白竜は可惜夜に誓う
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その日の夜。私は部屋で一人、日課の読書をしていた。無理心中した二人の男女が今度こそ結ばれる様にと、記憶だけを頼りに何度も輪廻転生を繰り返す。だが、転生を繰り返す内に記憶が擦り切れてゆき、最終的に二人はお互いのことすら忘れてしまい、何も思い出せぬまま決別しそれぞれの道を歩んでゆく…という、何とも後味の悪い物語である。だが私は、ハッピーエンド一直線の話よりも、こういったビター寄りの話のほうが好きなのだ。この本を手に取るのももう4度目。英雄からはよく飽きないなと呆れられるが、好きを貫いて何が悪い。
そして、男女の15回目の人生が始まった頃。私が次のページを捲ろうとした途端、部屋の扉が2、3度遠慮がちにノックされた。突然の来客だ、こんな時間に珍しい。思わず読んでいた本をしおりも挟まずに閉じてしまった。…まあそれはともかく、英雄はいつもノックせずに「入るぞ」とだけ声をかけてから入る。という事は来客の正体はナマエだろう。どうかしたのだろうか。
「…どうした、入れ」
扉の向こうにいるであろうナマエに向かって、一言そう声をかける。極めて穏やかに、怖がらせないことを意識して。すると、か細い声で「失礼します」という声が私の耳に届いたと同時、ナマエが部屋の中に入ってきた。片手にはどこから持ってきたのか、縁が金色の、取っ手に装飾まで付いた随分値の張りそうなティーカップを持っている。一瞬見えた中身はアールグレイだった。紅茶の目利きは私の得意分野なので、この位なら色と香りのみで判別できる。ナマエが動く度にカップの中身が揺れ、茶葉の芳醇な匂いが部屋に充満していった。私の好きな香りだ。
「あ、あの」
「何だ。もう眠っているかと思っていたが」
「えっと…そうしようと思っていたんですけど、レシラムさまがまだ起きてるのを知って…ご恩もあるし、何かしないと落ち着かなくて、」
それで、英雄さまに淹れ方を教えてもらって、レシラムさまに紅茶をご用意したんです。と、ナマエはティーカップを両手で支えながら、恐る恐るそう言った。その声色からは、もし受け取ってもらえなかったら、という不安が滲み出ている。何といじらしく可愛らしいのだろう。無論、その施しを受け取らない理由などどこにもない。私はナマエからティーカップをそっと受け取り、早速一口飲んでみた。
「…美味だな。どうやらお前は紅茶を淹れる才があるらしい」
「ほ、褒めすぎではないでしょうか」
「私は嘘は言わん」
私の唇は、常に真実のみを告げる。それは相手に自信をもたらす事もあれば、逆に自信の喪失をもたらすこともある。いっそ、残酷すぎるほどに。
だが、眼の前にいる小娘には、どうやら私の告げた真実が前者のように働いたらしい。褒め過ぎだと謙遜しておきながら、口元は緩み、耳は赤くなっている。その様子は、さながら親に称賛してもらえた子供のようだった。いや、きっとそれ以上だろう。私の憶測だが、恐らくこの娘は親に、身近な大人に、褒めてもらえた経験が殆どない。
ティーカップに唇を乗せ、また一口紅茶を嚥下する。ベースはセイロンだろうか。クセが無く軽やかな味わい、ベルガモットの甘く上品な風味と後味。そして隠し味に、淹れた人間の思いやりと優しさが詰まっている。誇張でも大言でもなく本当に、世界で一番美味い紅茶だと思った。きっとこの言葉を伝えたら、ナマエはまた大げさだと謙遜するだろう。もっと自信を持っても良いのだが、はたしてどの様な方法が――…閃いた。
「ナマエ」
「は、はい。どうかしましたか」
「出来たらでいい。無理もしないでいい。だが、出来ればまた、こうして私や英雄に紅茶を持ってきてはくれないか」
「も、勿論です…!でも、どうして…」
「お前の紅茶には、また飲みたいと思わせる力がある」
再度言うが、私の唇は全て真実のみを述べる。相手の理想に反している言葉も、必要とあらば言いざるを得ない。時に、その真実は相手の人生をも左右した。私の言葉にはそれだけの力がある。
私からの称賛の言葉に対し、ナマエが謙遜の言葉を述べようとする。だが、そのか細い声は一瞬で私の声に掻き消されてしまう。だがそれでいい。彼女の才能は、埋もれてしまうにはあまりにも惜しいものだ。私は優れた才をむざむざ見過ごしてしまう程馬鹿ではない。
世界で一番美味い紅茶を片手に、白竜と少女が二人。その後ろにある窓からは、夜更けを表す満月が青白い光を放っていた。その光景は世にありふれた陳腐な言葉では形容出来ない程に神秘的で美しく、正に「可惜夜」と呼ぶに相応しい夜だった。
そして、男女の15回目の人生が始まった頃。私が次のページを捲ろうとした途端、部屋の扉が2、3度遠慮がちにノックされた。突然の来客だ、こんな時間に珍しい。思わず読んでいた本をしおりも挟まずに閉じてしまった。…まあそれはともかく、英雄はいつもノックせずに「入るぞ」とだけ声をかけてから入る。という事は来客の正体はナマエだろう。どうかしたのだろうか。
「…どうした、入れ」
扉の向こうにいるであろうナマエに向かって、一言そう声をかける。極めて穏やかに、怖がらせないことを意識して。すると、か細い声で「失礼します」という声が私の耳に届いたと同時、ナマエが部屋の中に入ってきた。片手にはどこから持ってきたのか、縁が金色の、取っ手に装飾まで付いた随分値の張りそうなティーカップを持っている。一瞬見えた中身はアールグレイだった。紅茶の目利きは私の得意分野なので、この位なら色と香りのみで判別できる。ナマエが動く度にカップの中身が揺れ、茶葉の芳醇な匂いが部屋に充満していった。私の好きな香りだ。
「あ、あの」
「何だ。もう眠っているかと思っていたが」
「えっと…そうしようと思っていたんですけど、レシラムさまがまだ起きてるのを知って…ご恩もあるし、何かしないと落ち着かなくて、」
それで、英雄さまに淹れ方を教えてもらって、レシラムさまに紅茶をご用意したんです。と、ナマエはティーカップを両手で支えながら、恐る恐るそう言った。その声色からは、もし受け取ってもらえなかったら、という不安が滲み出ている。何といじらしく可愛らしいのだろう。無論、その施しを受け取らない理由などどこにもない。私はナマエからティーカップをそっと受け取り、早速一口飲んでみた。
「…美味だな。どうやらお前は紅茶を淹れる才があるらしい」
「ほ、褒めすぎではないでしょうか」
「私は嘘は言わん」
私の唇は、常に真実のみを告げる。それは相手に自信をもたらす事もあれば、逆に自信の喪失をもたらすこともある。いっそ、残酷すぎるほどに。
だが、眼の前にいる小娘には、どうやら私の告げた真実が前者のように働いたらしい。褒め過ぎだと謙遜しておきながら、口元は緩み、耳は赤くなっている。その様子は、さながら親に称賛してもらえた子供のようだった。いや、きっとそれ以上だろう。私の憶測だが、恐らくこの娘は親に、身近な大人に、褒めてもらえた経験が殆どない。
ティーカップに唇を乗せ、また一口紅茶を嚥下する。ベースはセイロンだろうか。クセが無く軽やかな味わい、ベルガモットの甘く上品な風味と後味。そして隠し味に、淹れた人間の思いやりと優しさが詰まっている。誇張でも大言でもなく本当に、世界で一番美味い紅茶だと思った。きっとこの言葉を伝えたら、ナマエはまた大げさだと謙遜するだろう。もっと自信を持っても良いのだが、はたしてどの様な方法が――…閃いた。
「ナマエ」
「は、はい。どうかしましたか」
「出来たらでいい。無理もしないでいい。だが、出来ればまた、こうして私や英雄に紅茶を持ってきてはくれないか」
「も、勿論です…!でも、どうして…」
「お前の紅茶には、また飲みたいと思わせる力がある」
再度言うが、私の唇は全て真実のみを述べる。相手の理想に反している言葉も、必要とあらば言いざるを得ない。時に、その真実は相手の人生をも左右した。私の言葉にはそれだけの力がある。
私からの称賛の言葉に対し、ナマエが謙遜の言葉を述べようとする。だが、そのか細い声は一瞬で私の声に掻き消されてしまう。だがそれでいい。彼女の才能は、埋もれてしまうにはあまりにも惜しいものだ。私は優れた才をむざむざ見過ごしてしまう程馬鹿ではない。
世界で一番美味い紅茶を片手に、白竜と少女が二人。その後ろにある窓からは、夜更けを表す満月が青白い光を放っていた。その光景は世にありふれた陳腐な言葉では形容出来ない程に神秘的で美しく、正に「可惜夜」と呼ぶに相応しい夜だった。