の宝石なんて見た事はないので、これはただの比喩表現だけれど。どれもすごく美味しそうだ。
「ホウオウ、どれにする?君が買ってきたんだから、先に選んで良いよ」
「じゃあ俺はチーズケーキにする」
「それなら私はフルーツタルトにしようかな。…ていうか、凄く沢山買って来たんだね」
箱の中には、私とホウオウの2人だけでは明らかに多すぎるであろう数のケーキが、品の良い佇まいをしながら所狭しと並んでいる。元より、量より質をモットーとしている上等なお店の品物なので大きさは一般的な物より遥かに小さいが、これでは数の暴力だ。私は元来甘党でも辛党でも無い普通の味覚の持ち主なので、確実に胃もたれは避けられない。お裾分け出来る様な仲の知り合いでも居たら良いが、溜まった財産で隠居生活している私に、生憎そんな仲の人は一人たりとも居ない。
「もしかして、他のポケモンたちの分?」
わざわざ全員分買ってきてくれたのか、いつもなら私と自分の分しか買ってこないのに珍しい。と、驚いた表情でホウオウの顔を見上げる。普段ならば身長差のせいで見辛い筈の彼の顔が、今日は向かい合って座っているお陰かよく見えた。
「いや?俺とナマエの分だけだぜ」
その問いに対し、ホウオウはいつも通り気の良い微笑みを浮かべながらそう答える。いや、そう言われましても明らかに食べきれない量ですが。と私の頭上にヒヨコが数羽飛んだ。
私の食欲が旺盛とは程遠い状態である事を、彼は何より熟知していた筈なのだけれど。
「え、でも2人だけでこんなに食べきれないよ?それにケーキの消費期限ってかなり短いから、日を分けるにしても流石に──」
「ナマエ」
ホウオウが私の名前を静かに呼んだ。形の良い唇が微かに持ち上がり、いつも私を安心させる時に見せる笑顔を作る。それと同時、紅玉の如き鮮やかな色をした瞳が真っ直ぐ私を射抜いた。その表情に気圧されてハッと口を噤むと、ホウオウはその行動に満足した様子を見せ、笑顔を崩さぬままゆっくりと言葉を紡ぎ始める。
「この店のケーキは品質がとても良い。密閉して冷凍すれば数週間は持つ」
「…私が聞いてるのは、なんでこんなに買ってきたのかっていう話なんだけど」
「…以前のナマエは何でもよく食べていた」
「それは去年までの話でしょ」
「…まずは1日1個、ゼリー飲料以外の物を口にする所から初めてみねえか?俺はまた、お前の笑顔を取り戻したい」
そう言った後、ホウオウは糸が切れたように笑顔をくしゃっと潰し、切なげな顔で此方を見据えた。その顔がやけに悲しそうで、私自身よりも私の苦しさを物語っていて、私は彼にどんな言葉を掛ければいいのか分からない。私がこんな状態にならなければ彼にこんな顔をさせることも無かったのに。その綺麗な顔を歪めてしまった罪悪感が、私の心臓に針を刺したような痛みを持って訴えてくる。
「その為にわざわざ、こんなに高いケーキを何個も……?」
「お前を笑顔にできるなら安いもんだろ」
「…意味分からないよ」
何で当事者の私よりも苦しそうな顔してるの。さっさとこんな主人見限ってしまえばいいものを。以前と違って、もう何の変哲もない普通の人間に成り下がってしまった弱い私にどうしてこんなに良くしてくれるの。弱った心では彼の行動の真意に気付く事さえままならない。彼の献身の原動力が何なのかも分からない。ただ1つ確かな事は、私を見つめる時のホウオウの瞳がいつも優しい光を携えている事だけだ。
「…このフルーツタルト、すごく美味しい」
「それは何よりだ。明日もまた一緒に食おうぜ、紅茶も新しく買ってくるからな」
「…あまり甘やかさないでよ」
ホウオウがフォークを置き、空いた手で私の頭を優しく撫でる。その手の温もりに凍りついた心を溶かされながら、私は暫くこの幸せな空間に身を委ねていた。部屋のカーテンからは隙間から漏れ出た光が反射し、空気中の塵をキラキラと浮かび上がらせている。その光景がとても幻想的だった。
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